第35話
イリーナに連れられ、秘密通路を抜けた先には外に通じる出口があり、出口の扉を開くとそこには花畑が広がっていた。
自身の周囲にイリーナの武輝で、無数に生み出された大砲の砲口が向けられている状況だというのに、外に出た瞬間に広がる美しい花畑の光景に状況を忘れて幸太郎は「わー、きれい」と感嘆の声を上げてしまった。
そんな幸太郎の声を無視して、イリーナは先へと進む。
立ち止まって花畑を眺めていた幸太郎だったが、自身の周囲に浮かんでいる小さな砲口に頭を軽く小突かれて、慌ててイリーナの後を追った。
どこまで向かうのかという疑問があるが、何度もイリーナに尋ねても有無を言わさぬ迫力で「黙ってついてこい」と言われるだけで、世間話にも応じないので幸太郎は黙ってイリーナについてきていた。
そして、しばらく歩いた場所にある木々と花に囲まれた開けた空間に到着すると、「このあたりでいいじゃろう」と、黙々と進んでいたイリーナはそう呟くと同時にようやく歩みが止まり、振り返って背後にいる幸太郎に視線を向けた。
「ここが目的地ですか? ……もしかして、ここがお前の墓場だぁ、ですか?」
「ここはワシのお気に入りの場所じゃ。今はもうないが、昔はこのあたりに我が一族の屋敷があってな。子供の頃はここで花と遊んでいたのじゃ」
「友達、いなかったんですね」
「う、うるさいわ! ワシのことよりも、自分の心配をしたらどうなのじゃ! お主はこれからここでワシに命を奪われるのじゃぞ!」
「本気ですか?」
「本気じゃ――しかし、わけもわからずいきなり命を奪われるのはさすがに忍びない。何か最後に聞きたいことや、言い残すことはあるか?」
イリーナの生み出した小さな砲口が自身の周囲に浮かんでいる状況で、本気で自分の命を狙っているイリーナに、幸太郎は特に恐れることなく「それじゃあ」と質問をはじめた。
「どうして僕を狙うんですか?」
「お主が教皇庁にとって邪魔な存在だからじゃ――お主やアルトマンの持つ、生命を操るとされる賢者の石は世の理を超越する力を持っている。教皇庁にの人間として認めたくはないが、教皇庁が誇る輝石を生み出すだけのティアストーン、鳳グループが持つ忌々しい無窮の勾玉とは比べ物にならない力じゃ。お主たちがいればティアストーンの神秘性は損なわれ、教皇庁の持つ影響力が徐々に失う可能性がある。そうなれば力を失った教皇庁を狙う不届き者が多く現れ、混乱が生まれる。それだけは避けたいのじゃ」
自分の命を狙う理由が教皇庁のためであることを知って、幸太郎は他人事のように「なるほどなー」と納得して、質問を続ける。
「賢者の石はそんなに危ないんですか?」
「その力を確かめようと何度か試みたが、その都度失敗したのじゃ。実際に目の当たりにしていないので詳しくはわからんが、アルトマンの言う生命を操る力が本当なら相当なもの。無窮の勾玉以上に厄介な存在じゃ」
「いつ試したんですか?」
「お主が最初にここに訪れた時、空港で騒ぎを起こしてお主を巻き込んで力を見るつもりじゃったが失敗。その次の日、アトラとクロノとの戦いの最中、アトラの攻撃を利用して不慮の事故を装ってお主を巻き込もうとしたが失敗、儀式の後にブレイブの弟子を煽って襲撃させたがそれも失敗――危機に瀕すればお主の力を引き出せると思ったのじゃが、すべて失敗じゃった。まあ、お主は大勢の味方に守られたていたから、失敗するのは当然じゃったの」
イリーナの言葉に思い当たる節があった幸太郎は呑気に感心していた。
