第27話

 ようやく出れた……

 びっくりしたー、いきなり爆発するなんて。

 でも、アクション映画みたいで貴重な体験かな?

 あ、それよりも――


「おーい、サラサちゃーん、アリスちゃーん、北崎さーん、アルバートさーん」


 北崎の仕掛けた爆弾が爆発し、屋上が崩れ、崩れた瓦礫に潰されて身動きが取れなかった幸太郎は何とか瓦礫から這い出て、あの場にいたサラサたちの名前を叫ぶが――何も反応はなく、月のない夜空へとその声は吸い込まれた。


 屋上が崩れたせいで鳳グループ本社と同じ高さだった教皇庁本部が若干低くなっており、その低くなった教皇庁本部の屋上に幸太郎は立っていた。


 頑丈な輝械人形と化している幸太郎の身体は、降ってきた瓦礫のせいで多少の傷はついていたが、それ以外は特に何も問題はなく動けていた。


 瓦礫から這い出て、周囲を歩き回って何度かサラサたちの名前を呼んでも何も反応はなかったが――しばらくして、ガラガラと瓦礫が動く音とともに一人の人物が瓦礫から這い出た。


「ふぅー、何とか無事だったようだ」


 かけていた眼鏡のレンズにヒビが入り、爆発と降ってきた瓦礫のせいで所々破れてしまったスーツについた埃を手で払いながら、無傷の北崎雄一が瓦礫から這い出てきた。


 現れた北崎を見て、幸太郎は「無事だったんですね」と呑気に安堵する。


「おかげさまでね。やっぱり、兵輝の力はすごいよ。あの爆発でも僕の身体を守ってくれたんだからね。でも、お気に入りのスーツが台無しだ」

「それ、高そうですもんね」

「ああ、いや、そういうわけじゃないんだ」

「もしかして誰かのプレゼントですか? 北崎さん意外に隅に置けない?」

「ただお気に入りってだけだよ。僕って結構オシャレに気を遣うんだよね」

「北崎さん、お付き合いされている人とかいるんですか?」

「おっと、随分唐突だね。せっかくだから、僕の華麗で甘酸っぱい恋愛遍歴を教えたいところだけど――いやー、こういうことやってると出会いの場がなくてね、君のような若人に教えることが何一つないんだ」

「残念です」

「もちろん、僕は大人だから、何度かお付き合いさせていただいたことはあるんだけどさ、決まってみんな『あなたは何を考えているのかわからないし、信用できない!』って言われて別れたんだ」

「あー、それわかります」

「もっと素直に、心をフルオープンにしないとダメだね」

「それじゃあ、僕で練習しますか?」

「お言葉に甘えさせてもらおうかな――じゃあ、


 呑気な世間話を繰り広げていたが、『ちょっとトイレに行ってくる』と告げる時のように軽く、気の合う友人と接する時のようなフレンドリーなノリで、北崎は六角形の物体――兵輝を取り出し、剣と銃が一体化した武輝に変化させた。


 兵輝を武輝に変化させて戦うつもりの北崎に、幸太郎は嫌そうにため息を漏らす。


「痛いから戦うの嫌なんですけど、穏便に話し合いで解決しましょうよ」

「荒っぽいことするのも僕のキャラじゃないから戦いたくはないんだけど――君は大人しく僕に捕まる気はないだろう?」

「そうですね」

「それなら、穏便に解決するのは残念だけど無理だよ。まあ、大丈夫。輝械人形に精神が宿っているだけの君なら、痛みは感じないと思うから」

「それなら、いいんですか? 僕、改造してきっと強くなってますよ」

「それは僕だって同じだよ。兵輝を使えば僕だって君たち輝石使いと同等の力を得られるんだからね」

「そんなに僕を捕まえたいんですか? ……何だかちょっとエッチです」

「勘違いしないでよ。精神だけでも君は立派な人質になれるんだ。だから、君を捕まえれば、また今回と同じような騒動を引き起こせるってことさ。今回、君のおかげで、アカデミーは後手後手に回っていたからね。それを利用しない手はないさ」

