第27話

 セントラルエリアと、アルトマンたちが潜んでいるサウスエリアの境目付近に立っている麗華は、集めた仲間たちの到着を待っていた。


 勝手に行動した大和への怒りと、大和を連れ去ったアルトマンへの静かな怒りを宿しており、全身から闘志が漲っており、近寄りがたい雰囲気を放っていた。


 このまま集めた仲間が来なくとも、麗華は一人でアルトマンたちの元へと向かう覚悟を宿しており、今すぐにでも飛び出しそうなほど気合が入っていた。


「……準備は整ったのか?」


 そんな異常に気合が入りすぎている麗華を落ち着かせるような、淡々と叱るような声が響く。


 聞き親しんだその声に、麗華はその声にすぐに反応して視線を向け、声の主である父・大悟に最大級の笑みを浮かべて出迎えた。


「もちろん、当然ですわ! 今度こそアルトマンとの決着をつけると誓いましょう」


「頼りにしている。後のことは私に任せてお前はただ、後先考えずに突っ走るだけでいい」


「その言葉一つで、私は万人の力得た気分になれましたわ! お忙しい中、鼓舞するために私の前に現れていただけで光栄ですわ、お父様」


「気にするな。案外、私たちアカデミー上層部は暇なものだ。実際、エレナは会議中によくサボっているからな」


「そうは言っても、ここに来るまで大変だったのではありませんか? 一人のようですし――と、というか、お父様、もしや、アルトマンがいつ狙ってくるかもわからない状況だというのに一人でここまで来ましたの? か、克也さんや警備の方はいますの?」


「問題ない」


 アカデミー上層部、それも、鳳グループトップの人間が一人で自分の前に現れたということの重大性にようやく気づいてあたふたしはじめる麗華だが、大悟は平然としていた。


「鼓舞していただいたのは感謝しますが、お父様、少しは状況を考えてくださいませ。無茶をしたら、克也さんたち上層部の方々はもちろん、私も心配しますわ」


「その言葉、そっくりそのまま返そう」


 周囲の意見を聞かずに突っ走ることが多いからこそ、ぐうの音が出ないほどのもっともな父の反論に麗華は何も言えなくなる。


 気合が入りすぎていた先程と比べてだいぶリラックスした娘の顔を一瞥した大悟は、おもむろにもう一人の娘――伊波大和が捕らわれているサウスエリアへと視線を向けた。


「いまだに、大和――加耶は天宮家に縛られているのだろうか」


 遠い目をして、淡々としながらも若干弱々しい声音でそう呟いた大悟。


 天宮家――大悟たち鳳の一族に長年仕えてきた、この国最古の輝石使いの集団だった。


 しかし、長年仕えてきた天宮を鳳は裏切って滅ぼし、彼らが保有していた無窮の勾玉を奪い、同時に大和――加耶の家族を奪った。


 鳳が一生背負わなければならない罪の一つだった。


「そうだとしても、私は絶対に許しませんわ」


「……私もだ」


 過去に天宮加耶は鳳グループ幹部で大悟の右腕として、アカデミーの教頭として辣腕を振るっていた草壁雅臣くさかべ まさおみに煽られる形で、しかし、本人も望んでアカデミー都市内で騒動を起こした。


 長年大悟たちに大切に育てられ、麗華や巴という友と出会ったことで抱えていた憎悪を忘れ去ることができていたのだが、結局長年抱えていた憎悪を完全に消し去ることができずに家族を滅茶苦茶にした原因を作った鳳と、大元である無窮の勾玉に復讐をしようとした。


 自分の身を犠牲にして無窮の勾玉を破壊しようとしたが、麗華に止められ、天宮加耶は改めて伊波大和としての人生を生きることを決意した。


 しかし、麗華や大悟には何となくだが大和の抱えている思いを理解していた。


 過去の復讐心に踊らされて騒動を起こして大切な人を含んだ大勢の人を巻き込んでしまった自分自身を許していないという激情を。


 その償いをするために、今回や、半年前に起きた騒動のように身内に手を出された場合、大和は自分の身を犠牲にして騒動解決に尽力した。


 ――だが、そんなことは麗華には関係なかったし、安易に自分の身を犠牲にする大和の行動は絶対に認めることはしなかった。


空木うつぎ家の一件で反省したと思っていたらこの騒動――もう一度ガツンと言っておかなければなりませんわ!」


 人のことを存分に利用させておきながらも、自分の身を犠牲にする中途半端な大和に怒り心頭な麗華だが、脱力するように「ですが――」と憂鬱そうにため息を漏らす。


「ある程度大和の行動を予期しながらも、私は止めなかったのですわ」


 大和の行動を予期できたからこそ、大悟、克也、ドレイク、ヴィクター、エレナ、アリシア――大勢の人間の力を事前に借りて、連れ去らわれた大和を追うことができた。


 しかし、ある程度予期できたからこそ、麗華は大和を止めることもできた。


 だが、麗華はそうしなかった――大和の行動こそがアルトマンに近づけると確信したからだ。


 だからこそ、何だかんだ大和への不満を述べながらも、連れ去らわれた大和が何かをされていないか麗華は不安で今にも折れそうになってしまっていた。


 それでも、挫けないのはただただ大和を助けたいという一心があるからだった。


 相手が父だからこそ、自身の不安を打ち明けることができた麗華。


 そんな娘の懺悔と不安をしっかりと聞いた大悟は、「お互い様だ」と淡々としながらも、優しい声音でそう言った。


「過程と方法はどうであれ、結局大和は相手の懐に上手く潜り込んだんだ。大和のやり方が正解だったといことは紛れもない事実だし、私もそう思って大和たちを泳がせていた……だから、私も同罪だ」


