第12話
賢者の石――生命を操るとされている力。
その力は輝石に新たな生命を与え、人間と寸分違わぬイミテーションと呼ばれる存在にする。
その力は消えそうになる命を救う。
そして、その力は輝械人形を暴走させる……
隠れ家で幸太郎と二人きりになったアルバートは、輝械人形を操る装置に繋がれたまま眠るようにして意識を失っている幸太郎をジッと見つめたまま、彼の持つ賢者の石の力について考えていた。
イミテーションと呼ばれる新たな生命体を作り出し、そのイミテーションの健康状態を長い間見守り続けてきた身としては、素晴らしい力だと思っていた。
北崎と同じく、アルバートも賢者の石が持つ強大な力を上手く利用すれば、自分の研究にも役立ち、自分の思い描く未来に一気に近づけることができると考えていた。
その気持ちは今でも変わらないが、アルバートの表情は暗く、険しかった。
想定以上の力を持っていた賢者の石、その賢者の石に期待している北崎雄一、自分が発明した未来の希望である輝械人形、北崎の開発した兵輝、そして、七瀬幸太郎と同じく賢者の石の力を持つ敬愛する師であるアルトマン――様々なことをアルバートは考えていた。
「……何か不安があるのかな?」
音もなく部屋に入り、背後から声をかけられても特に驚くことなく、アルバートは振り返って「おはようございます」と灰色の髪を伸ばしたスーツを着た長身の男――師であるアルトマン・リートレイドに仰々しいほど丁寧に頭を下げて挨拶をした。
「そんなことよりも、どうして先生がここに? 賢者の石について調べるためにアカデミー都市内外を飛び回っていたのではありませんか?」
自分の中にある不安を看破したアルトマンから逃げるように、話題をすり替えるアルバート。
アルバートの質問に、アルトマンは意味深でありながらも、どこか陰のある微笑を浮かべ、「それについてはもう一段落したんだ」と答えた。
「もう賢者の石について調べることは何一つない。私は一つの答えを見つけたよ」
「それは興味深い。是非とも、あなたが出した答えを聞きたいのですが」
「そうだな――君は賢者の石や、賢者の石が持つ力についてどう考える? 君が今出している答えを、私のことなど気にせずに君の率直な意見で聞かせてくれ」
「あなたにこうして私に問題を出すとは久しぶりだ。何だか、身が引き締まりますよ。あなたの出した答えと間違っていたら、昔のように居残り勉強をさせられるのですか?」
「昔のことなどどうでもいい。私は今の君の意見を聞きたいのだよ」
自身が出した賢者の石についての答えに興味を抱いている弟子に、アルトマンは賢者の石についてどう考えているのか、どんなものであるのかを問う。
アルトマンからすべてを教えられていた頃を思い出し、懐かしさを感じるアルバートはおどけた態度を取るが、内心緊張感を抱いていた。
自分の出した答えは、目的を果たすためにお互いを利用しあっているアルトマンや北崎との協力関係にヒビを入れてしまう結果になるかもしれなかったからだ。
そんなアルバートの不安を見抜いたアルトマンは父性的でありながらも、冷ややかな笑みを薄っすらと浮かべた。
「安心したまえ。君がどんな結論を出していようが私は別に気にしない」
師の甘い言葉に安堵感と警戒心を抱きながらも、その言葉に押されて「それでは――」とアルバートは賢者の石について自分なりに出した結論を説明する。
「危険極まりない力――それが賢者の石について、私の出した結論です」
多少は申し訳ないと思いつつも、オブラートに包むことなくハッキリとアルバートはそう答えた。そんなアルバートの出した結論に、「その理由は?」とアルトマンはどこか期待した様子でその結論に至った理由を尋ねた。
「イミテーションという新たな生命体を作り、ファントムから致命傷を受けたあなたや、肉体が消滅しかけていたイミテーションを蘇生し、教皇エレナでさえも安定して操っていた旧型輝械人形と、その力に当てられた新型輝械人形も暴走させた――その力は未知数であり、危険なものだ。我々に人間には扱いきれない代物だ」
「だから、君は自分の目的のために賢者の石を頼るつもりはない――そう考えているのかな?」
「その通り。煌石を扱える人間を必要としないで安定した出力を出せる新型輝械人形、そして、数多くの輝石使いたちとの戦闘データを集めた究極の輝械人形・メシアさえいれば、私の思い描く未来に賢者の石など必要ありません。扱いきれない力など、自滅に導くだけです――ああ、誤解しないでください。別に、先生のことを悪く言っているわけではありませんので」
「言っただろう? 別に気にしないと。それ以上に君の率直な意見が聞けて満足しているよ」
「そう言っていただけると幸いです」
賢者の石の非難をしながらもアルバートは敬愛する師であり、危険視する賢者の石の力を持つアルトマンのフォローを一応した。
賢者の石を危険視するアルバートの意見に、アルトマンは別に気にしている様子はなく、むしろ納得して満足していたが――どこか落胆していた。
「今の意見を聞いてよくわかった――君は危険視している賢者の石の力を、後先考えずに存分に振るおうとする北崎のことが気に入らないようだな」
「ええ。この際正直に言わせてもらいますと、あなたと北崎は賢者の石に固執し過ぎている」
賢者の石について自分の意見を率直に述べた勢いのままに、アルバートは話を続ける。
「後先を考えない愚かな北崎ならともかく、あなたは違う――確かにあなたは昔から研究対象を見つければ、寝食を忘れて無我夢中に研究に没頭していた。しかし、今のあなたは違う。自分以外に賢者の石の力を持つこの少年が現れたせいで、賢者の石について更に研究を進めているあなたの姿は、目的を見失っているように見えます」
「……そうだろうな。そう、そうだ。君の言う通りだよ」
教皇庁が持つティアストーンと、鳳グループが持つ無窮の勾玉の力を暴走させ、賢者の石を生成して、世界中に大勢の輝石使いを生み出す原因となった『祝福の日』を引き起こし、新たな賢者の石を作り出そうとしていたアルトマンだが、今の彼はその目的を見失っているとアルバートは指摘した。
厳しくも、縋るような目を向けてくるアルバートの指摘を、アルトマンは力のない自虐気味な笑みを浮かべて素直に認めた。
「昔から何を考えているのかわからないあなたは信用できない人だったが、それでも目的のためなら、手段を問わずに情熱を持ってその目的に近づこうとするあなたの姿を私は師と崇めて敬愛していた……だというのに、今のあなたは投げやりになっているようだ」
「君がそう思うのなら、そうなのだろうな……」
「はぐらかさないでください。賢者の石について、あなたは何を知ったのです。そして、何があなたを変えたのです」
「私は何も変わっていない――変わったのはアルバート、君の方だろう?」
心の内を見据えてくるアルトマンの瞳と言葉に、アルバートは言葉を詰まらせる。
黙ったまま何も答えないアルバートを落胆したように一瞥した後、アルトマンは何も言わずに淡々とした足取りで出入り口の扉へと向かった。
「……私は何も変わっていません。私の目的も何もかも、何も変わっていない」
去り行く師の背中に向けて、アルバートは精一杯振り絞った声でそう宣言するが――アルトマンは何も言わずに部屋から出て行った。
……そうだ、何も変わっていない。
私は何一つ変わっていないんだ。
一人取り残されたアルバートは心の中でそう自分に言い聞かせ、胸の中にある不快な塊を無理矢理消し去った。
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