第9話

「今日の訓練でのティアさん、すごいカッコよかった」


「あれくらいティアなら余裕ですよ」


「でも、一人一人の戦い方を教えるのが面倒だからって言って多人数を相手に軽く大立ち回りするなんて、やっぱりティアさんはすごい」


「でも、全員ボロボロにするのはどうかとは思いますけどね」


「ティアさん、容赦しないから。あ、でも、麗華さん含めて何人か――というか、ほとんどの人がティアさんにボコボコにされて喜んで、アヘアヘしてたよ」


「アドバイスも適格で教え方も間違ってはいないんだけど、やっぱりティアはやりすぎ。――ああいうところ、ホント昔と何も変わってないな」


「ティアさんって昔からあんなに容赦なかったの?」


「人並み以上に向上心があるというか、負けず嫌いというか、師匠――優輝のお父様である宗仁さんとの訓練の際も、私と優輝は疲れて動けないのにティアだけは最後まで粘って師匠に立ち向かっていました。その後、動けないほど疲れてるのに自主訓練に付き合わされました」


「ティアさんらしい」


「付き合わされる身にもなってほしいですよ、まったく……今日の大和君みたいに上手くサボれることができればどんなに楽だったか――まあ、そのおかげで今の私がいるんですけど」


 セラと幸太郎は監視カメラに映っていたノエルが最後に目撃された、アカデミー都市内でもアカデミーに通う生徒たちが暮らす寮や、アカデミー都市内で働く人たちの住宅などが立ち並ぶノースエリアにいた。


 ノエルが最後に映し出されていた監視カメラの近くには、アルトマンがかつて使用していた隠れ家あり、セラと幸太郎は取り敢えず次の情報が入るまでその隠れ家に向かうことにした。


 二人の手には先程通った商店街で買った焼き鳥を手にしており、呑気にもそれを食べながら、アカデミー高等部校舎を離れてから途切れることなくずっと談笑していた。


 当初は幸太郎と他愛のない話で盛り上がりながらも、ノエルの行方を捜すという目的のために気を張り詰め、呑気にも幸太郎が商店街で焼き鳥を買おうとした時もやんわりと止めたのだが、焼き鳥を食べているセラの気はすっかり緩んでしまっていた。


「まだ一週間なのに、博士の代わりを務めてるティアさんの先生姿もだいぶ板についたよね」


「アドバイスも的確で、教え方も上手いですからね。昔から人に教える職業が向いていると思っていました。本人はそんな自覚はないようなのですが」


「ティアさんもだけど、教えるのはセラさんも上手いよ。定期テスト前にセラさんとする勉強で、すごくわかりやすく教えてくれるから、おかげでずっと赤点回避してるよ」


「そうなのでしょうか……あまり、そう思ったことはありません」


「そういえば、来年から大学部だけどセラさん、将来を考えたことある?」


「少し前までは強くなることばかりを考え、今では幸太郎君を守ることや、アルトマンを捕まえることに精一杯で、考える暇がなかったので真面目に考えたことはありませんね……幸太郎君は何か将来を考えたことあるんですか?」


「今はずっとセラさんや麗華さんたちと一緒にいたいってことばかり考えてる」


「……そうですね、私も同じことを考えてます」


 ティアのことから将来についての話になり、ずっと自分や麗華と一緒にいたいという幸太郎の心からの言葉を聞いたセラは嬉しそうでありながらも照れたように微笑み、自分も同じ気持ちであると告げた。


 セラを中心として二人の間に僅かに甘い空気が流れるが――そんなことなどお構いなしに、幸太郎は能天気な様子で「あ、ここだね」と目的地に到着したことを告げた。


 すっかり気が緩んでいたセラは、目の前にある目的地――かつてアルトマンが使用していた研究所の一つ、まるでステレオタイプの幽霊屋敷のように今にも倒壊しそうなほど朽ち果て、樹木に侵食されている屋敷に到着した。


 ダメだ、ダメだ! 気合を入れ直さないと。

 幸太郎君と話していると、つい気が緩んじゃうな……もっとしっかりしないと。


 すっかり緩んでしまった自分に喝を入れて気を引き締め直し、守るようにして幸太郎の前に立ったセラは重厚な鉄製の門扉を開いて草が伸び放題の庭に侵入した。


 そして、いたずらで侵入されないように板が張り付けられた大きな木製の扉を、チェーンに繋がれた輝石を武輝である剣に変化させたセラは強引に切り開き、埃が充満し、クモの巣が張り巡らされた荒れ放題のエントランスに入った。