「こんな状況でもお主の力が発動しないことを考えると、本当に力を持っているのかという疑問が生まれてしまうが、あのアルトマンがお主の力を認めていたのだ。間違いなくお主には非凡な力が隠されているじゃろう。世界中から狙われているアルトマンは近い内に捕まるじゃろうが、無害のお主は別じゃ。いつ何時お主の力が解放され、表沙汰になるのかはわからぬ。だから、その前に後顧の憂いはここで断たせてもらおう」
「賢者の石ってそんなに存在したらダメなんですか?」
「お主も、エレナも、大勢も、大きな勘違いをしている」
何気ない幸太郎の疑問に、何も理解していない彼――いや、彼と同様何も理解していない周囲を嘲るような笑みを浮かべたが、その表情は神妙だった。
「賢者の石は存在しない」
目の前に賢者の石の力を持つとされている人物がいるというのに、数多くの文献に記されているというのに、伝説の煌石が実在しないとイリーナは自信を持って断言した。
「賢者の石とはワシの一族が作り出したおとぎ話。存在はしない」
「……それって、本当ですか?」
さりげなく重要なことを言ったイリーナに、さすがの幸太郎も頭の中が混乱して一瞬黙ってしまったが、一応確認を取ると「本当じゃ」とイリーナは再び自分の言った言葉を認めた。
「大昔、ワシの一族は教皇庁の信者を得るため、輝石と煌石の神秘性を高め、将来教皇庁を歴史ある強大な組織にするため、後世に伝わる虚実入り混じった文献を遺そうと考え、話をでっちあげたのじゃ。その過程で生まれたのが『賢者の石』だったそうじゃ。どの文献にも賢者の石の詳しい力が記されていなかったのは、詳しく記さないことによって『賢者の石』という存在が伝説であることを強調する目的があったそうじゃ」
「すごいこと言っているような気がするんですが……そんなこと僕に言って大丈夫ですか?」
「これは代々ワシの一族の当主しか知らされていない、教皇でも知らないことじゃ。この事実はワシしか知らないし、誰にも言うつもりはなかったが――これから命を奪うお主に言っても何も問題はないし、お主も自分が狙われる理由を知ってスッキリしたじゃろう?」
「逆に、僕の力が何なのかがわからなくなってモヤモヤします」
「これは個人的見解だが、お主やアルトマンの力は輝石や煌石とは違う、何か別の力じゃろう。それも、それらを遥かに超える力じゃ――だからこそ、お主たち二人が邪魔なのじゃ。教皇庁にとってティアストーンは絶対の存在であり象徴。他の煌石などティアストーンの神秘性と希少性を脅かす邪魔な存在にしかすぎん」
幸太郎に、それ以上に自分に言い聞かせるようにそう告げると、イリーナの全身から殺気が溢れ出し、能天気な幸太郎でさえも背筋に冷たいものが走ってしまった。
「ティアストーンを守ること、それは即ち教皇庁を守ることじゃ。ワシは教皇庁を守るためなら何でもする。かわいい弟子のブレイブも切り捨てられるし、娘のように育てたエレナも切り捨てるし、良い奴であるお主も始末する――さあ、もう長話は飽きたじゃろう。終わりにしてやる」
「本気ですか、イリーナさん」
「本気じゃ」
「僕、イリーナさん、大好きですよ。おばあちゃんで、妹っぽくて」
「最後は余計じゃが、ワシもお主のことは気に入っていた」
「じゃあ、考え直してくれませんか?」
「悪いが、それはできない相談じゃ。ワシはもう覚悟を決めておる」
「僕、まだ覚悟は決めてないんですけど」
「……まったく。お主はどうしていつもそう、緊張感がないのじゃ」
命が奪われる瀬戸際になってもいつもの調子でいる幸太郎と接して脱力感に襲われるが、脱力しそうになる心に喝を入れ、幸太郎の周囲に浮かぶ無数の小さな大砲の砲口に力をため込む。
「できるだけ苦しまないように終わらせてやる……怖がる必要はないぞ。一瞬じゃ」
