第21話
「危険ですわ! 無茶ですわ! お父様!」
社長室内に麗華の必死な怒声が響き渡った。
父である大悟の行く手を阻むかのように立っている麗華の表情は、父に怒られないかどうか不安そうだったが、それ以上に父を心配しているようだった。
「邪魔だ」
「絶対にお父様を会場へは行かせませんわ!」
「もう一度言う、邪魔だ」
「ぜ、絶対に! ぜーったいに、ここはどきませんわ!」
自分を心配する娘の気持ちを理解しながらも、大悟は冷たく感じるほどの無表情を浮かべて、短い言葉で娘を突き放した。
自身を拒絶するような父の言葉に挫けそうになるが、それでも麗華は退かない。
ここまで麗華が必死になる理由は、緊急警報システムを作動してすぐに言い出した父の言葉のせいだった。
パーティー会場に何か異変があったが、会場内にある監視カメラがなぜかモニターに映らなくなってしまい、会場内の様子がいっさい見えないので、直接大悟が会場に向かうと言い出したからだった。
もちろん、何が起きているのかわからない場所に父を向かわせることに、麗華は許さなかった。
「今回の騒動には御使いが関わっているのですわ! そんな状況でお父様が動いてしまったら、相手の思う壺ですわ!」
「十分承知の上だ。だが、私には果たすべき責任がある」
「お父様の立場は理解しています。ですが、責任を果たす前にお父様に何かあったら、収拾がつかなくなる事態になりますわ!」
「今動かなくていつ動く。一瞬の行動の遅れが、結果を悪い方へと導く」
麗華には麗華の、そして、大悟には大悟の信念があって、お互い一歩も退く気がない親子の様子に――幸太郎は思わず吹き出してしまった。
「笑っている場合ではありませんわ! 特に役に立っていないのですから、少しくらいはお父様を止めるのを手伝って、私の役に立ってみるのですわ!」
呑気に笑っている幸太郎に麗華はヒステリックな怒声を浴びせるが、幸太郎の笑いは止まらなかった。
「鳳さんのお父さんだから、誰が何を言っても無理だよ」
麗華と大悟を交互に見て、幸太郎はため息交じりにそう言った。
「だって、二人ともバカみたいに頑固だし」
「ぬぁんですってぇ! 誰がバカですの、誰が!」
ストレート過ぎる幸太郎の言葉に、いつも通りの怒声を張り上げる麗華。
怒声を上げてすぐに、父の前で素を見せてしまったことに麗華は悔いていた。
「鳳さんって、自分が言ったこととか決めたことを曲げたことがある?」
平然とした様子で痛いところを突いてくる幸太郎の質問に、「そ、それは……」と、麗華は何も言えなくなってしまう。
何も言えなくなった麗華の次に、幸太郎は大悟に視線を移す。
他意のない純真無垢な幸太郎の瞳を向けられ、大悟は思わず目をそらしそうになった。
「お父さんなら一言二言じゃなくて、自分の気持ちを正直に話して、鳳さんを納得させましょうよ。そうしないと、鳳さんは絶対に納得しませんし、ギャーギャーうるさくなるだけです」
「……そうか」
「そうです。しっかりと納得させることを言えば、鳳さんは単純でチョロイですから、すぐに納得します。もう単純すぎて、将来男関係が不安になるくらいですから」
「……そうか?」
よくわからないことを言っているが、取り敢えず大悟は幸太郎の言う通りにするために、自分の娘をジッと見つめる。
自分を見つめてくる父に、麗華は上目遣いで恐る恐る見つめ返した。
「正直、何を言うべきかわからない……お前は昔から手のかからない、説明をしなくても空気を読んで察してくれるできた子だったからだ」
無表情で淡々と放った言葉だったが、確かに父は戸惑っているように麗華は感じた。
「だが、お前も理解している通り、私はお前の父である以上に鳳グループのトップだ。果たさなければならない責任がある」
「もちろん、理解していますわ……ですが、私にとっては鳳グループトップである以上に、私の大好きなお父様なのですわ!」
幸太郎の言う通りに、麗華は自分の気持ちを正直に告げる。
麗華の正直な気持ちに、大悟は無表情だったが黙視できないほど微かに口元が緩んだ。
「……理解している」
「理解しているなら、危険なことはやめてください」
「それならば、お前も理解してくれ……そして、頼む。お前の力を貸してくれ」
力を貸してくれと父に頼まれ、麗華は沸々と身体の中から力がわき上がってくるような気がして、力強く頷いた。
「話は済んだか?」
麗華が頷くと同時に、気怠そうな声が室内に響いてきた。
声のする方へ幸太郎は視線を向けると――扉の前にヨレヨレで皺だらけのスーツを着た、鋭い目つきの若い男が立っていた。
見覚えがあると思って記憶を探っていた幸太郎に、トイレに向かう前に大悟と口論をして、草壁と萌乃に制止させられた男のことを思い出した。
「
「久しぶりだな、麗華――で、大悟。お前は会場に向かうのか?」
克也と呼ばれた男を心強い援軍が来たかのように嬉しそうに見つめる麗華。
そんな麗華と短い挨拶をして、克也と呼ばれた男は大悟を睨むように見つめた。
「……草壁に追い出されたと思っていたが?」
「俺は鳳の人間。追い出される理由はないぞ」
「その服装だ、不審者としては十分に通じる」
「無理難題を吹っかけるどっかの上司のせいで、着替える余裕もないんだ」
「要領が悪い部下を持って苦労人だな、その上司は」
鳳の人間だというのに、克也と呼ばれた男は社長相手に不遜な態度を取っているが、大悟はまったく気にしている様子はなく、むしろ冗談を言って気軽に接していた。
「それで、今の状況は?」
「村雨が占拠した会場で新型ガードロボットが暴走して、安全のために村雨は人質解放、非常階段とエレベーターホールには人が殺到してる。薫と巴に会場にいる村雨のことは任せた。おそらく、すぐに村雨とは決着がつくだろう」
「わかった。それなら、私とお前は村雨の元へと向かう。麗華と七瀬は人質の誘導を頼む」
大悟の指示に、幸太郎と麗華は力強く頷いた。
そして、克也と呼ばれた男は幸太郎の存在に今気づいたように、興味深そうに見つめた。
「お前が七瀬幸太郎か――お前の話は色々と聞いている」
「はじめまして」
「ああ。俺は
簡単な自己紹介をされて、御柴克也が自分の友人である御柴巴と同じ苗字であるとすぐに幸太郎は気づいた。
「御柴さんのお兄さんですか?」
「違う――あのバカ娘の父親だ」
二十代前半としか見えない若々しい外見の克也が巴の父親であるということを知って、幸太郎は思わず素っ頓狂な声を上げて驚いてしまった。
冗談かと思って克也を見る幸太郎だが、彼は冗談を言っているつもりはなかった。
「ぼさっとするな。行くぞ」
情けなく口を開いて驚いている幸太郎に声をかけ、克也はさっそく社長室の外へ向かう。
克也の後に続く麗華と大悟。幸太郎も遅れて続いた。
社長室から出ると同時に、「七瀬」と幸太郎は小さな声で大悟に話しかけられた。
そして、大悟に貸していた自分のショックガンを差し出された。
「麗華のことを頼む」
自分たち以外に誰にも聞こえない声で、短く大悟は幸太郎に娘のことを頼む。
無表情でありながらも、大悟は父性を感じさせる表情だった。
幸太郎は力強く頷いて、差し出されたショックガンを手に取った。
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