第10話

 ――何かがおかしい。


 実力はさすがだ。

 過去に聖輝士せいきしの称号を授与されながらも、それを断った輝石使いらしく、強い。

 自分の隙を的確についてくるし、どんな攻撃を仕掛けてもそれに対応してくる。

 攻撃や防御にも隙がないし、不意打ちにも対応する冷静な判断力も備わっている。

 今まで戦ってきた相手とは別格の強さだ――でも……


 アルトマンとセラ、二人が戦いはじめて数分経過しても、両者とも疲労で動きが衰えぬままに激しい剣戟を繰り広げていた。


 教皇庁に認められた輝石使いである輝士の中でも、高い実力や功績が認められた輝士にしかなれない誉ある聖輝士の称号を授与されそうになったのを断ったことのあるアルトマンの実力を肌で感じるとともに、少しでも隙を見せれば一気に追い詰められると思い、セラは必死に食らいつきながらも冷静に相手の動きを観察しながら的確に対応していた。


 アルトマンが今までにない強敵だと認めるとともに――セラには一つの疑問が浮かんでいた。


 ――本当に目の前にいる彼はあのアルトマン・リートレイドなのか?

 以前彼と会った時とはまるで別人だ。


 セラには目の前にいるアルトマンが以前会った時とは別人のような雰囲気を感じ取り、違和感と疑問を抱いていたが、それらを吹き飛ばすようにアルトマンは武輝である禍々しい形状の剣を突き出してくる。


 物思いに耽っていた自身の隙をつかれながらもセラは最小限の動きで回避、即座に相手の懐に潜り込んで大きく身体を回転させながら逆手に持った武輝を薙ぎ払う。


 回避と同時にカウンターを仕掛けるセラに、アルトマンは軽く後退して回避。


 間髪入れずにセラは武輝に変化した輝石から振り絞ると、その力は神々しい光となって刀身に纏い、光を纏った武輝を大きく薙ぎ払って数発の光弾を放つ。


 避けきれないと判断したアルトマンは光の尾を引いて自身に向かってくる光弾を武輝で防御。


 防御した瞬間に光弾が弾け飛び、それによって生まれた衝撃でアルトマンは吹き飛び、老朽化しながらも分厚い壁を二部屋分ぶち破って、受け身も取らずに床に叩きつけられた。


 並の輝石使いならば今の一撃で倒れているはずだが、もちろんアルトマンは違う。


 スーツについた埃を優雅に払いながら立ち上がり、堂々とした足取りでセラに向かう。


「さすがはファントムを二度も倒した実力を持つ輝石使いだ」


「どれも私の実力で倒したわけじゃない」


 死神と呼ばれた仇敵・ファントム――三度セラたちの前に現れ、その都度倒され、その内の二度はセラの力で倒したとアルトマンは判断していた。


 もちろん、自分一人でセラはファントムを倒したとは考えていなかった。


 最初も二度目も仲間の力を借りなければ決定的な一撃を与えられなかったし、二度目に至っては最終的に決着をつけたのは優輝だからだ。


「君がそう思っても私はそうは思わなかった――だからこそ、最初に君がファントムを倒したと聞いた時、君の遺伝子からノエルとクロノを作り出したのだ」


「いい迷惑だ」


「同感だ――一方は成功作でありながらも私に従わない突然変異で生まれたクロノ、もう一人は利用されていると知りながらも私を慕う愚かな欠陥品なのだからな」


 クロノとノエルを嘲笑うアルトマンに、セラの頭の中がカッと瞬間的に熱くなり、激情のままにアルトマンとの間合いを詰めて武輝を振り下ろした。


 セラの動きを捉えることができなかったアルトマンだが、何とか両手に持った武輝で怒りに身を任せた彼女の一撃を防御する。


 激情を乗せた重い一撃に防御が崩れそうになるが、両足と武輝を持った両手に力を入れてそれを堪えるアルトマンの防御を崩そうと、武輝を押し出すセラ。


「お前があの二人をバカにするな」


「昂る感情で一時的に力を増し、後先考えない行動をする――実に人間らしく、良くも悪くもあの二人は君にそっくりだ」


 そう言って煽るように笑ったアルトマンは全身の力を一瞬抜いた。


 アルトマンの防御を崩そうと渾身の力を込めて武輝を押し出し、怒りで全身に力が過剰に入っていたセラの態勢が一瞬崩れる。


 その一瞬の隙で両手から片手に武輝を持ち替え、空いた片手に赤黒い光を纏わせ、光を纏った片手をセラに突き出す。


 至近距離からの反撃に、武輝による防御と回避ができないと判断し、ある程度のダメージを負うのを覚悟で全身にバリアのように纏っている輝石の出力を上げるセラ。


 相手の一撃を食らうと同時に、セラも渾身の力を込めた一撃を食らわせるつもりでいた。


 アルトマンもそんなセラの腹積もりを読んだいたが、構わずに攻撃を続ける。


 両者相打ち覚悟の一撃を食らわせるつもりで攻撃を仕掛けるが――ここで、二人の間に光と纏った衝撃波がどこからかともなく放たれた。


 咄嗟にアルトマンとセラは攻撃を中断し、同時に後退して衝撃波を回避した。


 二人は衝撃波を放った、堂々と正面玄関から登場した人物に視線を向けると――そこには、武輝である双剣を手にしたノエルが立っていた。


 戦闘の邪魔したノエルにセラは敵意をぶつけ、アルトマンは興味がなさそうに一瞥し、セラたちとの戦闘を邪魔しないように外で二人の戦いを眺めていた幸太郎は「ノエルさん、見つけた」と探していた人物が現れたことを呑気に喜んでいた。