「それなら僕だって全力で抵抗させてもらいます。よーし、気合が入ってきました」

「じゃあ――はじめようか」


 幸太郎が気合を入れると同時に、薄ら笑いを浮かべた北崎は――兵輝によって輝石使いと同等まで強化された自身の肉体を使い、幸太郎との間合いを一気に詰めた。


 気づいたら目の前に現れた北崎に、幸太郎は素っ頓狂な声を上げてただただ驚くことしかできず、そんな幸太郎の頭部目掛け、力任せに北崎は武輝を振り下ろした。


 けたたましい衝突音とともに襲いかかる衝撃で世界が揺れる幸太郎。


「い、痛――くはないけどびっくりした! それなら、必殺のブレードを抜くしかない!」


 強烈な一撃を食らって頭部が若干ひしゃげたが、輝械人形になっているおかげで痛みがなかったので、すぐに背部に携えていた必殺の超振動ブレードを引き抜いた。


「ちぇすとー!」


 両手に持ったブレードを大きく振り上げ、気の抜けた声とともに勢いよく振り下ろす幸太郎。


 大振りで隙の多い一撃を回避することも防ぐこともなく、自身に迫るブレードに向けて北崎は手にした武輝を軽く振るった。


 一秒間に何万回も細かく振動する刃で、万物を切り裂く幸太郎の持つ超振動ブレードと、北崎の武輝がぶつかり合い、空間を揺るがすほどの衝撃が突風となって周囲に襲いかかる――ことはなく、パキンと固い板チョコが割れるような小気味良い音と音ともに、必殺の超振動ブレードが折れた。


「わー! お、折れたぁ!」


 必殺の超振動ブレードが無残にも折られ、情けない悲鳴を上げる幸太郎に容赦なく次々と攻撃を仕掛ける北崎。


 戦闘にまったく慣れていないどころか、まともな戦闘などしたことのない幸太郎は反撃も防御もできず、ただただ北崎の攻撃を受け続けていた。


 幸いにも輝械人形に精神を宿している今の幸太郎には北崎の攻撃を受けても痛みを感じなかったが、それでも頑丈な輝械人形のボディが傷だらけになっていた。


 強烈な一撃を食らわせるために北崎は数歩後退してすぐに、大きく一歩を踏み込み、同時に武輝を突き出した。


 後退したと思ったら再び目の前に現れた北崎に驚いた幸太郎は後退ってしまい、踏み込むと同時に放った刺突を運良く回避したが、すぐに北崎は柄にある引き金を引いて、銃身と一体化した刀身から光弾を放つ。


 避けることも防ぐこともできずに光弾に直撃した幸太郎は吹き飛び、受け身も取らずに地面に激突した。


「よーし、それなら!」


 吹き飛ばされて北崎との間合いが開いた幸太郎は、両腕部に装備されたショックガンから、電流を纏った衝撃波を発射する。


 普段輝石を武輝に変化させることのできない幸太郎が、唯一の武器として使っているショックガンの威力の倍以上あり、直撃すれば並みの輝石使いを昏倒させられるが――迫る不可視の衝撃波を全神経が強化された北崎は容易に、華麗な足運びで半身になって回避する。


 回避されても幸太郎は考えなしにショックガンを乱射する。


 乱射された不可視の衝撃波の合間を縫って、北崎は幸太郎に接近する。


「こうなったら、必殺――」


 ショックガンを乱射している左腕から必殺のロケットパンチを発射しようとする幸太郎だが、それよりも早く北崎は刀身に淡い光を纏わせた武輝を振り下ろして左腕を切断した。


 片腕が切断されて素っ頓狂な声を上げて驚く幸太郎の胸に武輝を突き刺し、その状態のまま押し出すようにして蹴飛ばして胸に突き刺さっていた武輝を引き抜き、幸太郎はそのままバランスを崩して無様に尻餅をついた。


