第20話
吹き飛ばされた仲間の姿が最初に村雨の目に入った。
次に目に入ってきたのは、自身の仲間に攻撃を仕掛ける、大きな一つ目のセンサーが赤く輝いている、三台の戦闘型の新型ガードロボットだった。
新型ガードロボットたちは、次々と自身の仲間を襲っていた。
そして、恐慌状態に陥った人質の悲鳴と怒号を覆い隠すような、けたたましいサイレンが広い会場内に鳴り響く。
突然の事態に対応しようとする村雨の仲間たちだが、突然の事態に対応することができず、何よりもアンプリファイアの影響で輝石の力が弱まっている今、彼らは輝石を武輝に変化させる前に次々と倒されてしまっていた。
目の前で起きている事態に、村雨はただ呆然と眺めていることしかできなかった。
――こうなることは予想できていた。
新型ガードロボットが暴走したという戌井の話を聞いて、御使い側の目的が果たされれば土壇場で裏切ることは容易に予想ができた。
予想できたからこそ、そんな状況でも切り抜けられる考えと自信が村雨にはあった。
どんな状況でも冷静に判断していた御柴巴の姿を見ていたからこそ、自分もそれに倣って指示をして、動けると思っていた。
しかし――土壇場になって、村雨は頭の中で考えていたことがすべて真っ白になり、身体が竦んでしまっていた。
押さえていた不安が一気に押し寄せてきて、村雨は押し潰されそうになっていた。
「しっかりしてください、村雨さん!」
自分に喝を入れるようなセラの怒声が村雨に届き、呆然としていた意識が現実に引き戻され、自分がすべきことを思い出させる。
「全員、全力で人質を守るんだ!」
「村雨! その前にやらなければならないことがあるだろう!」
遅すぎる指示に怒声を張り上げる戌井の手には、会場を占拠してすぐに抵抗できないように輝石使いから回収した大量の輝石が入った袋を持っていた。
そんな戌井の姿を見た村雨は、自分のポケットから拳大のアンプリファイアを取り出し、それを思いきり床に叩きつける。
ガラスが割れるような音とともにアンプリファイアは砕け散った。
その瞬間、重くなっていた村雨たちの身体が軽くなり、身体の中に沈殿していた疲労感や倦怠感の塊が消滅して、脱力していた身体に力が戻ってくる。
力が戻った瞬間、即座に村雨はミサンガについた自身の輝石を、大太刀に変化させ、パニックになっている人質に向けて思いきり振う。
武輝を振ったことで発生した突風は人質の拘束を解いて、大きな袋の中に詰め込んでいた輝石使いから奪った大量の輝石を床にばら撒いた。
「緊急事態だ! 人質を守るため、そして、この場から人質を避難させるために、あなたたちに協力してもらいたい!」
村雨の言葉にセラたち輝石使いは自身の輝石を拾い、即座に輝石を武輝に変化させる。
そして、輝石使いたちは人質を守るために行動をはじめる。
村雨は竦んでいた自分自身を奮い立たせるような雄叫びのような気合を上げて、暴走するガードロボットへと飛びかかる。
雄叫びを上げる村雨の姿は、自分自身への怒りに満ちていた。
――――――――――
けたたましいサイレンが鳴り響く狭い非常階段内に、鉄屑と化した警備用ガードロボットが散乱していた。
そんな中、憔悴しきっている巴は、おぼつかない足取りでゆっくりと階段を降りていた。
巴が向かっているのは、大和が向かったセキュリティルームがあるフロアではなく、村雨が占拠しているパーティ会場があるフロアだった。
苦戦しながらも、道を阻んでいる最後の警備用ガードロボットを倒そうとした瞬間、ガードロボットは何事もなかったかのように巴の前から立ち去った。
アンプリファイアの影響で輝石の力が弱まっている中、大量のガードロボットを相手にして満身創痍でありながらも、巴は出せる力を振り絞って大和を追おうとしていたが、突然サイレン音が鳴り響いたことで、緊急警報システムが作動していることに気づいた。
大和が何をしたのかはわからないが、セキュリティシステムが復旧したと判断した巴は、今は大和を追うよりも、かつての仲間である村雨たちを止めることに頭を切り替えた。
