第31話
あー、焼肉美味しかった……やっぱり〆は冷麺にすべきだったかな……
でも、石焼ビビンバ美味しかったし……
……やっぱり、〆は悩むなぁ。
すっかり空は茜色に締まって、日が沈みかけている頃――大量のお菓子が入った袋を両手に持った幸太郎は、つい先程近くの商店街で買った焼き鳥を器用に咥えながら、たんまりと食べた焼肉のおかげで気分良さそうな軽快な足取りで、セラたちが入院しているセントラルエリアの大病院へと向かっていた。
短い間だったが、輝械人形になっている間はずっと飲まず食わずだったので、がっつりと食べ放題で焼肉を食べて心底幸せそうな、緩みきった情けない表情を浮かべている幸太郎。
そんなだらしない表情を浮かべている幸太郎に向け、どこかからともなく、ドライでかわいらしい聞き慣れた声で「バカ面」と容赦のない言葉が投げかけられる。
「ぐうの音が出ないよ、アリスちゃん」
ぐうの音が出ないほどの容赦の言葉を言い放った自分の背後にいるアリスに、幸太郎は手を使わずに口に咥えていた焼き鳥を器用に食べながら笑うことしかできなかった。
「いつからいたの? 声をかけてくれればよかったのに」
「さっきからいた。声をかけるのも恥ずかしいほどの顔をだったから」
「ぐうの音も出ない……それで、アリスちゃんもお見舞い? あ、美咲さんなら退院したよ」
「勝手にね。だから、病院の人に謝りに行く」
「アリスちゃん、偉い偉い」
「子供扱いしないで。……というか、くさい」
「さっきまで美咲さんと刈谷さんと焼肉食べてて、にんにくのホイル焼きも食べたから」
「最悪。声をかけなければよかった」
「でも、美味しかったよ」
鼻孔の奥を刺激する肉の焦げたにおいと、香ばしいにんにくのにおいを放つ幸太郎に、声をかけなければよかったと後悔するアリスは、1mほど彼から離れた。
「それにしても、輝械人形から元の身体に戻ったのにさっそく好き勝手にするなんて、考えられない。もう少し様子を見るべき」
「病院食もよかったんだけど、やっぱりがっつり食べたくて」
「気持ちは理解できるけど、これからまだ検査が残ってるはず。そのにおいじゃ、検査する方も迷惑」
「後は博士の検査だけだから、多分大丈夫」
「……それなら安心」
「何だか博士、僕の検査にやる気満々みたいだよ」
「肉体と精神が切り離されるっていう稀有な体験をしたから。相変わらずあの男はいつだって自分の好奇心が刺激されると、周りの迷惑を考えずに動くのね」
「それが博士の良い所だから」
「いいように利用されているだけ」
「それでも、博士は誰かのために一生懸命になれる良い人だよ」
聞くだけで恥ずかしくなりそうなほど、心から父を褒める幸太郎に、ウザいような、嬉しいような複雑な気持ちになるアリスは、その気持ちが表に出ないように「それで――」と強引に話を替えた。
「身体の方は異常はないの?」
「全然。心配してくれてありがとう、アリスちゃん」
「別に心配してない。ただ、いつでも精神を他のものに定着できるのか気になっただけ」
「やってみようと思ったんだけど、できなかったよ」
「そう思ったから最初から期待してない」
「僕も残念。ガードロボットとかに精神を移せば、ロケットパンチが出せると思ったから」
「同感ね。やっぱり、よくわかっているみたいね」
「ロケットパンチはロマンだから」
ロケットパンチはロマン――自分と同じくこと思っている幸太郎の頭を、アリスは「よしよし」と出来の悪い子供を褒めるように撫で、幸太郎の顔はだらしなく弛緩する。
「北崎を倒した時にロケットパンチを使ったって聞いた。その心意気は賞賛する」
「何だか照れる。ワイヤーつきのロケットパンチも結構いいかもしれないよ」
