第34話

 人質にされた幸太郎がイリーナに連れ去られてすぐに、崩れた天井と壁の瓦礫の下から這い出て、ゆっくりと立ち上がったティアは、壁を背もたれにして尻餅をついている父・デュラルに近づき、「大丈夫ですか、父上」と声をかけると、デュラルはニッと力強い笑みを浮かべた。


 しかし、デュラルの浮かべている笑みは力強いものであったが、どこか弱々しくもあるのを察知したティアは、父がどこか怪我をしているのだと気づいた。


「……大丈夫ではないようですね」


「さすがはティーちゃん。お見通しだな。強がりたいところだが、両腕をやられちまった。これじゃあまともに戦えねぇ……まったく、あのクソババア、かわいい弟子にも容赦しねぇな」


「ここで大人しくしてください。私は幸太郎を追います」


 父がまともに動けないと判断したティアは即座に床に落ちていた自身の輝石を拾い、一人で幸太郎を追おうとするが、そんな娘を「待て」と有無を言わさぬ厳しい声でデュラルは止めた。


「ティーちゃん、君も怪我をしているだろう。去り際に輝石を持ってない君にあのババアが放った攻撃、ギリギリで避けられる攻撃をあえて仕掛けたみたいだけど、降ってきた壁の瓦礫でどこか痛めたんじゃないか?」


「……私は何も問題はありません」


「どこを怪我をしたんだ。言ってみなさい」


「戦えます」


「嫁入り前の娘が怪我をしているのに無茶をさせたら、母さんに何をされるのか堪ったものじゃないんだ……正直にどこを怪我をしているのか言いなさい」


「片腕と片足を軽く……でも、動けるので問題ありません」


 このままティアを無茶させたら自分の妻の雷が落ちてしまうのを想像して怯えながらも、娘の隠し事を追求する父の厳しく、しつこい態度に、ティアは渋々自身の状態を教えた。


 父の言う通り、イリーナの去り際に放った攻撃は輝石を持たないティアでも容易に回避できるように手加減されていたが、避けると同時に落ちてきた天井と崩れた壁の瓦礫の下敷きになった際に、片腕と片足を強く打って怪我をしてしまった。


 利き腕じゃないのに加え、多少の痛みは残るが片足も問題なく動けるために戦闘には支障はないとティアは自己判断していたが、デュラルは娘の状態を聞いて不満そうな表情を浮かべた。


「そんな状態で一人でクソババアに勝てると思うのか?」


「幸太郎が狙われている以上、黙ってはいられません」


「そんなにあの小僧が大事か? まあ、ティーちゃんに恩義があるのはわかるけどな」


「大事――そうですね。大事、だと思います。幸太郎には色々と教えられましたから」


 ――はじめて幸太郎と会った時、平気で触れられたくないことに触れてくる幸太郎にティアはあまり印象は持っておらず、入学式に近くしただけではなく、輝石の力をまともに扱えない幸太郎なんて正直興味もなかった。


 だが、徐々に幸太郎と接するにつれ、分不相応に無茶な真似をするが、力がなくとも自分にできる限りのことをしようとする幸太郎が一本筋が通った男であることに気づきはじめ、悪かった印象が良くなって興味も出てきた。


 その後、一度大きな喧嘩をして、ティアは幸太郎の持つ力を十分に理解するとともに、その力を認め、自分の求めた『力』とは違う『力』もあることに気づかされた。


 明確に幸太郎の存在が自分の中でいつ大きくなったのかはわからないが、それでも、彼がいなければ、今の自分はいないとティアは思っていた。


 そして、幸太郎に対して抱いているこの想いは、自分や優輝を助けてくれたことへの恩義から生まれるものではなく、彼と付き合い、彼がどんな人物であるのか、深く理解した結果、生まれたものだとティアは確信していた。


 父の言葉にティアははじめて幸太郎と出会った時から、今までのことを回想し、今までの付き合いを経て七瀬幸太郎という存在が自分の中で大きくなっていることを再確認していた。


 怪我を負っているというのに、幸太郎のことを想って真っ直ぐとした力強い光を宿している娘の瞳を見て、娘を一人でイリーナの元へと向かわせても大丈夫と思えてしまうとともに、面白くなさそうに頬を膨らませていた。