 使われなくなってだいぶ時間が経っているせいで荒れ放題だが、それでも豪華な調度品がいくつかあり、エントランスも広々としていて趣があった。


 しかし、人気はなく、ノエルがいるとは思えなかった。


「……ノエルさん、いなさそうだね」


「――幸太郎君、麗華たちに連絡をお願いします」


 ――誰かいる……

 ノエルさん――……いや、まさか……


 思ったことを呑気に口にする幸太郎だが、屋敷に入った瞬間セラの表情は険しくなり、全身から緊張感と警戒心が溢れ出て、極限までに高まった。


 幸太郎はまったく気づいていなかったが、埃塗れのエントランス内でいくつもの足跡があることに気づく同時に、感じたことのある力の気配がこちらに近づいてくることに気づいた。


 目的の人物以上の人物が自分たちに近づいていることを予感し、武輝を握る手にも力が入る。


 しかし、こんなに簡単に見つけてしまって信じられないと思うセラの気持ちも存在していたが――すぐに自身の判断が正しいと証明される。


「まだだ、まだ早いのだ、七瀬幸太郎君――だが、まあいいだろう。ここで邂逅したということは何か理由があってのことだ」


 やはり、アルトマン……――っ!


 余裕な笑みを浮かべた灰色の髪を無造作に伸ばしたスーツ姿の青年、アルトマン・リートレイドが登場すると同時に、胸の中にしまい込んでいた激情を爆発させたセラは彼に飛びかかった。


 目を合わせると同時に一瞬で自身と間合いを詰めるセラに、アルトマンは落ち着いた動作で自身の輝石を武輝である禍々しく、刺々しい形状の剣に変化させ、片手に持った武輝を渾身の力を込めて振り下ろされたセラの一撃を受け止めた。


 二つの武輝がぶつかり合い、甲高い金属音が鳴り響くとともに凄まじい衝撃が老朽化した建物を揺るがし、舞った埃が鼻に入って緊張感なくくしゃみをする幸太郎。


「問答無用で襲いかかってくるとは、容赦ないな」


「自らの行いを振り返ってみろ!」


 自身の攻撃が受け止められると同時に、身を屈めたセラはその状態のまま身体を勢いよく回転させながらアルトマンの足を蹴り払った。


 足を払おうとするセラの動きを予測して、アルトマンは軽く後方に向かって跳躍して回避すると、矢継ぎ早に屈んだまま身体を前方に大きく回転させて勢いをつけた浴びせ蹴りを放つセラ。


 セラの踵がアルトマンの側頭部を捕え、一瞬だけアルトマンは怯む。


 輝石使いにとって体術は効果的な一撃を与えるのには適していないが、牽制程度には役に立てるため、一瞬だけ怯んだアルトマンに更なる攻撃を仕掛けようとするセラだが――アルトマンに足首を掴まれ、思うように動けなくなる。


 即座に跳ねて自由に動くもう一本の足で相手の延髄を爪先で蹴ろうとするが、それよりも早くセラを投げ飛ばした。


 投げ飛ばされながらも空中で身体を反転させて、華麗に着地するセラ。


「少しは落ち着いてもらいたいものだ。この場で君と争うつもりはないというのに」


 投げ飛ばして一旦間合いを開けたセラに、アルトマンは煽るような笑みを浮かべてそう告げるが――全身に怒気と殺気を溢れ出しているセラには聞く耳持たない。


 武輝を逆手に持ち替えて態勢を低くしたセラは、そのまま獣のように鋭敏な動きでアルトマンに飛びかかった。




――――――――――




 ……何をしている、ノエル。

 オマエが後先考えない真似をするなんて、どうしたんだ?

 やっぱり、オマエはアルトマンを父と慕い、裏切られないのか?

 どうしてだ……あんなヤツ、オレたちのことを何とも思っていない。

 また、利用されるだけだというのに、どうして……

 どうして、オマエは一人で――……


「アルトマンはノースエリアの屋敷にいる。到着後は私とクロノと美咲がアルトマンを拘束するために交戦するから、みんなは逃げられないように周囲を取り囲んで」


 セントラルエリア内にある制輝軍本部――アルトマンが現れたという情報を聞いたアリスは今集められるだけの制輝軍の一員を集め、仲間に指示を出して現場に向かう準備を整えていた。