「その点については議論したいけど、私も考えを見直すべきかもしれない」
純粋で硬派なロケットパンチ派アリスにとって、ワイヤーつきロケットパンチ派邪道だと思っていたが、今回の騒動経て考え直すべきだという判断に至っていた。
「北崎さん、大怪我負ったって聞いたけど、大丈夫かな」
「自業自得」
「でも、ちょっと心配」
「無駄な心配ね」
敵である北崎の心配をするお人好しの幸太郎に心底呆れたアリスは、さっさと病院を目指す。自分を置いて病院に向かうアリスに、「待ってよー」と幸太郎も追いかけるが、焼肉とにんにくのにおいがきついので、無視して先へ急ぐアリス。
「ついでだから、アリスちゃんも一緒にセラさんたちのお見舞いに行こうよ。みんなのお見舞いの品にお菓子をいっぱい用意したから、みんなで食べようよ」
「面倒だし、制輝軍としてやることがあるから」
「でも、アリスちゃんが来たら、みんなも僕も嬉しいよ」
「いい加減ウザい」
そう言ってねだるような視線を向けてくる幸太郎に、僅かに胸の中にある母性が刺激されてしまうアリスだが、そんな自分に喝を入れて冷めた目で彼を見つめて突き放した。
アリスに突き放されて、仕方がなく幸太郎も「残念」と肩を落とすが、すぐに「あ、そうだ――」と何かを思い出してアリスをジッと見つめた。
「アリスちゃん、今回は色々とありがとう」
今回の一件でサラサやノエルとともにずっと一緒にいてくれて、輝械人形と化した自分の身体を改造してくれて、北崎を倒すきっかけを作ってくれたアリスに無邪気な笑みを浮かべて感謝の言葉を述べる幸太郎だが、アリスは特に気にしている様子はなかった。
「私なんかよりもサラサに感謝して。サラサの方がずっとあなたを守ろうとしていたし……あなたを大切に思っていた」
「もうサラサちゃんにはお礼を言ったよ。ノエルさんや、刈谷さんや御柴さんたちにも」
「それなら、私に言わなくてもいい」
「でも、アリスちゃんにもサラサちゃんたちと同じくらいお世話になったから。本当にありがとう、アリスちゃん」
「だから何度も言わなくてもいいから」
「……アリスちゃん、もしかして照れてる?」
「別に照れてない 」
「アリスちゃん、かわいい」
「ウザい」
冷たく突き放しているのにもかかわらず、母性をくすぐるような子供のように無邪気な笑みを浮かべて心からの感謝の言葉を述べる幸太郎に、どう反応していいのかわからず、ただただ戸惑うばかりのアリスだが――不意に頭の中にサラサの姿が浮かんだ。
追い詰められても諦めようとせずに自分たちを鼓舞して事件解決のために尽力し、幸太郎の精神が宿った輝械人形を発見した途端に、彼を守ろうと必死になっていたサラサの姿が思い浮かんだアリスは、僅かに頬を綻ばせ――厳しい目で幸太郎を睨むように見つめた。
「……サラサを傷つけたら許さないから」
「? そんなこと絶対にしないよ」
「そう願ってる――泣かしたら、ボコボコにするから」
「アリスちゃん、怖い」
突然のアリスの言葉に戸惑いながらも、有無を言わさぬ迫力を放つ彼女の言葉に、幸太郎は黙って従うことしかできなかった。
「後、これ以上感謝しなくても、喋らなくてもいいから……においがひどい」
「ごめんなさい」
「まったく……台無し」
せっかくの雰囲気を台無しにする幸太郎の口臭に呆れるアリス。
幸太郎はただただ誤魔化すように笑いながら謝ることしかできなかった。
この後すぐに病院に到着してセラたちのお見舞いに向かった幸太郎だが――焼肉とニンニクにおいが原因で、すぐに麗華によって追い返された。
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