第33話

 ブレイブの弟子たちとアルバートが用意した輝械人形を相手に、クロノたちは聖堂のエントランスで激しくぶつかり合っていた。


 クロノはアトラの相手を、アトラ以外のブレイブの弟子たちと輝械人形はジェリコとリクトが相手をしていた。


 アトラとの戦いで消耗しながらもリクトはジェリコのフォローで何とか戦えており、自身の背後にいるプリムたちを。


 一方のアトラとクロノは――クロノに突撃し、アトラは兵輝が変化した剣を振るう。


 アトラが攻撃するよりも早く、クロノは手にした武輝である鍔のない幅広の剣を勢いよく突き出した。


 咄嗟に横に飛んで回避すると同時に、再びクロノに襲いかかるアトラは左右の手に持った剣を振るって連続攻撃を仕掛けるが、そのすべてをクロノは涼し気に回避した。


 連続攻撃の合間を縫ってアトラの懐に接近したクロノは、彼の脇腹目掛けて剣を振り払う。


 兵輝によって鋭敏になった反応速度で後退してクロノの反撃を回避するアトラだが――クロノが剣を振るうと同時に、刀身から発射された光弾が直撃する。


 一瞬怯んだが、すぐに仕返しと言わんばかりの攻撃を仕掛けるために再びクロノに飛びかかろうとするアトラ。


 しかし、そんなアトラの目前には既にクロノが急接近していた。


 咄嗟に後退しようとするアトラだが、それよりも早くクロノは掲げた武輝をアトラの脳天目掛けて振り下ろした。


 脳を揺らすほどの衝撃と鋭い痛みが脳天に走って意識が一瞬飛ぶアトラだが、すぐにクロノが更なる攻撃を仕掛けるのを感じ取り、その対処をしようとする。


 だが、アトラが何か行動に出るよりも早くクロノは淡々とした動作で次々と容赦のない攻撃を仕掛けた。


 一歩踏み込むと同時に武輝を振り払い、振り上げ、袈裟懸けに振り下ろし、トドメに力強い一歩を踏み込んで武輝を突き出した。


 淡々としながらも容赦のないクロノの連続攻撃が直撃し、アトラは吹き飛ぶが、空中で態勢を立て直すと同時に、空中にいる状態で空を蹴ってクロノに飛びかかった。


 手にした二つの剣を交差させたアトラは、クロノに激突する寸前に交差させた剣を思いきり振り振り払ってクロノを吹き飛ばそうとしたが――片手で持っただけの武輝で、クロノは激突する勢いで自身に近づいたアトラを容易に止めた。


 軽々と自身の攻撃が受け止められて驚愕しているアトラの顔面に、クロノの固く握られた拳がめり込むと、アトラは膝をつく。


 そんなアトラを、クロノは感情を宿していない瞳で冷たく見下ろした。


 どうして、届かないんだ……力を得たはずなのに、どうして……

 これでは、昨日と同じだ――いや、そんなことは絶対にない!

 力を得たんだ! だから、クロノも倒せるはずなんだ!


