第28話
「――ありえないね」
祝福の日によって生み出された賢者の石。
アルトマン・リートレイドのイミテーションであるヘルメス。
真の黒幕であるアルトマン・リートレイド。
そして、偶然にもアルトマンと同じ力を持ってしまった七瀬幸太郎。
ヘルメスたちの目的――
それらの説明をしてくれた幸太郎と、わかりづらい彼の説明を面白おかしくフォローするファントムの話を聞き終え、今まで黙って二人の話を聞いていた大和は正直な感想を述べた。
「僕もそう思う」
アルトマンたちの懐に潜り込んで、彼らから情報を引っ張り出そうとするためにわざわざ危険を承知で連れ去らわれたのだが――彼から得たのは信憑性のない情報ばかりで心からガッカリしていた。
大和の正直な感想と不信感を募らせている目を見て何も反論できない幸太郎。
「君たちが起こした騒動を考えれば、本物のアルトマンがいるという話だけは信憑性はあるよ? それに、ヴィクターさんが開発した覚えのないショックガンを持っているってこともね。でも、すべてを支配し、自分の都合の良いものすべてを引き寄せる賢者の石の力? そんな都合が良すぎるものが存在するなんて甚だ疑問だね」
「それなら、幸太郎のことはどうなんだよ」
「そ、それは、その――……」
……不思議だ。
彼らの話す情報は信憑性の欠片もないのに……
どうして、七瀬君のことだけが妙に頭にこびりついているんだ?
ダメだ、考えても何も出てこないな……
意地の悪い笑みを浮かべたファントムの一言に、今度は大和が反論できなくなる番だった。
二人に説明されたものの中で、信憑性がないというのにも関わらず、気になってしまったものが一つだけあった――それは、ファントムの言う通り七瀬幸太郎についてだった。
アルトマンの持つ賢者の石によって全世界の人間の記憶や、様々なものに記録されていた七瀬幸太郎に関しての改竄されてしまっているということだった。
あらゆるものを支配し、自分の都合の良いものを引き寄せる人知を超えた力を持つ賢者の石の存在に懐疑的なのにも関わらず、幸太郎のことに関してだけは気になってしまっていた。
それは、幸太郎と出会った時から――いや、もっと前から自分の中に違和感があったからだ。
何かが足りない、何かを忘れている、何かを思い出さなければならない――そんな感覚に陥ったことがあったからこそ、幸太郎の記憶に関してだけは気になっていた。
しかし、気になりはしても、いまいち信じられずにいるとともに、得たい情報を得られず、自分の中で霧のように広がる違和感を晴らすこともできずに苛立ちを募らせるばかりだった。
「でも、七瀬君の記憶が改竄されたっていう証拠は何一つないからね」
「そうだ、その通りだよ伊波大和!」
自分の答えを聞いて、嬉々とした加虐心に満ちた笑みを浮かべているファントムに大和の背筋に薄ら寒いものが走った。
「聞いただろう、幸太郎。お前や宗仁の思いはすべて無駄なんだよ! どんなに足掻いたって、こいつらの記憶は絶対に蘇らない、お前は孤独になるだけなんだよ」
「僕のこと知ってもらっただけでもよかったから別にいいです」
「……相変わらず、面白くない奴だ」
……面白くない? 無駄?
