第6話

「それじゃあ、セラさん。五回勝負で先に三回負けた方が罰ゲームということでいいかな?」


「望むところです――ちなみに、どんな罰ゲームが待っているんですか?」


「もう負けた時のことを考えているの? らしくないなぁセラさん。でも、お互いの緊張感を高めるためには決めておいた方がいいよね――前は負けたら何かを奢るって感じだったから……次はお互いにやられると嫌なことをやらされるってのはどうかな」


「わかりました。そうしましょう……以前の借りはここで返します」


「ちなみに、僕はくすぐりが嫌なんだけど、セラさんは何が苦手?」


「耳たぶに触られると敏感なので、触られるのは嫌です」


「麗華みたいに変なところが苦手なんだね。麗華はうなじに息を吹きかけるとゾクゾクするし、腋に触れるとアヘアヘして絶命するよ」


「ティアも同じようなところが苦手ですよ」


「よーし、じゃあお互いの弱点がわかったところでさっそくゲームをはじめようか」


 放課後――授業を終えて高等部校舎内にある空き教室の一室である風紀委員本部で、テーブルを挟んで向かい合うようにして本革のソファに座っているセラと大和は静かに燃え上がっており、そのままオセロをはじめた。


「カップラーメンは三分待つようにって書かれているけど、実際は短くても美味しいよ」


「それだとお腹壊してしまうかもしれません。ちゃんと待たないとダメ、ですよ」


「でも、麺が固めとかが好きな人にはばっちり。それと、時間を過ぎても美味しく食べられるんだよ。麺が伸びてベチャベチャしてるけど、それが好きな人が結構いるんだよ――あ、タイマー鳴ったよ」


「い、いただきます」


「この新商品の『カニ味噌ラーメン』、すごい楽しみにしてた――あ、輝石が落ちちゃった。あ、熱っ、拾えない」


「ダメ、です。火傷してしまいますから――はい、どうぞ」


「ありがとうサラサちゃん」


「指もちゃんと冷やしますからね? ふー、ふー」


「サラサちゃんの息、良いにおいがする」


「い、息を嗅がないでください」


 一方の幸太郎は、自身と同じく中等部でありながら風紀委員に所属している、赤茶色の髪をセミロングに伸ばした褐色肌の少女、サラサ・デュールとともにカップラーメンを作っていた。


 しかし、出来上がると同時に幸太郎がカップラーメンの蓋を押さえるために使っていた自身の輝石を、カニ味噌でドロドロしたスープの中に落としてしまい、慌てて熱々のスープに指を突っ込んで拾おうとするが、熱くてできなかった。


 そんな幸太郎のためにサラサは器用に箸を使ってスープの中に落ちた輝石を拾い上げ、軽い火傷で赤くなった幸太郎の指にサラサは優しく息を吹きかけた。


 連日アルトマンがアカデミーで騒動を起こしているというのに、風紀委員本部内の空気は緩みきっており、集まった四人の姿を見て風紀委員を設立した張本人である、リグライニングチェアに足を組んで座っている麗華は呆れと怒りでわなわなと身体を震わし――


「弛んでいますわ!」


 緩みきった空気に喝を入れるために怒声を張り上げた。


 突然室内を揺るがすような勢いで怒声を放った麗華に、四人の不思議そうな視線が集まった。


「連日アルトマンが騒動を起こしているのに加え、解体が決まった鳳グループ本社と教皇庁本部から煌石を安全かつ慎重に運び出すという重要な任務も控え、教皇庁の持つティアストーンと、鳳グループが持つ無窮の勾玉を一般公開させる案も出ているというのに、弛んでいますわ!」


「まあまあ、麗華、今は落ち着くことしかできないんだから面倒事は後で考えようよ。確かにアルトマンの一件に関しては僕だって怒ってるよ? お世話になった薫さんや、友達のヴィクターさんが襲われたんだからね。でも、肝心のアルトマンの情報が少ないんだから、ずっと気を張り詰めても仕方がないよ。それに、煌石の件だって今の件が片付かないと安全に運び出せないんだからね。こんな状況で煌石を一般公開させるなんて案も出てるようだけど、現状でそんなことをしたら愚の骨頂だってみんなわかってるから、そんな早まった真似はしないよ。だから、今は人数の多い制輝軍の人たちにアルトマンの捜索を任して、肝心なところで僕たちが出動するのが無駄に体力も気を遣わなくていい最良の判断だってわけ。つまり、結局今の僕たちにできることは待つことしかできないってわけさ」