 自身の武輝の手甲と足甲だけではなく、兵輝が生み出した武輝を振るうアトラだが、パワーアップしたのにもかかわらずクロノに押されていた。


 迷いを抱いているせいで本調子ではなかったが、それでも圧倒的な力を持つリクトを兵輝の力を使って容易に倒せたというのに、アトラはクロノに手も足も出せなかった。


 せっかく力を得たのに昨日と同じ結果になるのが一瞬頭に過るアトラだが、過った嫌な結末を頭を振るって振り払い、自分を鼓舞させて息を整えたアトラは立ち上がった。


 立ち上がって即座に再び左右の手に持っている剣を大きく振るって攻撃を仕掛けるが、クロノは最小限の動きで回避し、両手で持った武輝を脳天目掛けて一気に振り下ろした。


 脳と意識を揺らすクロノの一撃に再び膝をついてしまうアトラ。


「……終わりだ」


 再び膝をついたアトラに剣の切先を向け、冷たくそう告げるクロノ。


 まだ終わりじゃない! ――声を荒げてそう反論しようとするアトラだが、自分以外の仲間が倒れ、大勢いた輝械人形が破壊されている気づいてしまった。


 孤立無援の状況で最悪だが、それでもアトラは諦めない。


 一人になっても、傷だらけになってもアトラは師であり父であるブレイブのために諦められなかった。諦めてしまえば、こうしてリクトたちと敵対した意味がなくなってしまうからだ。


 それに、アリシア――ではなく、アリシアに扮したエレナが目の前にいるというのに、ここで倒れるわけにはいかなかった。


 エレナをブレイブの元へ連れて行けばすべては変わると信じて、アトラは再び立ち上がる。


「まだだ、まだ俺が残っているぞ……だから、まだ終わりじゃない」


 そうだ、終わりじゃない……終わりじゃないんだ!

 まだだ、まだ、戦えるんだ!


「それなら満足するまで付き合ってやる」


 ブレイブのために懲りもしないで立ち上がって戦意を漲らせるアトラをクロノは迎え撃つ。


 無慈悲なほど強烈なクロノの攻撃を受けて満身創痍だが、その身に鞭を打って、武輝に変化した輝石から限界まで力を引き出し、全身に漲る輝石の力を更に向上させ、兵輝が変化した武輝から力を更に絞り出した。


 圧倒的な力の奔流がアトラを中心として流れ出すが、それに気圧されることなくクロノは何の感情を抱いていない目でアトラをじっと見つめていた。


 ――これだ! この力さえあれば……ブレイブさんのためになれるんだ!

 これで――これで全部終わりにできるんだ! 終わりにしてやるぞ!


 限界まで引き出された自身の力に喜びに打ち震えるアトラは、先程以上のスピードでクロノに力強い一歩を踏み込んで飛びかかると、踏み込んだ衝撃に固い石造りの床が大きく砕け散り、クロノに飛びかかったスピードで周囲に小規模の衝撃波が発生した。


 兵輝が変化した武輝である左右の手に持った剣の刀身に眩いほどの光が纏い、必殺の一撃をクロノに食らわせようとするアトラ。


 肉薄するアトラに、クロノは避けることも防ぐこともしないでただただアトラをじっと見つめて、両手できつく握り締めた武輝を大きく掲げた。


 限界までアトラを接近し、クロノは大きく掲げた剣を勢いよく振り下ろし、アトラは左右の手に持った光を纏った剣を勢いよく振るう。


 二人の身体が交錯し、衝撃波とともに轟音が周囲に響き渡った。


 お互い無言のまま背を向けて立っているクロノとアトラ。


 エントランス内が静寂に包まれ、リクトたちはお互いに必殺の一撃を繰り出したクロノとアトラの様子を固唾を呑んで見守っていた。


 一分近く沈黙が流れていたが――最初に動いたのはクロノだった。


「満足したか?」


 振り返って無言のままのアトラの背中に向けてクロノはそう尋ねると、アトラは膝から崩れ落ち、同時に手にしていた兵輝に変化した武輝である剣を落としてしまうと、アトラの手から離れた剣は小さな爆発音とともに兵輝に戻り、六角形の形をした兵輝はボロボロに壊れていた。


 お互いに強烈な攻撃を仕掛けた結果、クロノはアトラの攻撃を紙一重で回避し、アトラはクロノの攻撃を直撃していた。


 どうしてだ……どうして、敵わない。

 迷いも捨てたのに、覚悟もしたのに、力を得たのに、どうして……どうしてだ……


 強烈なクロノの一撃を食らって全身に痛みが走り、意識が飛びそうになってそのまま床に倒れてしまいそうになるが、それを必死で堪えながらアトラはクロノを倒す方法を考えるが、何も方法は見当たらなかった。