「それでも、お父様は最後まで大和の考えを否定していましたわ」


「言っただろう? お前たちの責任は私が取ると。お前の責任なら、私の責任でもある――だから、何も気にするな。お前は、ただ前へ進むだけでいい」


 そう言って、頭に手を置いて娘の頭を一撫ですると、娘の目をジッと見つめた。


 久しく感じる父の手の感触に、麗華は抱えていた不安が軽くなったような気がしていた。


「まだ経験不足だが、お前たちはいずれアカデミーを導く立場になるだろう。私は見たいのだ――お前たちが切り拓いた未来の先にある希望の光景を」


 娘の目を力強い光を宿した瞳で見つめながら、大悟は漠然としないながらも娘やその仲間たちが切り拓く希望に溢れた未来に期待し、そうなると信じていた。


「鳳グループトップとして、そして、お前や大和の父として頼む――大和を助けてくれ」


 娘と一対一だからこそ、大悟も今だけはトップとして常に被っていた鉄面皮を脱ぎ去って、一人の父として娘に頼んだ――アルトマンを倒すことよりも、もう一人の娘・大和の救出を。


 父の切実な願いを感じ取り、麗華は当然だと言わんばかりに力強く頷いた。


「もう一つ約束してくれ――麗華、お前や、お前の仲間たちも無事に帰ってきてくれ」


「その約束、必ず果たしますわ!」


 もう一つの父の願いを麗華は果たすと誓うと――


「へぇー、旦那のそんな熱いところはじめて見たぜ。クールかと思ったら、旦那って克也さんと同じで結構熱い性格してるんだな」


「ウサギちゃんスマイルよりも貴重だったなぁ、熱血なオジサマのお姿❤」


 茶化すような声とともに現れるのは、麗華が大和救出のために協力を仰いで、この場に呼び出していた刈谷と美咲だった。


 鳳グループトップとして見られたくない姿を見られてしまいながらも、大悟はいっさい動揺することなく、瞬時に元の鉄面皮に戻し、鳳グループトップとしての表情と態度に変化させた。


「お二人とも、来ていただいて感謝しますわ!」


「そりゃあ、煮え湯を飲まされ続けるのはムカつくからな。というか、お嬢が心から感謝してくるのって、何だか気持ち悪いのがあるな」


「ぬぁんですってぇ!」


 心からの感謝を足蹴にするような刈谷の発言に激高する麗華。


「アタシとしては、アルトマンちゃんたちと戦いたいっていうのが本音かな♪」


「お前なぁ、少しは緊張感持てよな。まあ、ある意味心強いけどな」


「まあ理由なんていいじゃない――こんなに大勢集まってるんだからさ☆」


 美咲の言葉と同時に、麗華が予め呼んでおいたセラ、ティア、優輝、沙菜、大道、リクト、クロノ、ノエル、アリスの他にも制輝軍や、アカデミーに通う生徒たち、教皇庁の輝士たち、鳳グループに所属する輝石使いたちが大勢集まっていた。


 立場や年齢、目的を問わずに集まってくれた大勢の味方に麗華は一瞬、気圧されてしまうが――すぐに大勢の仲間たちに向けて普段と同じ勝気な目を向けた。


「集まっていただいて感謝しますわ!」


 集まってくれた大勢の味方たちに向け、麗華は深々と頭を下げて感謝の言葉を述べる。


 そして、すぐに顔を上げて力強い瞳を味方たちに向けた。


「私たちは立場も考え方もまったく違うでしょうが、アカデミーの、自分たちの居場所のためという思いは共通していると信じていますわ!」


 力強い麗華の瞳と言葉に、味方たちも彼女に力強い視線を向けて応えた。


「どんなに強い想いを抱いていたとしても、一人だけでは限界がありますわ! しかし、この場に集まっていただいたあなた方の力があれば、不可能はありませんわ!」


 そう言って、再び頭を下げる麗華。


「改めてお願いいたしますわ! それぞれの目的があるとは思いますが、今は私の――いいえ、アカデミーのために協力していただきたいのですわ!」


 麗華の懇願に、一瞬の沈黙の後――地を揺るがすような大勢から発せられた気合の声は麗華の頼みを受け入れた。


 大勢の味方を導く娘の姿を大悟は満足そうに眺め、麗華は偉そうに豊満な胸を張って「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」と、先程まで下手に出ていた態度を一気に豹変させて気分良さそうに高笑いを上げていた。


 だが――


 何かが足りない――麗華は心の中でそう感じてしまっていた。


 しかし、それを気にしていられるほどの時間はなかった麗華は、そのまま大勢の味方を引き連れて目的地へと向かった。

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