第26話
「鳳さんのにおいがする」
「誰かの部屋に来る度にその感想を述べるのやめていただけます? 気色が悪いですわ!」
「それじゃあ、鳳さんの生活臭がする」
「そっちの方がもっと嫌ですわ!」
「それなら、何て言ったらいいかな」
「黙っていればいいのですわ!」
麗華に呼び出された幸太郎は風紀委員本部を出て、少しだけ一人になりたいと言ったリクトと一旦別れ、プリムを助けるための作戦会議をするため麗華が暮らしているセントラルエリアにある高級高層マンションの部屋に向かった。麗華の部屋を訪れた幸太郎はさっそく気色の悪い感想を述べ、部屋の主である麗華に怒られた。
「リクト様はどうしましたの?」
「リクト君、少しの間一人になりたいんだって」
「仕方がありませんわね。今回は教皇庁の意思に思いきり反しているのですから、リクト様も一人になって考えたいのでしょう。あぁ、おいたわしや……」
「リクト君がいないのに猫被っても、鳳さんに何の得がないと思うんだけど」
「シャラップ! お黙り!」
呑気な幸太郎の態度に苛立ちながら、さっさと麗華は彼をリビングに案内して、フカフカのソファに座らせると、麗華は彼の対面にあるソファに座った。
ソファに座った幸太郎は、物珍しそうに麗華の部屋の中を見回していた。
室内のインテリアはすべて西洋風に統一されており、天井には煌びやかな輝きを放つシャンデリアが吊るされていた。
麗華の近くの部屋に暮らしている幸太郎は、自分の部屋と同じ間取りなのとは思えないほどの気品溢れて豪勢な麗華の部屋を、情けなく口を開けて感心していた。
無遠慮に人の部屋を見回している幸太郎を麗華は不愉快そうに睨んだ。
「ちょっと、あまりジロジロ私の部屋を見ないでいただけます? 不躾ですわよ」
「ごめん、鳳さんの部屋意外にきれいだと思って」
「意外にとは失礼ですわね! 私は見た目通りのキレイ好きなのですわ!」
「そうは見えないけど」
「ぬぁんですってぇ!」
正直な幸太郎の感想に激昂する麗華だが、すぐに脱力するように全身からため息を漏らした。
セラたちとぶつかり合うかもしれない状況に気を張り詰めていた麗華だったが、能天気な幸太郎と接していたら、気を張り詰めた自分がバカバカしく思えてきていた。
「まったく……相変わらずあなたは呑気ですのね」
「一応ドキドキしてるよ」
「それなら、もっとそれらしていただけます? 緊張感がなくなりますわ」
「そう見えるのは鳳さんのおかげ」
「他人のせいにしないでいただけます? 単にあなたが能天気な愚か者なだけですわ」
「鳳さんと大和君が味方になってくれたから」
「……フン! 大和はただ面白がっているだけですし、私はリクト様の考えに同調して、味方になっただけであって、別にあなたの味方になったつもりはいっさいありませんわ」
突拍子もなく口に出した幸太郎の本心に、不意をつかれながらも麗華は大きく鼻で笑った。
「それに、プリム様を助けようと思ったのは放っておけなかったのも理由の一つですが、前々からセイウスさんのような腐った枢機卿は腹に据えかねていましたし、上手く彼女を助けることに成功すれば教皇庁に恩が売れますし、それに何より、あの彼女のお母様であるあのアリシア・ルーベリアに恩が売れると考えたからこそですわ」
リクトの味方になったのも、プリムを助けようと思ったのも、すべては打算だと麗華は言い訳がましく言い放つが――それでも幸太郎は嬉しかった。
「それでも、ありがとう、鳳さん」
憎まれ口を叩いても心からの感謝の言葉を述べてくる幸太郎に麗華は居心地が悪そうにした。
「……セラたちと喧嘩して、あなたはどう思っていますの?」
「セラさんたちにはセラさんたちの考えがあるから。それに、セラさんとティアさん、僕を心配してくれてるみたいだから、すごく嬉しい」
「本当に能天気ですわね……だからこそ、あの二人は本気であなたを止めますわよ」
「大丈夫、セラさんたちの相手は僕にドンと任せて」
折れそうなくらい華奢な胸を張って、セラたちの相手は自分に任せろと豪語する身の程を弁えていない幸太郎を、じっとりとした目で不審そうに麗華は見つめた。
圧倒的な実力者の二人を相手にすると大言壮語した幸太郎に呆れながらも、取り敢えず麗華は話を聞くことにした。
「……何か策はありますの?」
「当たって砕けろ作戦」
「そんなもの策とは言えませんわ!」
