第2話

「機体の残骸を細かく調べてもらったけど、新しい情報は見つからなかった。空港周辺の監視カメラも墜落事故と同時に発生した機械トラブルで映ってないわ――ただ、一つ気になる情報として、墜落する寸前に空から不審物が地上へ落ちてくるのを目撃する人がいたわ」


「その不審物について詳しい情報はあるのか?」


「直後に機体が爆発したから、目撃者の注意が機体に向いてそれ以上の情報はない。不審物がどこに落下したのかも不明……空港内には目立った情報はもうないと思う」


「かもしれないな……空港内の人員を減らして、空港周辺の捜索の人員を増やそう」


 様々な資料が山のように隅に乱雑に置かれて散らかっている部屋で、滑らかな長い黒髪を後ろ手に結った、美しさと凛々しさを併せ持つ長身の美女――御柴巴みしば ともえは紙の資料が無造作に置かれている机を挟んで対面にいる、リグライニングチェアに深々と腰かけた、墜落事件の捜査の指揮を執っている自分の父に、必死に冷静を装っている声で事件の報告をした。


 二十を超えた娘がいるとは思えないほど若々しく、人相が悪い男――御柴克也みしば かつやは娘の報告を聞いて、事件に進展がないことに苛立ったように小さく舌打ちをした。


 空港内を重点的に捜査していた巴の報告が終わると、空港周辺の地域の聞き取り調査を行っていたスキンヘッドの強面の大男――鳳大悟の娘である鳳麗華おおとり れいかのボディガード兼使用人を務めているドレイク・デュールが、無表情で淡々と報告を続ける。


「空港から少し離れた場所で聞き取りをしたが、空港付近の場所から猛スピードで立ち去る車があったらしい。すぐに監視カメラを調べたが、周辺のカメラが使えなくなっため車種も運転手も不明。アカデミー都市の方向を目指したらしい」


「墜落事故でパニックになって慌てて空港から離れたんじゃないのか? 確か、周辺は空港から離れようとパニックになって追突事故を起こした車が何台かあっただろう」


「その可能性もあるが、その車は猛スピードでありながらも追突事故を起こした車の合間を縫って、余裕な運転でスムーズに進んでいたそうだ。その車が何か事件に関係している可能性は高いだろう」


「わかった。ドレイク、引き続き車について調べてくれ」


 ドレイクの報告を聞いて、まだ確信を得るのには尚早だが彼の推測に納得して、報告に出た車を詳しく調べてもらおうと克也は指示を出すと――克也の前にある机が殴りつけられた。


 こみ上げる苛立ちのままに机を殴りつけたのは、巴とともに空港内の操作を行っていた、金色に染め上げた髪をオールバックにして、テカテカの合成皮革のズボンと、極彩色のシャツを着た派手な服装の青年・刈谷祥かりや しょうだった。


 友人たちを傷つけられ、連れ去らわれながらも冷静を装う巴たちの気持ちを代弁するかのように、一向に進展しない状況に対しての苛立ちを刈谷は爆発させていた。


「そんなことよりも克也さん、アルトマンのアホどもから何か接触あったんですか? もう事件から数時間経ってんだ。いい加減アイツらも落ち着いて何か動き出す頃だろ」


「まだない」


 感情的になっている刈谷の問いに、克也は冷静沈着に淡々と答えた。


 克也の答えを聞いて、刈谷は忌々し気に舌打ちをして「クソ!」と吐き捨てた。


 熱くなっている様子の刈谷を見て、克也は小さく嘆息して「落ち着け」と諫めた。


「わかってますけど落ち着いてられませんよ! あのクソヤローども、今まで裏でこそこそしてたくせに、今になって表立って派手なことをしはじめたんだ。間違いなく、何かド派手なことを企んでいるに違いないってのに! ――クソッ!」


「可能性が高いというだけで、まだアルトマンたちが関わっていると決まったわけじゃない」


「でも、アルバートが作った輝械人形が関わってるし、都合よく大量の監視カメラの映像を使えなくする芸当はアイツなら余裕でできるんだ。間違いなくアイツらに決まってますって!」


「決めつけは頭を固くするからやめろ。今回の騒動を起こしたのがアルトマンだが誰だがわからねぇが、相手の動きがなくても、賢者の石の力を手にしてるんだ。何かしらの行動は起こすことは確実だ。だから、何でもいいから今は情報をかき集めて、相手が動きに備えろ」


「だけど、もしも今回の件にアルトマンが関わっていて、幸太郎を連れ去ったのがあのクズどもなら、幸太郎のバカを捕まえたら、実験動物の扱いをするかもしれねぇんだ……だから、悠長に待っていられる暇なんてないんですよ」


 幸太郎が実験動物のような扱いをされるかもしれないと刈谷が言い放ち、苛立ちに満ちていた室内の空気が一気に緊張感に包まれた。


 アルトマンとその仲間たちのことをよく知っているからこそ、刈谷の言葉で巴たちの不安な一気にピークに達するが――「いい加減にしなさい、刈谷君」と、巴は動揺を必死に抑え込んだ、僅かに振るえる声で熱くなっている刈谷を諫めた。


