第29話

 巴に向かって大和の武輝である巨大手裏剣が飛んでくる。


 舞うような足運びで巴に回避された手裏剣は一瞬だけ強く発光し、一つだった手裏剣が三つに分かれ、意思を持つかのような動きで巴に襲いかかった。


 巴は自身の武輝である十文字槍を手首で回して、自身に襲いかかる手裏剣を弾き飛ばす。


 弾き飛ばされた手裏剣は地面に落ちることなく、三つから九つに分離した。


 捉えどころのない不規則な動きで多くの手裏剣は動き回りながら死角から巴に襲いかかる。


 大きく後方へ向けて身を翻しながら襲いかかる手裏剣を武輝で防ぐ巴。


 巴が着地すると同時に、九つの手裏剣から一斉に光弾が放たれる。


 自身に向かってくる無数の光弾に向けて、恐れることなく疾走する巴。


 迫る光弾を舞うように華麗な動きで回避、武輝で撃ち落としながら、武輝である巨大手裏剣を億劫そうに担いでいる大和に接近する巴。


「あらら、さすがに巴さんに小細工は通用しないか」


 光弾の嵐をかいくぐりながらこちらに迫ってくる巴に、面倒そうにため息を漏らす大和。


 一気に間合いを詰めてきた巴は、大きく一歩を踏み込んで大和に向けて武輝を突き出す。


 後方に大きく身を反らして大和は回避するが、巴は流麗だが激しい攻撃を仕掛け続ける。


 次々と隙もなく繰り出される巴の攻撃にギリギリ紙一重で回避しながらも、大和は余裕そうに軽薄な笑みを浮かべていた。


 大きくバックステップをして、距離を取ろうとする大和の行動を阻もうとする巴だが――死角から襲いかかってきた九つの手裏剣が巴の行動を中断させた。


 再び九つの手裏剣の相手をする巴を、一人何もしていない大和は眺めていた。


「遠距離ばかりで自分は動かない戦い方は相変わらずのようね、大和」


「僕は肉体労働よりも頭脳労働専門だから、なるべく体力は使いたくないんだよね」


「輝石の力で武輝を無数に複製し、それを自由自在に操ることができるあなたの力は優秀だけど――それに頼らずに、接近戦もしっかり学びなさいと教えたはずよ」


「相変わらず手厳しいなぁ、巴さんは」


 大和が遠隔操作する複数の手裏剣の攻撃をかいくぐり、再び大和に接近した巴は接近戦を仕掛けてくる。


 間合いに入るや否や勢いよく武輝を突き出してくる巴の鋭すぎる攻撃が自身の身体を掠り、さすがに大和も軽薄な笑みを消して冷や汗を流した。


「と、巴さん、そんなに本気で攻めなくてもいいじゃないか。教皇庁に恩を作ろうとしている大悟さんの意図には何となく気づいてるから、ここは穏便に、適当に、友好的にね?」


「悪いけど、それはできないわ」


 必死な大和の説得に聞く耳持たない巴は、休むことなく攻撃を続ける。


 いっさいの容赦のない巴の攻撃を大和は紙一重で回避し続け、再び大きくバックステップをして一旦巴から距離を取った。


「ここで私が手を抜いたら、ティアやセラさんの顔に泥を塗ることになってしまうわ。二人の覚悟のために、私は本気で戦う」


「参ったなぁ……義理人情に厚いのが巴さんの美点なんだけどね」


 巴が本気で戦うことを予想していなかった大和は、深々と嘆息して困り果てていた。


「頭脳派の僕がバリバリ肉体派の巴さんに敵わないって」


「言い訳しないで来なさい、大和。遠距離ばかりで接近戦を疎かにするあなたのために、久しぶりに稽古をつけてあげるわ。それに……少し、運動不足気味だから、激しい運動に付き合ってもらうわよ」


「か、勘弁してよ、巴さん」


 一気に距離を詰めてくる巴に心底げんなりする大和だったが、彼女の顔には余裕そうな軽い笑みが張り付いており、周囲には複製した多くの手裏剣が浮かび上がっており、しっかり巴を迎え撃つ準備は整えていた。


