第3話

「な、なんという力だ……教皇エレナの力でも制御できたというのに……」


「すごい、すごいよ! これが賢者の石の力! 素晴らしい!」


 フワフワとした心地良い浮遊感に身を委ねている幸太郎は、深い眠りから目覚めたばかりの時のようなぼんやりとした頭の中に、驚愕している男の声と、興奮しきっている男の声が響いていた。


 ……アルバートさんと北崎さん?

 あ、そういえばどこかに監禁されて縛られてたんだっけ……

 ……なんだか、ちょっとエッチ。


 ハッキリとしない意識の中、驚愕している男の声がアルバート・ブライト、興奮しきっている声が北崎雄一きたざき ゆういちであることに気づいた。


 二人とも、アルトマン・リートレイドの協力者であり、アルバートは輝械人形と呼ばれる本来組み合わせることのできない輝石と機械を融合させたガードロボットを作った設計者だった。


 もう一人の北崎雄一は、過去に起こした事件で運良く幸太郎が捕らえた犯罪者だった。


 二人の声だと認識した途端、幸太郎は意識を失う寸前に置かれていた状況を思い出した。


「だが、これ以上力を流し続けるのは危険だ。一旦、装置を停止させる」


「おおっと、ちょっと待ってよ。せっかくこれほどまでの力が拝めるというのに、君はそれを中止させるというのかい? もったいない! 実にもったいないよ!」


「教皇エレナでさえも制御できた装置が悲鳴を上げているのだ。これ以上彼の力を引き出し続ければ彼の身体が危険だし、ここから漏れ出た力の奔流で誰かに気づかれてしまうし、最悪膨れ上がる力が爆発して甚大な被害を及ぼす可能性がある」


「他人や自分の心配をするとは君らしくないな、アルバート君。今僕たちが見ているのはまさに未来の希望だよ! この力さえあれば、他はもう何一つ必要ない! さあ、アルバート君、見届けようじゃないか! 賢者の石の力を!」


「悪いが、付き合っている場合では――ダメだ! これ以上は制御できな――」


「アハハハハハハハハハハハハハハ! 最高だ! 最高だよ、七瀬幸太郎君! こんな素晴らしい力を持っているなんて、やっぱり君と出会えてよかったよ!」


 赤い閃光とともにアルバートの声が途切れ、代わりに北崎の狂喜に満ちた笑い声が響く。


 頭の中で北崎の狂笑が嫌に響き渡ると――徐々にぼんやりとしていた意識が覚醒をはじめる。


 一瞬、視界にノイズのようなものが走ると、全身を覆っていた心地良い浮遊感は亡くなってしまい、同時にぼんやりとしていた幸太郎の視界は外の景色を映し出していた。


 んー。身体が何だか重い……――あれ、ここ……アカデミー都市?

 外に出れたんだぁ……でも、どうしてだろう。


 突然の事態に戸惑い、妙に頭と体に残る気怠さに襲われて何もやる気が起きなかったが、視界に見慣れたアカデミー高等部の校舎が映ると安堵感が広がると同時に、どこかに監禁されていたはずの自分が急に外に出れたことに疑問が生まれた。


 しかし、生まれた疑問を吹き飛ばすように、幸太郎の『耳』――というよりも、頭に直接届くような明瞭とした音量で聞き慣れた声が届いた。


「輝械人形――それも、旧本部で現れたっていう新型輝械人形の形状と似てんな。それも、旧式の輝械人形も……巴のお嬢さん、やっぱり今回の一件にアルトマンたちが関わってるってのは濃厚なんじゃありませんか?」


「まだ断定はできないけどね。やっぱり、旧型の方の輝械人形を動かしているのは、七瀬君なのかしら……」


「想像したくはありませんが、煌石を使えるアイツが連れ去らわれてすぐに輝械人形が現れたってことは、その可能性は高いんじゃないかと」


 御柴さんと刈谷さん!

