第30話

「大悟、鳳グループが行っている北崎の容態とアルバートの取調べはどうなっていますか?」


「アルバートは今のところ大人しく取調べに応じている。ただ、協力関係であっても仲間ではないアルトマンの情報には期待できないだろう。北崎だが――輝石の力を身に纏っていても、あの高さで受け身も取らずに落ちたんだ。しばらくは目覚めないだろうし、あの怪我では今後はまともに動けないだろう」


「すみません。教皇庁としても取調べに協力したかったのですが、本部があの状態なので、事件の後処理のほとんどを鳳グループに圧しつけてしまって」


「気にするな。こちらも教皇庁本部に続いて、鳳グループ本社もこの際に解体するつもりでいるから、その間に雑務をそちらに任せるかもしれない。その時は任せる」


「二つの組織が一体化するのですから、ちょうどいい機会です。教皇庁本部と鳳グループ本社を兼ねた、新たな時代に相応しい建物を建設しましょう」


「しかし、第二のアカデミー建設の予算がある。今すぐは少し厳しいだろうから、しばらくの間の本部は仮の場所になるだろう。教皇庁と鳳グループの連携を強めるために、本部を同じ場所に設置しようと思うのだが、どう思う?」


「いい考えだと思います」


 セントラルエリアにある高級ホテルのスイートルームで、向かい合うようにしてソファに座っているエレナと大悟は事件についてと、今後についての話し合いを行っていた。


 事件から二日が経ち、捕らえられたアルバートの取調べは順調に行われていた。いまだに輝石使いが危険だという彼の考えは変わらないが、それでも、どこか吹っ切れた様子で取調べに応じていた。


 一方の幸太郎とともに教皇庁本部から飛び降りた北崎は、現在意識不明のまま入院していた。


 輝石使いならば高層階程度の高さから落ちても無事でいられるが、それでも北崎は幸太郎が放ったロケットパンチのワイヤーが絡まって受け身も取れず、それに加えて北崎自身がまだ輝石の力に慣れてなかったために、地面に激しく叩きつけられた結果全身打撲に複数個所の複雑骨折の大怪我を負いながらも、奇跡的に生きていた。


 しかし、目が覚めても後遺症が残る怪我を負ってしまい、頭を強く打ってしまったために記憶が一部欠落しているだろうと診断されており、骨折の影響で杖がなければまともに歩けない身体になってしまっていた。


「今回の騒動に巻き込まれた出席者たちはどんな反応をしていますか?」


「不満は出ているが、特に問題ない。出席者たちの連れてきたボディガードが兵輝を使用し、騒動を引き起こしたんだ。こちらの確認が甘かったとはいえ、自分たちのボディガードが北崎たちが息がかかった者だったのだから、今回の騒動に加担したようなものだと思っているのだろう」


「マスコミの反応と同じですね。彼らもまた、騒動にに対応できなかった我々を非難しつつも、教皇庁と鳳グループの連携が見れたことには評価している――今回、北崎たちの掌に踊らされてばかりでしたが、幸か不幸か、最終的には我々にとってプラスになりましたね」


 幸太郎が誘拐され、大勢の人が危険に巻き込まれ、教皇著本部や鳳グループが爆破されたが、最終的にはアカデミーや世界にとって大きなマイナスにならなかったことを安堵するエレナだが、大悟の表情は暗かった。


「しかし、まだアルトマンがいる――アルバートや北崎という優れた協力者はいなくなったが、切れ者で、実力者であるアルトマンは厄介だ。今まで表立って動こうとしなかったが、協力者がいなくなった今、アルトマン自身が動かざる負えなくなる」


「慎重なアルトマンならば、協力者を募るために時間を置くとは思うのですが……教皇庁と鳳グループが協力関係を確固たるものにした今、時間を置けばその分自分の目的を果たすのが困難になる。そう考えると、まだ二つの組織が協力関係を築いて間もない今が、動き出すのには絶好の機会……近い内に必ず動き出すでしょう」


「それに加えて、北崎だ……今後はヤツのような人間が現れることになるだろう」


 アルトマンという強大な敵よりも、大悟は北崎のような――未来に大きな悪影響を及ぼす人間が現れるのを憂いていた。


「まさか、鳳将嗣の意志を継ぐ者が北崎だとは思いもしなかった」


「北崎雄一について、何かわかったことはありますか?」


「本人についてはまだ何もわかっていないが、数十年前に鳳将嗣が遺した研究資料の中にあった写真で、北崎らしき若い研究員が写っていた。研究員の身元についての資料がほとんど失ってしまっているせいで、詳しいことはわからないが、本人である可能性は高いだろう……父に関する負の遺産はすべて片付けたとは思っていたのだが、まだ残っていたとはな」


 憎んでいる父の負の遺産がまだ存在していたことに、大悟は小さくため息を漏らす。


「あなた一人が気に病むことではありません。北崎は鳳将嗣が生み出したのではなく、旧時代のアカデミーが生み出した負の遺産。それも、粗製乱造された聖輝士、私欲に塗れた旧アカデミー上層部、アンプリファイア――それらを遥かに超える負の遺産です。未来に影響を及ぼしたこれらは、あなた一人ではなく、旧アカデミーに関わっていた私はもちろん、アカデミーに関わる大勢の人が立ち向かわなければならに問題です」


 北崎雄一のような旧アカデミーの意志を継ぐ人間こそがアルトマンよりも、立ち向かわなければならない存在であり、それらを打ち倒すためには大勢の力が必要だとエレナは思っていた。


 よりよい未来を目指すために立ちはだかる大きな難問に、室内の雰囲気が暗くなるが――エレナの表情は無表情ながらも期待に満ちていた。


「しかし、今回の騒動の解決に大活躍したアリス・オズワルドやサラサ・デュール、どんなに不利な状況でも敢然と困難に立ち向かおうとする次世代の輝石使いがいる限り、未来も希望も潰えません」


「……同感だな」


 希望に満ちたエレナの言葉に、大悟は深く頷いて同意を示した。


 大きな戦力を失い、相手の掌で踊らされている圧倒的に不利な状況でも、諦めずに少ない戦力で立ち向かい続けたアリスたち次世代の輝石使いたちを思い浮かべ、暗い表情を浮かべていた大悟の口元が僅かに綻んでいた。


 同時に、希望である次世代の輝石使いならば、北崎のような存在に立ち向かい、必ず打ち倒すと大悟は確信した。


「――今も昔も、時代を作るのは新たな世代か。我々も歳を取ったものだ」


「まだ現役だというのに歳を感じるのはまだ早いでしょう」


「そうだろうか……最近、どうにも日光浴をしながら茶を飲むのが趣味になってきた」


「その光景を想像すると、年齢以上に老けて見えます」


「……中々ショックだな」


 まだ四十代だというのに、日向ぼっこをしながら湯飲みに入れた茶を啜るのが趣味と言い放った大悟に、エレナは正直な感想を述べた。

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