 接近戦に弱い大和に稽古をつけるため、そして、運動不足気味な自分のために巴が大和と激しくぶつかり合っている傍で、麗華と美咲は激しくぶつかり合っていた。


 ニコニコと心底戦っている今の状況を楽しんでいる笑みを浮かべている美咲は、自分の武輝である巨大な斧を軽々と片手で持って大振りで振り回していた。


 大振りだが矢継ぎ早に高速で繰り出される美咲の攻撃に、余裕を持って華麗で華麗に避けながらも自身の武輝であるレイピアで反撃することができなかった。


 大きく振り上げた武輝を、力任せに思いきり美咲は振り下ろす。


 半身になって振り下ろされた武輝を無駄に華麗な動きで回避すると同時に、全身のバネを使って勢いよく武輝を突き出す麗華。


 麗華の鋭い刺突が美咲の身体に直撃するが、まったく効いていない様子で美咲はニカッと大きく口を開いて笑っていた。


 仕返しと言わんばかりに美咲は勢いよく武輝を薙ぎ払った。


 後方に大きく、そして、優雅に身を翻して美咲の攻撃を回避しながら、麗華は光を纏わせた武輝から無数の光弾を上空へ向けて発射させ、美咲の頭上にシャワーのように振り注ぐ。


 降り注いでくる光弾を美咲は避けることもせず、片手で持った武輝を軽く振っただけで発生させた衝撃波にも似た突風で光弾をすべてかき消した。


 光弾をかき消されると同時に、武輝に光を纏わせた麗華はアスファルトの地面を砕くほどの力強い一歩を踏み込む。


「行きますわよ! 必殺、『エレガント・ストライク』!」


「おぉー、いいね、それは中々良いよ」


 自分に接近して、恥ずかしげもなく必殺技の名前を堂々と、力強く叫びながら鋭い突きを放つ麗華の必殺技を、興奮気味な笑みを浮かべながらも美咲は片手から両手に武輝を持ち替えて防ぐ。


 勢いよく武輝を美咲に突き出すと同時に、武輝からレーザー状の光が放たれた。


 両手に持った武輝で麗華の渾身の一撃を防いでいた美咲だったが、防ぎきれずに勢いよく吹き飛び、そのまま地面に叩きつけられてしまう。だが、すぐに美咲は平然とした様子で起き上がって服や身体についた埃を払った。


「今の必殺技は中々よかったね❤ 直撃したらひとたまりもないよ。でも、アタシとしてはもーっと激しいのが欲しいかな♪」


「――それでは、お望み通り激しく行きますわよ! 必殺! 『ビューティフル・ハリケーン』!」


 激しく身体を動かして目にも止まらぬ速度の連続突きを放つ麗華に、待っていましたと言わんばかりに弾けるような笑みを浮かべる美咲。


 何かに気を取られている様子で、美咲は麗華の攻撃を避けることなくほとんど受けてしまっていた。


 嵐のような連続攻撃の最後は渾身の鋭い突きを放ち、美咲は興奮しきった嬉々とした笑みを浮かべながら吹き飛んだ。


 先程と同様すぐに立ち上がる美咲だったが、さすがの彼女も激しい麗華の連続攻撃を受けてダメージを負っているようだった。しかし、それでも美咲は楽しそうでありながらも、興奮気味な熱っぽい笑みを浮かべていた。


 アカデミートップクラスの実力者である美咲を追い込みながらも、歯ごたえのない彼女に麗華の表情は不満気だった。


「ちょっと、美咲さん! 真面目にやっていますの?」


「……いやぁ、動く度に揺れるなんて眼福だね。うん、麗華ちゃん、いいもの持ってるよ」


「どこを見て言っているのですか!」


「もちろん、麗華ちゃんの肉体」


 幸福の絶頂にいるような蕩けた表情を浮かべて自分の肢体を熱っぽい目で眺めている美咲の視線に気づいた麗華は、羞恥で顔を赤く染めて両手で自分の身体を覆い隠した。


「アタシもそれなりに自信があるんだけどさぁ、麗華ちゃんほどじゃないよ☆ でも、やっぱりトップクラスは水月のさっちゃんかな? あの子はすごい、ホントにすごいよ。まさに脱いだらすごいってやつだよね♪」


「そ、そんなことはどうでもいいのですわ! とにかく、真面目にやってください!」


「うーん、そう言われても、正直いまいち気が乗らないんだよねぇ」


「好戦的な美咲さんにしては珍しいですわね」


 やる気に漲っている麗華とは対照的に、美咲はやる気がなさそうに武輝を肩に担いだ。


 普段から好戦的であるにもかかわらず、やる気がなさそうな美咲を麗華は意外そうに思った。


「もちろん、麗華ちゃんみたいな子と戦えるのは嬉しいんだけどさぁ……今回の件、みーんな自分たちの主張をぶつけて、険悪なムードになっちゃってるんだよねぇ。ウチだって、ウサギちゃんとアリスちゃんが軽い喧嘩しちゃったし――この状況で喧嘩するのは正解なのかな?」


