第36話

「……まさか、お前とエレナ様が協力するとは思わなかった」


 せっかくエレナと一対一で話し合うために、聖堂内にある秘密通路を抜けた先にあるシェルターに向かったが、エレナと思っていた相手が変装したアリシアであることに気づいたブレイブは、心底悔しそうでいて、気づけなかった自分自身への怒りに満ちている表情を浮かべているブレイブを見て、アリシアは性悪な笑みを浮かべた


「誰だってそう思うけど、もう少し注意深く観察するすべきだったわね。詰めが甘いのよ、バーカ。大体、エレナがアンタに黙って従うわけないでしょ。あの面倒なお人好しなら、ここに来るまでの間何とかしてアンタを説得するに決まってるでしょ」


 心底自分をバカにしてくるアリシアにブレイブは苛立つが、彼女の言う通りよく考えてみれば気づけることだったので反論できず、ただただ自分の愚かさを呪っていた。


「まあ、でも、アンタたちがバカやったのは理解してあげるわ。エレナは少し強引すぎたのよ」


「それなら、私に協力してみるか?」


「沈没寸前の泥船に乗るほど、私はバカじゃないわ」


「言ってみただけだ。最初から期待してはいない。だが、私の考えに理解を示してもらえて、感謝をするぞ」


 自分の考えに理解を示してくれたアリシアに邪気のない笑みを浮かべて感謝するブレイブに、今までブレイブを騙して気分良さそうな笑みを浮かべていたアリシアの表情が面白くないものへと変化し、小さく舌打ちをした。


「それで、アンタ自分の思い通りになった後の先は考えてるの?」


「もちろんだ。教皇庁を存続させた後、今よりも遥かに教皇庁を世界の頂点になるような強大な組織にする。その後は世界を教皇庁が導くようにする」


「混乱を一途を辿る未来を想像すれば、教皇庁を潰したら余計な混乱が広がるし、世界をリードすれば無用な混乱は避けられるわ。それで、エレナの代わりに誰が世界を引っ張る教皇を務めるの?」


「賢者の石を持つとされる七瀬幸太郎君を利用する。彼の力を大々的にアピールすれば、自ずと世界は彼に注目がつまり、彼の力についてくるだろう」


 エレナの代わりに幸太郎を教皇に据えようとするブレイブの考えに、アリシアは思わず吹き出してしまい、「アンタバカじゃないの!」と大笑いしながらブレイブを心の底からバカにした。


「あの能天気なバカに教皇が務まると思ってんの? それだったら私がやった方がまだマシよ」


「彼に強大な力が眠っているのはエレナ様やお前が証人だ。それならば、その力を有効利用するだけだ。悪い人間ではないが、七瀬君なら容易に操れるだろう」


「それってあのバカを裏でアンタが操って、自分の都合のいい方向に世界を導くってこと?」


「言い方は悪いがそうなるだろう。しかし、そう簡単に上手く行くとは限らないのは百も承知。だから、タイミングを見計らって教皇庁を大きく変えるついでに、彼には教皇を退いてもらうか、象徴として存在させて政治にはいっさい口を出させないようにする。重要な取り決めは、大勢の人から支持を得た代表者を集めた話し合いで決めるつもりだ。いずれは、教皇に代わる新たな代表者を決めるつもりでもいる――一応、これが今考えている未来予想図だが、正直まだ漠然としていないのが現状だ。まずはこの計画が成功してから、周囲と話し合って確固たるものにするつもりだ」


 自信満々で、自分の行動が正しくなると信じているブレイブの未来予想図をアリシアは頬杖をついて興味のなさそうに聞いて、何度も欠伸をしていた。


「もっとも、現状を考えれば目的を果たすのはかなり険しいがな」


 エレナに変装をしていたアリシアを連れてきたことで、自分の計画に修復できないほどの大きな亀裂が入ってしまったことに、ブレイブは自虐気味な笑みを浮かべると、アリシアは深々と嘆息して「バカじゃないの?」とブレイブを罵った。


「それ以前の問題よ。一応将来設計はちゃんとできているようだけど、私からしてみればあの能天気バカを利用するってことで杜撰に思えるし、どうにもアンタの計画が上手く行くとは私には思えないわ」


「どこが間違っているのか、率直な意見を聞きたい。第三者の意見は重要だからな」


「全部よ。アンタの思い描く未来が私には何も見えないし、思い通りになっても何も変わらないわ。一応教皇庁や世界を変えようと必死になって考えているようだけど、実際は違うんじゃないの? アンタもあのクソババアと同じで、変わることが怖いんじゃないの?」


「それは断じて違う。教皇庁を変えようとするエレナ様には賛同しているし、利己的な枢機卿や、お前のような危険な枢機卿がいなくなってせいせいしている。それに、私の思い描く未来の教皇庁は、今までのような体制では維持できないと思っている」


 自分の言葉を自信を持って否定するブレイブに、アリシアは意味深で妖艶な笑み浮かべる。


 自分以上に自信のある彼女の笑みを見て、ブレイブの胸の中に嫌な影が差すが、それを自身の抱く覚悟という光で消し飛ばした。


「その反面、認めたくはないけどエレナたちの教皇庁や鳳グループを潰した先にある、新しい組織にはそれなりに未来は見えるわよ……まあ、本人に同じことを言ってみたらどう? きっと私と同じことを言うわよ」


