第21話
「協力者と連絡を取っているわけでもないし、どこか別の場所で不審な動きもない――どうやら、真っ直ぐアルトマンはこっちに向かってるみたいだね。ここに来るまで何人もの輝石使いを相手にしたっていうのに、勢いは衰えるどころか段々調子が上がってるみたいだよ。聖輝士の人たちも何人か動いたっていうけど、一網打尽にされたんだってさ」
鳳グループ、教皇庁が仮の本部として使っているホテルのエントランスホールにいる大和は、ウキウキとした様子で間近に迫るアルトマンについての報告をした。
「麗華とリクト君が残っている小父様を避難させるために説得しているけど――ダメそうね」
「アルトマンと話がしたいんだとよ。まあ、注目を浴びて、大勢の人間をここに集めたアルトマンは何かを伝えたがってるかもしれないってアイツらの推測は一理あるが、確証がないことで動かされる身にもなれってんだ、まったく」
「小父様たちのフォローをする役割なんだから、もう少し粘ったらどうなの?」
「うるせぇな! 粘って何とかできたら、今頃アイツらはとっくにここから避難してるだろうし、俺ももうちょっと休暇が取れて家族サービスできるっての!」
大悟とエレナの説得に向かっている麗華とリクトの成果に期待ができない巴に、同意を示す父・克也は文句を垂れながら深々と嘆息した。
娘の一言に苛立つ克也に、「お、落ち着いてください」とサラサはオロオロした様子で親子の間に入って落ち着かせた。
「まあ、でも、確証はないとはいえ、大悟さんたちの考えはあながち間違いじゃないと僕は思ってるよ。相手は何か別の策を練っているわけじゃなくて、真っ直ぐ、それに加えて招待状代わりのメッセンジャーを用意してこの場所に集まるようにセッティングもしたんだからね」
「大勢の敵に囲まれている状況で、アルトマンは何をするつもりなのかしら」
「何かを伝えるのか、何かを見せたいのか、何かをするのか、それとも大勢を巻き込んで自滅するのか――よくわからないけど、誰かを狙っているってわけじゃなさそうだ。だから、正直僕は危険を承知で大悟さんたちとアルトマンを接触させるべきだと思うよ? その方がこちらの被害も少ないし相手の目的もすぐにわかるしね」
「それはあまりにも危険すぎるわ!」
「はいはい、わかってるって。僕だってその可能性があるのに大悟さんたちに無理を強いれないよ。――さて、それならもう決まってるよね?」
「ええ、わかってるわ。――アルトマンはここで食い止める」
自分との会話の中で巴が出してくれた答えに、大和は満足気な笑みを浮かべて頷いた。
「ティアさんや優輝さんも呼んでるけど、二人はもしもの時のための最終防壁。それに、あの二人に加えて巴さんが一緒にいたら、この周囲がとんでもなくボロボロにされちゃうからね。鳳グループ本社と教皇庁本部の修理費が莫大になるから、できるだけそれは避けたいんだ。だから、迎え撃つのは僕と麗華と巴さんと、助っ人として呼んだ――」
「私も、やります」
「ありがとう、サラサちゃん。でも、無理は禁物だからね。君の協力はとてもありがたいけど、君に何かあったらドレイクさんに申し訳ないし、何よりも年下の君を利用してしまった僕が後悔してしまうんだ……だから、何かある前に逃げるんだ。わかったね?」
自分の思い通り、自ら進んでアルトマンを迎え撃つことを立候補してくれたサラサに大和は満足そうでいて、それ以上に心配そうに見つめて、念を入れて忠告した。
打算的で平気で人を利用する大和の優しさに触れ、サラサは嬉しそうに微笑んで彼女の忠告を受け入れた。
「いや、大和。君と麗華はティアたちと一緒にいて。もしもの時の戦力は多い方がいいわ」
「そうした方が大局的に見ればいいんけど――さすがに、巴さんたちを利用する僕としては、心苦しいかな?」
「毎回言っているけど、肝心な時に中途半端になるのが君の悪い癖よ。利用するならとことん利用しなさい。君が私を利用しているってことも十分にわかっているから、私もとことん君に利用されるわ」
「……まったく、巴さんは厳しいなぁ。わかったよ。それなら、そうさせてもらうね――それでいいかな、克也さん」