確かに、人知を超えた力に逆らおうとするのは無駄だ……
でも、本当に無駄なのか? ――わからない、わからないけど――
イライラしたのだけは確かだ。
かつての仲間に見捨てられたも同然な幸太郎を、そんな幸太郎のために色々と動いていた宗仁を嘲笑うファントムだが――相変わらず幸太郎は能天気な態度を崩すことをしなかった。
そんな幸太郎の反応にファントムは忌々し気に舌打ちをすると、大和は煽るようにクスリと楽しそうに笑った。
「天下のファントムが可憐な姿になっただけじゃなくて、一人の人間、それも、輝石を扱えることのできないただの一般人に踊らされるなんてね」
「な、なんだと! オレのどこがこいつに振り回されているんだ! あぁ?」
「何だか僕にはツンツンして素直になれないながらも、お兄ちゃんにいけない感情を抱いている妹が、大好きなお兄ちゃんをイジメているようにしか見えなくてね。一種の愛情表現かな?」
ニヤニヤと煽るような笑みを浮かべている大和の感想に、「ふ、ふざけるな!」と顔を真っ赤にしてぷんぷん怒るファントム。
安い挑発に乗って怒る少女ファントムを見てかわいいと思いつつも、先程の幸太郎たちをバカにしたファントムの発言で苛立った胸の内が晴れ晴れとして、気分良さそうに微笑む大和。
「このオレを舐めるなよ! こんな姿になってしまったが、オレはファントムだ! そのことを今からお前に刻んでやってもいいんだぞ!」
「ファントムさん、僕、いつでも『お兄ちゃん』と呼ばれてもいいですから」
「お前もふざけるなよ! 絶対に、ぜーったいに呼ぶわけないだろうが!」
幸太郎の援護射撃というか、邪気のない感想に更に怒るファントム。
状況が状況だというのに和気藹々としている幸太郎たちの空気に水を差すように、「いい加減にしろ」と彼らと離れて宗仁と何らかの会話をしていたヘルメスが間に入ってくる。
「お遊びは終わりだ。アカデミーが動き出し、この場を大勢が囲んでいる」
「セラたちに加え、制輝軍、顔見知りの輝士や聖輝士も揃っている……あの数ではさすがの我々でも手は出せないだろう。逃げ出すのも無理だろうな」
「計画を大幅に修正せざる負えないか……クソ!」
用意したPCで監視カメラの映像で外の様子を見ている宗仁の淡々とした報告に、予定に大幅な狂いが生じ始めて焦燥感を滲ませているヘルメスの姿を見て、大和は煽るように軽薄な笑みを浮かべた。
「へぇー、随分と早い動きだね。予定ではもう少し時間がかかると思っていたのにさ」
「アカデミー側はお前がどこかに忍ばせている追跡装置に気づいたわけではないだろう。行動があまりにも早すぎるからな」
「おっとっと、気づかれちゃってたかな? ――まあ、おかしいとは思ったけどね。慎重さが取り柄の君が僕を捕えてからボディチェックもしなかったみたいだしね。それに、君たちの目的を聞かされて、大勢を集めるのが目的だったみたいだしね」
「まだこちらの準備は整っていないのだがな――どうやら鳳麗華が先陣を切っているそうだ」
「ということは、こっちも麗華にまんまと泳がされていたってことかもね――参ったなぁ、後で怒られそうだ」
ヘルメスから状況を聞いて、自分の魂胆を麗華に見抜かれてしまっていたことに、後で麗華に何を入れるのかわからない大和は深々と憂鬱なため息を漏らした。
「クソ! やはり、大胆不敵な真似をする鳳麗華を連れ去るべきだった! これでは準備不足だ!」
「どっちも誘拐しても同じさ。麗華を連れ去らわれたら僕が容赦はしないからね」
麗華を誘拐するべきだったと悔やむヘルメスを、煽るような軽薄な笑みを浮かべながらも大和は鋭い目で睨みながらそう言い放ち、軽い雰囲気を張り詰めたものへと変化させる。
大和を中心にして一瞬室内の空気が張り詰めるが、すぐに「まあ――」と大和は話を替えて雰囲気を元に戻した。
「僕としてももう少し君たちと話して情報を集めたかったから、お互い様だね」
「麗華さん、やっぱり大和君のことが大切なんだね」
「そうなのかな? ただ、麗華が暴走しているだけにしか思えないんだけどさ」
「大和君だから、麗華さんは暴れるんだよ」
「その言い方だと麗華が暴れるのはすべて僕の責任ってなるよ? 勘弁してよね」
「あ、確かにそうなっちゃうね……ごめんね」
不意に思ったことを素直に口にする幸太郎に、何だかむず痒い気分になる大和はさっさと話を切り上げたかったが、「でも――」と空気を読まずに幸太郎は話を続ける。
「大和君が麗華さんを大切に思っているのと同じで、麗華さんも大和君を大切に思ってるよ」
「そう言われると照れちゃうよ」
「大和君、かわいい」
「……君には敵わないなぁ」
どうしてだ……どうして、彼の一言一言が胸に届くんだろう。
どうして、こんなにも彼の言葉が嬉しいと思ってしまうんだろう。
……らしくないな。
正直な感想に照れる自分を軽薄な笑みを浮かべて誤魔化している大和を見て、更に正直な感想を述べる幸太郎。
男装姿をずっとしていて言われ慣れたことがないその言葉を聞いて、大和は不思議と胸が高まってしまう自分を自虐するような笑みを浮かべてしまった。