 軽薄な笑みを浮かべながらも、美咲の瞳には状況を客観的に把握する冷静さが宿っていた。


「お互いぶつかり合わなきゃならない時だってあるってわかるんだけど、どんなに立派な覚悟を決めても、どんなに大切な目的があっても、結局は友達と戦うことには変わりはないんだよ?」


 的を射ている美咲の言葉に、麗華は何も反論できない。


「それに、こちらの人数と実力を考えれば麗華ちゃんたちの勝ち目は正直薄いし、幸太郎ちゃんなんて戦力外。それなのに、無謀にもティアちゃんと戦ってる……わからないなぁ」


 友人たちとぶつかり合い、分が悪いにもかかわらず果敢にも立ち向かおうとする麗華たちのことが美咲には理解できなかった。


「分が悪くても通さなければならない意志があるのですわ」


「友達と喧嘩しても?」


「友人だからこそ、お互いの考えが相違したらぶつかり合うべきなのですわ。怒って、悩んで、後悔して、泣いて――様々な感情を経て、見つけることができる『答え』のために」


「それじゃあ、みんなその『答え』を探すために喧嘩しているんだね」


「それはわかりませんわ。だって、みなさん抱えているものが違いますもの。ですが、少なくとも私はそのような感じですわ」


「何となくだけど、みんな友達のために喧嘩してるってことはわかってきたかな……」


 友人とぶつかり合う理由を、今度は淀みのない口調で麗華は自分の考えを話した。


 口では友人とぶつかり合うことを認めている麗華だが、それを全面的に認めているわけではなかった。


 だが、ぶつかり合わなければ見つけることができない答えだってあることを、幼馴染と本気でぶつかり合った経験がある麗華には十分に理解していた。


 その結果幼馴染を救えることができたと思ったからこそ、麗華は友人とぶつかり合う選択肢を選んだ。


 麗華の『答え』を聞いて、美咲は満足気に笑って納得したように頷いた。


「それと、美咲さんたちは勘違いしていますわ。幸太郎はそんなに弱くありませんわよ――認めるのは癪ですが」


 不満気な表情を浮かべてそう訂正すると、麗華は自信に満ち溢れた力強い笑みを浮かべた。




――――――――――――




 身の丈をゆうに超える武輝であるランスを持った聖輝士グラン・レイブルズは、宙を舞っていた――文字通り。


 夜空に届くくらいに天高く跳躍して、頂点に達したところでさらに跳躍、またさらに跳躍し、宙を舞っていた。


 縦横無尽に空を駆け巡るグランを、地上にいる武輝である盾を持っているリクトは目で追っているが、目で追えずに中々攻撃を仕掛けられないでいた。


 獲物を狙う鷹のように自由自在に宙を舞いながら、地上にいる獲物――リクトへ攻撃を飛びかかる。


 空を連続で蹴って、捉えどころのない不規則な動きで宙を舞いながらリクト――ではなく、リクトの持つ武輝に向けて攻撃を仕掛け、彼の手から武輝を弾き飛ばそうとする。


 武輝同士が激しくぶつかり合う重い金属音が夜空に響き渡り、強烈なグランの攻撃の衝撃でリクトの華奢な身体は大きく吹き飛ばされた。


 あまりの衝撃で手が痺れて、武輝を手放そうとしてしまいそうになったが、それを堪えてリクトは立ち上がった。


 上空にいるグランに向けて、リクトは光を纏った盾から光弾を連射させるが、華麗に宙を舞ってグランは容易に回避した。


 闘志を漲らせていっさい退く気のない目でこちらを見上げるリクトに、グランは深々とため息を漏らして地上に降り立った。


「リクト様、いい加減にしてください。こんなバカなことはやめるべきだ」


「あなたがバカなことだと思っていても、僕は真面目にやっています」


 説得しようと試みるグランを、リクトはキッパリと突き放した。


 ……世間知らずのお坊ちゃまめ。

 あのじゃじゃ馬娘といい、このお坊ちゃまといい、どうして自分の状況を理解しないんだ。


 時間がかかるが、教皇庁が苦渋の決断を下そうとするかもしれない今の状況を、それに何よりも自分の立場を理解していないリクトにグランは苛立ちを覚えた。


「それは結構なことですが、少しは冷静になって状況を考えてください」


「僕は至って冷静ですよ、グランさん。だからこそ、僕は覚悟を決めて今こうしてあなたやセラさんたちと対峙している」


「俺からしてみたらそうは思えない。覚悟を決めているようであって、あなたたちは一時的な感情に突き動かされているだけだ。それは覚悟とは呼べません」