「……もう終わりか?」


「まだだ……まだ、終わってない」


 煽るように淡々と放たれたクロノの一言に怒りが込み上げたアトラは、それを動力にして立ち上がろうとするが、立ち上がることができなかった。


「もう、終わりのようだな」


「ふざけるな! まだだ、まだ終わってないんだ!」


 立ち上がれない自分を見て、もう戦えないと勝手に判断したクロノにアトラは意地で立ち上がるが、両足は震えていてすぐにでも倒れそうだった。


 しかし、そんな足に喝を入れてクロノに飛びかかり、手甲が装着された手をきつく握り締め、なけなしの力を振り絞って拳を突き出した。


 満身創痍の身で放たれたとは考えられないほど風を切るほどの鋭く、執念を乗せた一撃だが、クロノにとっては回避するのは余裕であり、最小限の動きで半身になって回避すると同時に、武輝を持っていない手を握り締め、アトラの顔面目掛けて拳を突き出した。


 容赦のないクロノの一撃がアトラの顔面を捕らえると、アトラは尻餅をついて倒れた。


「……どうしてだ……どうして、お前を倒せないんだ」


 覚悟を決めたのに、目の前にいるクロノが倒せないことに自分自身への苛立ちと怒りを募らせ、胸に熱いものが込み上げてくるアトラは尻餅をついたまま項垂れてしまっていた。


 敗因がわかっていないアトラに、「簡単なことだ」とクロノは淡々とアトラの敗因を教えた。


「リクトやプリムが何を言っても止まらなかったオマエは倒さなければ止まらないと判断し、オレはオマエを止めるために本気で倒すために戦った――それだけだ」


「俺だって本気だ。ブレイブさんのために全部捨てて、覚悟をしたんだ……だから、お前と同じだ。だから、俺がお前に止められるわけがない……それなのに……」


「ブレイブのためと言っているが、オマエの意思はどうなんだ?」


「俺の意思はただ一つ――ブレイブさんのためだけだ」


「違うな」


「違わない!」


 確固たる自分の意思を否定され、項垂れたままアトラは鋭い声を上げるが――クロノは気圧されることなく、話を続ける。


「オマエは――いや、オマエたちは師であり、父でもあるブレイブに忠実に従うことによって、自分たちの本当の意思に見て見ぬ振りを続けている」


「違う! 違う、違う!」


「否定しても今のオマエの姿がオレの言葉が正しいと証明している」


「違う! 絶対に違う! 俺はまだ終わっていないんだ!」


 前にプリムに指摘された、「お前たちには自分の意思が何一つ感じられない」という言葉と同じことをクロノにも指摘され、胸の奥にしまい込んでいた感情が熱いものと同時に溢れ出だしそうになるが、歯を食いしばってそれを堪え、必死になってクロノの言葉を否定した。


 項垂れた顔を上げ、怒りと悔しさ、それ以上に今にも泣きだしそうな顔を浮かべていたアトラは、立ち上がって再びクロノに立ち向かおうとするが――「もういいでしょう」と、優しくもあり、悲しそうなリクトの声がアトラを諫めた。


 大量の輝械人形と大勢のブレイブの弟子、そしてアトラと戦って満身創痍のリクトはプリムの肩を借りて、尻餅をついているアトラへと近づいていた。


「身を以って感じたアトラ君の覚悟は中途半端ではないことはよくわかっています。僕がアトラ君の立場なら逃げ出してしまうでしょう。でも、アトラ君は逃げずにただブレイブさんのために戦い続けた。そんな覚悟を僕は中途半端だとは思いません」


 師であり、父でもあるブレイブのために友である自分たちと戦う選択を選んだアトラの覚悟をリクトは認めるが、「でも――」と厳しくもあり、縋るような目でアトラを見つめてリクトは話を続けた。


