第二章 罠と罠と罠
第13話
……幸太郎さん……
少女と見紛うほど可憐な容姿の、少し癖のある栗色の髪の少年――教皇庁トップの息子であり、次期教皇最有力候補の一人、リクト・フォルトゥスは七瀬幸太郎のことを思い、今にも泣きだしそうなほどの表情を俯かせ、鳳グループ本社の廊下を歩いていた。
そんな息子の弱々しく、辛そうな背中を、母であるエレナ・フォルトゥスは感情を感じさせない無機質な瞳でありながらも、僅かに息子を心配しているような目で見つめていた。
つい二時間程前に海外にある教皇庁旧本部から、アカデミー都市近くにある空港に到着したリクトとエレナは、巴と教皇庁に認められた輝石使いである輝士たちに警護されながら、ヘリコプターで鳳グループ本社まで向かい、到着した二人は本社内にある一室に向かっていた。
本当ならば、目前まで迫る記者会見とパーティーのための準備をしなければならなかった二人だが、巴たちに無理を言って準備の前に幸太郎に会うことにした。
護衛である数人の輝士に囲まれて幸太郎がいる部屋に近づくが、近づくにつれてリクトの足取りは重くなる。しかし、それでも幸太郎と会って一言謝りたかったリクトは、立ち止まりそうになるのを堪えて先へと進む。
そして、ようやくリクトは幸太郎がいる部屋に到着する。
だが、ここでリクトの足は止まってしまった。
扉の前で立ち止まる息子に、「リクト、どうしました?」と母は声をかける。
無機質でありながらも優しく感じられる母の声に、リクトは一拍子遅れて反応する。
「どんな顔で幸太郎さんに会えばいいのか、わからなくなってしまって……」
自分たちが所属する教皇庁の用意した飛行機が墜落して幸太郎が北崎たちに捕らえられてしまったという罪悪感、それでも輝械人形に精神が宿って仲間たちの元へと戻ってきてくれたことに安堵しているリクトだが、どんな顔をして彼に会えばいいのかわからなくなっていた。
「七瀬さんの性格を考えれば、特に深く考えることはないと思うのですが……そう思えるのはきっと、彼に対して我々が甘えているせいでしょう。ですが、これだけは言えます。今のあなたの頼りないくらいの弱々しい表情では逆に彼を心配させ、不安にさせてしまうでしょう。そんな気持ちでは彼に会うべきではない」
……母さんの言う通りだ。
幸太郎さんの気持ちを考えず、自分のことばかり考えていた。
それじゃあ、幸太郎さんに失礼だし、不安にさせてしまうに決まってる。
きっと、幸太郎さんは不安がってる……だから、僕が何とかしないと。
幸太郎の優しい性格に甘えてしまっている自分を自虐しながらも、リクトに、そして、何よりも自分に言い聞かせるようにして厳しい言葉をかけた。
自分にも息子にも厳しい母の言葉に、沈んでいた心に喝を入れたリクトは覚悟を決めて、扉をノックして、「失礼します」と扉を開くと――
「ふざけんな! 勝手にカラーリングを決めてんじゃねぇよ! 色は白に決まってんだろ!」
「黒か赤。譲れない」
「白だっての! まあ、赤一色でもいいと思うけどな。カッコイイだろ」
「面白味もなく単色に染め上げるよりも、メタリックな色彩にした方がいい」
「だったら、メタリックな白にすればいいだろ」
「白銀よりも、黒鉄」
「このままの普通の銀色でいいじゃないですか。何だか、試作機っぽくて」
「……言われてみれば、確かに」
「まあ、機械と人を中途半端に融合させてる状態のお前だから、確かにそうだけどなぁ……」
「サラサちゃんとノエルさんはどう思う?」
「「どうでもいいです」」
扉を開くと、そこにはどうでもいい会話で盛り上がっている刈谷、アリス、流暢でフランクに話している人間味溢れる人型ガードロボット、そして、そんな会話など心底どうでも良さそうなノエルとサラサがいた。
聞き慣れた呑気そうな声を放つ人型ガードロボット――それが輝械人形に精神が定着した七瀬幸太郎であることはリクトとエレナは理解できたのだが、さっきまで緊張感を高まらせていた二人にとって、室内の弛緩した空気は想定外で脱力してしまった。
脱力しているリクトたちに気づいた幸太郎は、「あ、リクト君とエレナさん」とガシャガシャと重い足音を立てて二人に近づいた。二人の警護についている輝士たちは人語を喋りながら近づく不気味な人型ガードロボットに警戒心を高めるが、エレナに手で制された。
輝械人形になっているため、いつものような愛おしさを感じられる無邪気で呑気な笑みを見れなかったが、無骨な頭部でも今の幸太郎が笑っていることを感じてリクトは安堵した。
そして、突き動かされる気持ちのままにリクトは輝械人形と化した幸太郎の身体に抱きつく。
突然、リクトに抱きしめられて「どうしたの、リクト君」と戸惑う幸太郎だが、何も言わずに冷たい金属と化した幸太郎の胸に顔を埋めた。
……抱きしめても固いし、良いにおいもしない。
ごめんなさい……ごめんなさい、幸太郎さん。