 ――あれ? 声と足が……


 聞き慣れた声の主は、幸太郎の友人である御柴巴と刈谷祥であり、視界に神妙な面持ちの二人の姿が映った。


 二人の姿を見て、幸太郎はフレンドリーに声を出して、駆け寄ろうとするが、上手く声も出なければ、全身が重くなったような気がして思うように足を動かすことができなかった。


「だけど、今は考えるよりもぶっ壊しましょう、お嬢さん。幸太郎を使って動かしてるなら、できるだけアイツの負担にならないようにさっさとぶっ壊しちまった方がいい。それに、輝械人形が現れてるのはここだけじゃねぇ。まあ、他のところはアリスたちや克也さんたちがいるから問題ねぇけど」


「わかってるわ……――あの、刈谷君。以前から言っているんだけど、『お嬢さん』って呼ぶの、やめてくれないかな」


「克也さんの娘さんなんですから、俺がそう呼ぶのは当然ですぜ」


「君があの父のことを慕ってくれているのはよくわかってるけど、何だか堅苦しいというか、悪徳令嬢みたいな感じがするんだけど……」


「あの克也さんの娘さんらしくていいじゃないですか」


「父なら理解できるけど、君は私をどう思っているのよ……――もういいわ、取り敢えず目の前にいる輝械人形をどうにかするわ」


「ああ、そうだ。ヴィクターからの伝言ですけど、できるだけ新型の輝械人形の方はきれいな状態のまま破壊しろって。もしかしたら、手掛かりが見つかるかもしれないとのことなので」


「わかったわ。でも、気をつけてね、刈谷君。今の君の雰囲気を見ていたら、新旧問わずにボロボロにしそう感じがするわ」


「それはお互い様でしょう。お嬢様だって、少しは八つ当たりしたいんじゃないんですか? まあ、ウジャウジャいるんだから、少しくらいはぶっ壊しちまってもいいでしょう」


 かつて『狂犬』と呼ばれていた頃を彷彿させる凶暴な笑みを浮かべながら、刈谷はベルトのバックルについた輝石を自身の武輝であるナイフに変化させ、ベルトに挟んでいる輝石使いでも怯ませるほどの威力の電気を放てる特殊警棒を取り出した。


 全身から凶悪な気配を放つ刈谷とは対照的に、静かな怒りに満ちている巴はブローチに埋め込まれた輝石を武輝である十文字槍に変化させた。


「ところで、刈谷君……新型ガードロボットって、どれかしら」


「あー……パッと見た感じ、数は少なそうですが――あ、あそこにいるのが新型です」


「同じように見えるんだけど……」


「え、何、わからないんですか? 全然違うじゃないですか。両目にあるセンサーの色が赤だし、ヘッドの部分だって形が違うし。それに、武装も違いますぜ」


「……刈谷君、新型だってわかったら言って。率先して破壊するから」


 すべて同じような形状にしか見えない巴は、新型輝械人形について熱が入った説明を刈谷からされる前に、この現場の指揮を彼に任せた。


 ふ、二人ともやる気満々……目の前に僕がいるのに気づいていないのかな?

 おーい、御柴さーん、刈谷さーん……やっぱり、声が出ない。

 それに、足も上手く動かせない……どうしてだろう。

 あ、怪我をしてたからなのかな?


 目の前に自分がいるというのに臨戦態勢を整える二人に声をかけようとするが、上手く声も出なければ思うように身体を動かせない。


 最後に残っている記憶で、自分が怪我をしていることを思い出した幸太郎はそれが原因で上手く喋ることも身体を動かすことができないと思っていると――ガキンと固い金属音同士がぶつかる音とともに、後ろから身体を押された。


 ――あ、すみません……ん?


 呑気にもボーっと突っ立っていて通行人にぶつかってしまったと思った幸太郎は、上手く言葉が出ないにもかかわらず謝ろうとするが――ここで違和感に気づく。


 後ろからぶつかった時の金属音が自分から鳴り響いたことに気づいたからだ。


 そして、幸太郎は僅かに動かせる首を動かして、近くにある建物の窓に映る自分の姿を見てようやく気づいた。


 ロボットになってる……ちょっと、カッコいいかも。


 自分の身体が機械になっているということに。


 そして、自分の背後に大量の人型ガードロボットがいることに。

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