第14話

 昨日まで何の準備もされていなかった大広間だが、鳳グループや教皇庁の協力もあって盛大なパーティーと記者会見がいつでも開始されるようにセッティングされていた。


 そろそろパーティーが開始される時間だが、北崎たちが何か仕掛けてこないか、開始時刻ギリギリまで鳳グループの人間、教皇庁に認められた輝石使いである輝士、ガードロボットの力も頼って最後のチェックをしていた。


 一応戦闘用に改造されている輝械人形と化した幸太郎も参加しているが、用意された豪勢な食事に目を奪われて特に役に立っていなかった。


「サボらないで」


 ボーっと突っ立ったまま特に役に立っていない幸太郎をじっとりとした目で睨みながら、アリスは音もなく彼の背後に忍び寄って嘆息交じりに声をかけた。


 突然背後から声をかけられて素っ頓狂な声を上げて驚き、「ご、ごめんなさい」と謝る幸太郎。


「せっかくロケットパンチを準備したのが無駄になる」


「美味しそうな料理が近くにあるからつい」


「今の状態で食べられないのに、余計なことを考えないで」


「そうなんだけど、昨日から何も食べてないのにお腹、全然空かないんだよね……うーん、もったいない! 目の前に美味しそうな料理があるのに食べられないなんて! それに今日コンビニで新商品の発売日なのに。『本格ショートケーキの憂鬱』ってお菓子の」


 輝械人形と化したことよりも、何も食べられない今の状況を歯痒く思っている呑気な幸太郎に呆れながらも、彼の状態を考えずに放った自分の発言に気まずさを感じてしまったアリスは「それで――」と強引に話を替えた。


「自分の肉体の気配を感じることはできたの?」


「全然。リクト君から煌石の力を引き出すのに必要なのは精神集中することって教えてもらったんだけど――……うーん、やっぱり感じられない」


「肉体の気配を感じられれば一気に事態は好転すると思ったけど無理そうね」


 精神集中すると言ってただただ唸り声を上げるだけの幸太郎を見て、早々にアリスは期待するだけ無駄だと判断した。


「それにしてもやっぱりリクトは甘すぎるし、七瀬もリクトに甘えすぎ。さっきまで精神集中の練習と称してリクトとサラサに甘えていた姿は何なの? 気持ち悪いし、情けない。せっかく戦闘用に改造したのにあの姿じゃ全部台無し。もっとシャキッとして。でないと、ロケットパンチを装備させた意味がない」


「わかってるんだけど、リクト君は男母さんだし、サラサちゃんも母さんみたいだから、つい甘えちゃう。アリスちゃんも同じ」


 リクトとサラサ、そして、自分から感じられる母性本能に、恥ずかしげもなくつい甘えてしまうと言ってのける幸太郎にドン引きするアリス。


「気持ち悪い。年上が年下に擦り寄らないで。それに、私は甘やかした記憶はない」


「アリスちゃんは教育ママって感じ。厳しいけどちゃんと優しいから」


「……七瀬ってマザコン?」


「そういうわけじゃないけど……アリスちゃんたちは別」


「よくわからない」


「大人っぽいって感じ。ある意味、セラさんたちよりも」


「……それは、悪くないかも」


「外見の割には」


「それは余計。それに、やっぱり気持ち悪い」


「でも、そんな何だかんだ言ってアリスちゃんは優しいから、そういうところ好き」


「マザコンの上にロリコン? どうしようもない」


「ぐうの音も出ない」


 普段のような呑気で無邪気な笑みを浮かべていそうな感じで、何気なく言った幸太郎の言葉に、不覚にも悪くないと思ってしまったアリスの冷めた雰囲気が僅かに揺らいでしまう。


 そんな自分を誤魔化すように、アリスは幸太郎に絶対零度の目を向けて厳しい一言を放つと――二人に声をかけようとして近づいた巴が、耳に入ってしまった二人の会話にショックを受けるとともに、顔を紅潮させてしまっていた。


「……七瀬君、君はそういう趣味を持っていたの?」


「誤解だって言いたいんですけど、うーん、どうなんだろう……御柴さんはどう思いますか?」


「と、特殊な性癖だけど、私は別に気にしないわ。……あ、相反する二つの特殊な性癖が化学反応を起こして、その……非日常の扉が開いて、その……」


「……何言ってるの?」


 自分の性癖が自分では理解できない幸太郎は、客観的な意見を巴に求めると、様々な妄想を繰り広げて顔を紅潮させる巴。


 そんな巴をアリスは心底呆れたような白い目で見つめていると、彼女の刺すような視線に気づいた巴はハッと我に返って「オホン!」とわざとらしく咳払いをした。


「御柴巴、あなたも何か七瀬に言って。だらしなく甘えるなって」


「年上なのに私もよく七瀬君に甘えてるから説得力がないけど……七瀬君も、他の人も多少は他人に甘えてもいいと思う。そうしないと、状況や周囲に圧し潰されて肝心な場面で何もできなくなるし、間違った判断もする。だから、甘えることはあながち悪いことじゃないと思うわ」


