第一章 宣戦布告

第1話

 あれは――そう、もう十年以上も前だ。


「お姫様がそう思わなくても、きっとみんなに迷惑をかけるよ」


「そんなの別に構いませんわ!」


 不安げな僕の気持ちを吹き飛ばすように幼馴染の彼女は力強くそう答えた。


 真っ直ぐと曇りのない目を自分に向けて彼女はそう言い放った。


 まだ、この頃の彼女は今と比べて少しだけ素直でかわいげがあった。

 まだ、この頃は彼女もみんなも無知で、これから何が起きるかわかっていなかった。

 ただ――僕だけはわかっていた。


 いずれ、復讐に身を焦がした人たちが僕の大切な人を巻き込むことを。


「何があろうともわたくしはぜーったいに加耶かやを止めますわ! これは約束ですわ!」


 未来への不安をかき消すように彼女はそう宣言した。


「それなら……僕はお姫様の傍にいるって約束する。それが僕のやるべきことだから」


 彼女に、そして何よりも自分に言い聞かせるように僕はそう宣言した。


 今思えば、これは宣戦布告のようだったと思う。

 そんな宣戦布告のような約束を口にした僕に、彼女は不敵な笑みを浮かべる。

 上等だと言わんばかりであり、頼りがいのある力強い笑みだった。


「いつものようにイジワルをしても無駄ですわ! 私は加耶を止めると決めましたわ」


「君が邪魔をするなら僕は君を止める。だから、君もその時は遠慮しないで僕を止めて――約束だよ?」


 縋るような目で見つめてくる僕に、彼女は当然だと言うように胸を張った。


「もちろんですわ! だって――」


 この後言った彼女の言葉で僕は何だか泣きそうになってしまったのを覚えている。


 ――でも、僕は堪えた。

 だって、あそこで泣いたら決心が鈍ると思ったし、後で面白おかしく脚色されて彼女にからかわれることを想像すれば絶対に泣けなかった。


 強がって素直じゃない態度を取る――

 ……何というか、僕も他人のことを言えないと思った。




――――――――――――




「――久しぶりに、昔のことを思い出したよ」


 自嘲気味で軽薄な笑みを浮かべた美少年――伊波大和いなみ やまとはため息交じりにそう呟いた。


 その呟きは、窓一つない、僅かな明かりに照らされた薄暗く、寂しく、冷たい空気が流れている広い空間に響き渡った。


 大和は自身の傍で、無機質で冷たい鉄の床の上に両膝をついて項垂れている巫女装束のような服を着ている長い黒髪の少女――天宮加耶たかみや かやに視線を向けた。


「この前の事件で大悟だいごさんが公表した事実で大勢の人が混乱している」


 半月前に発生した、村雨宗太むらさめ そうた率いる元学生連合のメンバーが、アカデミーを運営する巨大な組織であるおおとりグループの本社を襲った事件を大和は思い出す。


 その事件で、鳳グループトップである鳳大悟おおとり だいごは、前鳳グループトップである鳳将嗣おおとり まさつぐが長年仕えてきた天宮家から奪った輝石きせき以上の力を持つ煌石こうせき・『無窮むきゅう勾玉まがたま』を隠し持っていることと、それを利用して兵器開発をしようとした結果、世界中に多くの輝石使いたちを生んだ『祝福の日』を起こした原因を作ってしまったことを明らかにした。


 今まで現存する唯一の煌石は、鳳グループと同じくアカデミーを運営する組織である教皇庁きょうこうちょうが持つ『ティアストーン』だけだとされてきたが、『無窮の勾玉』と呼ばれる新たな煌石の存在に、事件後にその情報がアカデミー都市内外に一気に広まって大騒ぎになった。


 当初鳳グループ側は『無窮の勾玉』についての存在と、兵器開発について否認していたが、大悟が用意していた証拠の数々と、『祝福の日』に無窮の勾玉によって抽出されて、今まで銀行の金庫に保管していた大量の『アンプリファイア』を証拠として提示して、真実が一気に明るみになった。


 真実が明るみになって、兵器開発に関わっていた鳳グループ上層部の人間を一斉に辞めさせて、自浄作用を周囲にアピールしたが、ほとんど無意味だった。


 無窮の勾玉の欠片が現在アカデミー都市内に広まっている、輝石使いの力を向上させるが心身に悪影響を与える『アンプリファイア』だということを知った生徒たちは、アンプリファイアの存在を知りながらも隠していた鳳グループに不信を募らせた。


 そして、アンプリファイアが『薬』としてアカデミー都市外部に出回っていたので、虚偽の報告をしたとして外部からの信頼も失っていた。


「鳳グループは完全に周りの信用を失った。それに、天宮家を陥れて無窮の勾玉を利用して兵器開発に携わっていた人間もいなくなった――これで、天宮家当主の娘である君の復讐のほとんども完遂することができたよ。よかったね」


 へらへらした笑みを浮かべて大和は明るく加耶に声をかけるが、彼女は何も反応しない。


 だが、反応しなくとも大和は加耶が何を思っているのかをすべて理解していた。


「わかってるよ――まだ、君は満足していないんだろう?」


 彼女の晴れぬ復讐心を理解している大和は自虐気味な笑みを浮かべた。


「僕に任せて――大丈夫、約束しただろう? 何があっても僕は君から離れないって」


 軽薄ながらも、優しげな笑みを浮かべる大和だが、相変わらず加耶は何も反応しない。


「大丈夫……最後まで僕はやれる。だから、待ってて。もうちょっとだから」


 加耶に、そして、自分に言い聞かせるように大和はそう言った。

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