 アリスの指示に仲間たちは力強く頷いてすぐに出動する。


「みんなやる気満々だね♪ おねーさんもやる気マンマンでジュンジュンなんだけどね💗」


「私たちも急ごう――……クロノ、大丈夫?」


 極上の獲物を目の前にして恍惚の表情を浮かべている美咲を無視して、アリスは先程から暗い表情を浮かべたまま押し黙っているクロノに声をかけた。


 数瞬の間を置いてクロノは「何も問題ない」とアリスに、自分に言い聞かせるように答えた。


 この前のノエルを彷彿とさせるクロノの不穏な態度にアリスは不安な、それ以上に疑念を宿した目を向けた。


「一応言っておくけど、ノエルみたいに勝手な真似をされると困る」


「その点については何も問題ない。アルトマンを父と慕うつもりは毛頭ない」


「その言葉、信じるから」


 一抹の不安と疑念が残るが、ノエルと違って淀みのないクロノの答えと態度を見て、それ以上にアルトマンへの怒りを感じ取り、取り敢えずは彼を信用することに決めたアリス。


「はいはーい! これからって時に二人とも暗いなぁ! スマイルスマイル☆」


 暗い雰囲気を放つ二人の肩を、美咲は豪快で無遠慮に、それ以上に優しく自身に抱き寄せた。


 突然抱き寄せ、嫌味なほど豊かに実った果実を顔に押しつけてくる美咲を、嫉妬と屈辱が混じった視線で一瞥したアリスはすぐに離れ、クロノも顔全体で無理矢理女性を感じさせられたが特に感慨に耽るわけでもなく涼し気な表情ですぐに離れた。


「ウザい」


「もー、素っ気ないなぁアリスちゃんは。柔らかかったでしょ? ね、ね、弟君、どうかな?」


「ウザいな」


「弟君も素っ気ないなぁ。男の子の夢を押しつけてあげたのに💗」


「興味ない」


 せっかく自慢の胸を押しつけたのに二人の面白くない反応にあざとく口を尖らせる美咲を、アリスは呆れと怒りが混じった目でじっとりと睨んだ。


「少しは反省して。今回の騒動はあなたのせいで複雑になった」


「反省してまーす♪」


「真面目に反省して!」


 監視の目から逃げるノエルを黙って見逃した美咲を非難するアリスだが、美咲は反省の欠片を全く見せないで舌をペロッと出してあざとくテヘッと笑っていた。


 そんな美咲の態度にアリスは苛立ち、不穏な空気が流れはじめる中、「美咲」と無表情のクロノは非難するように見つめながらも、僅かに柔らかい目で美咲を見つめて声をかけた。


「……どうしてオマエはノエルを逃がした」


「おねーさんはみんなの味方だからね♪」


「アリスの言う通り、そんなオマエの中途半端な行動のせいで事態は悪化したんだ」


「それがどうしたの? 別にそんなのアタシには関係ないし☆」


 騒動解決のために制輝軍に協力しているというのに、不穏な空気など吹き飛ばす勢いで爽やかに、こともなげにそう言い放つ美咲をアリスとクロノは、呆れ、不可解に思いながらもどこか羨ましそうに見つめた。


「アタシはウサギちゃんだけじゃなくて、弟君やアリスちゃんが同じ立場でも同じことをするよ? 周りに何を言われても関係ないし、正直アカデミーがどうなろうが知ったこっちゃないんだ――だから、アタシは何があろうとみんなの味方のちょっとエッチなおねーさんだよ♪」


 ……美咲は中途半端ではない。

 ノエルや――オレとは違う。


 おどけたように言いながらも美咲の言葉や態度にはいっさいの迷いはないと、彼女を観察していたクロノはそう感じた。


 どんなことがあろうとも、本気で自分たちの味方になると感じたからこそ、『みんなの味方』と中途半端に聞こえる美咲の言葉をクロノ、そしてアリスは否定できなかった。


「だから、アタシはアリスちゃんたちの味方だけど、ウサギちゃんの味方でもあるから、アタシはアタシで勝手にさせてもらうからね」


「……勝手な真似をしてこれ以上面倒事を増やしたら問答無用で拘束するから」


「ンフフ~♪ アリスちゃんに拘束されるって思ったら何だかおねーさん興奮しちゃうよ☆」


「気色悪い――とにかく、今はアルトマンのことに集中して」


 これ以上何を言っても本気で『みんなの味方』でいるつもりの美咲には無駄だと判断し、アリスは素っ気ない態度を取ってさっさとアルトマンの元へと向かった。


「美咲……その……――いや、なんでもない」


 美咲と二人きりになったクロノは、心の奥底で彼女に対して抱いていたことを無意識に口にしてしまいそうになるが、それをグッと堪えて逃げるようにアリスの後を追う――今、この言葉を口に出してしまえば、ノエル同様にみんなの足手纏いになると感じたからだ。


「――どうしたしましてって、言うべきなのかな?」


 離れるクロノの背中を、すべてを見透かしたような目で見つめ、小さくため息を漏らしながらそう呟く美咲の表情は年上のおねーさんらしく、嬉しそうな笑みを浮かべていた。

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