「それはそうだけど、それでも七瀬は他人に甘えすぎ」


 過去、大勢の味方がいたのに、そんな彼らを頼ることも甘えることもせず、誤った判断をした自分の行動を思い返しながら放った巴の言葉に、アリスは苦し紛れの反論しかできなくなる。


「たまにそう思うこともあるけど、七瀬君は甘えるだけじゃなくて、私や麗華たちを甘えさせてくれるから差し引きゼロかな? それに、アリスさんたちに甘えるってことは、頼ってるってことになると思うから私としては羨ましいわ」


「『甘える』と『頼る』は意味が少し違うし、それに、私たちに頼るよりもあなたやノエルみたいに実力の高い輝石使いに頼った方が七瀬のためになる」


「心から信頼して気を許さないと誰かに甘えられないから、実力なんて関係なく、アリスさんたちのことを信頼して、気を許しているから七瀬君は甘えているのよ」


「悪い気はしないけど……何だか、ちょっと納得できない気がする」


「ノエルさんたち比べて付き合いが浅い私が言うのは失礼だけど、君は物事を深く考え過ぎるきらいがある。思慮深いのはいいけど美咲のように――あそこまではいかなくてはいいけど、もうちょっと肩の力を抜いて柔軟に考えた方が楽になれるし、きっと今以上に成長できるはずよ」


 そんなに自分と付き合いがないのにアドバイスをしてくる巴を煩わしく思いつつも、考え過ぎて行動する度、一々二の足を踏んでしまうのが悪い癖だと自分でよくわかっているからこそ、アリスは「わかった」と彼女のアドバイスを素直に受け入れた。


「でも、無茶苦茶な美咲もいるし、最近人の言うことを素直に信じるノエルとクロノもいるし、今は能天気な七瀬の世話で忙しいから、思慮深くならざる負えない」


「そ、それは……ごめんなさい。美咲たちのことを考えていなかったわ」


「というか、甘える甘えないの話で議論を交わしているのは、傍目から見たらかなり異常」


「それを言われると、何だか気恥ずかしくなってくるわね」


「御柴さん、かわいいです」


「か、からかわないで、七瀬君!」


 自分たちの状況を客観的に見たアリスの指摘と、幸太郎の思ったことを素直に言い放った感想に、巴は気恥ずかしそうにした。


 大勢の人間を統率するカリスマを持つのに、年下二人の言葉で恥ずかしそうに頬を赤らめる巴に、アリスは呆れるとともに庇護欲に駆られ、「それよりも――」と巴のために話を替えた。


「アルバートたち、本当にここに来ると思う?」


「今回の記者会見やパーティーは輝械人形と兵輝を宣伝するには絶好の機会。だから、彼らが確実に動くと判断しているわ」


「でも、周りには私たち、外部から連れてきたボディガード、輝士、そして、教皇エレナと鳳大悟の登場とともに聖輝士も来る――そんな状況であの慎重なアルバートたちがわざわざ表に出ることは考えにくい。私なら、輝械人形を遠隔操作したり、兵輝を使う人に頼ったりして、別の手段を使って宣伝する」


「確かに今まで裏で暗躍していたアルバートたちの行動を考えれば表に出ることは考えにくいけど、今回は別。世界中から注目されている会場で――」


 自分と同じかそれ以上に慎重に行動するアルバートたちだからこそ、彼らの動きをなんとなく理解できるアリスは会場内に彼らが現れるとは考えにくかった。


 そんなアリスの考えに同意しつつも、巴には彼らが表立って動くという確信があった。


 それを説明しようとするが――そんな二人の会話を邪魔するかのように、アリスの携帯が震える。何か重要な連絡かと思ったが、鳳グループ本社内にある監視カメラの映像を確認している父・ヴィクターからの電話に、アリスは小さく舌打ちをして、心底嫌な顔をして電話に出た。


「何」


 無駄な会話をしないで、用件だけを尋ねるアリス。


 いつものようなウザい爆音の笑い声が来るかと思って、備えるが――今回は違った。


『モルモット君につけられていたカメラの受信機を改造して作った探知機に反応があった。どうやら、アルバートたちが会場内に侵入しているようだ』


「本当なの?」


『何とも言えないが、反応があったのは確かだ。詳しい位置はこちらが調べるから任せたまえ。君たちはアルバートを探すことに集中したまえ』


 そう言って、ヴィクターは無駄な話をすることなく通話を切った。


「……どうやら状況が変わったようね」


 父が重大な話をすることに気づくと同時にアリスは通話をスピーカーに替え、ヴィクターの話を聞いていた、さっきまで世間話で盛り上がって緩んでいた巴の表情が、状況の変化を悟って一気に引き締まった。


「七瀬、何か感じない? 自分の力の気配とか」


「全然」


「……アルバートを探すのに七瀬の力を借りたい」


「ドンと任せて」


 幸太郎ならば輝械人形の気配や、自分の肉体の居場所について何かを感じられるかもしれないという教皇エレナの言葉を僅かに信じたアリスの提案に、鋼鉄の胸を張る幸太郎と、「わかったわ」と頷く巴。


