第16話

 ――素晴らしい、最高だ。

 まさか、これほどまでに上手く行くとは、思いもしなかった。

 最高だ、本当に最高だ!


 兵輝使用者たちによってパニックになっている鳳グループ最上階付近にあるパーティー会場がよく見える、教皇庁本部屋上で北崎は眼鏡の奥にある瞳を気分良さそうに細め、サディスティックな笑みを浮かべて会場内の様子を眺めていた。


 本当なら鳳グループ本社から離れた場所にある安全圏で会場の様子を眺めるべきなのだが、どうしても北崎は直に自分の目で世界が変わる瞬間を見たいがために、アルバートの制止を振り切り、直に会場内の様子が見れる安全圏――鳳グループ本社の隣に塔のようにそびえ立ち、パーティー会場が良く見える教皇庁本部の屋上にいた。


 暗闇から非常照明に切り替わると同時に、さっきまで味方だったボディガードたちが突然武輝を手にした姿を見て悲鳴を上げてパニックになっている出席者たち、パニックになりながらも一台スクープをカメラに収めようとするマスコミたち、そんな彼らを落ち着かせて、非難を誘導させながら、敵に回ったボディガードたちの相手をしようとするアカデミーの人間たちの狼狽えるさまを見ていたら、北崎は自分の笑みを抑えることができなかった。


 全員が、状況が、すべて自分の思い通りになっていることに北崎は満足すると同時に、自分の思い描く未来が目前へと近づいていることに興奮を抑えきれなかった。


「どうやら順調のようだね」


 長年温存していた計画が順調に達成に近づいているのを全身で感じ、身震いするほどの興奮に包まれている北崎の背後から、フレンドリーでありながらもどこか父性を感じさせる声が届く。


 優雅で踊るようにターンして、その声の主――アルトマンに視線を向けた。


「ええ、すべてはあなたたちのおかげですよ。あなたたちがいなければ兵輝は完成しなかったし、ここまで計画が順風満帆に進むことはなかったでしょう」


「謙遜しないでくれ。兵輝を開発したのは我々だが、そのための基礎となる設計と技術を提供したのは君だ。それに、今回の計画は君がいなければ順調には進まなかっただろう」


「あなたにそう言われると、実に光栄ですよ」


 自身を褒めるアルトマンに、フレンドリーだが北崎は謙遜の欠片もない笑みを浮かべた。


「七瀬君のおかげで兵輝はもっと強くなれそうですよ。先程起動実験を行いましたが、兵輝の中にあるアンプリファイアの力が、彼の中にある賢者の石と上手い具合に同調しているんですよ。あれなら実際に人体で実験しても問題ないですよ、きっと」


「ほう……もう彼で実験を行ったのかね? 輝械人形を暴走させる力を持っているというのに、随分思いきった真似をしたようだ」


「ええ。アルバート君には止められましたが、極上の素材を目の前にして僕の欲求は止められなかったのですよ。それに、彼のように肝心な場面で臆病――ああ、慎重過ぎたら、前には進めませんからね」


 危険視するあまり、賢者の石の力に手をつけなかったアルバートを心底軽蔑し、愚弄するような嘲笑を浮かべる北崎に、アルトマンは弟子のフォローをすることなく、他人事のようにただただ乾いた笑みを浮かべていた。


「兵輝や輝械人形が作る未来を確固たるものにするためには、七瀬君やあなたの持つ賢者の石の力が必要不可欠というのに、アルバート君はそれに手を出さなかった――正直ガッカリですよ。そんな教え子について、あなたはどう思いますか?」


「彼はその程度の人間だということだ」


「かわいい弟子だというのに、中々手厳しい意見ですね」


「自分の出した頑なな答えに縛られて自縄自縛に陥るのだから、当然だ」


 アルバートだけではなく、師匠であるアルトマンも少しバカにするつもりで言った言葉だったが、嫌な顔することなく他人事のように自分の言葉を受け入れ、弟子を見放すような発言をするアルトマンに北崎は不意を突かれながらも、すぐに愉快そうに笑った。


 北崎は躍るような足取りで車椅子に座らされ、顔半分を覆うヘルメットを被らされ、全身にコードがつなげられ、意識がない幸太郎に近づき、彼の肩を愛でるように、官能的に撫でた。


「やっぱり、賢者の石は素晴らしいですよ。アルバート君は賢者の石の力を危険視しているけど、僕はそうは思わない。この力こそが兵輝や輝械人形を上回る、未来の世界において必要不可欠な希望の力だ!」


「……それが、君が出した結論なのかな?」


「ええ、もちろんですよ! この力を有効利用できる手段さえ確立できれば、兵輝や輝械人形はもっと強くなれるし、完全にコントロールできればそれらは必要なくなるかもしれない! この力だけで世界は大きく変化する!」


 賢者の石というすべてを超越する力を目の当たりにして、抑えていた興奮を一気に爆発させる北崎――しかし、そんな彼を見るアルトマンの目は冷めていた。


 冷ややかな目をしたアルトマンの目は道具のように扱われている幸太郎を一瞥した後に、パニックになっている鳳グループ本社内のパーティー会場に向けられた。


 相変わらずパニックになっている出席者やマスコミ、対応に右往左往しているアカデミーの人間たち――それを見たアルトマンは、やれやれと言わんばかりにため息を漏らした。


「しかし、あの程度の男であっても油断をしてはならないようだ」


 ……何だ? どうしたんだ、一体……

 何が起きているんだ? あんなこと、聞いていない……


 意味深でありながらもどこか自虐気味な笑みを浮かべてアルトマンがそう呟いた瞬間――余裕な笑みを浮かべていた北崎の表情が固まる。


 北崎の視線の先には相変わらずパニックになっているパーティー会場があったが――予定にはない事態が起きてしまっていた。


「こ、これは、一体……」


「アルバートの仕業だろう。どうやら、彼は君を裏切ったようだ」


 突然の事態に混乱しきって状況をまったく把握できない北崎に、アルトマンは他人事のように淡々と現状を伝えた。


「さて……一応弟子である彼の不始末は師である私の不始末でもある。手伝いくらいはしてあげようじゃないか」


 いまだに状況が掴めずに呆然としている北崎を嘲るような軽快な足取りで、そう言い残したアルトマンは気分良さそうな軽快な足取りで北崎の前から立ち去った。


 一人取り残された北崎は、パーティー会場内で起きている事態を呆然と眺めていることしかできなかった。

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