第四章 未来への信頼
第32話
その日の夜、仕事を終えて私室に戻ると久しぶりにバカ弟子がいた。
若返って何十年も前の姿をしたバカ弟子が。
大人のれでーの部屋に無断で立ち入るとは何事かと思ったが、バカ弟子はそんなことを気にするとなく呑気に挨拶をしてきた。
「お久しぶりです、師匠。相変わらずお元気そうで何よりですよ」
「フン! 心にもないことを言うのはやめよ」
「お世辞ではありませんよ。溢れ出んばかりの輝石の力を全身に身に纏って年を取らないあなたのことは、昔からじっくりと調べてみたいと思っているのですよ」
「師匠のワシを実験動物扱いするな。このヘンタイめ」
自室に入るや否や、フカフカでお気に入りのソファの上に悠々と座る自分の弟子――灰色の髪を伸ばした、スーツを着たアルトマン・リートレイドを見た瞬間に、イリーナは輝石を武輝に変化させ、彼を囲むようにして小さな砲口が光とともに現れた。
問答無用で攻撃を仕掛けようとする師匠に、アルトマンは余裕な態度を崩すことはなかった。
「かわいい弟子との久しぶりの再会だというのに、随分な対応じゃないですか」
「自分の立場をわかっているのか? お主は今や教皇庁や鳳グループだけではなく全世界から危険人物であると認識されて狙われているのじゃ。だというのに、教皇庁の旧本部であるこの場に、それもワシの前にのこのこ現れるとは良い度胸じゃ。かわいい弟子だからこそ、弟子の不始末は師匠であるワシがつける」
「あなたがこの私をかわいい弟子と認めてくれるとは、光栄だ。昔と比べて少しは柔らかくなったようですね。私と宗仁にはとても厳しかったというのに」
伝説の輝士と周囲から評されている久住宗仁とともにイリーナに厳しい修行を受けていた頃を思い出しているアルトマンを、イリーナは小馬鹿にするように鼻で笑った。
「それだけ期待しておったということじゃ――だというのに、お主は外道に堕ちた。そんなお主をワシは弟子と思いたくはないし、師匠とも思われたくはない」
「それは中々ショックですね。昔話に花を咲かせようとしていたのに」
「能書きはいい。無謀にもこの場に来た要件はなんじゃ」
「その前に武輝を輝石に戻していただけないでしょうか。警戒されては落ち着いて話せません」
「お主は教皇庁にとって危険な相手だ。警戒するのは当然じゃ」
「話くらいは聞いてもいいでしょう。それくらいのかわいい弟子の頼みは聞いてもいいのでは?」
「くだらない要件ならば、即座にお主に攻撃を仕掛ける」
師匠の本気を感じ取って渋々アルトマンは世間話を中断するが、余裕な笑みを崩すことなく本題に入る。
――それが、すべてのはじまりだった。
「賢者の石について尋ねたいのですよ」
生命を操るとされている伝説の煌石・賢者の石について尋ねた瞬間、イリーナは表情を変えなかったが僅かに心の中で動揺が広がったのを、アルトマンは確かに感じ取っていた。
「賢者の石は昔から研究していたお主が一番よく知っているじゃろう。それも、お主はその力をその身に宿しているではないか。ワシが教えることなど何一つないぞ」
「輝石の力で長年生き続けて多くの歴史を見続けていただけではなく、あなたの一族は教皇庁の歴史を記してきのですから、賢者の石について何らかの情報を持っていることは間違いないはずです。そうでしょう?」
煽るような薄ら笑いを浮かべるアルトマンの質問には何も答えないイリーナは、かわいらしい瞳を鋭くさせて弟子を睨むように見つめ、彼の魂胆を読もうとしていた。
「賢者の石については誰よりも詳しいであろうお主が何が知りたいのじゃ?」
「すべてを知りたいのです。恥ずかしながら、どうやらまだまだ賢者の石には解明できていない謎があるようなので、それを私は知りたいのです」
「お主が自分で求めて得た力だというのに、何も知らないとは愚かじゃな」
「不測の事態が起きてしまいましてね。まさか、私の他に賢者の石の力を持つ者が現れるとは思いもしなかったのですよ」
「お主の他に? ……一体何者じゃ」
自分の他に賢者の石を持つ者に興味を示した師匠に、アルトマンは待っていましたと言わんばかりに邪悪な笑みを浮かべる。
イリーナはそんな腹に一物も二物も抱えた弟子の笑みに気づくことなく、ただただ賢者の石を持つ者の存在が気になっていた。
「七瀬幸太郎――ご存知ではありませんか?」
「輝石を扱える資質を持ちながらも輝石を武輝に変化させられない落ちこぼれだと聞いているが……まさか、その小童が賢者の石を持っていると?」
「ええ。間違いなく。証人は私とエレナ様と他多数です――どうやら、その様子だと何も知らされてはいなかったようですね。あなたたち二人は相変わらず仲が悪いようですね」
「……フン! いつものことじゃ! まあ、残念じゃが、ワシはお前の求める情報など何一つ持ってはいない」
「……それでは、どのような情報なら持っているんでしょう」
探るようでありながらも、煽るような弟子の瞳を受け、蛇に睨まれた蛙のように固まって答えに窮してしまうイリーナ。
自分以外に誰も知らない秘密に迫りつつあるアルトマンに、イリーナは焦りの感情を表に出さないために必死で無表情を保っていた、
自分の質問に答えないイリーナからは何も情報が得られないと判断したアルトマンはわざとらしく諦めたように深々とため息を漏らした。
「ここであなたを追及しても何も答えてはくれないだろうし、争うことにもなりそうなので、今は諦めて別の手段を取ることにしましょう。それでは、また……」
自分の質問に何も答えないが、明らかに何かを知っている師匠の様子を見たアルトマンは満足そうに微笑むと、堂々とした足取りで部屋から出た。
世界中のお尋ね者であり、教皇庁に害をなす存在であるアルトマンを、イリーナは追いかけることはしなかった。
そんな余裕はイリーナにはなかったからだ。
その時、イリーナはただ、賢者の石の秘密をどう守るべきなのかを必死で考えていた。
考え抜いた末に出た答えは――いつものように、教皇庁を守る、それだけだった。
――これが、すべてのはじまりの顛末。
教皇庁を守るために、賢者の石の秘密を守ると決めた時。
それからすぐに、現状に不満を抱いているブレイブを仲間に引き入れた。
かわいい弟子を利用してでも、賢者の石の秘密を守らなければならないからだ。
それが、自分の役割だからだ。
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