 傷つけたというのに、真摯な態度で自分を見つめるリクトの視線に耐え切れずにアトラは項垂れ、彼から目をそらしてしまった。


「アトラ君たちは最初に僕たちに話し合いをするように持ち掛け、僕を追い詰めても話し合いを持ちかけてきてくれました。完全にアトラ君たちが敵ではないと思って嬉しいとは思いましたが、自分自身の意思を見て見ぬ振りを続けていると言ったクロノ君の言葉や、中途半端な意志と覚悟を抱いていると言ったプリムさんの言葉も一理あると思います」


「最後で覚悟が揺らいだオマエに言われると説得力が感じられん」


 偉そうなことを言ってまとめようとしているリクトに、水を差すようにしてクロノは正直な感想を漏らすと、リクトは「ぐ、ぐうの音も出ない」と苦笑を浮かべた。


「でも、僕だってそれなりにアトラ君を止めるために悩んだんだから。まあ、真剣に悩み抜いた末にアトラ君を戦って止めるって決意をしたクロノ君とは比べ物にはならないかもしれないけど」


「別にそんなに悩んではいないぞ」


「照れないでよクロノ君。昨日からずっとアトラ君と仲良くする方法を探してたのに」


「確かに、そうだが……やはり、何だか照れてしまう」


「かわいいよ、クロノ君」


「七瀬みたいなことを言うな」


 違うんです、リクト様。違うんです……自分はただ……

 どうしてだ……どうして、リクト様はそんなに優しいんだ。

 自分はあなたを傷つけたのに、どうしてそんなに気遣ってくれるんだ……

 自分にはそんな資格はないのに……どうして……


 リクトの言葉を否定して自分の覚悟が中途半端ではないことを証明したいアトラだが、クロノとリクトの気の抜けたやり取りを見ていたら、言葉が出なくなってしまった。


「面を上げよ、アトラ」


 項垂れたままのアトラに、満身創痍のリクトに肩を貸しているプリムが厳しい口調でそう命ずると、アトラはゆっくりと顔を上げて、不安な面持ちでプリムに視線を向けた。


 視線の先にいるプリムの表情は安堵しきっており、母性を感じさせるような笑みを浮かべていた――が、すぐに普段通りの強気な顔立ちに戻ってしまった。


「アトラ、お前はもう少し素直になるべきだ! ブレイブのためという思いだけ伝わったが、お前の本当の気持ちはまったく伝わらん! だから――アトラ、お主の本当の気持ちを教えてくれ……頼む」


「……それは、できません。すみません」


 凝り固まった自身を解してくるプリム、リクトの言葉に、ずっと抑え込んでいた感情を言葉に出してしまいそうになるが、それを堪える。


 言葉に出せば、何もかもが終わってしまうのが明白だったからだ。


 再び俯いて黙り込んでしまうアトラに、プリムはやれやれと言わんばかりにため息を漏らして、クロノに視線を向けた。


「まったく! アトラがこんな調子では何も進まん! だからクロノ、お前がアトラに何かを言ってやるのだ! お前がアトラのことをどう思っているのか、本心を言ってやるのだ!」


 先程まで本気でぶつかり合っていたというのに無茶振りをするプリムに文句を言うことなく、「……わかった」とクロノは頷き、アトラをじっと見つめた。


 だが、しばらく経ってもクロノは口を開くことなく、無表情のままアトラを見つめていた。


 そのままの状態が続き、クロノとアトラの間に気まずい沈黙が流れた。


 そんな二人の沈黙に耐え切れなくなったプリムは、「何をしているのじゃ」と黙ったままのクロノをじっとりした目で睨んだ。


「思い切ってお前の本心を口にすればいいだろう」


「わかっているのだが……いざ、その時が迫ると、その……緊張する」


「普段はコータローと同じで失礼なことをずけずけと言うくせに、この期に及んで緊張とは情けない奴め!」


「まあまあ、プリムさん。こればかりは仕方がないですよ。焦らせないであげましょう」


「いいや、リクト! 私たちはアトラを止めるためにここに来ているというのに、それができる絶好の機会を見流すわけにはいかないのだ! まったく、今のクロノの情けない姿はノエルに報告しておくべきだな」