自他ともに厳しい巴の一言に、覚悟を決めた大和は今回の騒動の指揮を務め、巴の父である克也に許可を求めるが――克也は逡巡してしまっていた。
年長者である自分は残り、娘の巴、そして、この場にいる最年少のサラサに今までとは別格の強敵であるアルトマンの相手をさせていいものかと。
「肝心な場面で子供扱いしないで」
「うるせぇな。まだ男を知らない乳臭いガキのくせして」
自分の迷う心を見透かした娘の呆れたような、それ以上に発破をかけるような言葉に、自嘲を浮かべて克也も覚悟を決める。
「巴、サラサ、お前たちはアルトマンを迎え撃ってくれ。周りの被害がどうなろうが、関係ない。何をしてもいいから好きに暴れて全力でアイツを拘束しろ。わかったな」
周りの迷惑を考えない父の指示に呆れつつも巴は力強く頷き、さっそくサラサとともにホテルから出てアルトマンの元へと向かった。
「……気をつけろよ」
年長者である自分ではなく、娘と、娘の友人である遥かに年の離れた少女に強大な敵の相手を任せなければならない状況に情けなさを感じつつも、強大な敵に立ち向かう二人に向けて今自分ができることである、最大限のエールを送った。
―――――――――
三つ編みおさげの眼鏡をかけた地味な顔立ちだが、よく見れば整った顔立ちをしている少女・
目的地は鳳グループと教皇庁の仮の本部があるホテルへと向かっているアルトマンの元であり、沙菜は大和にアルトマンの迎撃を頼まれていた。
元々、病院でアルバイトをしている沙菜はアルトマンに返り討ちにされた輝石使いたちの傷の手当てをしながら、彼らから現状を尋ね、そこから得た情報を麗華たちに流していた。
そんな時に大和からアルトマンを迎え撃つ巴たちの協力をしてくれと頼まれ、沙菜は快く了承した。
アルトマンという今までにないほどの強大な相手と対峙することに、沙菜は不安な気持ちを抱いていたが、友人たちのため――そして、何よりも優輝のためと思えばまったく怖くはなかった。
抱きそうになる恐怖心と不安感を振り払いながら、足早に目的地へと向かっている沙菜だが――「沙菜さん!」と背後から切羽詰まった声が聞こえてくる。
聞くだけで安堵し、愛おしさで胸が熱くなるその声に沙菜はすぐに反応して振り返ると――後方から慌てた様子の久住優輝が、沙菜の元へと疾走していた。
「ゆ、優輝さん、どうしたんですか? ホテルの警備は大丈夫なんですか?」
ホテルで大悟たちの警護を行っている優輝が突然現れたことに沙菜は驚いていた、この場所に現れた理由を問うが、優輝は「そ、そんなことよりも――」と全力疾走して切らした息を整いながら話を替えた。
「麗華さんから聞きました、沙菜さんがアルトマンを迎え撃つと」
「ええ、そのつもりです」
「無茶はやめてください。アルトマンは沙菜さんが――いや、俺たちが思っている以上に強い」
「だからって、今更退けと言うんですか? 年下のサラサさん勇敢にもアルトマンに立ち向かおうというのに」
迷いのない真っ直ぐとした沙菜の瞳と言葉に、優輝は何も反論できなくなってしまう。
優輝が自分を心配してくれている気持ちはありがたいが、それでも沙菜は友のため、そして、優輝のために退くことはできなかった。
「大丈夫です、優輝さん……私だけではなく巴さんやサラサさんが一緒にいるんです。それに、こうして優輝さんが私を心配してくれている――それだけで十分です」
「それでも、僕は……」
自分よりも年上であるにもかかわらず、子供のように心配する優輝の手を握り、「大丈夫」と母性溢れる優しい笑みを向けて、優輝に、自分にそう言い聞かせる沙菜。
「私だって自分の実力をよく知っていますし、無理はしませんから。というか、アルトマンさんを迎え撃つ以上、私だって本気であの人を拘束するつもりでいますから。だから、優輝さんは心配しないで自分の持ち場に戻ってください、ね?」
不安を抱える優輝のために、実はかなり豊満な胸を張って力強い笑みを浮かべる沙菜。
控え目な性格なのに無理をして強がっている沙菜の態度に、優輝は思わず微笑んでしまう。
「どうやら、俺は沙菜さんのことを見くびっていたよ」
