第2話

 アカデミー都市のセントラルエリアで一際目立つ豪邸の一室に、二人の女性がテーブルを挟んで向かい合うようにしてソファに座っていた。


 一人はこの部屋の主――アカデミーの学園長兼鳳グループトップの娘である、一部が癖でロールしている金髪ロングヘアーの少女・鳳麗華おおとり れいか


 もう一人は、麗華の年上の幼馴染である、長い黒髪を後ろ手に結った大人びた雰囲気を身に纏う美女・御柴巴みしば ともえだった。


「――それで、巴お姉様。お話とは一体何ですの?」


 夜の八時を過ぎる頃に話があると言って突然訪問してきた巴と、さっそく話をはじめようとする麗華だが、その前に巴は麗華に向かって軽く頭を下げた。


「連絡をしないでこんな時間に突然押しかけてごめんなさい」


「お気になさらずに。お姉様ならいつでも歓迎ですわ」


「ありがとう、麗華。――ああ、そうだ。順調に小父様が回復に向かっていることを聞いたわ。一時はどうなるかと思ったけど、よかったわね」


「……ええ、おかげさまで。もうすぐ退院できるとのことですわ」


 半月前に起きた事件の黒幕が放った凶弾に倒れ、生死の境をさまよった父・鳳大悟の怪我が順調に回復に向かっていることに、娘の麗華は心の底から安堵していた。


 そんな幼馴染の様子に巴は優しそうに微笑むが、すぐにその笑みを消して追求するような目で幼馴染を睨むように見つめた。


「単刀直入に聞くわ――天宮加耶とは一体何者なの?」


 さっきまでの優しげな口調を一変させて、責めるような厳しい口調で巴は質問してくる。


 天宮加耶――最近発生する事件の裏で暗躍している御使いと呼ばれる、白い服を着てフードを目深に被った集団を率いていると判断されている少女についての質問に、麗華は答えに一瞬窮してしまうが、すぐに質問に答える。


「加耶は――わたくしの幼馴染ですわ」


幼馴染がいたとは知らなかったわ」


「お姉様と出会う以前に知り合ったのですから、知らないのは仕方がありませんわ」


「その他に何か知っていることはあるの?」


「鳳に古来より仕え、この国最古の輝石使いの一族・『天宮』の当主の娘ですわ。最近知ったことですが、鳳が天宮から奪った煌石・無窮の勾玉を扱うことのできる『御子みこ』と呼ばれる存在のようですわね。この間まで、無窮の勾玉の存在も含めて、加耶が煌石を扱える資質を持っているとは知りませんでしたわ」


「その他に何か知っていることはないの?」


「そうですわね……物静かな子でしたわ。知っているのはこれくらいですわね。加耶とは――ずっと会っていませんでしたから」


 これ以上は何も知らないと答える麗華を、巴は彼女の答えを信用していないと言っているような目で、ジッと見つめていた。


 疑心に満ちた目を自身に向ける巴から目を離すことなく、麗華は見つめ返した。


「天宮と鳳の騒動について詳しく調べたから、よく知っているわ。でも、天宮加耶さんのことだけがわからないの。天宮が鳳の策略で潰された後、彼女の存在は急に消えた。御使いを率いてアカデミーに現れるまで、どこで何をしていたのかまったくわからないの」


「子供でありながらもあの子は利発でしたわ。きっと上手く逃げ延びたのでしょう」


「無窮の勾玉を扱える彼女は煌石を扱える資質を持っているということ。そんな彼女を教皇庁が放っておくわけないわ」


「天宮家はずっと鳳の影に隠れていたのですわ。無窮の勾玉の存在をずっと知らなかった教皇庁が、加耶のことを知るはずありませんわ」


「そうよね……だからこそ、鳳グループと教皇庁の対立が深まったんだから」


 淡々とした麗華の答えを聞いて、鳳グループが煌石を持っているという事実に、すぐに教皇庁が反応したことを巴は思い出す。


 鳳グループが煌石を持っているということに、教皇庁は煌石を扱える高い資質を持つ教皇がトップにいる自分たちが管理するべきだと言って、すぐに煌石の譲渡を求めてきた。


 今まで現存する唯一の煌石だった『ティアストーン』を保有していた教皇庁だが、新たな煌石が見つかったことによってティアストーンの神秘性が失われると感じて、教皇庁は何としてでも鳳グループが持つ煌石・『無窮の勾玉』を手にしようと躍起になっていた。


 しかし、『無窮の勾玉』の在り処を知っているのが鳳グループトップの大悟だけであり、肝心の大悟が以前に起きた事件で重傷を負って、絶対安静の身だったので、話を聞こうにも聞けない状態だった。


 一年前に起きた治安維持部隊同士の激しい対立でお互いに周囲の信用を失い、不用意に争うことを避けてきた鳳グループと教皇庁だったが――ここに来て、一気にアカデミーを運営する二つの巨大な組織が、煌石の一件で激しく対立していた。


「でも、今はそんなことはどうでもいいわ。天宮加耶さんについて私は知りたいの」


「加耶については……私よりも、大和の方がよく知っていますわ」


 忌々しげに麗華はもう一人の幼馴染である伊波大和の名前を口に出した。


 幼馴染の名前を聞いて、巴も複雑そうな表情を浮かべた。


 伊波大和――麗華と巴の幼馴染でありながらも、御使いに協力している裏切者だからだ。


「大和は加耶さんの何を知っているの?」


「……さあ、私には何も知りませんわ。でも、大和は加耶と約束をしたのですわ――何があっても傍にいると。それ以外は申し訳ございませんが、何も知りませんわ」


「……肝心なことは何も言えないというわけね」


 暗い雰囲気を身に纏わせて、肝心なことはまたしても何も知らないと言って口を閉ざす麗華。巴の目には、麗華は何も言う気がないように見えていた。


 皮肉っぽく言い捨てた巴の言葉に、麗華は何も反応することはなかった。


 鋭い目で睨むように麗華をしばらくの間無言で見つめる巴だったが――やがて、諦めたように深々とため息を漏らし、「もういいわ」と話を切り上げた。


「君が何も言わないのなら、後はが天宮や加耶さんのことを詳しく調べるだけだわ」


「……すみません、せっかく来ていただいたのに」


「いいの。でも、麗華――覚えておきなさい」


 申し訳なさそうに自身を見つめる麗華を、容赦なく厳しく責めるような目で巴は睨んだ。


「鳳と天宮について調べるうちに、先代鳳グループトップである鳳将嗣が多くの人間を平気で裏切って不幸にしたことがわかって、私は鳳グループに対して強い不信感を抱いているわ。それに、大和以外の裏切者が鳳グループ内にいるかもしれないという状況で、申し訳ないけど私は君も含めて鳳グループの人間を信用していないわ」


 険しい目で睨みながら、自分を信じていないと言った巴に、軽いショックを覚えながらも、麗華は当然だと思っていた。


 何も言わずに自分の言葉を受け入れる麗華に、巴は厳しくもあり優しげな目を向ける。


「だから――君も私を信用しないで、気をつけなさい。わかったわね」


 そう忠告して、巴はソファから立ち上がって部屋から立ち去ろうとする。


 立ち去ろうとする巴を、麗華は「お姉様」と呼び止めた。


「村雨さんについては――」

「それについてはまだ何もわかっていないわ」


 半月前の事件で元・学生連合のメンバーを率いて、鳳グループを占拠した人物・村雨宗太の名前を麗華は出すとすぐに巴は厳しい口調で遮り、足早に部屋から立ち去った。


 村雨の名前を出した途端に殺気立った巴の背中を、麗華は不安そうに見つめていた。


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