抱きしめた幸太郎から伝わる無機質の感触と、鉄のにおいに、幸太郎を不安にさせないために振舞おうとしたが、感情を抑えきれなくなってしまって声も出せないリクトは何度も何度も心の中で謝罪をした。
「北崎たちに連れ去られたと聞いて、昨日からリクトは気が気でなかったのです。だから、こうしてあなたの声を聞けて安心しているのです――私も、安心しました」
「それじゃあ、エレナさんも抱きしめますか?」
「人目があるので遠慮します」
「人目がなかったらどうしましょう」
教皇の立場の自分に遠慮することなく、思ったままに答え辛い質問をしてくる幸太郎に一瞬フリーズしてしまうエレナだが、「それよりも――」とすぐに我に返って強引に話を替えた。
「七瀬さんたちが乗っていた飛行機は私たち教皇庁が用意した機体です。事前に入念に不審者や不審物の有無をチェックしていたというのに北崎や輝械人形の侵入を許し、あなたを含めた大勢の人を傷つけてしまったことを謝罪します――すみませんでした」
「すみません、幸太郎さん……本当は会ってすぐに謝りたかったのに、急に抱き着いて戸惑わせてしまって……本当に、すみませんでした」
深々と頭を下げてエレナが謝罪すると同時に、涙目のリクトも抱きしめていた幸太郎から離れて頭を下げて謝罪をするが――二人の予想通り、「あ、大丈夫です」と呑気な様子でそう言い放ち、幸太郎はまったく気にしていなかった。
「でも、スカイダイビング、一度やってみたかったから北崎さんと一緒に飛行機から飛び降りた時の記憶がないのは残念かも。それよりも見て、カッコいいでしょ。アリスちゃんと刈谷さんに改造してもらったんだ。この腕からロケットパンチが飛び出すんだよ」
どうでもいいことを残念がる幸太郎だったが、すぐにそんなことを放ってアリスと刈谷に改造された自身の身体を自慢げに見せつけてくるので、更に脱力するリクトとエレナ。
普段教皇庁を束ねる教皇として私情を排して感情を表に出すことをしないエレナが、一瞬だけ呆れたように小さくため息を漏らすと同時に、口元を緩めた。
「輝械人形に精神が定着した――その報告を受けて、半信半疑でしたが実際目の当たりにして、話してみて、あなたが七瀬幸太郎さんであることを確信しました」
「ありがとうございます?」
「賢者の石――実在しないことが明らかになりましたが、それでも、輝械人形を暴走させるほどの力を持ち、肉体から精神を切り離すという荒業をこなすあなたの力は、まともに扱えないながらも私やリクト、そして、他の次期教皇候補たちの力を遥かに凌いでいます」
「僕もそう思います。幸太郎さんの力はティアストーンや、無窮の勾玉の力とはまったく違うし、それらを遥かに超えているように思えます」
「何だか照れます」
賢者の石――数多くの古い文献にその名が記されて、伝説とされていたが、その正体は教皇庁が煌石や輝石の神秘性を高めるために作ったおとぎ話だったことがつい最近になって明らかになった。
しかし、それでも消えかけていた命を救い出し、輝械人形を暴走させ、肉体から精神を切り離した幸太郎の力はおとぎ話として多くの文献に記されている賢者の石と思えるような力であり、教皇である自分を遥かに凌いでいるとエレナは判断した。
教皇と次期教皇最有力候補直々のお墨付きに、幸太郎は呑気に照れていた。
「肉体から精神が離れたとしても、それらには見えない繋がりがあります。強大な力を内に秘めているあなたならば、その繋がりを感じ取れるはずです」
「昨日からまったくそんな気配を感じていないんですけど……」
「強大過ぎるあまり、まともに力を扱えないから感じ取れないのでしょう。力を制御する術を習得すれば気配を探ることなど容易です。大丈夫、あなたならできます」
「難しそうです。でも、ちょっと頑張ってみます」
「役に立つのかはわかりませんが、僕も協力します。だから頑張りましょうね?」
「リクト君が一緒なら安心」
淡々としながらも優しく喝を入れてくれるエレナのアドバイスと、母性溢れる表情で頭を撫でてくれるリクトに鼓舞され、幸太郎は自分の力を感じようとする――が、何も感じられない。
しかし、それでも諦めずに幸太郎は唸り声を上げて自分の肉体の気配を探っていた。そんな幸太郎たちを傍目に、ノエルとアリスは話をするためにエレナたちに近づく。
「旧本部から、クロノは来ていないのですか?」
「まだ先日の一件の騒動が完全に収まったと言えないので、アリシアたちに残ってもらって事後処理を行ってもらっているので、その護衛のためにジェリコとともに残ってもらっています」
弟――白葉クロノについて尋ねてきたノエルに、状況を淡々と伝えるエレナ。
エレナの報告に、ノエルは無表情ながらも少しだけ沈んでいた。
「プリムは勢いのまま、何をするのかわからないし来てもらわなくて正解」
「……同感です」
アリスの正直過ぎる感想に、エレナは小声で同意を示した。