「ノエルは関係ない」


「関係あるぞ! よく、ノエルは私やリクトにお前の人間関係について深く尋ねてくるからな。おそらく、ノエルはお前の人間関係についてはお前よりも熟知しているぞ」


「そうだったのか……少し、時間をくれ」


 プリムに急かされたクロノは小さく深呼吸して、緊張している自身を落ち着かせた。


 数回深呼吸して、ようやく緊張を抑えたクロノは膝をついて屈んでアトラと視線を合わせ、「アトラ……」と、いつものように淡々としながらも若干震えた声でアトラに話しかけた。


「オマエを裏切ってしまったのに、虫が良いと思われても仕方がないが、その……お、オマエとはまだ友達でいたい。せっかく、友達になれたのに、その関係が終わるのは嫌だ……」


 卑怯者め……お前は卑怯だ……


 普段の感情と人間味のない人形のような顔をしているクロノからは信じられないほど弱々しい子供のような顔で、不安げな瞳で自分を見つめて関係修復を懇願するクロノに、アトラは心の底から彼を卑怯と思いながらも、彼の言葉に確実に揺らいだ自身への怒りを募らせた。


「さあ、次はアトラの番だぞ! お前の本心をクロノにぶつけてやるのだ!」


 クロノの心からの本心を聞けたプリムは満足そうに頷くと、即座に次はアトラの本心が聞けるのを待ったが――アトラは項垂れたまま何も話そうとはしなかった。


 そんなアトラの態度に、プリムは深々と嘆息してクロノの時のように急かそうとするが、そんなプリムを「もういいでしょう、プリム」と、今までクロノたちのやり取りをジェリコとともに黙って見届けていたアリシアに扮したエレナが制した。


「しかし、エレナ様。二人がお互いに本心をぶつけ合って、この無駄な争いは決着するのです」


「その通りかもしれませんが――ここから先は外野は黙っているべきです。後は二人だけが解決しなければなりません。それもよく二人はわかっているでしょう」


「そ、それは確かにそうですが……」


「それに、大元をどうにかしなければこの争いに終止符は打てません。争いを収束させるために、ブレイブの元へと急ぎましょう」


 このままの勢いで何とかアトラとクロノを仲直りさせたいプリムだが、後の問題は周りが口を挟まないで二人だけで解決するべきだというエレナの意見に、クロノが本心を告げたことによって、アトラとの関係修復に大きな一歩を踏み込んだと思っているからこそ、プリムは大人しく従うことしかできなかった。


 争いを終わらせるためにブレイブの元へと急ごうとするエレナに、アトラたちは抵抗することはしなかった。


 満身創痍だという理由もあるが、それ以上にブレイブに従うことではなく、自分自身の本当の意思に従ってしまったからだ。


 だが――ブレイブの弟子たちではなく、輝械人形は別だった。


 まだ完全に破壊しきれていなかった輝械人形が立ち上がり、武輝を振り上げてエレナに襲いかかろうとする。


 リクトたちは咄嗟にエレナを庇おうとするが、誰よりも早く反応したのはアトラだった。


 輝械人形が動き出すのを誰よりも早く気づいたアトラは、ただただ身体が勝手に動くままにエレナの前に立ってしまっていた。


 ブレイブの狙いがエレナであり、教皇庁を潰そうとするエレナさえいなくなればブレイブの目的が果たされるというのに、アトラの身体が勝手に動いてしまった。


 輝械人形の凶刃がアトラに迫り、何とかアトラを救おうとリクトたちはもちろん、アトラの仲間である輝士たちも動き出そうとするが、ギリギリ間に合わない。


 だが、輝械人形の攻撃がアトラに届くことはなく、入り口から飛んできた光の刃が頭部に突き刺さった機械人形は機能を停止して崩れ落ちるようにして倒れた。


 光の刃を飛ばして輝械人形を破壊したのは武輝である刀を手にした優輝であり、アトラに怪我がないことを確認して安堵の息を漏らしていた。


 アトラの仲間たちは久住優輝という強力な敵の登場に絶望するが、それ以上にアトラが無事なことに安堵し、アトラはエレナを守ってしまったことを理解していない様子で膝から崩れ落ちた。


