第22話

「ご、ごめんなさーい!」


 申し訳なさ全開で謝りながら、セラは武輝から十分に威力を弱めた光弾を後方にいる追手たちに向けて放った。


 放たれた光弾は追手たちの足元に着弾してアスファルトの地面を砕き、追手たちは無様に躓いて地面に突っ伏して転んでしまう。


「セラさん、すごい」


「あ、ありがとうございます」


「あれくらいは私もできますし、私の方が無駄なく無力化できます。それに、徐々に罪を重ねてくれているようですね」


「そ、そういうことは言わなくていいですから!」


 自分を褒めてくれる幸太郎に照れるが、すぐに現実に一気に引き戻すノエルの一言に、徐々に自分も犯罪者になっていることを再認識させられて罪悪感に項垂れるセラ。


「まったく……今回の騒動、まともに解決できなかったら、私や幸太郎君もノエルさんと同じく罪に問われることになりそうです。アルトマンの元へ向かって、本当に大丈夫なんですか?」


「問題ありません……多分」


「多分をつけないでください」


「私一人よりは、事態が好転する可能性は高いと――思いたいです」


「それなりに信じてくれるのはありがたいですが、最後が余計です」


「文句を言っている暇があるのなら、先へ急ぎましょう」


 そう言って、ノエルは武輝である左右の手に持った剣を握り締め、前方にいる追手に向かって疾走する。


 一気に接近してくるノエルに攻撃を仕掛けようとする追手だが、それよりも早くノエルは地面を滑りながら間合いを詰め、自身の長い脚をしならせて相手の足を払った。


 足を払われて後ろのめりに倒れそうになりながらも苦し紛れに反撃を仕掛けようとするが、それよりも早くノエルは踵落としで地面に叩き落した。


 輝石使いにとって体術は牽制程度の役にしか立たないが、間髪入れずのノエルの強烈な足技と、最後に地面を叩きつけられた衝撃のダメージに、追手は地面に仰向けに倒れたまま苦悶の表情を浮かべて動けなくなってしまう。


「ノエルさんの足技華麗」


「あれは、足癖が悪いという表現の方が正しいと思います」


 輝石使い相手に華麗な足技で圧倒するノエルに感心している幸太郎に、ノエルの悪い足癖に苦戦した記憶があるセラはほんの少し対抗心を燃やしていた。


「先を急ぎましょう」


「ノエルさん、万年麗華さんが不動の蹴られたい・踏まれたい人ランキング一位になれるかも」


「……それは、喜んでいいのでしょうか」


「もちろん」


「では、喜ぶことにします」


 よくわからないランキングの対抗馬になれたことに、複雑な気持ちながらも喜ぶことにしたノエルは、とにかくセントラルエリアと急ぐことに集中する。そんなノエルの迷いのない足取りについてくる幸太郎とセラ。


 もうノエルには迷いはなかった。


 幸太郎、セラ、美咲――大勢の味方が自分を支えてくれたからこそここまで来れた。


 だから、ここまで来た以上もう退けなかったし、退くつもりはなかった。


 たとえ――アリスやクロノ、そして、かつての仲間である制輝軍の面々が目の前に現れても。


 目の前に大勢の制輝軍を引き連れたアリス、クロノが現れ、ノエルたちは足を止める、ノエルは迷いのない力強い光を宿した目で道を阻むアリスたちを見つめ、一方のセラは、息を切らしている幸太郎の背中を優しく摩って介抱をしていた。


「アリスさん、クロノ――そこをどいてください」


 有無を言わさぬノエルの言葉――その言葉に迷いはなく、邪魔をするなら仲間であり友人であるアリス、弟のような存在であるクロノでも容赦はしないという覚悟が込められていた。


 そんなノエルの迫力に気圧されることなく、アリスとクロノは彼女を真っ直ぐと見つめ返す。


「本気、のようだな」


「大勢の人が私の味方をしてくれた以上、もう退けません」


「……わかった」


 自分の問いかけに淀みなく答えたノエルを見て、クロノはフッと口元を緩め、これ以上もう何も言わなかった。


「アルトマンを父親だと思ってるノエルには悪いけど、私はアルトマンを許せない。もしも、あの男――父さんに何かあったら、もっと許せなくなる」


「わかっています――すみません、アリスさん」


「もう退けないところまで来たのに謝らないでよ」


 激しい怒りを宿した目でノエルを見つめながら、アリスは込み上げてくる激情で震えた声で父・ヴィクターに重傷負わせたアルトマンに対しての怒りを吐き捨てた。


 そんなアリスの父・ヴィクターへの想いと、自身の父・アルトマンへの怒りをノエルは受け止めながらも、もう退けなかった。


 何を言っても、今の覚悟を決めたノエルを止められないと察したアリスは、激しい怒りを宿した目から、縋るような目をノエルに向け、「でも――」と悲痛な思いを宿した声で話を続ける。