「そうなんですか?」
「沙菜さんならアルトマンを迎え撃つってことになって不安になっているかなって思ったんだ。だから、そんな君に無理をさせたくはなかったんだ」
「舐めないでください」
「ごめんごめん。でも、本当に沙菜さんは強くなったって思ったよ」
「それは――……セラさんたちや、優輝さんのおかげです」
「俺たちの力何て大したことないよ。強くなる切欠は周りの人の影響が出るけど、本当に強く成れるかどうかは自分次第。だから、今の沙菜さんになったのは、沙菜さん自身の力だよ」
「優輝さんにそう言われると、本当に嬉しいです――あ……」
会話に集中していたせいで、優輝の手をずっと握っていたことを忘れていた沙菜。優輝も彼女との会話に集中していて、彼女の手を握り返していたことを忘れていた。
それに気づいた時、二人の視線は交錯し、二人同時に頬が染まる。
これから激戦区に向かう愛しい相手に情熱的な視線を向ける優輝。
同じく愛しい相手からの情熱的な視線を受けて、瞳を潤ませる沙菜。
相思相愛の二人の視線がぶつかり合い、自然と徐々に視線同士の距離が縮まる。
それと同時にお互いの距離も近くなり、唇も――
「優輝、沙菜を見つけたのか」
甘ったるい二人の空気を平然とぶち壊す、クールな声が響いてくる。
自分たちの空気に土足に入り込んでくるその声に、慌てて優輝と沙菜は握っていた手を放し、距離を取った。
目にも映らぬスピードで慌てて離れるや否や、顔を真っ赤にして息を切らしている二人を怪訝そうに見つめるティアに、「そ、そういえば――」と沙菜は強引に話を替える。
「あ、アルトマンさんよりも、七瀬さんたちはどうなっているんですか?」
「そ、そうだね。今はアルトマンのことに集中しているけど、俺たちの本来の目的は幸太郎君を守ることなんだから、気になって当然だよね? そうだよね? それに、セラたちだって心配だし! だから、ティア、教えてよ」
自分たちの状況に余計なツッコみを入れられないために話を替えた沙菜に乗じる優輝。
そんな二人の勢いにティアは「あ、ああ……」と圧倒されながらも、幸太郎たちの状況を説明する。
「お前が沙菜の元へと向かう前に連絡がきたが、セラたちはアカデミーの人間に追われながらもセントラルエリアに向かっているようだ。迷いのない足取りから想像するに――ノエルの方もいよいよ覚悟を決めたようだ」
セラたちとともに行動するノエルの様子をティアから聞いて、「それならよかったよ」と優輝は安堵の息を漏らす。
「何となくだけど、ノエルさんのことは目が離せなくてね」
「同感だ……おそらく、セラに似ているからだろうな」
「結構似ていると思うんだけど、セラに言うと怒るんだよなぁ。沙菜さんもそう思わないかい?」
「そうなのでしょうか……でも――二人ともちょっと意地っ張りなところは似ていますね」
反目し合っているセラとノエルが似ているという優輝とティアの言葉にあまりピンと来ない沙菜だったが、何気なく思ったことを口にした沙菜に優輝は笑っていた。
「沙菜、巴たちとともにアルトマンを迎え撃つそうだが――……こちらは何も心配する必要はないようだな」
「はい。全力で相手にします」
「その意気や良し、任せた」
これから強大な敵に立ち向かおうというのに、眼鏡の奥にある力強い光を宿す沙菜の瞳を見て、何も問題ないとティアは悟る。
「気をつけてください、沙菜さん……君に何かがあったら、俺は――」
「大丈夫です、優輝さん……大丈夫です」
いまだに心配する優輝に、そして、自分に言い聞かせるようにそう言って、沙菜は振り返ることなく目的地へと向かった。
力強い足取りで離れ行く沙菜の背中を優輝は心配そうに眺めていると――「優輝」と、ふいにティアが話しかけてくる。
「……ひょっとして私は邪魔だったのだろうか」
「ああ……すごくな」
「すまない」
「その判断をもう少し早くしてくれたら、よかったんだけどな」
ようやく空気を読んでくれた朴念仁の幼馴染に、優輝は心からのため息を漏らした。
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