「君の不安はよくわかるし、冷たいと思われるかもしれないけど、今はその不安と苛立ちを抑えて、情報を集めて相手の動きに備えましょう」


「……それに、幸太郎は貴重な力を持つ存在だ。希望的観測だが、それを知っているのなら、相手も不用意な真似はしないだろう」


 巴とドレイクの言葉に刈谷は忌々し気に大きく舌打ちをして、自分の中にある不安と苛立ちを吐きだすように大きくため息を漏らし、熱くなっていた頭をクールダウンさせた。


 何とか自分を落ち着かしてくれた刈谷に巴は安堵の息を小さく漏らし、申し訳なさそうに彼を一瞥した後、余計な感情を排した瞳で父を見た。


「ドレイクさんは不審車について調べてもらって、私と刈谷君は不審車がアカデミーに入ったと仮定して、不審者がアカデミー都市に入ってきていないか捜査を進める――それでいい?」


「ああ、そうしてくれ。こっちも、相手から何か接触があったらすぐに連絡する」


「……お願い」


 短い会話の後に、巴はドレイクと刈谷を引き連れて克也の前から立ち去る。


 巴と克也――父娘仲は良好とは言い難いが、それでもお互い何を思っているのかなんとなく理解しており、巴は父が自分たちに下そうとしていた命令を理解していた。


 そして、克也もまた巴の気持ちも――刈谷以上に事件が進展していないことに苛立ち、友人たちが傷ついたことによる怒りに満ち、幸太郎が連れ去らわれたことへの不安に押し潰されそうになるのを必死に堪えていることを理解していた。


 そんな娘の気持ちを理解して、克也もまた自分にできることをするために動きはじめる。




――――――――




 セントラルエリアの大病院の中にある二人部屋の病室に、一人の少女――赤茶色の髪をセミロングヘア―にした褐色肌の目つきの悪い少女、サラサ・デュールは、ベッドの上で意識を失っている、一部の髪が癖でロールしている金色に煌く髪をロングヘア―に伸ばした少女・鳳麗華をジッと睨むようにして見つめていた。


 鋭い目つきのサラサだが、麗華たちが病院に運び込まれてからずっと彼女たちに付き添っており、意識が戻ってこない麗華の様子を心配そうに見つめており、瞳には今にも崩れ落ちそうなほどの弱々しい光が宿っていた。


 ……大丈夫、命に別状はないんだからきっと大丈夫。

 ここなら、きっと大丈夫……だって、私も治してくれたんだから……

 だから、お嬢様だって、セラお姉ちゃんだって、きっと大丈夫……大丈夫だ。

 幸太郎さんだって、みんなと一緒にいたんだから大丈夫だ……そうに決まってる。


 かつて、心臓の病を患っていた頃にこの大病院で治療を受け、完治したことを思い出して、サラサは自分に大丈夫だと言い聞かせて、折れそうになる自身を奮い立たせた。


 しかし、傍にいる麗華と、彼女の隣のベッドで意識を失っているショートヘアーの凛々しい顔立ちの少女・セラ・ヴァイスハルトの姿を見て、いまだに行方がわからない幸太郎のことを想ったら、再び心が折れそうになるが、そんなサラサに喝を入れるようにして、病室の扉がノックされて、二人の少女が入ってきた。


 一人はプラチナブロンドの髪をショートボブにした、小柄で華奢な体躯は西洋人形のように可憐ではあるが、身に纏う雰囲気は冷たい少女、アリス・オズワルド。


 もう一人は、白髪の短めの髪を赤いリボンで結い上げた、凛々しく、美しいが、生気を感じさせない表情で、神秘的で儚げな雰囲気を身に纏う少女、白葉しろばノエルだった。


 アリスはアカデミー都市の治安を守る、国から派遣された組織である制輝軍を率いており、墜落事件が起きてすぐに、同じくアカデミー都市の治安を守っている風紀委員であるサラサと、かつて制輝軍を率いていたノエルとともに事件の捜査を行っていた。


 二人が病室に訪れたので、何か事件に進展があったと思ってサラサの表情はパッと明るくなったが、アリスたちの表情は暗かった。


「期待しているようだけど、事件は進展してない。ここに来たのはその……たまたま近くに寄ったから。……まだ、目を覚ましていないのね」


 期待しているサラサに、申し訳なさそうでありながらもハッキリとアリスは状況を伝え、心配そうに意識不明のままの麗華とセラを一瞥した。


 二人の暗い表情を見てなんとなく察していたサラサはショックを受けることはなく、「……そう、ですか」と現状を受け止めた。


「今回の事件、アルトマンさんたちが関わっているんでしょうか……」


「正直、私はそうは思えない。長い間姿を現すことなく暗躍していた慎重な相手なのに、目立つような今回の事件を起こしたのは、慎重な彼ららしくない」


 アリスの意見に心の中で同意するサラサだが、アルトマンたちでなければ誰が幸太郎を連れ去ったのかという疑問が浮かんでいた。


 事件が何も進展していない状況にアリスとサラサの間に暗い雰囲気が漂うが、「ですが――」とノエルが淡々と話を続けた。


「機体が墜落する前に不審物が落下し、落下した場所からアカデミー都市に入った不審車も見つけたので、もしかしたら七瀬さんを連れ去った人物はアカデミーにいるかもしれません」