「父さんやアルトマンや、アカデミーなんて関係ない! 私はノエルの味方でありたい!」


 常に冷静なアリスが溢れ出る感情のままに、自分の本心を露にする。


 そんなアリスの姿と自分への想いに、ノエルは不思議と胸と目の奥がジンと熱くなってくる。


「ノエルや美咲を中途半端って言ったけど、一番の中途半端は私だった。建前ではノエルを捕えるためにアカデミーよりも早く情報を収集して、率先して制輝軍を動かしていたけど、実際は違う……ノエルを慕う人が多い制輝軍なら、アカデミーと違って傷つけず、穏便にノエルを捕えてくれるっていう確証があったから、みんなを動かしていた」


「オレも同じだ。オマエの味方であり続けたいという本心を抱えながらも、周りの空気に流されてしまい、オレは本心や意志を無理矢理抑え込んでいた……滑稽だろう? かつてはアルトマンの操り人形で自分の意志がなかったのに、その頃に戻ってしまったんだ。今のオマエの方がオレなんかよりもよっぽど自由だ」


 自虐気味な笑みを浮かべて中途半端だったことを告白するアリスとクロノ。


 しかし、本心を隠して気丈に振舞って、偉そうにノエルを中途半端だと罵り、仲間である制輝軍を好き勝手に利用して、最初からノエルを捕えるつもりがなかったアリスやクロノに対して、大勢いる制輝軍たちは誰も怒りの声を上げることはしなかった。


 ――そうか……そうだったんだ……


 アリスの言葉、そして、制輝軍たちの表情を見た時、ノエルはすべてを察した。


「すべては、だったんですね……」


 深々とした嘆息とともに、ノエルはそう呟いた。


 セラさんや七瀬さんだけではない。

 最初から私には大勢の味方がいたんだ……

 しかし、私にはそれに気がつくことができなかった。

 アルトマンを父と慕いながらも許せない気持ち。

 自分のわがままに誰も巻き込みたくない気持ち。

 足手纏いにしかならない自分には誰にも味方なんていない。

 ――そんな後ろめたい、中途半端な気持ちがあったから気がつけなかった。

 最初から私次第で、全部解決できた……

 迷いさえ振り払えば、すぐに気がつくことができたんだ。


「ごめんなさい――でも、それ以上にありがとうございます、アリスさん、クロノ、みんな!」


 結局自分の中途半端な気持ちが招いた騒動に大勢を巻き込んでしまったことへ申し訳ない気持ちがあったが、それ以上にそんな自分の味方でいてくれたアリスたちに感謝の気持ちが大きく、本心のままに感謝の言葉を述べた。


 常に無表情のノエルが今浮かべている表情は、血の通わない人形のような普段の彼女とは考えられないほど明朗で溌溂としており、年相応の少女のような笑みを浮かべていた。


 そんなノエルの最大級の笑みに、アリスとクロノ、制輝軍の面々はもちろん、セラも幸太郎も思わず見惚れてしまった。


 しかし、そんなノエルの笑みは後方から迫るアカデミーからの追手のけたたましい足音によって、消えていつものような無表情に戻ってしまう。


 そんな過去に制輝軍を束ね、陰ではアイドルのように持て囃されていたノエルの滅多に見られない笑みを消したアカデミーの追手たちを、制輝軍の面々は大いに怒った様子で睨んだ。


 そんな彼らの気迫に気圧され、アカデミーの追手たちの歩みは止まる。


「ノエル、私はここに残ってアカデミーの追手たちにあなたが味方だって説得する。後で必ず合流するから、先に行って。クロノ、あなたはノエルたちと一緒に行って。そして、セラ、七瀬――ノエルをお願い」


 後のことをアリスに託され、幸太郎、セラ、クロノは力強く頷く。


 アリスをこの場に残してしまうことに一瞬逡巡してしまうノエルだが、自分のわがままな目的のために協力してくれるアリスの気遣いを組んで先へ向かうことにした。


 振り返らずにこの場から立ち去るノエルたちをアリスは満足そうに微笑んで眺めていた。

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