「随分、あの小僧と仲が良いんだな」


「ええ。友達ですから」


「ダメだダメだ! お父さん、絶対に認めないからな! 絶対に!」


「……何を喚ているんですか」


 微笑でありながらも眩く感じられるほどの表情で幸太郎を友達だと言い放つ娘に、嫌な想像が爆発したデュラルは怪我をしていることを忘れて子供のように泣き喚いた。


 そんな父を若干引き気味で一瞥したティアは、父を放って幸太郎の元へと向かおうとすると――幸太郎を探すために自分が開けた壁の穴から、慌てた様子の優輝が現れた。


「やっぱり、この穴の先にはお前がいたなティア。怪我をしているようだが大丈夫か? デュラルさんも、大丈夫ですか」


「おお、優輝君。良い所に来てくれた。実は娘の交友関係について相談したいことが――」


「優輝……外にいるはずのお前がどうしてここにいるんだ」


 状況を忘れている父を放って、ティアは外にいるはずの優輝に状況説明を求めた。


「セラと麗華さんと大和君がアカデミーから来てくれたんだ。それで、外はセラたちに任せて、俺は応援に向かったんだ。旧本部でもブレイブさんの弟子たちが暴れていたみたいだけど、セラたちが何とかしてくれて、そろそろ旧本部から大勢の応援が来るってさ」


「まったく……アカデミーを守るために留守番を頼んだというのにセラは何をしているのだ。それに、鳳グループの人間の麗華と大和が来て暴れたら、事態は更に混乱するぞ」


「まあまあ、セラたちが応援に来てくれたおかげで事態は好転したんだから。それと、エントランスにいるアトラ君たちは制圧して、後はブレイブさんとイリーナさんだけだ。ブレイブさんはエレナさんの希望で、エレナさんに任せてる。それで、幸太郎君はどうしたんだ」


 簡単に自分の周りに起きた状況の報告を終えた優輝は、ティアに状況の報告を求めると、ティアは暗い表情を浮かべて「すまない」と謝罪の言葉を口にした。


「私のせいでイリーナに幸太郎を連れ去れてしまうだけではなく、父上に怪我をさせてしまった。どうやら、イリーナの目的は幸太郎の持つ賢者の石のようだ」


「怪我をしてるのはティーちゃんも。ティーちゃんは怪我しているのに、返り討ちにされるのを承知でクソババアを追うんだと。なあ、優輝君からも何か言ってくれよ。無茶するなって」


「……お前の怪我は大丈夫なのか」


 余計なことを言って優輝を心配させる父親をじっとりとした目で睨むティアだが、本当のことなので何も反論はせず、優輝の質問に「何も問題はない」と答えた。


 怪我をしているに問題ないと言い放つティアの身体を優輝は探るように見つめ、彼女の片腕と片足に怪我を負っていることを察して、深々とため息を漏らした。


「正直、イリーナさん相手に足手纏いがいるのは邪魔になるだけだ」


「十分に理解している。だから、足手纏いになったら切り捨ててもらって構わん」


「だ、ダメだぞ優輝君! ティアは嫁入り前の生娘なんだから傷つけたら、宗仁の息子でも容赦はしないぞ!」


「デュラルさん……そうは言ってもここまで覚悟を決めているティアを止められませんよ」


 愛娘のティアに無茶をさせたくないデュラルの溺愛する娘を心配する気持ちと理解して呆れつつも、幸太郎が連れ去られたことへの責任を感じて静かに燃え上がっているティアを優輝は止められないと思っていた。


 もちろん、優輝に言われなくとも父であるデュラルも娘を簡単には止められないと思っていたが、それでも父として負傷しているティアを戦いの場へ向かわせるのは不安だった。


「父上はブレイブさんの元へと向かってください。もしもの場合、エレナ様以外に止められるのはあなただけかもしれないので……私は先へ向かいます」


 ブレイブのことを父に任せて、ティアは父の制止を軽く流して先へと向かう。若干怪我した足を引きずってしまっているが、それでも力強い足取りで歩いていた。


 そんなティアの様子を見て呆れるとともに、諦めのため息を漏らした優輝は「すみません。先へ向かわせていただきます」とデュラルに一言謝罪をしてから、ティアの後を追った。


 自分の言うことを聞かない二人に、デュラルは深々とため息を漏らして止めるのを諦め、「優輝君、ティア」と二人の背中に声をかけると、二人はゆっくりと振り返った。


「こういう時に若い者に任せてしまうのは、聖輝士として、枢機卿として情けないが――後は頼んだぞ、ティア。そして、優輝君、できるかぎりティアのことを守ってくれ」


 怪我をしてしまった自分を嘲るような笑みを浮かべ、後のことを若い二人に任せることにしたデュラルは、ゆっくりと立ち上がってブレイブの元へ向かった。


 デュラルの言葉に力強く頷いたティアと優輝は、幸太郎の元へと急いだ。

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