「一理あるとは思いますが、体のいいサボる口実ですわ」


「それを言われるとぐうの音が出ないよ」


 現状何もすることができないと長々と説明するが、じっとりとした目の麗華に核心をつかれ、降参と言わんばかりの苦笑を浮かべて反論できない大和。


「とにかく、連日の騒動のせいでアカデミー外部から、アカデミーの危機対応能力が低いとみなされていますわ。鳳グループと教皇庁が確固たる関係を築いたばかりだからこそ、ここでで躓くことは許されませんわ! 一日中気を張れとは言いませんが、いついかなる時も臨機応変かつ即座に対応できる心構えはしておくべきですわ! やられたらやり返す! それが風紀委員流であることをお忘れなく! ――というわけで、セラ、大和! そのゲーム、私も参加させていただきますわ!」


 偉そうなことを言っておきながらも、セラと大和のゲームに参加しようとする麗華に、場の雰囲気が一気に弛緩する。


「カッコいいと思ったのに、まったく……まあ別にいいんだけどね」


「麗華も参加したいと言っているので、一度戦績をゼロに戻すべきではないでしょうか」


「おっと、その手は通用しないよ。二連敗中のセラさんは罰ゲームにリーチがかかってるんだからね♪ まずは僕との決着をつけてから。期待しててね、幸太郎君。セラさんのエッチな顔、見せてあげるからさ」


 ニヤニヤとサディスティックな笑みを浮かべてセラを追い詰めようとする大和だが――ここで、麗華の携帯が鳴り響く。


 鳴り響いた携帯に「失礼しますわ」と一言セラたちに声をかけてから、電話に出た。


 何か重要な連絡かもしれないと思い、セラと大和はゲームを中断して、幸太郎とサラサはカップラーメンを啜りながら、麗華をの様子を窺っていた。


「巴お姉様、随分と焦っていますが何か――いいえ、見ていませんわ――……ぬぁんですってぇ? え、ええ――……わかりましたわ。すぐに出動しますわ」


「巴さんからみたいだけど、何かあったのかな?」


 目を見開いて驚愕に満ちた声を上げた後、溢れる焦燥を必死に抑えながら短いやり取りをして、電話を切った。


 電話を切ると同時に深呼吸して自身を落ち着かせている麗華に、焦る彼女を小馬鹿にするような笑みを浮かべている大和は通話内容を軽い調子で尋ねた。


「ノエルさんが監視を行っていた輝士たちを無力化して、行方不明になったとのことですわ……一応聞きますがあなたたち、今日、どこかでノエルさんを見かけましたか? それか、彼女がどこに逃げ隠れているのか、心当たりはありますか?」


 ノエルが行方不明になったという麗華の言葉に、緩んでいた室内の空気が一気に張り詰める。


 麗華の質問に大和はおどけることなく首を横に振り、セラ、幸太郎、サラサも余計な質問をしないで首を横に振った。


 ノエルについての情報が何もない状況に、麗華は小さく嘆息した後に、真っ直ぐとした迷いのない光を宿した目でセラたちを見つめた。


「巴お姉様に協力を求められましたわ――取り敢えず、セラ、あなたはこれからすぐにノエルさんを探してください。大和、サラサ、二人は私とお父様の元へと向かって集められる限りの情報を集めますわ。有益な情報があればすぐにセラにお渡ししますわ」


 即断即決の麗華の指示に、セラたちは文句を言うことなく従うが――


「僕は?」


 誰よりもやる気に満ち溢れている幸太郎を麗華はギロリと睨んだ。


「呆れて何も言えませんわ! あなた自分の状況を理解していますの? 毎回言っていますが輝石をまともに扱えない落ちこぼれでポンコツのあなたなんてただの役立たずの足手纏い! それに、仮にノエルさんがアルトマン側に寝返った場合、あなたが分不相応にも騒動の渦中に飛び込めば、相手側にとってカモが極上のネギを背負ってくるようなもの! 前回の一件のように周りに無駄な混乱と迷惑を及ぼしてしまうだけですわ! 当然、あなたは留守番決定、異論は決して認めませんわ! まったく! 前回の一件で少しは学習したと思っていたらこれですわ! 無能な無鉄砲程厄介なものはありませんわね!」