「大丈夫ですか、アトラ君! ……無事でよかったです。母さんを助けようとしてくれてありがとうございます」


「まったく! 傷だらけだというのに無茶をし過ぎだ! バカモノめ!」


 放心状態のまま膝をついているアトラに駆け寄り、アトラの無事に安堵する優輝とプリム。


 そんな二人の声に反応することなく、ただただ勝手に身体が動いてしまった自分に困惑しきっていた――今の自分の行動で、敗北したも同然だったからだ。


「ありがとうございます、アトラ。でも、プリムの言う通り無茶はいけません」


 常に無表情のエレナが僅かに表情を柔らかくさせてアトラに心からの感謝の言葉を述べてから、応援に来てくれた優輝に現状を尋ねるために近づいた。


「優輝さん、外の方は大丈夫なのですか?」


「ええ。旧本部を占拠していたブレイブさんの弟子たちも何とかなってそろそろ応援が到着しますし、何よりもアカデミーから心強い味方が登場してくれました」


「もしかしてセラさんたちが応援に駆けつけた、ということですね」


「はい――ですので、外のことはセラたちに任せて先を急ぎましょう。ブレイブさんを止めて、幸太郎君とアリシアさんの安全を確認しないと。――こっちは、もう大丈夫のようですからね」


 エレナに現状の説明を簡単に終え、この場にいるアトラを含めたブレイブの弟子たちに戦意を感じられないことを察した優輝は、エレナとともに先へ急ごうとする。


「……ということだ、アトラよ。すまんが、母様を助けるためにブレイブを止めさせてもらうぞ。こんな無駄な争いを止めたいのでな」


「僕たちを止めたいと思っているかもしれませんが……今のアトラ君行動が本当の意思であると、僕は思っています。それでは失礼します」


 無駄な争いを止めるために迷いのない足取りでエレナたちに続くプリムと、母を助けてくれた行動がアトラの本当の気持ちだと信じてリクトはブレイブを止めるために先へ急ぎ、そんな二人の後を追うようにして自身の主を助けるためにジェリコも続いた。


「……あれが、オマエの真実から出た行動だったんだな」


 何も言うな……もう、何も言わないでくれ。


 残ったクロノは、リクトたちの背中を放心状態のまま見送っているアトラに一言声をかけた後、クロノは淡々とした足取りでリクトたちの後を追った。


 仲間とともにエントランスに取り残されたアトラは師であり、父でもあるブレイブのために何もできなかったことへの無力感と敗北感に苛まれていたが、それ以上に安堵感を得ていた。


 こんな争いは無駄だって、本当は自分も、みんなもわかっていたんだ。

 彼らの言った通り、自分たちは本当の気持ちをブレイブさんに従うことによって隠していた。

 それも、みんなよくわかってた。わかっていたけど、ブレイブさんのことは裏切れなかった。


 それに、自分はそれだけじゃない――リクト様たちの裏切りから生まれる罪悪感を、八つ当たりすることによって隠していたんだ。

 必死でそれを隠していたのに、みんなに看破されるし、これ以上戦わずにすむことになって安心している……結局、やることなすことすべては中途半端、最低だ。


 すみません、ブレイブさん……ごめん、みんな。


 ブレイブにこれ以上戦えないことへの謝罪をするとともに、仲間たちとリクトたちへの謝罪を、アトラは何度も心の中で繰り返していた。

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