「ノエルさん……どういうつもりですか? やはり、あなたは――」


「勘違いしないでください――あの人を止めるのは私の使命です」


 そう言って、問答無用で父と慕っていたアルトマンに飛びかかり、左右の手に持った剣を同時に、一気に振り下ろしたノエル。


 考えもなしに攻撃を仕掛けてきた、常に相手の動きを観察して冷静に攻撃を仕掛けるノエルらしくない行動に、不意をつかれながらもアルトマンは片手で持っただけの武輝で軽く受け止めた。


「なるほど、二人はお前が集めたというわけか――ふむ、使い物にならなくなったとは思っていたが、こんなところで役に立ってくれるとはな」


「何が目的かわかりませんが、アルトマン・リートレイド――あなたを拘束します」


「少しはまともになったようだが、今のお前にできるかな?」


 昨夜とは見違えるほどの覚悟を宿したノエルを評価しながらも、後退しながら赤黒い光を纏った武輝の刀身から衝撃波を放つ。


 目前に迫る赤黒い光を纏った衝撃波に、ノエルは左右の手に持った剣を交差させ、一気に振り払って衝撃波をこともなげにかき消し、同時に力強く踏み込んでアルトマンとの間合いを一気に詰めた。


 間合いに入ると同時に流れるような機械的な動作と左右の手に持った武輝を振るい、淡々とアルトマンを攻めるノエル。


 一応、味方と捉えるべき、か……

 それなら、今が絶好の機会だ。


 取り敢えず、今のノエルが味方だと判断したセラは、今がアルトマンを捕える絶好の機会だと判断して彼女とともに攻める。


 乱入してきたセラにノエルの無表情が僅かに険しくなって不快感を露にしながらも、何も言わずに彼女の好きにさせる。


 軽やかな足運びでノエルは一方の手に持った剣を薙ぎ払うように振るうがアルトマンは容易に回避、間髪入れずに、もう一方の手に持った剣を振り下ろすが、また回避される。


 そんなアルトマンの背後からセラは大きく踏み込むと同時に鋭い突きを放って不意打ちを仕掛けるが、武輝を盾代わりにして受け止められた。


 更なる攻撃を仕掛けようとするセラだが――アルトマンに攻撃を回避されると同時に距離を取り、刀身に光を纏わせた武輝からノエルが放った光弾がセラの邪魔をした。


 咄嗟に攻撃を中断し、後方に大きく身を翻して迫る光弾を回避するセラの動きに合わせて、アルトマンも後方に軽く跳躍して回避する。


 お互いに自分の行動を邪魔されたと思い、セラとノエルの不機嫌な眼光が交錯するが、お互いに何も言わず、取り敢えずはアルトマンに集中することにする。


 二人に攻められて防戦一方になるアルトマンだが、一見息が合っているようでありながらも、二人の連携は滅茶苦茶であり、お互いがお互いの邪魔をしているために隙が多く、二人の攻撃を容易に対処することができた。


 そして何より――防戦一方からアルトマンは一気に攻めに転じ、ノエルを目標に定める。


 狙いはノエルさんか! ――仕方がない。


 アルトマンの狙いがノエルに集中することを察して、セラは不承不承ながら彼女のフォロー入るために、守るようにして彼女の前に立つ。


 しかし、そんなセラのフォローを無視してアルトマンに突撃するノエル。


 左右の手に持った剣を交差させ、アルトマンと衝突すると同時に交差させた剣を一気に振り払う攻撃を仕掛けようとするが、アルトマンはそれよりも早く軽く彼女の武輝を弾き飛ばした。