「簡単に言ってくれるな。お前が私の計画を滅茶苦茶にしたのに」


「そうでもないわよ? ……エレナならきっとここに来るわよ」


 忌々しそうに吐き捨てたアリシアの言葉を、ブレイブは「バカな」と笑い飛ばした。


「せっかくお前を囮にして助かったというのにわざわざ無茶をしてここに来るのはありえない」


「私もそう思うわ。でも、エレナはそういうことを平気でするの……だからムカつくのよ」


 吐き捨てるように放たれたアリシアの言葉に、エレナへの苛立ちと嫉妬という負の感情が含まれていたが、それと同時に信頼感も確かに存在していた。


 エレナに対して複雑な感情を抱くアリシアを、ブレイブは怪訝そうに見つめていると――厳重な閉められていた扉が真っ二つになって吹き飛んだ。


 慌ただしい足音ともにシェルター内に入ってくるのは、アリシアのボディガードである、武輝であるナイフを手にしたジェリコと、武輝である鍔のない幅広の剣を手にしたクロノだった。


「無事のようですね」


「遅かったわね。あーあ、堅苦しい服を着てお堅い奴と固い話をしてたら身体が凝ったわ」


 主であるアリシアの無事を確認したジェリコは、クロノとともにアリシアの傍まで駆け寄って、テーブルを挟んで彼女の正面に座るブレイブをジッと睨んだ。


 警戒心と敵を高める二人をよそに、エレナは椅子から立ち上がって軽く身体を伸ばしてストレッチをしてリラックスしていた。


 アリシアを助けに来たジェリコたちの登場に、自分の計画が崩れ行く音が頭の中で響いているブレイブだが、自身を奮い立たせるようにして椅子から立ち上がり、即座に輝石を武輝に変化させようとするが――二人に続いて登場した人物に、ブレイブの思考がフリーズする。


「お待たせしました、アリシア」


「別に待ってないわよ……というかホントに来たのね。バカじゃないの」


 せっかく危険から遠ざけたのに、わざわざ危険を承知でこの場所に来た、自分の服を着ているエレナを、アリシアは不機嫌で面白くなさそうなじっとりとした目で睨むように見つめていると――「母様!」と、安堵しきった声とともにアリシアの身体に、エレナに続いて部屋に入ってきたプリムがしがみついてきた。


「あー、鬱陶しいわね。離れなさいよ」


「心配していたのです! 柄にもなく母様が囮になると言うから……」


「アンタには関係ないでしょ! というか、離れなさいよ! アンタ、意外に重いんだから!」


 しがみつきながら、泣き出しそうなくらいに安堵しきった表情で自分を見上げてくる娘を鬱陶しそうに、それ以上にばつが悪そうな表情でプリムを引きはがそうとしたが、離れない。


 そんな二人を放って、プリムの後に登場した傷だらけのリクトは母の隣に立ち、ブレイブを落胆と怒りを宿した目で睨んだ。


 リクト、クロノ、ジェリコ――三人を中心として、シェルター内の空気が刺々しくなるが、そんな三人を、「私に任せてください」と言ったエレナの言葉が諫めた。


「ブレイブ、あなたは私と話し合いたいのでしょう? ……なら、一対一で話し合いましょう」


 停止していた思考がエレナの一言によって我に返るブレイブだが、「待ってください」とわざわざブレイブの魂胆に乗ろうとする母をリクトが制止した。


「ブレイブさんは覚悟を決めてここまで来たんです……話し合いでは解決できませんよ」


「実力行使でも解決できません。それに、今回の件は話し合いで解決しなければならない――特に、今後のことを考えればそうしなければなりません」


「で、でも……――」


「勝手にさせておきなさいよ、命知らずのバカのことなんて」


 無表情ながらも使命感に溢れている母の表情に、何を言っても止められないと思ってしまうリクトだが、それでも自身の目的のためなら何でもするつもりのブレイブと二人きりにさせることはできなかった。


 何とかして母を止めたいリクトを、プリムにしがみつかれているアリシアは制した。


「確かに、アンタの言う通り今回の件は話し合いで解決するべきかもね。特に、ブレイブには――だったら、止めて見せなさい。ブレイブを止めなければアンタたちの未来はないわ」


 ブレイブを止められないことを望んでいるような性悪な笑みを浮かべながらも、アリシアの言葉には僅かな希望が含まれており、エレナに発破をかけるようでもあった。


「さあ、アンタたち、外で待ってるわよ」


「で、でも、アリシアさん。さすがに二人きりにさせるのはダメですって――って、引っ張らないでください」


 いまだにエレナとブレイブを二人きりにさせられないリクトを、アリシアは強引に引っ張って部屋に出ると、ジェリコは主の後に素直に続き、クロノは敵意と怒りを込めた目でブレイブを睨みながら部屋から出た。


 ブレイブと二人きりになったエレナは、淡々とした足取りでアリシアが座っていた椅子に座ると、「さあ、はじめましょう」と話し合いの開始をブレイブに促した。


「突然のことでまだ要領を得ていませんが……話し合いの場を設けてもらって感謝しますよ」


 願ったり叶ったりな状況が突然現れ、動揺する心を無理矢理落ち着かせ、ブレイブは再び椅子に座ってテーブルを挟んでエレナと向かい合うようにして座った。


 そして、ブレイブはエレナとの戦いをはじめる。


 お互い、自分の思い描く未来を実現させるために。

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