「そ、それなら、幸太郎さんも一緒にいるということですか?」


「それはまだ何とも言えません。相手が一時的に監視カメラを無力化する技術を持っているせいで、まだ不審車を発見できていませんし、その車に七瀬さんがいるのかも定かではありません。それに、本当に不審車が今回の事件に関わっているのかも不明です」


 不審車を見つけても結局は何も進展していない状況に室内の雰囲気が更に暗くなると、ノエルは何気ない足取りでベッドの上で意識を失っているセラに近づいた。


 そして、おもむろにノエルは意識を失っているセラの頬をツンツンと指でつついた。


「セラさんたちがいたのなら、七瀬さんは確実に大丈夫でしょう。それに、七瀬さんを連れ去ったということは、相手は七瀬さんの持つ力を知っているということ。貴重な力を持ち、上手く使えばアカデミーの交渉材料に使える存在を存外に扱ったりはしません」


「でも、アルトマンたちなら七瀬を人体実験する可能性はある。アルトマンたちは自分の目的を果たすためなら何でも利用する」


「それでも貴重な賢者の石の力を持つ七瀬さんを痛めつけて、無理に引き出そうとする無茶はしないでしょう」


「……そう願いたいわね」


 無表情で感情を感じさせないノエルだが、まったく進展していない状況と、幸太郎が連れ去られた状況に焦燥感を抱きながらも、それを抑えるために推論を並べていた。


 そんなノエルの希望的観測な推論に縋りたくなる気持ちを抑えて、アリスは客観的で厳しく、冷静で慎重な意見を並べていた。


 ……二人とも私と一緒で不安なんだ。

 それを抑えて何とかしようとしているんだ。

 だったら、私もちゃんと見習わなくちゃ……よし!


「でも、このまま立ち止まっていられません! まずは、車を見つけましょう。事件に関係なくても、見つけたらきっと状況が変わります」


 抱えている不安を必死に抑えながら、目の前の問題を解決しようとするアリスたちの姿を見て、鼓舞されたサラサは弱々しい光を宿していた瞳を力強くさせた。


 普段のサラサは人見知りが激しく、自分から何かを主張することは滅多にないが、今の彼女はかなり気合が入っており、そんな彼女をアリスとノエルは不思議そうに眺めていた。


 しかし、折れそうになる心を奮い立たせながら、無理して気丈に振舞って自分たちに喝を入れるサラサの気持ちをなんとなく理解できたアリスは、フッと小さく笑った。


「言われなくてももう車は探してるから」


「あ、えっと、そ、それじゃあ、私も手伝い、ます!」


「そうしてくれると助かるわ」


「ど、ドンと任せて、ください」


「気合を入れるのは結構だけど、空回りしないで」


「素直に心強いと言えばいいのに、どうしてアリスさんはそう言わないのですか?」


「う、の、ノエルは黙ってて! と、とにかく行くわよ」


「なるほど、これが美咲さんの言っていた『ツンデレ』、なのでしょうか?」


「多分、素直じゃないだけ、だと……」


「違うし! というか、美咲の適当に言ったことを真に受けないでよ! サラサも余計なことを言わないで!」


 気合を入れるサラサに素直ではない態度で釘を刺すアリスを、ノエルは不思議そうに眺めた。


 ノエルの一言にクールフェイスが崩れつつも、アリスは二人を連れて病室から出ようとすると、アリスの携帯が震えた。


 何か事件に進展があったのかと思い、すぐに携帯の液晶を見ると――アリスの表情があからさまに嫌なものになった。


 そして、心底億劫そうに携帯に出ると――「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」と、スピーカーにしていないのにもかかわらず受話口から笑い声が響き渡った。


「何」


 露骨に嫌な顔を浮かべて電話に出るアリスと、響き渡る笑い声でアリスの父であるヴィクター・オズワルドから連絡がきたとサラサは容易に想像ができた。


 しかし、すぐにアリスの表情が嫌なものから真剣なものへと変化して、連絡内容が重要なものだとサラサは感じ取った。


 短いやり取りの後、アリスは通話を切ると、鋭い光を宿した目でノエルとサラサを見つめた。


「今、この近くで輝械人形が暴れてる――準備はできてる?」


 アリスの一言にサラサとノエルは力強く頷き、すぐに輝械人形が暴れているという現場へ向かった。

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