 ノエルの武輝である双剣は宙に舞って床に突き刺さり、一瞬の間を置いて輝石に戻った。


 すぐに拾おうとするが、首筋に突きつけられたアルトマンの武輝の刃がその行動を止めた。


 ノエルを人質にされているためセラも不用意に動くことはできず、膠着状態になる。


「やはり、結局お前は足手纏いにしかならなかったな、ノエル」


 嘲笑を浮かべるアルトマンの言葉にノエルの無表情が何もできなかった自分への嫌悪感で歪むが、すぐに元の無表情に戻して探るような目でアルトマンを睨んだ。


「あなたは一体何が目的なんですか?」


「お前のおかげで目的の大部分は達成された。そこだけは褒めてやろう」


 そう言ってアルトマンはコソコソと外から自分たちを眺めている幸太郎を一瞥すると、セラの警戒心と敵意が一気に高まる。


「幸太郎君を利用するつもりだな」


「もちろんだ。彼がいなければ私の目的は果たされない」


「一体何が目的だ」


「ある意味、私は君たちと目的は同じだ……歩むべき過程は違うがな」


 激しくぶつけてくるセラの敵意をのらりくらりとかわし、意味深な言葉を呟くアルトマンからはどこか脱力しきった、腑抜けた印象をセラは感じていた。


「ここで出会ったのも何か理由があってのことだが、まだだ……まだ、早い。後は、機が熟すのを待つのみ。邪魔も入るようだから、私はこれで失礼しよう――


 待っている――その言葉を幸太郎に言い残したアルトマンは、この場から逃げようとする。


 逃げるためにノエルの首筋に突き立てていた武輝の刃を放した瞬間、アルトマンに飛びかかろうとするセラだが――轟音とともに外から大量の光弾が屋敷を撃ち抜き、咄嗟にセラとノエルは床に突っ伏した。


「屋敷内にいる人は全員伏せて。そうしないと敵とみなして問答無用で攻撃を仕掛ける」


 かわいらしくも冷淡な声がそう告げるとともに、外から三人の人物が登場する。


 一人は忠告を促した声の主であるアリス、もう一人はノエルの弟であるクロノ、最後の一人は武輝である身の丈を超える斧を担いで好戦的な笑みを浮かべている美咲だった。


「アリスちゃん! アルトマンが逃げます! 追いかけてください!」


 伏せたままセラはアルトマンがアリスに注意を促すが――


「もう逃げられた……踏み抜いた床下に隠し通路があったみたい。セラ、もう立って」


「逃げられましたか……拘束する絶好の機会だったのに」


「この周辺は制輝軍がいるから問題ない。すぐに見つかる」


 アルトマンが逃げたと告げるため息交じりのアリスの言葉とともに、セラは立ち上がった。


 アリスの言う通り、最後にアルトマンが立っていた床に大きな穴が開いており、その先に通路があった。アルトマンが騒ぎに乗じて逃げたことを悟り、悔しそうな表情を浮かべるセラ。


「私も立ってもよろしいでしょうか」


「ノエルはそのまま」


「わかりました」


「まー、いいじゃないの。ほら、ウサギちゃん立てる? あ、埃がいっぱいついてるから、おねーさんがきれいきれいにしてあげようねー」


「……一人でやれるのですが、ありがとうございます」


 伏せたままのノエルに手を差し伸べて立ち上がらせ、ヤラシイ笑みを浮かべてノエルの身体を撫でまわしながら、服についた埃を払う美咲。


 無表情のまま美咲に好き勝手にされているノエルに、クロノは詰め寄った。


 姉のノエルと同じく無表情だが、鋭い双眸はノエルへの非難と怒りに満ちていた。


「どういうつもりだ、ノエル。どうしてオマエは勝手に――」


「すみません」


 クロノへの非難を聞き終える前にノエルは淡々と謝罪を口にした瞬間――華麗な足運びで美咲から離れ、即座に床に落ちた自身の輝石を拾い、激しい戦闘でボロボロになった壁をぶち破って外に出ようとするノエル。


 しかし、そんなノエルの行動をアリスたちに遅れて現れたアカデミー側が用意した五人の輝士が取り押さえ、彼女の身体を床に叩きつけ、その拍子に手にしていた輝石を落としてしまう。


 五人がかりで押さえつけられながらもノエルは激しく抵抗して、何とか抜け出そうとした。


「乱暴はできるだけやめて」


 冷淡でありながらも懇願するアリスの言葉だが、手加減すればノエルが脱出してしまうと思った輝士たちは構わずに五人がかりで彼女の身体を強く床に押さえつけた。


「ノエル、悪いけど勝手な真似をする今のあなたは危険。だから、拘束する」


 失望と懇願を込めたアリスの言葉に、ノエルは大人しくなるが――


「ごめんなさーい」


 気の抜けた心からの謝罪とともに、ノエルを取り押さえていた輝士たちの内の一人の身体が軽く吹き飛んで、取り押さえていたノエルから離れた。


 輝士を吹き飛ばしたのは、輝石の扱えない幸太郎にとって唯一の武器である、ヴィクターが開発した電流を纏った衝撃波を放てるショックガンだった。


 取り押さえていた輝士が一人減ったことでだいぶ負担が減ったノエルは力任せで残りの四人を引き離し、落ちていた輝石を拾って壁をぶち抜いて外へ逃げた。


「待って、ノエル! 待ちなさい!」


「幸太郎君! 待ってください!」


 逃げるノエルをアリスは呼び止め、そんなノエルを追う幸太郎を呼び止めるセラだが、二人は構わずにこの場から離れてしまった。

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