第15話

「我々教皇庁と鳳グループは協力関係を結んだことを改めてここで強調します」


「将来は二つの組織を一本化して今後も増え続ける輝石使いに対応し、彼らの教育や育成に力を入れ、世界中で起きている輝石が関係する事件解決に協力を惜しまない。そのために第二第三のアカデミーを設立する。第二のアカデミー都市設立の場所はもう決まっていて、工事は既にはじまっている」


「輝石使いたちの教育・育成には、輝石の資格を持たないアカデミー都市外にいる人たちの協力も必要不可欠です。今後はそんな彼らとの接触の機会を増やすことによって、世間に輝石の理解を深めてもらい、輝石使いたちが自分の持つ力と、力を持つことによって生まれる責任について考えてもらう機会を作ります」


「我々の目的はアカデミーの発展だが、最終的にはこの世界の更なる発展を目指している。最終目標を果たすためには、我々の力だけでは無理だ。しかし、この場にいる全員や、この会見を見ている人の力が必要不可欠だ――我々は君たちとともに未来をともに創りたい」


 ボディガードを引き連れた大勢の出席者たちと、マスコミたちが集まり、教皇庁と鳳グループの人間によって守られたパーティー会場で記者会見がはじまると同時に、エレナと大悟は鳳グループと教皇庁の協力関係をアピールし、将来のビジョンを説明していた。


 マスコミや出席者たちは用意された食事に手をつけることなく大悟とエレナの今後の説明を聞いており、マスコミたちはよくわからない箇所は質問をして、その質問に二人は真摯に、できるだけわかりやすく答えて全員を納得させていた。


 出席者たちは二人のトップが思い描くアカデミーの未来に、まだ漠然としていないが、鳳グループと教皇庁と協力して創造する未来に淡い希望と期待を抱いていた。


 そんな明るい雰囲気が漂う会場内だが、アルバートが本社内にいるという報告を聞いている、教皇庁と鳳グループに所属する、会場の警護を行っている輝石使いたちの表情は険しく、張り詰めた緊張感に身を包んで周囲を注意深く観察して、いつでもアルバートが騒動を起こしてもいいように臨戦態勢を整えていた。


 緊張感と、柔らかな希望と期待感に満ちている会場の中――会場内の警備を担当している、上下ともに真っ赤なスーツを着た一際目立つ派手な衣装の刈谷は、止まない質疑応答に淡々と答えている大悟とエレナの様子を眺めながら、誰も手をつけていない料理に手を出していた。


 そんな刈谷の傍には、同じく会場内の警備を担当しているドレイクがおり、サボっているように見える刈谷とは対照的に、真面目に他の輝石使いと同じく――いや、それ以上に鋭い目で出席者たちの顔だけではなく、出席者たちから放たれる空気や細かい仕草、周囲の状況、ハンドバッグなどの手荷物などを事細かに観察しながら臨戦態勢を整えていた。


「サボるな、刈谷」


「毒味だよ毒味。相手が相手だから何を仕込んでくるのかわからねぇからな――それにしても、エレナの女将さんと、鳳の旦那はさすがだぜ。まだ、はじまったばっかりだってのに、もう周りを惹きつけてやがるよ。何だか催眠プレイって感じだな」


「それがあの二人の持つ力。一部の者にしか持たない、真のカリスマだ」


「いいなー、それ。そんな力があったら、俺は積極的にウハウハさせてもらうな」


「……そういう邪な気持ちがあるお前には、一生無縁だ」


 暇つぶしの刈谷の世間話に、視線は周囲を観察しながらドレイクは付き合った。


「正直、一般人の俺は大将たちが何をしようとしてるのかわからねぇ。教皇庁と鳳グループが合体するってことと、新しいアカデミーを作るってことはなんとなく理解できたんだけどな」


「何か不満があるのか?」


「そんなつもりはねぇよ。わからねぇけど、一応は周りや俺にとっても将来良い感じになるかもってわかるよ。まあ、それがちゃんとわかる頃には俺も結婚してるだろうなぁ。はにかむような笑みが特徴的な、俺が働く必要のないくらいのお金持ちの清楚な年下の女の子で、主人に尽くしますって献身的な性格の子と結婚して、庭付きの家で子供二人と、子犬を飼ってるな」


「……ついこの間フラれたばかりで、何も反省していないのか」


「お、漢は後ろを振り返らないんだよ!」


 明るく、幸せなヒモ――ではなく、家庭を築く将来を思い描く、恋人がいたこともなければ、女っ気がなく、ついこの間一目ぼれした瞬間に告白して惨めにフラれて周囲に泣きついていた男・刈谷祥に、ドレイクは何も言わずにただただ憐れむような目で見ていた。


