第11話
幸太郎の改造がはじまり、その情報を巴に伝えた後、何もやることがなくなったサラサは研究所内にある休憩室にあるソファに座りながら眠ってしまっていた。
父・ドレイクや、一緒に休憩するために別室に入ったノエルから、家に帰って休むようにと言われたサラサだったが、今回の事件を解決すると決めた以上、呑気に家に帰って休んでいるわけにはいかず、幸太郎の傍から片時も離れるつもりはなかった。
今回の事件を解決するために気合の入っているサラサの気持ちを汲んでくれたドレイクとノエルはそれ以上何も言わずに、サラサの好きにさせることにした。
しかし、どんなに気合が入っていても、一日中動き回って疲れていただけではなく、意識不明の麗華たちや、連れ去らわれた幸太郎のことを心配していて精神的にも使われていたサラサは休憩室に入ってソファに腰かけると同時に、別室で幸太郎の改造が行われているせいでけたたましい金属音が鳴り響いていたのにもかかわらずぐっすりと眠ってしまった。
――……あれ、私……寝ちゃったんだ……
みんなが頑張ってるのに、眠っちゃうなんてだらしがない……
目が覚めたサラサは悠長に睡眠を取ってしまった自分の不甲斐なさに嫌になる。
時計を確認するともう早朝であり、眠る前に響いていた金属音が聞こえなくなっていた。
幸太郎の改造が終わったのかと思い、すぐに様子を見るために起き上がろうとすると――「おはよう、サラサちゃん」と、慣れ親しんだ幸太郎の声とともに、自分の傍に無機質な気配があることに気づいた。
声のする方へと視線を向けると、改造前はボロボロになった手足と身体を外されて首だけ位になっていた幸太郎が、アリスと刈谷の改造によって修復された姿になっていた。
全体的な形状は改造前と変わらないが、刈谷とアリスの趣味に合わせて細かい箇所が変わっていた。額にはⅤ字型の角のようなアンテナが取り付けられており、背部には超振動ブレードが携えられ、ロケットパンチが装着されている両腕はかなり太くなっていた。
輝械人形になりながらも相変わらず能天気な幸太郎だが、輝械人形のままであるのは変わらないので、サラサは無事に改造を終えて安堵しながらも、複雑な気持ちだった。
「お、おはようござい、ます、幸太郎さん」
幸太郎を不安にさせないために、自分の中にある複雑な気持ちを抑えて、サラサは普段幸太郎に接する時と同じような態度で挨拶を返したが、その試みは普段通りにと気にするあまり緊張で声が上擦ってしまった。
「サラサちゃんの寝顔、かわいかった」
「あ、ありがとうございます……」
しかし、そんなサラサの失敗など気にすることなく、幸太郎はいつも通りの突拍子のない発言でサラサを戸惑わせた、
「その……ノエルさんはどこに……」
「ノエルさんもさっきまでサラサちゃんと一緒に寝ちゃってたんだけど、起きたら外に出て御柴さんに連絡して今の状況を聞いてるよ。ノエルさんの寝顔もかわいかった……セラさんみたいに涎を垂らして寝てたよ」
「の、ノエルさんも……そうですか……」
「病院で眠ってるセラさんも、涎垂らしてたりして」
「前に見た時は垂らしていませんでした」
「セラさんたち、大丈夫そうだった?」
「はい。目立った怪我はしていませんでした」
「それならよかった」
自分だけではなく、ノエルも仮眠を取っていたということを聞いて、サラサの気持ちは幾分軽くなり、病院で意識を失っているセラたちを心配する幸太郎を安心させた。
「あの、アリスさんと、刈谷さんは?」
「二人なら――改造した後の僕の名前をどうするかで口論してる。さっきまで声が聞こえてたんだけど、聞こえなくなったから寝ちゃったのかな? 『七瀬幸太郎Z』とか、『グレート七瀬』ってアリスちゃんは命名したいんだけど、刈谷さんは『七瀬幸太郎カスタム』か、『七瀬幸太郎Mk-2』って命名したいんだって」
「そ、そうですか……」
どうでもいい口論に巻き込まれなくて心の底からよかったとサラサは胸を撫で下ろした。
「あ、今ならアリスちゃんの寝顔、見れるかな……ちょっと行ってくるね」
思い立ったら即行動をする幸太郎は、すぐにでもアリスの寝顔を見たいがために部屋から出ようとするが――「あ、あの……」とサラサは無意識に幸太郎を呼び止めてしまった。
別に幸太郎に伝えることはないのに無意識の自分の行動にサラサは困惑しているが、サラサに呼び止められて「どうしたの?」と小首を傾げた幸太郎が近づいてくる。
ど、どうして、私は……
今、幸太郎さんに話すことは――……いや、ある。
不意に幸太郎を呼び止めてしまった自分の行動に戸惑いながらも、サラサは幸太郎に伝えるべきことがあることに気づく。
それは今回の事件には何の関係もないことだが、サラサにとっては重要なことだった。
多分、もう聞かれてしまったんだ。
だったら、もう言ったも同然だ……だから、恐れることなんてない。
い、今言わなかったら、きっと、言えなくなるんだ……よし!