「計画に大幅な狂いが生じているが、仕方がない――遅かれ早かれこうなっていたのだからな。諸君、準備はいいかな?」
準備が完全に整っていない状況に不満を抱きつつも、覚悟を決めたヘルメスは幸太郎、ファントム、宗仁に視線を向ける。
ヘルメスの呼びかけに、幸太郎たちは力強く頷く――言われなくともとっくに心の準備は完了していた。
大勢に囲まれている状況だというのにもかかわらず、彼らはまったく諦めていなかった。
ただ、彼らは共通する一つの目的のためだけに前を向いていた。
「……囲まれているなら僕を上手く利用したらどうかな? そうすれば、不用意に相手は手を出さないと思うけど?」
彼らの目的を知ると同時に、怒れる麗華が過剰なまでに引き連れてきた大勢の人間に囲まれているという絶体絶命の状況で、諦めの悪い彼らの様子――特に、状況をまったく理解していないで呑気な様子の幸太郎を見て大和は無意識にアドバイスをしてしまった。
幸太郎やファントムが話した情報を聞いてしっくりできるところはあったし、気になったことがあったのは事実だが、すべてを支配できる賢者の石の存在など信じられなかったし、適当なことを言って自分をバカにしているのではないかと思って腹立たしく思った。
しかし、絶体絶命の状況でも決して諦めない彼らの姿から感じる強い使命感と、彼らの言う真実。
信憑性はないが彼らから情報を得るとともに、彼らの目的を知り、それらに興味を抱いたからこそ、大和は彼らがこれからどう動き、彼らの言うことが本当なのかを確かめたかった。
「大和君、協力してくれるの?」
「まあ、僕としてももっと君たちから情報を引き出したいし、情報の真偽を確かめたいからね」
「身体は大丈夫?」
「もうすっかり薬も抜けてるし、大丈夫」
「よかった……ありがとう、大和君」
「感謝の言葉なんて必要ないよ、七瀬君。僕だって真実を知るために君たちを利用しているんだからね」
……本当に不思議な人だな。
僕もどうしてこんなことを言ってしまったんだろうな……
まあ、いいか――なるようになれ、だ。
差し迫った状況なのに明るい笑みを浮かべ、自分が何を考えているのかわからないのにもかかわらず呑気に感謝の言葉を述べる幸太郎に呆れながらも、不思議と悪い気はしなかった。
そして、そんな幸太郎の笑みを見た大和もまた、ここまで来た以上彼らと同様覚悟を決めた。
彼らが話す真実以上に、幸太郎のことが気になったからこそ大和は一時的に彼らに協力することに決めた。
幸太郎に関する記憶が消えているはずだというのに、打ち解けた雰囲気を発している大和と幸太郎をヘルメスは興味なさそうに眺めて面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「お前は我々の計画を知る数少ない、そして、利用しがいのある人間だ――協力は感謝をするが、私は存分にお前を利用するつもりでいる」
「勝手にすればいいさ。でも、策に溺れないように気をつけた方がいいかもね……本当に君たちの言う通り、アルトマン・リートレイドが別にいるのならば、君たちの考えを見抜いていないほど彼は愚かではないからね。必ず、彼は君たちを潰しに来ると思うよ」
「ご忠告痛み入るよ――私にとってはそれが望ましいのだがな」
「まあ、君たちの言っていることが嘘で何か変な真似をしたら、僕だって容赦はしないんだけどね――いや、僕が何かする前に麗華が動くかな?」
「安心してくれ、そうならないように努力はする」
「それは安心できそうだね」
腹に一物も二物も抱えていそうな笑みを浮かべる大和の忠告に、ヘルメスもまた意味深な笑みを浮かべていた。
「さあ、行くぞ」
「上着を借りているとはいえ、このままの格好で出るの、少し恥ずかしいんだけどな……」
「残念だが時間がない。それとも今ここで適当な服に着替えるか?」
「デリカシーがないなぁ、か弱い乙女の僕なのにさ。わかったよ、諦めるよ」
そして、不完全ながらも準備を整えたヘルメスたちは隠れ家を離れて、拘束された大和を連れ出して、大勢の人間に囲まれている外に出た。
バニーガール姿のまま公衆の面前に出るのに一瞬二の足を踏んでしまう大和だが、覚悟を決めた以上、我慢することにしてまだ若干薬の影響が残って怠い身体を押して、ヘルメスたちとともに外に出た。
外に出た瞬間――大勢の人間から放たれる圧が、ヘルメスたちを出迎えた。
外には風紀委員、制輝軍、輝士、聖輝士、ガードロボット、有志で参加した輝石使いたちが勢ぞろいしており、その状況を騒ぎを聞きつけて外部から来たカメラを持った大勢のマスコミたちも集まっていた。
そんな彼らの姿を見て、ヘルメスは満足そうに微笑んでいたが――
「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」
拡声器から発せられるアカデミー都市内に響き渡りそうなほどの大声量の、それでいて耳障りな高笑いに、満足そうな笑みを浮かべていたヘルメスの顔は不快感に染まって思わず耳を塞いでしまった。
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