旧本部での状況を聞き終えると同時に、「そういえば、ノエルさん――」と神妙でありながらもどこか申し訳なさそうな面持ちのリクトは不意にノエルに話しかけた。
「クロノ君から伝言です――『容赦はするな』、とのことです」
「わかりました」
「……大丈夫ですか?」
「ええ、何も問題はありません」
クロノからの伝言に、無表情ながらも沈みがちだったノエルの表情が更に沈む。
そんなノエルを心配するリクトだが、ノエルは問題ないと彼に、そして自分に言い聞かせた。
本当だろうか……今回の件は確実にアルトマンさんも関わっている。
だから、今回の一件でアルトマンさんとぶつかるかもしれない。
敵対してもアルトマンさんはノエルさんやクロノ君にとってお父さんのような存在。
大丈夫なのかな……
父も同然の存在と戦うかもしれない状況になるかもしれないノエルを心配するリクトだが――「さてと! 再会の喜びは後でじっくりしよーぜ」と、刈谷の妙に明るい声が響いてリクトの思考が中断された。
「今はそれよりも大切な質問があるんだ――リクトとエレナの女将さんはロケットパンチとビームライフル、どっちがいい?」
心底どうでもいい議論に巻き込もうとしてくる刈谷に――
「「どうでもいいです」」
異口同音に母子は軽くスルーした。
―――――――――
月のない闇夜を照らすほどの煌びやかな明かりを放つ、これから盛大なパーティーが開かれる会場がよく見える場所に、北崎とアルバート、そして、車椅子に座らされたまま項垂れて意識を失っている幸太郎がいた。
頭上にはパーティーの出席者たちを乗せたヘリコプターが飛び、眼下には続々と出席者たちの乗る高級車や、マスコミや中継車が集まってきていた。
急遽開かれることになった記者会見とパーティーだが、教皇庁と鳳グループが大々的に協力関係を結んだことをアピールし、教皇エレナ・フォルトゥスと、鳳グループトップの鳳大悟が今後のアカデミーの展開を説明するという、アカデミーが、世界が、大きく変化しようとするその瞬間を目の当たりにしようと、アカデミー内外から大勢の人が集まっていた。
「フムフム――パーティーの招待客も両組織の関連企業の重役たちや各界の大物が揃ってるし、マスコミも本物――どうやら、アカデミー側はちゃんと我々の指示に従ってくれているようだ」
自分の指示通りにアカデミーが動いた様子を北崎は心底興奮しきって様子で眺めていた。
「曇りがちで少し天気が悪いのが残念だけど、それでも大勢の人が集まっているんだ――世界が大きく変わるには絶好の機械じゃないか! 君もそう思うだろう、アルバート君」
興奮しきった様子の北崎だが、対照的にアルバートは冷静で「そのようだ」と北崎の言葉を気のない返事で返した。
温度差のあるアルバートを、北崎はじっとりとした不満げな目で見つめた。
「アルバート君、君はもう少しノリがいい方だと思っていたけど、ガッカリだぞ」
「私も君と同じようにそれなりに興奮はしている。しかし、油断するなと言ったはずだ。相手は確実に何か手を隠している。順風満帆に事態が動くわけがない」
冷静なアルバートのもっともな指摘に、北崎は親に怒られた子供のような表情で、「わ、わかってるけど……」と反論できなかった。
「でも、今夜ですべてがはじまり、すべてが終わる――そう考えると、ゾクゾクしてしまうよ」
「そうだな。確かに、そうだ……」
北崎の言葉に心からの同意を示すアルバートだが――その表情は険しかった。
険しい表情を浮かべるアルバートから、何か不穏な気配を察した北崎の空気がガラリと変わり、興奮しきったものからアルバートの様子を探るような鋭い気配を放つ。
「うーん、暗いなぁ、アルバート君。何か、不安があるのかな?」
「前にも言ったが、私の準備は完璧だ。私の不安は君が油断をしていることだ」
「安心してよ。僕の準備も万端だからね」
胡散臭いほどのフレンドリーな笑みを浮かべて北崎が言い放った準備万端という信用できない一言に、「……そうだといいのだが」と冷たい目で一瞥したアルバートは彼に背を向けた。
「さて、私は最後の準備を整えよう」
これ以上北崎と話しても、意味がなく、不信感を募らせるだけだと判断したアルバートは最後の準備を整えるためにこの場から離れようとする。
普段の自信満々な態度が嘘のように弱々しい空気を放っているアルバートの背中を見て、北崎は嫌らしく口角を吊り上げた。
「世界を変える君の演説を楽しみにしているよ――それじゃあ、頑張ってね💗」
どこか嫌味に聞こえる北崎の励ましの言葉を無視して、アルバートはこの場から立ち去る。
アルバートが立ち去り、北崎は立ち去ったアルバートから意識がない幸太郎に視線を向けた。
「何事も順風満帆にはいかない――そうだろう?」
この場にいないアルバートに、自分に、そして、幸太郎に言い聞かせるような独り言を言い放った後、北崎も最後の準備をはじめた
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