第26話

 アルトマンの不意打ちを食らい、短時間ながらも意識を失ってしまっていたセラは、セントラルエリアの大病院に運ばれて治療を受けた。


 大した怪我をしていないとセラは思っていたので、現場で騒動の後処理をする麗華たちの手伝いをするつもりだったのだが、決戦が近いので無理をするなという麗華の指示で、大人しく病院で治療を受けることになった。


 強烈な不意打ちを食らったが、予想通り目立った傷もなく軽傷だった傷の手当てもすぐに終わり、病院側の厚意で個室の病室で休ませてもらっていた。


 ――よし、怪我の調子は問題なさそうだ。

 まさか、麗華を囮にしただけじゃなくて、自分が麗華の代わりになるなんて……

 これは、荒れそうだ――いや、麗華のことだ。

 大和君の意見を積極的に聞いていたし、多分麗華は大和君の魂胆に気づいていただろう。

 だとしても、荒れそうだな……

 でも、大和君が攫われた以上、麗華やアカデミーは本気を出すだろう。

 決戦は近い――私も気合を入れないと。


 身体の調子を軽く動かして確認しながら、セラは病院に運ばれる前に麗華たちからおおよその状況報告は聞いているセラは現状を思い返し、大和が自分の身代わりになってアルトマンに連れ去らわれたことで、怒れる麗華が無茶をするのが容易に予想ができたセラは憂鬱そうにため息を漏らしながらも、気を引き締めていた。


 しかし、それよりも気になっていることがあった――


『ごめんね、セラさん』


 アルトマンに不意打ちを受け、少しでも情報を得るためにギリギリまで粘って彼らの会話を聞き洩らさないようにしていたセラの意識が途切れる寸前に聞いた謝罪――七瀬幸太郎の声が妙に頭にこびりついて離れなかった。


