第28話

「――それで、考えなしに屋上から飛び降りた無鉄砲アンポンタンはどうなりましたの?」


 事件から二日後――意識が回復し、精密検査を終えた麗華はVIP専用の個室の病室に移されてすぐに、彼女に呼び出されたサラサから事件の大まかな内容を聞いていた。


「え、えっと……北崎さんと落ちて、幸太郎さんはバラバラになったんですけど……もげた首から幸太郎さんが元気よく話していて無事でした」


「想像したら実に気持ち悪いですわね」


「それで、その……意識のなかった幸太郎さんの身体ともげた頭部に近づけたら、無事に輝械人形に定着していた精神が身体に戻ったんです。エレナ様が言っていましたが、身体と精神は二つで一つなので、磁石のように簡単にくっついたとのこと、です」


「原理はいまいち理解できませんが、取り敢えずは元へ戻ったようですわね。まったく……凡骨凡人のくせに人騒がせですわね」


 ……お嬢様、安心してる。

 やっぱり、何だかんだ言って、心配だったんだ……お嬢様、かわいい。


 幸太郎の身体に精神が戻ったというサラサの報告に、人質になって今回の騒動を厄介にした幸太郎を忌々しく思う麗華だが、同時に僅かに安堵していた。


 素直ではないながらも安堵している麗華を見て、サラサは優しく微笑んだ。


「幸太郎さん、昨日一日検査入院をしていましたが、ついさっき無事に入院しました。元気ですよ」


「だというのにわたくしの前に挨拶に現れないとは、周りに多大な迷惑をかけたというのにいい度胸ですわ。あの無礼で礼儀知らずのバカモノはどこにいますの?」


「幸太郎さん、美咲さんと刈谷さんと一緒に焼肉を食べに行ってます。輝械人形になっている間、食事ができなかった分を取り戻したいそうです」


「多大な迷惑をかけたというのに呑気に食事とは、ホント、良い度胸してますわね! 退院したら、活動停止していた間の風紀委員の雑務はすべてあのバカモノに投げますわ!」


「い、一応、その……き、輝械人形になっている間、お、お嬢様たちのことを心配して、ました。何かあるごとに、お嬢様のことを気にかけていました……一応」


「鳳グループ本社は半壊、教皇庁本部は鳳グループ本社以上に破壊され、運良く倒壊はしていないとのことですが、すぐにでも解体しなければ少しの衝撃ですぐにでも倒壊するとのことですわ! 北崎さんとアルバートさんのせいとはいえ今回の騒動はあの男が原因で、鳳グループ本社も教皇庁本社も立て直しが必要で、被害も、修復費用も甚大ですわ! それに、救出へ向かった教皇庁のヘリコプターも攻撃を受けて使い物にならなくなったと聞いていますわ! こうなれば、あのバカ男の身体で今回の被害の費用を稼いでもらいますわ!」


 騒動の渦中にいた幸太郎が呑気に焼き肉を食べに行っているという報告に、怒り心頭の麗華。そんな彼女の怒りを鎮めようとするサラサだが、その甲斐なく、ヒートアップする。


「まったく! サラサも大変だったのではありませんか? あのバカモノの介護は! あなたも少しは文句を言ってもいいのですわ」


「はい、結構大変、でした。勝手なこともするし、無茶するので」


 まったく……本当に大変だったし、心配もした……

 でも――よかった。

 今まで言えなかったことも言えたし……幸太郎さんと一緒に入れたから……


 怒りに任せた麗華の言葉に、輝械人形と化した幸太郎と過ごした短い時間と、今まで言えなかった過去の話を言えたことを思い出し、サラサは楽しそうな微笑を浮かべてそう答えた。


 そんなサラサから普段消極的だというのに、どこか情熱的で甘い雰囲気を感じ取った麗華は、怒りを忘れて驚いた様子で彼女を見つめていた。


「あまりにも無茶で、だいぶバカな真似をして北崎さんを倒した姿は呆れましたけど――……一緒にいて、何だか子供のように感じて、かわいいと、思いました」


 母性的で情熱を感じさせる笑みを浮かべて何気なく幸太郎と過ごした日々の回想するサラサに、麗華は少し意地悪に、わざとらしく「ウォッホン!」と咳払いをした。


「とにかく、あのアンポンタンは無茶で勝手な真似をしたせいで、サラサたちにも迷惑をかけたことは十分にわかりましたわ!」


「でも、幸太郎さんを無茶をさせたのは私にも、責任があります」


「あなたが責任を感じることはありませんわ! すべてはあの分不相応に無鉄砲なことをしたポンコツの自己責任! 気に病むことなど一ミリもありませんわ!」


 お嬢様はそういってるけど……

 どうにもならなかったとはいえ、幸太郎さんを守ろうと誓ったのに無茶をさせたんだ……


 幸太郎を守ると誓いながらも、最終的に彼に無茶をさせてしまうことになってしまったことに責任を感じているからこそ、麗華の言葉を受けても納得できなかった。


 自分以上に幸太郎を守りたいと思っているのは――何だかんだ言いつつ麗華だと、サラサは知っているからだ。


「お嬢様たちの代わりに幸太郎さんを守ろうと誓ったのに、最終的には幸太郎さんの力を借りざる負えませんでしたし、危険な目にも合わせてしまいました……だから、ごめんなさい」


 麗華たちの代わりを務めようと誓ったのに、それが中途半端になってしまったことを深々と頭を下げて謝罪するサラサに、罪悪感が刺激され、すっかり毒気が削がれてしまってしまう麗華。


「……もういいですわ、頭を上げなさいサラサ」


 嘆息交じりに放たれた麗華の言葉に、サラサはゆっくりと顔を上げるが、彼女の顔は曇ったままだった。


 そんなサラサを見て麗華は再び深々とため息を漏らした後、気恥ずかしそうに口を開いた。


「あなたやアリスさんたちが傍にいなければ、あの頭プディングの無鉄砲男はもっと無茶をしていましたはずですわ……だから、その……よ、よくやりましたわ、あなたは――え、えっと、そ、その……なんというか……わ、私は、か、感謝、していますわ」


 心底不承不承といった様子でいて、顔を真っ赤にして気恥ずかしそうに、意識を失っていた自分たちの代わりに幸太郎の傍にいて、彼を守ってくれに感謝する麗華。


 幸太郎のことに関しては滅多に感謝の言葉を言わない麗華が、珍しく感謝の言葉を述べたことに、サラサは驚くと同時に、幸太郎に対する麗華の気持ちを知ったような気がして、曇っていた表情が僅かに綻んだ。


「……やっぱり、お嬢様も幸太郎さんのこと、心配だったんですね」


「違いますわ! 凡骨凡庸のアホ男が無駄で無鉄砲な真似をして、周りに迷惑をかけるのを心配していただけですわ! だから、決してあんな男を心配していたわけではありませんわ!」


 ……相変わらず素直じゃないけど――

 やっぱり、お嬢様も幸太郎さんのこと、大切に思ってる。

 でも、それは私も同じ――だから、今度はきっと、ちゃんと、幸太郎さんを守る。

 だから、中途半端にならないように、もっと強くならないと。


 素直じゃない麗華の態度を微笑ましく思いつつも、麗華が自分と同じ――もしくは、それ以上に幸太郎を大切に思っていることを察したサラサは、今度は中途半端にならずに幸太郎を守れるよう、強くなることを心から誓った。


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