「もうパーティー開始時刻。会場の警備に大勢の人員を割いているから、本社内を探している余裕も人員もないわ。会場内の警備は私たちに任せて、アリスさんと七瀬君は、他の場所の警備をしているサラサさんとノエルさんや、他の人と合流してアルバートさんたちを探しなさい」


 アリスの提案を受け入れると同時の素早い巴の指示に、鋼鉄の胸を張って「ドンと任せてください」と言い放つ幸太郎と、静かに頷くアリス。


 二人はすぐに会場を出て、サラサとノエルに合流して本社内のどこかにいると思われるアルバートを探すことになった。




――――――――




「……どう思う?」


「妙ですね」


 克也と萌乃、聖輝士よって守られた、パーティーの主役である教皇エレナと大悟がいる控室――元々重苦しく、張り詰めていた室内の空気が、アルバートが本社に現れたかもしれないという報告を受けて更に空気が重くなったが、そんな中二人は違和感を覚えていた。


「世界から注目を集めている舞台だからこそ、今まで暗躍していた表に出なかった、輝械人形と兵器の開発者であるアルバートや北崎が表立って自ら動き、開発者自らが発明品を世界にアピールすることによって宣伝効果が高まる――そう考えれば、表立って動く意味は理解できる」


「しかし、今まで表立って動かなかったのに、危険を承知で表に出てくるのか――それも、自分たちの居場所を指し示すかもしれないものを残して……明らかに罠、ですね」


「同感だ。輝械人形が暴走したのは相手側にとっても不測の事態だったのだろうが、相手は破壊した輝械人形内にあるカメラを利用して自分たちの居場所を探ると容易に推測しただろう」


 アルバートが鳳グループ本社内にいるかもしれないというヴィクターからの報告が、アルバートの仕組んだ罠であるかもしれないと判断するエレナに、大悟は頷く。


 今まで 裏で慎重に動いていたアルバートたちだからこそ、表立って動く場合はこれまで以上に慎重になって細心の注意を払って動くはずであり、自分たちの居場所がわかるような手掛かりはいっさい残さないだろうとエレナたちは考えていた。


 だからこそアルバートが現れたというヴィクターの報告を聞いて信じられず、アルバートが用意した罠だと思っていた。


「実に厄介です。今までなら、危機的状況に陥ってもある程度の打開策を見つけることができたのに、今回は違います。相手に対しての情報が少なく、打開策を考える時間を与えずに相手は動き出した。そのおかげで我々はすべて後手に回ってしまっています。今日という日のために、彼らは今まで自分たちに関する情報をいっさい外部に漏らさなかったのでしょう」


「それに加えて人質がいる以上、我々は従わざる負えない……七瀬幸太郎という存在が、我々に更なるトドメを刺した。今回は北崎たちにすべての運が味方している。状況は最悪だ」


「今回の騒動で輝石と機械を完全に融合させた輝械人形、そして何よりも輝石を扱える資質のない一般人でさも輝石使いにさせる兵輝が実際に暴れまわる映像が公になれば、世界は一気に変革するでしょう。それも、混沌の方向へと」


 すべてが後手に回って打つ手がない、相手の掌の上で踊らされている状況にエレナと大悟の表情は無表情ながらも暗くなり、小さくため息を漏らした。


 お互い強大な組織のトップだからこそ、どんな状況でも部下や仲間、家族の心の支えになるために、私情と感情を捨て去ってそれらに流されないようにしてきた二人だが、同じ境遇で長い間誰にも知られずに密に連携し、気心が知れた仲だからこそ、二人きりの空間で弱音を吐いてしまっていた。


 しかし、すぐに二人の無表情ながらも、暗いものから一気に力強いものへと変化する。


「最悪の事態を想像しても何も進まない。相手が流れに乗っているのなら、我々もその流れに便乗し、それを普段通りに利用するだけだ」


「それに、我々には大勢の味方がいます。我々は彼らを信じて、北崎たちのためではなく彼らのために操り人形に徹しましょう」


 彼らのため――エレナの言葉に、大悟は力強く頷く。


 エレナと大悟は古い体質だった鳳グループと教皇庁を変え、アカデミーの権利を巡って対立していたお互いの組織を協力させることを目的として、長い間誰にも悟られずに連携していた。


 最近になって、私利私欲に塗れた古い考えの人間や、忌まわしき過去と立ち向かい、お互いの組織を大きく変え、協力関係を築くことができた。


 エレナと大悟の目的は果たされたが、重要なのはこれからだった。


 今後も増え続ける輝石使いに対応するため、悪事を働く輝石使いや、輝石使いを利用して悪事を働く人間に対応するため、二人は輝石使いのために、世界のためにできる限り良い未来を創ろうとしているからこそ、立ち止まっていられなかった。


「私たちの目的は昔も、今も、そして、これからも変わりません」


「だから、我々は決して諦めては、弱さを見せてはならない――行くぞ、エレナ」


 目的を再確認してお互いを鼓舞させたエレナと大悟は、迷いのない力強い足取りでこれから確実に騒動が起きる会場内へと向かった。

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