策とは言えない策を持ち出した幸太郎に、麗華は苛立ちの声を上げるが、すぐに呆れたように深々と嘆息した。
だが、幸太郎ならばなんとかしてくれるのではないかという不思議な安心感のようなものを麗華は感じていた。
「あの二人の実力はいくら頭の弱いあなたでも何度も目の当たりにしてきたからよくご存知でしょう」
「もちろん」
「にもかかわらず、二人を相手にするとは正気とは思えませんわ……本気ですの?」
「セラさんとティアさんは無茶をする僕を止めようとしてるみたいだから、僕が相手にした方がいいと思うし、何も解決しないと思うから」
特に何も考えていなさそうでありながらも、セラとティアのことを想っている幸太郎から、プリムを助けるということ以外に何か目的があると麗華は感じ取った。
どうせ何を言っても幸太郎の意思は変わらないとよく知っているので、これ以上麗華は何も言わないことにした。
「……まったく、どうしてこんな頑固なだけで何の取り柄のない男にお二人が入れ込むのか、皆目見当つきませんわ……いいでしょう、お二人の相手はあなたにお任せしますわ」
「ドンと任せて」
「任せると言ったからには、勝利しなさい! あなたの大言壮語に乗ってやっているのですから、負けたら承知しませんわ! 風紀委員もクビにしますわよ! いいですわね! 覚悟しておきなさい!」
「何だか気合入ってきた」
セラとティアの実力を良く知っているのにもかかわらず、それでも二人の相手をする気の幸太郎に固い意志を感じた麗華は、これ以上何も言うことはなかった。
プレッシャーを与える麗華の意地悪な言葉を特に気にすることなく、幸太郎は気合を入れた。
「……まあ、怖気づいていないことは褒めてやりますわ」
セラとティアと立ち向かうことを何とも思っていない幸太郎を見て、ふいに呟くように言った麗華の言葉に、「何だか照れる」と幸太郎は照れ笑いを浮かべる。
「でも、やっぱり結構怖いよ。二人とも容赦なさそうだし、殴られたら痛いし」
「威勢のいいことを言っておきながら、情けないですわね」
「ぐうの音も出ない」
セラとティアにボコボコにされる未来を思い浮かべた幸太郎は、苦笑を浮かべて本音を話す。
実力差が大きく開いた相手を任せろと豪語しておきながら、今更情けない本心を吐露する幸太郎だが、麗華は失望することなく対面にいる幸太郎をジッと見つめていた。
「でも、鳳さんとか、大和君とか、リクト君もいるから心強い」
「フン! 当然ですわね。この私がいることを光栄に思いなさい! オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」
幸太郎に頼られ、勢いよく立ち上がった麗華は大きな胸を張って、近所迷惑なほどの大声量の高笑いをする――彼女の顔はほんの僅かに照れて紅潮しており、嬉しそうだった。
ひとしきり笑い終えて満足した麗華は、おもむろに幸太郎の隣に座った。
「幸太郎」
「どうしたの、鳳さ――」
「――『麗華』」
突然自分の隣に座って自分の名を呼ぶ麗華に、反応する幸太郎だが――麗華の人差し指が幸太郎の口元に立てられ、言葉を遮った。
隣に座る幸太郎を麗華は相変わらずの強気で偉そうなツリ目で見つめていたが、その目には情熱的な炎が宿っていた。
「名前で呼びなさい」
「いきなりどうしたの?」
「理由なんて別にいいでしょう」
「今更鳳さんのことを名前で呼ぶのも、何だか違和感があるんだけど……あ、でも大悟さんと一緒にいる時は混同しなくていいのかな」
「何か文句でもありますの?」
「別に文句はないけど……あ、御柴さんのことも『巴さん』って呼んだ方がいいのかな。他には刈谷さんとか、大道さんとか、水月先輩とか、貴原君も?」
この場にいない人の名前を口に出す幸太郎に、麗華は子供のように頬を膨らませてむくれた。
「バカ、野暮ですわよ……さっさと私の名前を呼んでみなさい」
「麗華さん?」
不承不承といった様子で、幸太郎は麗華の名前を呼ぶが――いまいちしっくりこなかった。
だが、自分の名前を呼ばれて麗華は満足そうに頷いていた。
「やっぱり、違和感がある」
「それじゃあ、慣れるためにも練習をしてみなさい。何事も練習が肝心ですわ」
「精進します」
慣れないことに戸惑う幸太郎を見て、麗華は子供のようにいたずらっぽく、それ以上に楽しそうに笑っていた。
……あれ?
