第29話
セントラルエリアの大病院の屋上にいるノエルは、セントラルエリアの中央に塔のようにそびえ立っている鳳グループ本社と教皇庁本部を眺めていた。
二日前の事件のせいで爆破された、アカデミー都市を象徴する塔のようにそびえ立っている建物は悲惨な状態になっていた。
鳳グループ本社のパーティー会場だった屋上付近の階は輝械人形と兵輝使用者たちとの激しい戦闘によってすべての窓ガラスが無残に割られ、特にひどいのは爆破された電源装置や非常電源装置などがある階で、その部分だけ強烈な爆発のせいで抉られられたようになっていた。
爆発のせいで数階分虫に食われたかのように抉られている鳳グループ本社は、危ういながらも何とかバランスを保っていたが、最も危険だったのは隣の教皇庁本部だった。
屋上が爆弾で吹っ飛ばされ、崩れた屋上の瓦礫が下の階の天井を突き破り、鳳グループ本社と同じ高さだったのに、数階分低くなってしまっていた。それに加えて、連鎖的に起きた爆発のせいでバランスを失った建物が鳳グループ本社に向けて傾いており、僅かな衝撃でも加えれば鳳グループ本社に向かって倒れそうになっていた。
そのため、二つの建物を立て直す目途が立つまでは数キロまでは立ち入り禁止の状態だった。
アカデミーの大きな変化に耐え切れずに、倒壊しそうになっている二つの建物をノエルはどこかむなしそうに眺めながら、父――アルトマンのことを思っていた。
北崎雄一、アルバート・ブライトは拘束され、協力者は残っていない――そのはずだ。
しかし、近い内にアカデミー都市で騒動を起こす可能性は高い。
……これ以上何をするつもりなの?
今回の騒動で協力者たちを失ったアルトマンだが、ノエルは近い内に必ず彼がアカデミー都市内で騒動を起こすだろうと確信を抱いていた。
同時に、交戦した際にアルトマンから感じていた違和感が頭に浮かび、嫌な予感が過ったノエルは無表情ながらも若干俯いて、憂鬱そうにしていた。
次にアルトマンが起こす騒動で――何か、大変なことが起きてしまうと思っていたからだ。
それを防ぐため、アルトマンをどんな手段を用いても必ず止めなければならないという気持ち以上に、まだ、ノエルにはアルトマンを父と慕い、何とかして説得したいという心が存在していた。
「……大丈夫、ですか?」
「何も問題はありません」
背後から不意に話しかけ、自身の隣に現れたセラ・ヴァイスハルトに、自身の弱みを見せつけてしまったような気がしたノエルは無表情ながらも僅かに仏頂面を浮かべ、鳳グループ本社と教皇庁本部を眺めたまま機械的でそっけない返事をした。
「何か報告でもあるのですか?」
要件がないならさっさと帰れと言っているような、素っ気なく、突き放すようなノエルの態度に、「いえ、別にありません」とセラは気圧されることなく平然とそう返し、「ただ――」と話を続けて、頭を下げた。
突然頭を下げたセラを、ノエルは不思議そうに眺めた。
「感謝をしたかっただけです。今回の件で幸太郎君を守ってくれて、ありがとうございました」
「別に感謝される筋合いはありません。自分の任務を全うしただけです」
「それでも、ありがとうございました」
「別に気にしないでください。私も別に気にしないので」
「そうですか。それならよかったです」
心から感謝しているというのに、お互いに借りは作らないと遠回しに言っている、ノエルの突き放すような言葉と態度に、若干ムッとしながらもそれを表情に出すことなくセラは頭を上げた。
用件が済んだのならさっさと帰れ――そう言っているような雰囲気のノエルをジッと見つめながら、セラは彼女の前から去ることなく会話を続ける。
「アルトマンと衝突したと聞きました」
「ええ。取り逃がしてしまいましたが」
セラの口からアルトマンの名前が出た瞬間、ノエルの胸がざわつき、むかむかしながらも、そんな気持ちをいっさい表情に出すことなく、機械的ながらも若干棘のある声で返事をした。
「……どうでしたか?」
「何が聞きたいのですか?」
「久しぶりに父と慕う存在と再会し、交戦してどうでしたか?」
「あなたには関係ありません」
……不愉快極まりない。
自身の反応を観察するようでいて、挑発するようなセラの質問にノエルは不快感を露にする。