 ……どうしてだろう。

 彼の声を聞いて安心する自分がいる。

 いや、それ以上に――彼に謝罪を聞いて罪悪感が生まれてしまっている……

 どうして、こんなにも胸が熱くなってしまうのだろう……


 幸太郎の謝罪の言葉が頭の中で反芻する度に、セラの中に生まれた罪悪感が刺激されてしまい、切なさと熱いものが込み上げてきそうになってしまっていた。


 七瀬幸太郎への理解不能な感情に戸惑っていると、扉のドアがノックする音が響き、「どうぞ」とセラは声をかけると、開かれた扉からティア、優輝、そして、ノエルが現れた。


「大丈夫なのか、セラ?」


「心配してくれるのはありがたいけど、ここに運ばれる前に大丈夫だってもう何度も言ったよ」


「それでもアルトマンの攻撃を受けたんだ。心配するのは当然だ」


「ありがとう、優輝。でも、本当に何も問題はないから。しばらくは痛むけど、動く分には問題ないって先生にも言われたからね。だから、すぐに動けるよ」


 入ってきて開口一番に自分を心配する優輝だが、ここに運ばれる前に何度も自分に怪我はないかと聞いて心配してくれていたので、呆れながらも感謝するセラ。


 このまま話を進めなければ、延々と優輝が自分を心配してくるので、話を替えるためにセラはティアとノエルに視線を向けた。


「状況はどうなっているのかな」


「大体お前の予想している通りだろう」


 ……嫌な予感がするな。


 ため息交じりに放たれたティアの返答を聞いて、麗華が怒りで暴走している様子が容易に想像できて嫌な予感が過るセラ。


「つまり……アルトマンへの決戦が近いってことなのかな?」


「ああ。事前に麗華が裏で手を回してくれたおかげでアルトマンの潜伏先がわかっている」


「やっぱり麗華、大和君の魂胆に気づいていたんだね」


「そのようだ。さっそく人を大勢集めて大和とアルトマンの元へと向かう準備を整えている」


「随分行動が早いね……まあ、麗華だからか。すぐに準備をするからちょっと待って」


「まあ、待てって。もう少し休んだらどうなんだ」


「足手纏いは必要ありません」


 そう言って、さっそく立ち上がって準備をはじめようとするセラを制する優輝。


「優輝の言う通りだ。無理に動かなくてもいい。アルトマンには今いるアカデミーの全戦力を使うつもりでいるんだからな」


「不意打ちを食らって何もしないままっていうのは性に合わないからね……それに――」


 きつい一撃をお見舞いしてくれたアルトマンに仕返しするつもり満々のセラだが、それは建前であり、本音としては七瀬幸太郎と対面したい気持ちがあった。


「七瀬幸太郎さんに会うつもりですね?」


 そんなセラの気持ちを見透かすノエルに、セラは隠すことなく頷いた。


「……優輝たちはさっきの騒動で七瀬君に会ったの?」


 不意のセラの質問に優輝たちは神妙な面持ちで頷いた。


「どんな人だったの?」


 ただただ純粋な好奇心を幸太郎と出会ったというティアたちに尋ねてみる。


 セラの質問に、優輝たちは数瞬考え込んだ。


 幸太郎のことを考える三人は難しそうな表情を浮かべながらも、どこか懐かしそうで、それ以上に切なそうな表情を浮かべていた。


「不思議な人だったね」


「あれは軟弱者だな」


「昨日と同じく、特に何ら変わった点はありません」


 幸太郎を不思議な人だという優輝、厳しい評価を下すティア、二日続けてあっても特に評価は変わらないノエル。


「確証はないけど、俺は敵ではないと思う――いや、思いたいな」


「呑気な奴め。どちらであっても、アルトマンに協力している以上捕らえなければならない」


「もちろんわかっているけどさ、でも、あんな能天気な人が率先してアルトマンに協力して悪いことをしているとは思えないんだよ。ティアだってそう思うだろ?」


「第一印象で人を決めるのは早計だ。人畜無害に見えても、牙を隠しているかもしれないんだ」


「それじゃあ、ティアにも一応は人畜無害そうに見えてるってことか?」


 ……何だかんだ言って、ティアも優輝と同じことを思ってるみたいだ。

 やっぱり、会ってみたい……


 自分の意見に同意を求める優輝にティアは口を真一文字に閉め、厳しい態度を取ってハッキリとしたことは何も言わないが、彼女の態度を見れば優輝と同じ意見であるということは明らかだった。


「しかし、危険人物であるということは依然変わりません」


 幸太郎への警戒心が薄れているセラたちに釘を刺すようにノエルはピシャリと言い放ち、彼女たちの機を引き締め直した。


「方法はわかりませんが、ファントムはおそらく、二週間前の騒動で煌石の力を引き出した七瀬さんの手によって蘇ったに違いありません」


「あの七瀬幸太郎が? ……確かに、秘めた力は教皇よりも上だと判断されているからな」


「しかし、わかりません。私たちイミテーションは奇跡から生まれたとはいえ、人間と遜色ない存在です。一からではなく、かつての記憶を保持したまま蘇らせるほどの力を持つということは、生命すらも操る力を持っているということです」


 特筆すべき点がない平々凡々な少年がアルトマンを蘇らせたと突拍子のない推理をするノエルに、ティアは一瞬信じられなかったが、ある程度は受け入れることができた。


 上手くコントロールできないながらも、二週間前の騒動で展示されていた二つの煌石から、展示会場をボロボロにするほどの強大な力を引き出した幸太郎の秘めた力が自身よりも上だと、教皇エレナが判断を下したのを知っていたからだ。


 だが、ノエルの言う通り、一人の人間も同然の存在であるイミテーションであるファントムを蘇らせるというのは、教皇エレナが想定している以上の力を持っているということだった。


 それを考えれば幸太郎を危険人物だと評価しているノエルは正しいのだが――それでも、優輝やティア、そして、顔を合わせたことがないセラでさえも、彼が敵であるとは思えなかった。


「七瀬さんの力は一体どういうものなのか、どこから得たのか不明ですが――二週間前の騒動の目的はただ自分たちの存在を誇示したかっただけではなく、七瀬さんの力でファントムを蘇らせるつもりだったのではないでしょうか」


「ノエルさんの言う通りなら二週間前の騒動で、わざわざ危険を冒してまで煌石展示会場に現れた理由はわかるけど……ダメだな。七瀬君の力のことも、どうしてファントムを蘇らせたのかもわからないな――まだまだわからないことばかりだ」


「それでも、七瀬さんが相手側にとって何か重要な役割を担っているような気がします」


 鍵、か……ノエルさんの言う通りなら、二週間前の騒動の要は七瀬君だったんだ。

 なら、今回も? だから、煌石を扱える以外輝石を扱える力のない彼を近くに置いたのか?

 暴走する危険を承知でどうしてファントムを蘇らせたんだろう。

 そこまでして何がしたいんだろう……

 ――いや、そこまでしなければならない理由があるのか?

 わからないな……何もわからない。


 優輝とノエルの会話を聞いて、今回の騒動も幸太郎が要になっているのではないかと考えたセラは、様々な疑問とともに何かを掴みかけたような気がしていたのだが――考えれば考えるほど掴みかけていた答えに遠のいているような気がして苛立ちが募る一方だった。


「相手が何を考えているにせよ、アルトマンとの決戦は目の前だ――今は決着をつけることに集中しよう。捕まえてから、詳しい話を彼らに聞けばいい」


 ――優輝の言う通りだ。

 戦闘は避けられないんだ――今は、決着をつけることに集中しよう。


 目的を再確認させる優輝の言葉に、様々な疑問を抱いていながらもセラたちは力強く頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る