「北崎さん、強いですね」


 降参と言わんばかりに放たれた幸太郎の言葉に、北崎は「いやぁ、それほどでも」と気分良さそうでサディスティックな笑みを浮かべていた。


 戦闘においては二人とも素人であるが、精神が輝械人形に宿っているだけで輝械人形の持つ機能をまともに扱えない幸太郎と、兵輝によって全身が強化されている北崎とでは相手にならなかった。


「これもすべて兵輝のおかげ。これがなければ、きっと僕は君にやられていただろうね」


「兵輝ってすごいんですね」


「改めて褒められると照れるなぁ。そうなんだよ、兵輝はすごいんだ。輝石の資格を持たない人も武輝を扱えるようになるし、輝石使いが使ってもアンプリファイアのような重いリスクを負わずに更なる力を得られるんだからね。輝石使いであるのに輝石をまともに扱えない君でも、兵輝を使いこなせるに違いないよ。使ってみるかい?」


「初武輝出しは自分の力でやりたいので、遠慮します」


「初武輝出しだなんて、なんとなく、なんだか個人的に卑猥に聞こえるよ」


「そう言われるとなんだかエッチに聞こえます」


 ついさっきまで戦闘をしていたのに呑気で他愛のない雑談を交わしながら、北崎は尻餅をついている幸太郎に手を差し伸べたが、差し伸べられた手を借りずに幸太郎はよろよろと立ち上がった。


「さて、これ以上は無駄だし、そろそろ僕に従ってくれると嬉しいんだけど」


「でも、僕を捕まえてまた大勢の人に迷惑をかけるんですよね」


「まあ、そうなるね。君の持つ賢者の石は兵輝に更なる力をもたらすのは間違いない。だからこそ、僕は君の力が欲しいんだ。そして、また見たいんだ――君の力によってもたらされた、未来を、もっと、もっと、もっとね!」


「そんなに賢者の石が欲しいんですか?」


「もちろんだよ! 君の力は素晴らしかったんだよ! 賢者の石の力は、相手の未来を予測できるアルバート君が生み出した最高傑作・メシアを超える力を僕に与えてくれたんだ……あの力を制御できれば、輝械人形や兵輝を超える新たな未来の希望になること間違いないよ!」


「賢者の石ってすごいんですね」


「言葉で表現するのは難しいほど素晴らしかったよ! あの力が見せてくれた光景に耐え切ることはできなかったけど、次は耐えてみせる。あの先の光景こそが、賢者の石が持つ真の力なんだ。僕はそれが見たい……今すぐにでも見たい! 僕の身体がどうなってもいい! それでも、どうしても見たいんだ! あの続きが!」


 人のよさそうなフレンドリーな笑みから、賢者の石に魅せられ、狂喜に満ちた笑みを浮かべる北崎は嬉々とした様子で賢者の石が自分に与えてくれた力について力説していた。


 そんな北崎をいまいちよくわかっていない様子で幸太郎はジッと見つめ、「あのー」と疑問に思ったことを口にする。


「北崎さんって、何がしたいんですか?」

「僕は兵輝が作りたかった、それだけだよ」

「それじゃあ、どうして兵輝を作りたかったんですか?」

「そんなに気になるのかな?」

「はい。北崎さんのこと、知りたくて」

「そういうセリフは異性に言うべきだと思うな。それよりも、なんだかいざ言うってなると照れるよ。まだ、誰にも言ったことがないんだからね」

「なんだか、ますます気になってきました」

「えー、どうしようかなぁ」

「言っちゃいましょうよ。ほら、言って自分を解放して丸裸になりましょうよ。さあ、さあ」

「下手糞なナンパみたいなセリフを言われると、すごくげんなりしてしまうよ」


 興味津々といった様子で自分を見つめてくる幸太郎に、まだ誰にも言ったことのない秘密を打ち明けようか迷う北崎だが――すぐに、幸太郎の熱意に負けてやれやれと言わんばかりにため息を漏らして説明することにした。