心の中で気合を入れたサラサは、気合を入れ過ぎたせいで抜身の刃のような鋭さと危うい光を放つ双眸を幸太郎に向けると、幸太郎は思わず気圧されてしまった。
「あ、あの……さっきの研究所での話、聞いていましたか?」
「ロケットパンチとビームライフルの話?」
「あ、そ、それじゃなくて、その……幸太郎さんとの出会いの話、です」
「うん、聞いてたよ。あの話を聞いて一気に思い出しよ。あの時の女の子がサラサちゃんだったって。それに、サラサちゃんのお母さんがきれいだったってことも」
や、やっぱり、聞いてたんだ……
そ、それなら、もう、迷うことなんて、ない……
自分との出会いを聞かれていたことに、罪悪感と緊張が生まれてこの場から逃げ出したくなるが、その気持ちをグッと堪えてサラサは幸太郎を、更に鋭くなった双眸で見つめた。
「あの時はありがとうございました。そして、すみません……私のせいで入学式に遅刻させてしまって」
「別に気にしなくていいよ」
覚悟を決めた勢いのままに、サラサは幸太郎に過去のことについて感謝と謝罪をする。
サラサの予想通り、幸太郎は過去のことを気にすることなく、アカデミーではじめて会ったのがサラサたち親子であることに気づいて感激していた。
そんな幸太郎の反応に安堵してしまった自分に、サラサは自己嫌悪に陥る。
「幸太郎さんには本当に申し訳ないことをしました」
「だから別に気にしなくてもいいよ」
「でも、私のせいで、幸太郎さんは悪い意味で有名になってしまいました」
「入学式に遅刻したのも原因の一つだけど、輝石が使えないのと、テストで赤点だらけだっていうのが大きな原因だから、サラサちゃんのせいじゃなくて僕のせいだよ」
申し訳なさでいっぱいなサラサを気遣っているわけでもなく、ただただ軽い調子で自虐している幸太郎の言葉はすべて本心からであり、サラサへの恨みなど欠片もなかった。
優しい、というよりも物事を深く考えていない能天気な幸太郎に縋りたい気持ちが生まれてしまうが、そんな卑怯な自分をサラサは心底嫌悪した。
「……幸太郎さんなら絶対に気にしていないと言うと思ってましたし、私はそれに縋ろうとも思ってしまいました」
「ドンと頼って」
「でも、それじゃダメ、です。去年幸太郎さんと出会ってから、何度も過去の出会いのことを打ち明けようとしたのに、それができません、でした……打ち明けたら幸太郎さんに何を言われてしまうのか怖くて、幸太郎さんなら許してくれると思っていた私の甘えと打算的な考えのせいで……だから、これ以上幸太郎さんに甘えられません」
「別にいいのに。あ、でも、サラサちゃんは甘えられるよりも、甘えさせてくれる方がいい」
突拍子のない幸太郎の言動に、サラサは「へっ?」と素っ頓狂な声を上げた。
「セラさんとか、麗華さんとか、ティアさんとか、同年代で年上なんだけど、少し子供っぽいところがあるけど、サラサちゃんは年下なんだけど、大人っぽくて甘えられるよりも、個人的には甘えさせてくれる方がいいかな。サラサちゃんの膝枕、柔らかいから」
「ず、随分ハッキリと言ってしまうんですね……」
「そう言われると何だか照れる」
……かわいい。
年上の幸太郎が恥ずかしげもなく年下の自分に甘えたいと言い出したので、サラサは驚くと同時に少し引いてしまうが、幸太郎らしさを感じてしまってその気持ちは一瞬で消えた。代わりに、幸太郎の正直で無邪気な性格に母性本能がくすぐられるサラサ。
「幸太郎さんがそう望むのなら、私は何も言いません……お、おいで……」
「膝枕嬉しいけど、今の僕重いし、刈谷さんが頭にアンテナつけたから、膝枕するとアンテナの先っぽがチクチクして痛いよ」
「あ、そ、そうですか……」
母性的で熱っぽい表情を浮かべたサラサは膝枕を誘うが、空気を読まない幸太郎の説明を受けてやめて、勇気を出して膝枕を誘って失敗した恥ずかしさで顔を真っ赤にさせるサラサ。
真っ赤になった顔を俯かせてサラサが無言になり、部屋に沈黙が訪れるが、その沈黙はすぐに幸太郎の何気ない一言によって破られた。
「僕はサラサちゃんたちに会えてよかったよ」
輝械人形になっているため表情はわからないが、本心から幸太郎がそう言っているのだとサラサは感じて、「私も、です」と照れ笑いを浮かべてそう答えた。
「だから、前に何があっても、今何が起きても、これから何があっても、僕は後悔しないよ。だって、それらがあってサラサちゃんたちに出会えたから」
「わ、私も、こ、幸太郎さんと出会えて、よかった、です……」
無邪気な満面の笑みで答えていそうな幸太郎の一言に、胸が熱くなると同時に顔を紅潮させたサラサは、精一杯の勇気を振り絞って自分も幸太郎に出会えてよかったと言った。
そして、小さく深呼吸をして鼓動が早くなった胸を落ち着かせ、サラサは決意に満ち溢れた――見る人が見たら恐怖心を覚えるほどの鋭い目で幸太郎を見つめた、
「幸太郎さんは私が守ります……絶対に」
幸太郎に、自分に、それ以上に動けないセラたちに向けて、サラサは誓った。
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