「こういうパーティーでこそ、何らかの出会いに期待したいのに、女っ気のないむさくるしいこの空間じゃあ期待はできねぇーだろうな。輝士の中でもかわいい女の子がいるんだけど、教皇庁特有のお堅い感じがして面倒そうだし。鳳グループの方も仕事一筋って感じで面白味がなさそうだし……オッサンはどう思う?」


「無駄なことを考えている暇があったら、真面目にアルバートを探せ」


「慎重な奴らなのに、ここで下手こいて居場所が探られると思うか? 間違いなく罠だよ」


「だとしても、この会場内で騒ぎが起きるのは確実だ。無駄なことを考えずに油断をするな」


「わかってるのっての。つーか、さっきから無駄なことってなんだよ! 俺の未来のために必要不可欠なことなんだぞ! ふざけんな!」


 将来のための理想の女性探しを無駄だと一蹴するドレイクに噛みつく刈谷だが、ドレイクは軽く無視をしていた――いや、彼の言葉など耳に入っていなかった。


 刈谷の話を聞きながら周囲を観察していたドレイクの中に違和感が生まれたからだ。


 無視するドレイクに罵詈雑言をぶつける刈谷だったが、元々強面だった彼の表情が一気に険しくなったのを見て、何か異変に気づいたことを察知して「どうした、オッサン」と尋ねた。


「……知らない顔が多い」


「オッサン、ボディガードやめて何年経ってんだよ。知らねぇ顔が多いのは当然だって」


 違和感を口にするドレイクの視線の先には、各界の重役たちに付き添っているボディガードがいた。


 教皇庁所属のボディガードであったドレイクは、見知らぬボディガードが多いことを不審に思っていたが、刈谷は気のせいだと決めつけて時に気にしなかった。


 刈谷の言葉に、「確かにそうかもしれないが――」と認めつつも、違和感は拭えないドレイク。


「今いる出席者たちの警護を担当するなら、相当な信頼と実績と実力が備わった人間に任せるはずだ。それも、経験豊富な人間に。そんな人間なら、数年前にボディガードを辞めた身でも、顔や名前程度くらいは知っているはずだ」


「名前だけ知ってるってだけで、顔が知らないってだけじゃねぇの? それとも、もう歳とか」


「まだ三十代だ――至急、ボディガードたちの名前と写真を集めてくれ。名前は私が確認して、顔は今でもボディガードを務めているジェリコに確認してもらう」


「わかったよ。それで気が晴れるなら――」


 徐々に強くなってくる違和感と同時に嫌な予感が頭の中を駆け巡るドレイク。


 ドレイクに強く促され、刈谷は仕方がなく警備責任者である克也に連絡を入れようとすると――二人の耳につけられたヘッドホンから緊急連絡が入った。


『似顔絵によく似た特徴の人物が出席者のボディガードとして会場内にいる』


 幽体離脱している時に話し合っているアルバートと北崎が持っていた写真を見たという幸太郎の言葉から、萌乃が作り出した似顔絵によく似た人物が会場内にいるという一人の輝士からの緊急連絡を受け、刈谷とドレイクはもちろん、会場内の警備を担当している人間全員の空気が一気に張り詰めた。


「あの額に傷がある顔の奴が? 髪型がだいぶ違うような気もするが……オッサンの予想通りかもしれねぇな」


「すぐに向かうぞ」


 居場所を聞いて、エレナと大悟の会見に夢中になっている出席者たちの合間を縫って似顔絵の人物へと刈谷とドレイクは向かうが――


 雷によく似た轟音とともに、室内が――いや、建物全体が大きく揺れた。


 揺れが収まると同時に、会場内は暗闇に包まれる。


 出席者やマスコミたちは突然の音と揺れと、暗闇に驚きと不安の声を上げるが、何かのサプライズだと思って、すぐに気を楽にしていた。


 しかし、こんなサプライズなど用意されていないことは知っている警備を担当している刈谷たちは違った。


 出席者たちをパニックにさせないように、輝石を握り締めて動こうとした瞬間、非常照明が点灯し、暗闇に包まれていた視界が晴れると――


 重役たちに付き添っていたボディガードたちは六角形の小さな物体を握り締め、不躾にも豪勢な食事が並べられたテーブルの上に乗っており、その中には似顔絵によく似た男もいた。