鳳将嗣おおとり まさつぐ――僕は鳳グループ前社長の大ファンなんだ……きゃっ☆ 言っちゃった♪」


「北崎さん、かわいいです」


 恥じらう乙女のような緊張感を醸し出しながら、おずおずといった様子でそう告げる北崎。


 鳳将嗣――今は亡き鳳グループの前社長であり、現社長鳳大悟の実父で、麗華の祖父だった。


 自分の思い通りにするために強引な手法で周囲を従わせて大勢の人間から恨まれており、輝石の力を兵器に転用するために長年自分たちの一族に仕えてきた天宮たかみや家を裏切り、彼らの持つ煌石・無窮の勾玉を奪い、鳳と天宮との間に確執を作った張本人であり、世界中に大勢の輝石使いを生むきっかけととなった祝福の日を引き起こした原因の一人だった。


「輝石の力を兵器に転用しようと考えた人は過去に何人もいたけど、輝石と機械の力が合わないと知ると、早々に兵器転用を諦めたんだ。でも、鳳将嗣だけは違った。彼はそれを知りながらも、どうにかして輝石と機械を兵器に転用しようと様々な策を練った。結果的には失敗したけど、それでも生前に彼が遺した研究資料はとても参考になったよ。おかげで、兵輝という革新的な兵器も生まれたしね。彼がいなければ、今の僕はいなかっただろう。目の前に壁があってもそれを強引に乗り越えようとする、見ていて彼の気概にはとても憧れたよ」


「そんなに、麗華さんのおじいさんに憧れていたんですね」


「その通りだ! だからこそ僕はこうして輝石を兵器化しようとしていた彼の意志を継いで、ここまで来たんだ! 彼の意志を継ぎ、僕こそが輝石を兵器に転用したパイオニアになるのが夢なんだ!」


 鳳将嗣への憧れと、自身の夢を声高々に、嬉々として語る北崎に、「なるほどー」と幸太郎は呑気に納得していた。


「そのために僕は色々と頑張ってきたんだ。中途半端に終わったけど、君たちと最初に出会った事件でアカデミーの重要情報や、輝石使いたちの情報が眠るグレイブヤードに潜入して、アルトマンさんたちが求めた情報を探すついでに、アカデミーに恨みを持ち、兵輝の実験に参加する人間を探したんだ。――その結果兵輝は完成し、こうして僕はここにいるんだ。すべてはこの日のためにね」


 以前に起きた事件で風紀委員たちの活躍によって捕らえられ、特区に収容された北崎は、取調べで自身の目的をいっさい話すことはしなかったのだが、ここでようやく彼の口から事件の真相について語られた。


 アカデミーに入学してはじめて幸太郎が関わり、北崎と幸太郎がはじめて出会い、風紀委員が設立された原因を作った事件の真相に、相変わらず幸太郎は「なるほどなー」と呑気に納得していた。


「だけど、まだまだ兵輝は改良の余地があるし、何よりも賢者の石の力があるんだ。それらを使えば、兵輝を超える兵輝を生み出せることができる。それ以上に、憧れの鳳将嗣を超えることができるんだ! ――だから、七瀬君。僕に協力してくれよ」


「ごめんなさい」

「どうしてもダメかい?」

「どうしてもです」

「お試し期間も設けるけど」

「うーん、ごめんなさい」

「サービスも受けられるようにするけど」

「どんなサービスなのか気になるんですけど……やっぱり、ごめんなさい」


 自身の夢を叶えるために、改めて北崎は幸太郎に手を差し出して協力を求めた。


 しかし、特に何も考える様子もなく幸太郎は即答で拒否した。


 協力を即答で拒まれ、何度も頼んでも拒まれ、何を言っても協力してくれないと判断した北崎は肩を落とし、深々とため息を漏らして心の底から落胆した。


 陰鬱な空気を放って落胆している北崎の様子を目の当たりにして、幸太郎は罪悪感を抱いてしまうが、北崎の協力をしないと決めた以上、自分の決めたことを曲げるつもりはなかった。