「ぐうの音も出ない」


 分不相応にも騒動に首を突っ込もうとする自分に罵倒を浴びせる麗華の容赦のなさに、何も反論できない幸太郎はただただ笑うことしかできなかった。


 麗華の言う通り、幸太郎はアルトマンに狙われていた――理由は依然不明だが、彼の身にはアルトマンと同じく賢者の石の力が宿っていたからだ。


 少し言い過ぎだと思いながらも、幸太郎の置かれている状況をよく理解しているセラとサラサは麗華を支持しており、幸太郎の味方をしなかったが――「まあいいじゃないか」と軽い調子の大和が幸太郎をフォローする。


「何を言っても幸太郎君は首を突っ込む――彼の無能で無謀な無鉄砲は今にはじまったことじゃない、そうだろう?」


「ありがとう?」


「褒めてはいないんだけどね――とにかく、幸太郎君にも協力してもらった方がいいんじゃないかなって僕は思うよ? もちろん、前回のような一件で幸太郎君が人質になったら何もできなくなるっていう難点もあるけど」


「それを理解しているというのに、このポンコツファッキンクレイジーにも協力させようというのは納得できませんわ! 前回の騒動のように後手後手に回るのはもうごめんですわ!」


「素直に幸太郎君のことが心配だって言えばいいのに」


「麗華さん、心配してくれてありがとう」


「アカデミーのため! そして、賢者の石というよくわからない力を発動させないためですわ! 別に心配なんてまーったく、していませんわ! 勘違いも甚だしいですわ!」


 前回の一件――アルトマンの協力者であった北崎雄一、アルバート・ブライトの手によって幸太郎が誘拐され、アカデミーは後手に回らなければなかった状況を知っているからこそ、麗華は不用意に幸太郎を動かすことに納得できなかった。


 アカデミーの、それ以上に幸太郎の心配をする麗華の気持ちを十分に理解しつつ、大和は反論をはじめる。


「ヴィクターさんと薫さんの一件があって、アカデミーは本気で動いてるんだ。だから、少しでも裏切りの可能性があるならノエルさんも本気で追われることになる。手段を問わずにね。だから、もしもの時のためにノエルさんを癒せる幸太郎君が一緒に行動できれば、何かアルトマンに関する重要な情報を得られるんじゃないかな?」


「希望的観測ですわね。もしもノエルさんが裏切っていた場合、彼女がそう簡単に口を割るとは考えにくい。あなたの考えはあまりにも危険な賭けですわ」


「それはそうだけど、相手の情報が何もない状況で、今は守りに入るよりも攻める時なんじゃないかな? ――まあ、風紀委員を束ねているのは麗華だから、最終判断は君に任せるよ。でも、一応ほら……――?」


 幸太郎を一瞥して、意味深で意地の悪い笑みを浮かべて痛いところをついてくる大和に、麗華は悔しそうに歯噛みし、二人を中心に気まずい沈黙が室内に流れた。


 セラとサラサは麗華がどんな判断をするのか、固唾を呑んで見守っていた。幸太郎はカップラーメンのスープを飲み干しながら、麗華をジッと見つめていた。


 短い沈黙の後、「わかりましたわ」と麗華はため息交じりに大和の提案を受け入れた。


 すんなりと大和の提案を受け入れた麗華を幸太郎は意外そうに見つめた。


「麗華さん、いつにも増して素直」


「シャラップ! ――不本意ですが仕方がありませんわ。セラ、幸太郎をお願いできますか?」


「任せて――大丈夫、麗華。幸太郎君は私が守る」


「……フン! とにかく、お願いしますわ」


 何だかんだ言いながらも幸太郎を心配する麗華を気遣うセラの言葉に、麗華は面白くなさそうに鼻を鳴らすと、いつものように気丈な表情に戻って幸太郎を睨んだ。


「幸太郎! 言っておきますが、役立たずだと判断した場合、加えて、周りに迷惑をかけた場合、オシオキ確定ですわ! というかオシオキしますわ!」


「なんだかちょっとエッチ」


「気色の悪いことを言っていないで気合を入れなさい!」


「ドンと任せて」


 発破をかけてくる麗華に、幸太郎は頼りないくらいに華奢な胸を張って気合を入れる。


 そんな幸太郎を傍目から見れば頼れず、不安しか覚えないが――不思議と、セラたちは彼ならどうにかしてくれるのではないかという淡い期待を抱いてしまっていた。


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