無表情ながらも露骨に機嫌の悪そうな空気を放っているノエルに気圧されることなく、セラは彼女の反応を観察するようにじっと見つめていた。
そんなセラの視線が自分に疑念を抱いているように感じたノエルの胸のざわつきが更に強くなると同時に、不快感を露にして彼女に鋭い視線を向けた。
「私が敵側につく――そう考えているのですか?」
勝手に勘違いをして、不快感を抱いているノエルに、「勘違いしないでください」とセラはため息交じりにそう答えた。
「アルトマンに優れた協力者がいなくなった今、あなたやクロノ君が寝返るのではないかという懸念する声が確かにありますが――正直、私はそうは思っていません」
「そうは思えませんが」
「今のノエルさんを私はそれなりに信用しています」
「なんだか、気持ち悪いです」
「……私も自分で言って気持ちが悪いです」
対抗意識を抱いている相手に対し、不承不承といった様子でありながらも、心からの言葉を口にするセラ。
それなりであっても自分を信頼していると言ったセラに、ノエルは嬉しいような、鬱陶しいような、それ以上に気持ち悪いような複雑な気持ちになる。その気持ちはセラも同じだった。
空気が弛緩する前に、「とにかく――」とセラは話を続けた。
「協力者がいなくなった今がアルトマンを追い詰める絶好の機会だと判断し、これからアカデミーだけではなく、世界は危険人物であるアルトマンを捕らえるために全力を尽くすでしょうが、追い詰められれば相手がどんな行動に出るのかわかりません」
「追い詰められても隙を見せる人ではありません」
「ですが、近い内に必ず私たちの前に現れる――そう感じているんじゃないんですか?」
自分と同じことを思っているセラに、不快感以上に、自分の心の内を見透かされているような気がしてしまったノエルは閉口して、これ以上自分の気持ちを悟られないようにする。
しかし、もう遅かった――口を閉ざしたノエルの態度を見て、セラは彼女が父と慕いながらも敵対するアルトマンに対してどう思っているのか、理解してしまったからだ。
「どう思おうが、何をしようが勝手ですが――アルトマンのことに関して、周囲は穏便で解決することはできないと考えていますし、私もする気はありません。だから、アルトマンが現れれば私は全力で戦います」
数年前にアカデミー都市内で発生した、『死神』と呼ばれた人物が引き起こした連続通り魔事件――ノエルやクロノと同じ、アルトマンが開発したイミテーションであるファントムが引き起こした事件からはじまる、アルトマンとの因縁を回想しながら、セラは誓うように、それ以上にノエルに忠告するようにそう言い放った。
自分の中にある気持ちを察しているセラに、ノエルの中にある焦燥感が刺激された。
セラは気づいていた――父と慕うアルトマンとの戦いをできるだけ穏便にすましたいという気持ちを抱いている甘い自分と、穏便には解決にできないと気づいてしまっている現実的な自分との間で揺れているノエルを。
だからこそ、ノエルは先日の一件でアルトマンと対峙した際、二つの合間で揺れて、迷いを抱いてしまっているせいで全力で彼と戦うことができず、簡単に彼を逃がしてしまった。
「そのままでいるならあなたはこれ以上、アルトマンと関わらない方がいい」
「余計なお世話です」
……理解している。
そんなこと、一々言われなくともわかっている。
厳しいながらも自分を気遣うセラを、無表情ながらも苛立つノエルは、淡々としながらも僅かに感情的になってしまっている言葉で突き放した。
「言いたいことはそれだけですか?」
「ええ、取り敢えずは。――ですが、わざわざ言わなくてもよかったみたいですね」
「余計なお世話ですし、あなたには関係ありません」
僅かに感情的になっているノエルを見て、自分が言わなくとも彼女ならば十分に承知していると感じ取ったセラは、用件が済んだので「失礼します」とノエルの前から立ち去った。
一人になったノエルは、再び崩れ行く教皇庁本部と鳳グループ本社に視線を向けた。
理解している――言われなくとも、理解している……
わかっている……だから、何も問題はない。
近づく決戦を想像し、ノエルは問題ないと自分に言い聞かせるが――
その度に、アルトマンを父と慕う自分の心が邪魔をした。
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