 厳しいグランの指摘に、「……そうですか」とため息を漏らしてリクトは頷くと――リクトは一気にグランとの間合いを詰め、武輝である盾で彼を殴りつけた。


 いっさいの迷いのないリクトの一直線の攻撃に、グランは容易に武輝で受け止めた。


「これで僕が本気だと理解していただけましたか?」


「……よく理解できましたよ」


 なるほど……一時的の気の迷いではないようだ。

 それに、攻撃に無駄な感情が込められていない――相手は冷静でいるようだ。

 ……本気、ということか。

 

 ――なら、どうして理解できないんだ!


 躊躇いのないリクトの攻撃を防いで、一時的な感情に支配されているわけではなく、彼が冷静で本気であることを悟ると同時に、グランが抱いている苛立ちがさらに強くなった。


「リクト様、教皇庁の――いいえ、エレナ様の判断を信じてください」


「母さんは信じています。しかし、判断を待っている時間はありません。強い憎悪で動いているセイウスさんに捕えられているプリムさんは危険です。悠長に判断を待っていたら、最悪の結末を迎えることになってしまうかもしれないんです」


 ……世間知らずのお坊ちゃまの言葉が、こんなにも耳が痛いとはな。

 だが、お坊ちゃまのわがままが通じるほど、現実は甘くない。


 セイウスの傍にいるプリムを想って不安と焦燥に満ちているリクトの言葉に、プリムの護衛を務めていたグランの凝り固まった心が揺さぶられる。


 説得するはずだったのに、逆に説得されそうになってしまったことに心の中で苦笑を浮かべつつ、揺れる心に喝を入れて引き締める。


「確かにリクト様の決断は正しいのかもしれない。しかし、あなたはご自身の立場をわかっていない。次期教皇最有力候補、それ以上に教皇エレナの息子であるあなたが、こんな大事をしてしまえば、教皇庁は大いに混乱してしまう。ただでさえ、最近の鳳グループの不祥事で世間やアカデミー都市全体が混乱して不安に駆られているというのに、あなたのわがままな行動によって混乱がさらに広がってしまうことになるんです」


「立場に縛られて何もできないなら、僕はその立場を捨てることを選びます」


「……大層なことを言っているが、それは単なるあなたのわがままだ」


 もっと何か反論すべき言葉があるはずなのに、上手く反論できないとは……

 情けない。


 自分の立場を捨て去ると平然と言い放つリクトの言葉が、グランの引き締めたはずの心に強く響く。


 リクトの言葉に反論するグランだが、それは何か言い返さなければ、言い負かされてしまうと思って無理矢理捻り出したその場凌ぎの言葉だった。


 上手い言葉を言い返せなかった自分の情けなさに、グランは心の中で深々と嘆息した。


「たとえわがままだとしても、僕は一人の友人としてプリムさんを助けたい。プリムさんを護衛していたグランさんなら、僕のこの気持ちを理解できると思います」


「申し訳ないが、俺にはリクト様たちを止めるという任務がある。教皇庁に仕える聖輝士である立場の俺は、あなたのような自分の感情に突き動かされるわけにはいかない」


 リクトに、何よりも彼の一言一言に心が揺らいだ自分に言い聞かせるようにグランは宣言するようにそう言った。


「聖輝士ではなく、グランさんとして、プリムさんを助けることについてどう思っているのかを聞かせてください」


「これ以上の問答は無用です。手荒い真似で申し訳ありませんが、本気であなたを止めます」


 俺は聖輝士であり、世間知らずのお坊ちゃまを止める任務を受けている。

 だから、任務に私情を挟むべきではない――してはならないんだ。


 心の中で何度もグランはそう言い聞かせ、自分の立場を思い知らせる。


 厳しくも縋るような目で追及してくるリクトから逃れるように、グランは話を中断させる。


 そして、奮い立たせるようにして戦意を無理矢理漲らせた。


 天高く跳躍したグランは、再び縦横無尽に空を駆け回る。


 先程と同様に空を駆けるグランの動きは流麗であったが、先程とは異なり、動きに余計な感情が入り過ぎていた。


 リクトはそんなグランの動きを、今度はしっかりと目で捕えていた。


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