 突然のボディガードたちの行動に、出席者やマスコミたちは呆然としていたが――握り締めた六角形の物体が光とともに、各々様々な形状の武器に変化した時、悲鳴が上がる。


「オイオイ、どーなってんだ」


「アルバートや北崎たちの思い通りになっているということだ」


 悲鳴とともに、アルバートと北崎がセッティングしたパーティーがはじまった。


 誰よりも早く、刈谷とドレイクは輝石を武輝に変化させ、パーティー会場に乗り込んだ。




―――――――――




 アルバートが鳳グループ本社に現れたという情報が入り、本社内をくまなく探している幸太郎、ノエル、アリス、サラサの四人だが、アルバートは見当たらなかった。


 普段使われていない会議室や物置や、空き部屋などを重点的に調べて回っているが、人気はもちろん、怪しいものも何も見当たらなかった。


 ……やっぱり、何かがおかしい。


 通路を歩きながら、神妙な面持ちのアリスは深く考え込んでいた。


 自分たちと一緒にアルバートの行方を捜している仲間たちからの連絡も特になく、アルバートが現れたという情報を聞いてから生まれた疑問が、一旦時間を置いて強くなりはじめていた。


 アリスと同じく、ノエルもサラサも疑問が浮かんでいるようであり。「幸太郎さん……」とガシャンガシャンと重い足音を立てて歩いている幸太郎に、サラサはおずおずと声をかけた。


「何か今、感じませんか?」


「リクト君から教えてもらった精神集中を何度か試してるんだけど――もうちょっと頑張るね」


「焦らなくても大丈夫、です。頑張りましょう」


 立ち止まって「うーん」と唸り声を上げて精神集中する幸太郎を、母性溢れる目で見守って応援するサラサ。


 最初から身体の気配を感じられるかもしれない幸太郎に期待をしていないアリスだが、状況を整理するために一旦歩みを止めた。


「……アルバートが現れた反応があったっていうのは、罠かもしれない」


「同感です」


 一旦時間を置いて冷静になって慎重に考えた末のアリスの答えに、ノエルは同意を示した。


「今まで暗躍していた相手がここに来て僅かなミスで、自分たちの居場所を探られるというのは考えにくい。それに、宣伝目的なら自ら表に出なくてもただ輝械人形や兵輝を使った人間を暴れさせればいいだけ――そう考えると、これは自分の居場所を探らせるために、会場内の警備を若干手薄にするための罠?」


「まだ確証はないけれど、その可能性は高い。一旦会場に戻った方がいいかも」


 自分と同じ推理をしているノエルに、自分の思っていることが杞憂ではないかもしれないと判断したアリスは、騒ぎが起きる前に一旦捜査を打ち切って会場内に戻ることに決める。


 そんなアリスの指示に、ノエルとサラサは頷いて会場に戻ろうとするが――「ちょっと待って」と幸太郎は三人を呼び止めた。


「何か感じるよ」


「期待するだけ無駄。きっと気のせい」


「ホントだよ。ザワザワして、ズンズンして、キュンキュンしてる」


「抽象的過ぎて意味不明」


 ……本当に何かを感じているの?

 でも……確証が得られない……


 能天気な様子で何かを感じると言い放った幸太郎をまったく信用も期待もしていないアリスだが、冷たく突き放されても幸太郎は折れることはなかった。


 説明が下手糞なのに加え、確証が何も得られない以上幸太郎の言葉を信用して、行動するのに二の足を踏んでしまうアリスの代わりに、ノエルは「詳しく教えてください」と尋ねた。


「多分だけど……あそこから感じるよ」


 そう言って幸太郎は窓に映る教皇庁本部、その屋上へと指差した――その瞬間、下の階から轟音とガラスが砕け散る音が響き渡り、建物全体が大きく揺れた。


 揺れが収まると同時に通路が――建物全体が暗闇に包まれ、すぐに非常照明に照らされる。


 突然の事態に驚く幸太郎の傍に庇うようにして立つサラサとノエル。


 一方のアリスは、幸太郎を守るよりも思考して、すぐに即座に今の事態を把握していた。


「おそらく、電源装置が破壊された。会場内で何かが起きてる――急いで戻った方がいい」


「あ、あの……あ、アリスさん、幸太郎さんのことは……」


「確証が得られない以上、無駄になると考えれば今は事態の収拾を急いだ方がいい。騒動を解決すれば、新しい情報が得られるかもしれない」


 会場内では輝械人形だけではなく、何らかの手段で侵入したアルバートたちの息がかかった兵輝使用者もいると考え、彼らから何らかの情報を得た方が得策だと考えるアリスは、幸太郎の言葉を信用して行動すべきだというサラサの意見を一蹴した。