「まあ、仕方がないか。君は一度決めたら退かないからね」

「ごめんなさい」

「ああ、いいよ。別に気にしなくて」

「それなら、よかったです」


 陰鬱な空気を吹き飛ばして、吹っ切れたように笑う北崎だが――眼鏡の奥にある彼の瞳はまったく笑っていなかった。


「――これ、別にお願いじゃないから」


 若干ドスが利いた声とともに放たれた言葉と同時に、北崎は力強く握り締めた武輝を勢いよく、自身の中に渦巻く激情のままに振り上げた。


 突然の北崎の不意打ちに幸太郎は反応できず、頑丈な輝械人形のボディが切り裂かれ、後ろのめりに倒れそうになる。


「い、いきなりは卑怯です」


「ごめんごめん。君を捕まえれば僕の夢にまた一歩近づくと思ったら、つい。まあ、多少壊れても大丈夫だよね? 今の君は輝械人形なんだからね♪」


 倒れそうになっている幸太郎は不意打ちを仕掛けてきた北崎を非難しながら、残った右腕からショックガンを発射する。


 精一杯の反撃を容易に回避しながら倒れそうになる幸太郎の首を掴み、加虐心に満ち満ちた笑みを浮かべている北崎はひしゃげた彼の頭部に向け、憂さを晴らすような強烈な一撃をお見舞いする。


 頭部の半分が砕け散りながらも、幸太郎は自身の首を掴んでいる北崎の手から逃れようと、きつく握った拳を突き出す。


 自身の顔面目掛けて突き出してきた拳を避けることも防ぐこともなく、切断しようとする北崎だが――突然の突風と鼓膜を揺るがす爆音とともに北崎と幸太郎の姿がライトに照らされた瞬間、どこからかともなく飛んできた光弾が直撃し、吹き飛んだ。


 北崎が吹き飛ぶと同時に、彼から解放された幸太郎も吹き飛んで地面に突っ伏した。


『幸太郎さん! 幸太郎さーん! しっかりしてください、大丈夫ですか?』


 ……この声、サラサちゃん?


 頭上から響く自分を必死に呼びかけるサラサの声のする方へと視線を向けると――頭上すぐ近くをヘリコプターが飛んでおり、後部座席からサラサが今にも幸太郎の元へと飛び出そうとしていた。


 考えもなしに飛び出そうとするサラサを制止させる巴と、そんな二人の横で先程北崎に向けて光弾を放った、武輝である大型の銃を構えているアリスがいた、


『七瀬君! 君の身体はもうサラサさんたちが保護したわ! だから、安心して!』


『幸太郎、聞こえるか! まだ爆発が続いていて、近づけねぇんだ。タイミングを見計らってそっちに向かうから、それまで持ちこたえろ! 相手は兵輝を使った素人でも、お前じゃ輝石の力を使ってる北崎と正面からぶつかれねぇ! アリスの援護に任せてお前は無茶すんな!』


 スピーカーから響き渡る状況を説明する巴と、刈谷のアドバイスに「はーい」と幸太郎は呑気な様子で返事をして、ヘリコプターに向けて右腕を振った。


 そんな呑気な幸太郎を傍目に、アリスが放った光弾を受けて、「イタタタ……」と呻き声を上げながら立ち上がる北崎は、地面に叩きつけられたせいでフレームが曲がって使い物にならなくなった眼鏡を捨て、仰々しくやれやれと言わんばかりにため息を漏らし、苛立ちに溢れた目を頭上に飛ぶヘリコプターへと向けた。


「まったく……うるさいなぁ。せっかく二人きりの時間なのに、邪魔をしないでよ」


 ため息交じりにそう吐き捨てると、北崎は柄の部分についた引き金を引いて、銃身と一体化した刀身からヘリコプターに向けて光弾を数発放った。


『オイ、おっさん! 来るぞ! 避けろって! 墜落するっての!』


『落ち着け――誰か、壁を張れ!』


『任せて』


 あっという間に迫る光弾にスピーカーから響き渡る喧しい刈谷の声と、落ち着き払った操縦者であるドレイクの声に反応したサラサが、父の指示通りにヘリコプターの周囲にバリアを張って迫る光弾を防いだ。