鳳さ――じゃなくて、麗華さんって……
もしかして、かわいい?
無邪気に笑う麗華の顔を見て、幸太郎は思わず見惚れてしまうとともに、普段高笑いをして、気品溢れる淑女と自称している麗華が、今更ながら美少女であるということを再認識した。
「鳳さ――麗華さん、かわいい」
思ったことをそのまま口にする幸太郎に、不意をつかれて言葉が詰まる麗華だが、すぐに当然だと言ったような笑みを浮かべた。
「……フン、当然ですわ。というか、美しいと言いなさい、美しいと」
「じゃあ、美しい」
「後付け感が満載ですが、まあいいでしょう」
「でも、改めて鳳さ――麗華さんが美人って思った」
「気づくのが遅いですわね。今まで私をどんな目で見ていましたの?」
「暴れ馬」
「……バカ」
失礼なことを素直に口にする幸太郎だが、艶やかな笑みを浮かべた麗華は怒らなかった。
普段幸太郎に対して高圧的な態度を取っているが、二人きりのこの時だけは普段のように声を荒げることも、高笑いをしなかった。
何も言わずに、麗華は隣に座る幸太郎との距離を詰め、彼のか細い肩に自分の身を委ねようとする。
二人の間に熱く、甘い空気が流れはじめていた頃――
「いいなぁ、麗華。僕も二人きりの時くらいは『加耶』って呼んでほしいかな?」
和気藹々とする麗華と幸太郎の間に、羨ましそうでありながらも、笑いを堪えて震えている声が割って入った。その声を聞いた麗華は慌てて詰めていた幸太郎との距離を開けた。
「や、大和! いるならいると言いなさい!」
「さっきからいたんだけど、二人が熱々だったから邪魔するのも何だと思ってね?」
「べ、別に熱々ではありませんわ! ただ、風紀委員同士のコミュニケーションを取っていただけですわ!」
声の主――麗華の幼馴染である伊波大和は、ニヤニヤとした意地の悪い笑みを浮かべながら、その場凌ぎの言い訳を声高々に並べて頬をほんのりと赤らめて恨みがましく自分を睨んでいる麗華を見つめていた。
「ねえ、幸太郎君。二人きりの時だけ僕のこと、『加耶』って呼んでみない?」
妖艶な笑みを浮かべて、大和は自分の本名である『天宮加耶』の名前を呼んでみないかと幸太郎に提案する。
「別にいいけど……普段は大和君で、二人きりの時は加耶さんだと混乱する」
「麗華が言っていたけど、こういう時は練習あるのみだよ。それに――」
ふいに、大和は幸太郎の膝の上に、幸太郎と向かい合うように腰を下ろした。
鼻孔をくすぐる大和の良いにおいと、彼女の臀部の柔らかな感触に、至福の表情を浮かべて幸太郎は思わず「おー」と声を上げてしまった。
「僕、もっと幸太郎君に甘えてみたいかな」
「そうなの? 僕でよければ別にいいけど――それじゃあ、よしよし」
「んっ、有言即実行の君のそういうところが僕は好きだな」
父性を刺激された幸太郎に頭を撫でられる感触に、気持ちよさそうな声を一度出して、嬉しそうな照れ笑いを浮かべる大和。
少し良い雰囲気になっている幸太郎と大和を、麗華は忌々しく睨んでいた。
「大和、幸太郎! 不純異性交遊は禁止されていますわよ!」
「別に不純なことはしていないよ。頭を撫でられるところだけを見てそう判断するなんて、麗華はエッチだなぁ――まあ、『撫でる』って行為は『愛撫』にもつながるから、あながち間違いではないかもね」
「ひ、人聞きが悪いことを言わないでいただけます?」
「麗華だって似たようなことを幸太郎君としようとしたんじゃないの?」
「か、勘違いも甚だしいですわ!」
このままリクトが訪れるまでの数分間、大和に煽られた麗華がギャーギャーと騒いでいた。
その間幸太郎は膝の上にいる大和の柔らかい臀部の感触に酔いしれていた。
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