緊急システムが作動してすぐに、アンプリファイアのせいで身体に残っていた倦怠感が消えて力が戻ってくるような感覚を覚えた巴だが、消耗しきった身体に力はまだ完全に戻っていなかった。
そんな巴の前に現れるのは、大きな一つ目のセンサーが弱々しく赤く点滅してる、腕を一本失くしてボロボロの状態の新型ガードロボットだった。
ガードロボットのボディに自分がつけた傷があることに気づいた巴は、目の前にいるガードロボットは戌井たちを襲ったものであることに気がついた。
「……こんな時に」
かつての仲間を止めるために急いでいるというのに邪魔をする存在に、軽く苛立ちを覚えながらも、巴はブローチに埋め込まれた輝石を武輝に変化させようとする。
だが、消耗している巴よりも早く、ガードロボットは彼女に飛びかかる。
距離を取るために咄嗟に飛び退こうとする巴だが――
「巴ちゃんに手を出すのは、この私が許さないわよぉ!」
甘ったるい猫撫でボイスが響き渡ると同時に、壁を走った萌乃薫が登場して、壁を思いきり蹴ると同時に、巴に襲いかかるガードロボットに向かって飛び蹴りを放つ。
鈍い破壊音とともに、大きな一つ目のセンサーがあった新型ガードロボットの頭部は見る影ないほどにグシャグシャに蹴り壊され、ガードロボットは力なく崩れ落ちた。
ガードロボットを破壊すると同時に、まだ宙に滞空していた萌乃は、空中で一回転した華麗に着地する。
萌乃の両足には、彼の武輝である足全体を覆っているグリーブが装着されていた。
突然現れた萌乃を巴は驚いたように見つめていた。
「薫さん……どうしてここに」
「私も鳳の社員だから、パーティーには参加してたの。村雨ちゃんたちに会場を占拠されて、反撃のチャンスを窺っていたら、非常階段からすごい音が聞こえてきたから、何かなぁって思ってたら、巴ちゃんが一人で無双してるじゃないの。でも、ごめんねぇ、巴ちゃんにガードロボットを引きつけてもらった方が動きやすいと思って、助けに行けなかったの」
かわいらしく謝りながらも、自分を見捨てるという冷徹な判断を下した萌乃に巴は呆れながらも、最後はこうして自分を助けに来てくれたので気にしないことにした。
「もしかして、薫さんがセキュリティシステムを復旧したんですか?」
「そのつもりだったんだけど、私たちが来る前に復旧されていたのよ」
萌乃がセキュリティを復旧させたのではないと知って、自分を裏切った大和の姿が頭に過るが、裏切りながらもセキュリティを復旧させた大和の行動が巴には理解できなかった。
「呑気に話している場合じゃない。やるべきことをやるぞ」
不機嫌で気怠そうな声が響くと同時に、ヨレヨレで皺だらけのスーツを着て、鋭い目つきのボサボサ頭の若い男が現れる。
その男の登場に、体力が戻ってきた巴の表情が嫌悪感で溢れた。
自分に対して嫌悪感を隠すことをしない巴に、皺だらけのスーツを着た男は億劫そうにため息を漏らして無言で睨み返した。
無言で睨み合っている二人の間に刺々しい空気が流れると――「そ、そこまで、そこまで!」と、萌乃は慌てて二人の間に入った。
「もう! 久しぶりに再会したんだから、喧嘩は絶対にダメよ!」
「……萌乃、お前は巴と会場へ急げ。俺は大悟の迎えに行く」
スーツを着た男は短く指示を出して、社長室があるフロアへと向かうために階段を上る。
「こうなったのはお前の責任でもある。村雨たちと決着をつけろ。それが、お前にできるせめてもの償いだ」
ドスの利いた厳しい口調で男は巴の耳元でそう呟く。
自分でも十分に理解していることを指摘されて、苛立った様子の巴は鋭い眼光を男に向けるが、そんな彼女の視線を受けても男は振り返らずに自分の目的地へと急いだ。
短い二人のやり取りに、萌乃は呆れ果てたように深々とため息を漏らした。
「もー、もうちょっと仲良くすればいいのに」
「……先を急ぎましょう、薫さん」
萌乃の言葉を軽くスルーして、巴は村雨たちの元へと急ぐ。
普段大人びて凛とした表情を浮かべている巴だが、今の表情は仏頂面を浮かべている子供のような表情だった。
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