 慎重かつ無駄のないアリスの考えも間違いではないと思い、サラサは反論できない。


「ですが、七瀬さんが自分の身体の気配を感じると言っているのです。それに従うべきでは? 身体を無事に保護できれば、相手の掌で踊らされている現状が一気に逆転します」


「でも、ノエル。七瀬の言葉に確証はない。それに、危険を承知で敵のお膝元にいるなんて考えにくいし、こんな状況で自分の気配を感じられるなんて都合が良過ぎる。これも相手の仕組んだ罠だって可能性が大いにある」


「しかし、現状何も相手に対しての手掛かりがありません。慎重に考えるのももちろん重要ですが、それでは前に進めません。七瀬さんの言葉を信じて行動するのもありだと思います」


「……わかった。それなら、外にいる誰かに確認してもらう」


 これ以上何を言ってもノエルは引き下がらず、それ以上に彼女の言う通り少し慎重過ぎてしまっていると思ったアリスは、鳳グループ本社の外にいる仲間に連絡をしようとするが――携帯が通じず、無線を使って内部にいる仲間たちに連絡を取ろうとしても通じなかった。


「妨害電波のようなものが流れて誰にも連絡できない」


「それなら、私たちが確認をしに向かうしかありません」


 小さく忌々しく舌打ちをして、アリスは誰にも連絡が取れない現状を伝えると、すぐにノエルは幸太郎の感じたままに教皇庁へ向かうことを提案すると、幸太郎とサラサは力強く頷いた。


 しかし、アリスはもう少し思案する時間が欲しかったので、「ちょっと待って――」と三人を引き留めようとすると――繋がらないはずの携帯が震え、すぐに携帯を取り出す。


 鳳グループ本社内の監視カメラの映像を確認している父からの連絡だったのでいつものように無視しそうになってしまうが、この状況での連絡は重要なことに間違いないのでその衝動を堪えて通話ボタンを押して、スピーカーに替えた。


『諸君、私の声が聞こえるかね――ああ、時間がないから返事は結構だ』


 受話口から響いてくるヴィクターの声は所々にノイズが混じっており、聞き取り辛かった。


『通信妨害がされている中だが、強引に僅かな間だけ通話だけをできるようにしたから要件しか言わない――監視カメラの映像も遮断されて見えなくなっているが、パーティー会場内では兵輝使用者たちが暴れている。今の状況は間違いなく――アルバートの罠、――だ』


 徐々にノイズが激しくなり、ヴィクターの声が更に聞き取り辛くなってくる。


『だが――……諸君らは会場に駆けつけてはならな――い。これも――罠、だ。諸君らは、モルモット君の居場所へと向かう――現状、こちらには打つ手がないのだ、ハーッハッハッハッハッハッハッハッ! とにかく後は頼んだぞ、未来の――ハーッハッハッハッハッハッハッ!』


 ……笑っている暇があったら、ちゃんと用件を伝えなさいよ。

 ――でも、会場内の騒動もアルバートの罠? ……どういうこと?


 激しいノイズが走っていてもハッキリと聞こえる笑い声を残して、ヴィクターからの連絡が切れてしまった。


 時間が限られているというのに無駄な笑い声を上げる父に呆れつつも、会場内での騒動もアルバートの罠であるという父の言葉が気になったアリスは思案する。


 しかし、そんな思考を中断させるように、「アリスさん」とサラサは脅すような有無を言わさぬ迫力の鋭い目――ではなく、懇願するような目でアリスを見つめて、声をかけた。


「やっぱり、幸太郎さんの言う通り教皇庁に向かいましょう」


 サラサとノエルの言う通りかもしれないけど……

 今の状況で勝手に行動したら混乱する可能性だってあるし、まだ何も……でも――


 何も確証を得ておらず、まだ何も状況がわかっておらず、誰とも連絡が取れない状況で勢いに身を任せた思いきった行動ができないアリス。


 前に勢いに身を任せた行動のせいで大勢の人に迷惑をかけたからこそアリスは慎重に今後のことを考えていたが、ノエルの言っていた通り二の足を踏んでいたら状況が何も好転しないのは十分に理解していた。


「大丈夫、結構自信があるから。さっきからビンビンに僕の気配、伝わってる」


「今まで自分の気配を感じられなかった七瀬が言うと不安しかない」


「ぐうの音も出ない」


 教皇庁本部の屋上に自分の身体があると確信している幸太郎に不安しか感じられないアリスだが、三人に促されて不承不承ながら「……わかった」とアリスは幸太郎の言葉を信じ、父の言葉に従うことにした。

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