「それなら、これはどうかな? ――ダメ押しの一発ってね?」


 咄嗟の判断で自身の攻撃を防いだヘリコプターの乗員たちの判断に感心しながら、北崎は教皇庁を爆破させた際に使用した起爆スイッチをポケットから取り出して、躊躇なく押した。


 その瞬間、近くの階から爆音が響くと同時に教皇庁本部全体が大きく揺れ、周囲に広がる爆炎と爆風のせいでヘリコプターのバランスが大きく崩れ、舞い上がった黒煙に包まれた。


『ぎゃー! 落ちる、落ちるって! オッサン! やばいって!』


『本部は崩落する……これでますます近づけなくなったし、揺れのせいで援護もできない』


『ヴォォエェエエ! 揺れのせいで気持ち悪くなってきた……』


『刈谷、汚い……オェ』


 焦燥感を滲ませたアリスの声と、パニックになっている刈谷のえづく汚らしい声がスピーカーから響き渡る。


 大きくバランスを崩したヘリコプターを見て、いやらしく笑う北崎は容赦なく光弾を連射して墜落させようとするが――その行動を阻止するために幸太郎が飛びかかる。


 ヘリコプターに集中している北崎の不意を突いた――わけではなく、ただサラサたちが乗るヘリコプターを墜落させないために、考えなしに彼に突っ込んだ幸太郎。


 自分よりも他人を優先して動こうとする幸太郎の行動を読んでいた北崎は、即座にヘリコプターから幸太郎へと狙いを定め、光弾を連射する。


 北崎の攻撃を受けてボロボロになっていたが、それでも頑丈な輝械人形のボディを信じて片腕で半分になった頭を守りながら北崎に向かって走る。


 立ち止まればサラサたちが乗るヘリコプターに攻撃されると思い、立ち止まれない幸太郎。


 徐々に北崎との間合いを詰め、勢いのままに北崎に突進しようとする幸太郎――しかし、サディスティックな嘲笑を浮かべた北崎は軽く武輝を薙ぎ払う。


 すると、片足が切断され、バランスを崩した幸太郎は瓦礫塗れの地面を滑りながら派手に転倒し、屋上の端まで滑ってしまって危うく落下してしまいそうになる。


 滑稽に転んだ幸太郎の見て愉快そうに笑う北崎。


「さっき刈谷君に言われたばかりじゃないか。接近戦は危険だって」


「わかっていだんですけど、つい……」


 言われなくとも刈谷の忠告を忘れたわけではなかったが、サラサたちの乗るヘリコプターを守りたかったので、別に後悔はしていなかった。


 片足を切断されて立ち上がれず、上体を起こすのがやったの状態だというのにあっけらかんとしている幸太郎に、仰々しくやれやれと言わんばかりにため息を漏らす北崎の目は、忌々しそうに彼を睨んでいた。


「片腕を切断されてまともに攻撃できないし、片足も切断されてまともに立ち上がれないから、これでもうおしまいかな? 残った爆弾も爆発したから、もうすぐここが崩れるんだ。だから、そろそろ大人しくしてくれると嬉しいんだけど」


「まだまだです」


「それじゃあ、残った片腕と片足を切断しよう」


 幸太郎を無理矢理従わせるため、サディスティックな笑みを浮かべて、平然とそう言ってのける北崎の目に狂気が宿り、躍るような足取りで幸太郎へと近づく。


 そんな北崎から幸太郎を守ろうとヘリコプターから援護射撃を行っているアリスだが、連続して発生する爆発によって生まれた爆風と衝撃で機体が大きく揺れるせいで狙いが定まらず、北崎の歩みを止められなかった。