「怖がってはいません」
「ほう、それはよかった。最期の最後で騒がれたら面倒じゃったからの」
「ティアさんたちを信じてますから」
「なるほど、ティアリナたちが助けに来ると信じておるから恐怖はしていなのか……残念じゃが、その期待は外れたな。だが、ティアリナたちを恨まないでやってくれ。精一杯お主を守ろうとしたのじゃからな」
「それでも、ティアさんたちを信じてます」
「それが遺言か――さらばだ幸太郎……状況さえ違っていたら、ワシはお主を――」
これ以上無駄なことを言ってしまったは決心が鈍ると思い、イリーナは強い覚悟を維持したまま幸太郎の周囲に浮かぶ無数の小さな砲口から光弾を発射する。
発射された無数の光弾は幸太郎の身体を傷つけないよう、無数の光弾が直撃した瞬間に一気に致死量の衝撃を心臓に流し込むようにして、苦しまないようにさせるつもりだった。
無数の光弾が発射され、幸太郎の周囲に光が包んだ。
光が収まると同時に幸太郎は後ろのめりに倒れ、そんな幸太郎から目を背けたい気持ちでいっぱいになりながらも目を背けることなく、それが自分の義務だと思っているイリーナは幸太郎の最期を看取るが――
「大丈夫か、幸太郎」
冷ややかでありながらも、安堵しきった声と同時に現れたティアが後ろのめりになって倒れそうになる幸太郎を後ろからきつく抱きしめると、「ティアさん」と幸太郎は反応した。
「もう安心だ……安心しろ」
「ティアさん、苦しい――あ、やっぱり柔らかくて気持ちいいです」
「なぜじゃ……なぜ、生きている」
きつく抱きしめられてティアの柔らかい感触が背部に伝わり、恍惚の表情を浮かべる幸太郎。
イリーナは自身の攻撃が直撃したはずなのに生きている幸太郎を怪訝そうに見つめていると、幸太郎に攻撃を仕掛けた自身が生み出した無数の小さな砲口のすべてに光の刃が突き刺さっていることに気づいた。
それに気づいたイリーナは厄介な応援が駆けつけてきたことを察して仰々しくため息を漏らすと同時に、ティアに遅れて厄介な応援――久住優輝が現れた。
「どうやら怪我もなくて無事なようだね、間に合ってよかったよ幸太郎君」
「優輝さん、助けてくれてありがとうございます」
「お礼は後でいいから、ここは俺とティアに任せて下がっているんだ」
優輝の言葉に従い、名残惜しそうにティアから離れた幸太郎はティアたちから離れた。
幸太郎が離れた瞬間、武輝を手にした優輝とティアは静かに闘志を漲らせてイリーナを睨む。
「デュラルの娘と、宗仁の息子――最高の弟子の子が邪魔をするとは何か因縁を感じるぞ」
「余計な問答はいい――幸太郎から手を引け」
余計な世間話を軽く流して、今にも飛び出してきそうなティアの気迫に圧倒されながらも、余裕な笑みを浮かべてイリーナは「それはできないな」と決して退かない意を示し、自身の周囲に溢れ出んばかりの輝石の力で生み出した自身の武輝である大砲の砲口を無数に生み出した。
「教皇庁のために、ワシは邪魔する者は誰であろうと、何であろうとすべて排除する」
自分の邪魔をするティアと優輝にそう宣言すると同時に、生み出した無数の砲口からレーザー状の光を一斉に発射して先制攻撃を仕掛ける。
若者相手に大人げない、卑怯だと罵られようが、イリーナは構わない。
すべては教皇庁のために、邪魔者を排除するだけだった。
迫るイリーナの攻撃に恐れることなく、優輝とティアは真っ直ぐと友達であり、大切な人である幸太郎の命を狙うイリーナに向かって疾走した。
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