 まともに攻撃することも立ち上がることもできない幸太郎は、ただジッと北崎が近づいてくるのを待つことしかできない。


「改めて思うよ。ホント、君と出会ってよかったよ七瀬君。ありがとう、君のおかげで――いや、君の持つ賢者の石のおかげで、僕は自分の夢を叶えられるよ」


「何だか照れます――僕も、北崎さんと出会ってよかったです」


 北崎は嬉々とした笑みを浮かべて自分の夢を叶えてくれる力を持つ幸太郎に感謝の言葉を述べると、幸太郎も感謝を返した。


 ――同時に、不意に片腕を北崎へと向けた、


「――北崎さんみたいな、危ない人を倒せることができますから」


 言い終えると同時に幸太郎は最後の武装である必殺のロケットパンチを放つ。


 ロケットパンチ派のアリスが嬉々として、ビーム派の刈谷が嫌々完成させた、きつく握られた拳の必殺のロケットパンチがロケット噴射とともに真っ直ぐと、すべてを砕かんとする勢いで発射される。


 しかし、片腕を向けられた時点で攻撃が来ると察していた北崎は変則的な動きをするわけでもなく、ただ真っ直ぐとこちらに向かってくるロケットパンチを最小限の動きで身体を横にそらして容易に回避した。


「ロケットパンチとは古典的だね。個人的には嫌いじゃないけどさ。でも、やっぱり、個人的にはロボットモノよりも、等身大の特撮モノが――って、まあ今はどうでもいいか。おかげで、片腕を取る手間が省けたからよかったよ」


 幸太郎の最後の抵抗が無駄に終わったことを心底嘲るようでいて、勝利を確信して嬉々とした笑みを浮かべる北崎は、残った片足を切断しようと武輝を振り上げ、思い切り振り下ろそうとする――が、武輝を振り上げたところで身体が動かなくなった。


「パンチが戻ってこないから無駄だっていう刈谷さんと、ロケットエンジンを積まないとロマンじゃないっていうアリスちゃんが喧嘩したんで仕方がなく――ワイヤーをつけたんです」


 能天気な様子の幸太郎の説明を聞いて、北崎は発射されたロケットパンチにワイヤーが取り付けられており、それが自分の身体に絡まっていることに気づいた。


 本来ならば気づくはずなのに、月のない暗い闇夜のせいで北崎はそれに気がつかなかった。


「上手く絡みついてくれてよかったです」


「君としては良い判断だね。まさか、闇夜に乗じて不意打ちを仕掛けるとは」


「あ、そんなに深く考えてませんでした」


「それはそれでショックだなぁ。まあいいや、こんなものすぐにでも――」


「北崎さんって今、輝石使いですから――大丈夫ですよね?」


 即座に全身に輝石の力を巡らせて、自身を拘束するワイヤーを断ち切ろうとする北崎だが――いたずらっぽく微笑んでいそうな幸太郎の不気味なほど明るい声と同時に、心地良いが恐ろしい浮遊感に襲われ、世界が逆転する。


 屋上の端にいた両腕と片足がない幸太郎は、北崎をワイヤーで拘束したまま勢いよく転がって屋上から命綱なしで落ちた。


「き、君は正気か! 私は無事にかもしれないけど、いくら頑丈な輝械人形のボディでもこの高さで落ちたらバラバラになるんだよ? それなのに――」


「北崎さんを倒すって、僕は決めましたから」


 真っ逆さまに落ちてパニックになっている自分とは対照的に、後先考えずに自分を倒すことだけを考えている幸太郎に北崎は冷たいものが走った。


「この前、スカイダイビングを楽しませてくれたお礼のバンジージャンプです」


「紐がないじゃないか!」


「紐なしバンジーってことで」


「それならただの飛び降りだろう!」


「大丈夫ですよ。お互いに今、頑丈ですから」


「君と心中はごめんだ! 僕にはまだやることがあるんだ! 叶えるべき夢もあるんだ!」


 パニックになりながらも必死で全身に輝石の力を巡らせ、自身の身体を拘束するワイヤーを断ち切ろうとする北崎だが、もう遅かった。


 幸太郎とともに受け身も取らずに地上へと激突する。


 教皇庁本部から響く爆発音よりもさらに大きな衝撃音と金属音が響き渡り――


 輝械人形と化した幸太郎のボディがバラバラになる。


 バラバラになった幸太郎の破片を浴びながら、北崎は苦悶の表情を浮かべて気絶した。

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