第27話

 外はすっかり夜の闇に染まり、気温もだいぶ下がっていた――ノースエリアにあるセイウスの別荘へと続く街灯で照らされた夜道に、セラ、ティア、巴、美咲、グランの五人がいた。


 これから来るであろう、教皇庁の判断を待たずにプリムを助けに向かうリクトたちの道を阻むために五人は立っており、戦意を漲らせている五人の熱気は周囲の寒さを吹き飛ばしていた。


 ティアたちとの共闘と、麗華たちのような実力者と戦えることに悦びを感じている美咲以外、全員の表情は暗かった。


「これから、君たちは友達とぶつかり合うことになる。それなのに……本当に良いのか?」


 友人たちを迎え撃とうとするティアたちを見て、グランは確認した。


 制輝軍とともに教皇庁からリクトたちを止めるように命令を受けたグランだったが、ティアたちがこの場にいることに驚いていた。プリムを止めようとするリクトたちは、全員ティアたちの友人であると聞いていたからだ。


 張り詰めた緊張感を身に纏っているティア、セラ、巴の雰囲気に圧倒され話を切り出せなかったが、ようやく意を決して、グランはティアたちに確認をした。


「アタシはお仕事だからね。それに、みんなと一緒に戦えることも嬉しいし」


「私は鳳グループの一人として、麗華たちを止めるだけです」


 にこにこした満面の笑みを浮かべながら答える美咲と、淡々として素っ気ない態度を取る巴。


 二人には友人たちとぶつかり合うことに対して、何ら迷いを抱いていない様子だった。


 二人から、ティアとセラにグランは視線を向けた。


「覚悟はできている」


 迷いのないティアの言葉に同意を示すようにセラは力強く頷くと、茶化すように美咲は笑う。


「相変わらずカッコイイなぁ、ティアちゃんは。でも、本当に大丈夫なの?」


「問題ない」


「でも、幸太郎ちゃんたちは友達なんでしょ?」


「だからこそだ」


「んー、わからないなぁ」


 友人とぶつかり合うことに何の迷いも抱いていないティアを、美咲は理解できていなかった。


「……お前は自分の仲間が危機に瀕したらどうする」


「もちろん、おねーさんみんなを助けるために頑張っちゃうよ!」


「それと似たようなものだ」


「んー、何となくわかったかな?」


 何も理解していない美咲のために、ティアは不承不承といった様子でわかりやすく説明した。それでも、まだ美咲はよくわかっていない様子だった。


 友人たちとぶつかり合うことに何の迷いを抱いていないティアたちに対して、グランは心強さを感じる以上に、彼女たちが友人たちとぶつかり合う理由を作ってしまったことに強い罪悪感を抱いてしまった。


「すまない、元はと言えば俺が無理してプリム様をアカデミーに連れてきたばかりに、君たちをこんなことに巻き込んでしまって」


「グランさん、この件はもうあなただけの問題じゃありません。それに、私たちが今ここにいるのは私たちの意思であって、誰かに巻き込まれた何て微塵も思っていません。私たちはもう覚悟はできています」


「……それならば、君たちは好きにするといい。今回の件の責任はすべて俺が背負う。だから、何も気にしないで、後悔のしないようにするんだ」


 罪悪感を覚えているグランに、セラは優しく微笑んでいっさいの淀みのない声でそう言った。


 迷いのないセラの言葉に、グランの胸の奥に沈んでいた罪悪感が軽くなったような気がした。


 だが、自分にかけてくれたセラの迷いのない言葉が、彼女が深く思い悩み、何度も自問自答の末に出た達観した言葉であると思うと、グランは胸が絞めつけられた。


 それならばと、グランも覚悟を決めた。


 どんなことになっても、今回の件で巻き込んでしまった者たちを全員絶対に守ると。


「君はセラ・ヴァイスハルトさんだね。ティアや、ティアのご両親から話は聞いているよ。話に聞いた通り、君は心身ともに立派な素晴らしい輝石使いのようだ」


 ふいにグランに褒められて、セラは「あ、ありがとうございます」と照れていた。


 セラもグランが実力のある聖輝士だと噂では聞いていており、ティアから自分の幼馴染であることを教えてもらっていた。


「私も、グランさんのことは何度かティアから話は聞いていました……自分の立場に胡坐をかかないで、鍛錬を積み重ねている素晴らしい聖輝士であると」


「あの小生意気なティアがそんなベタ褒めをすることはないだろう。正直に言っていいんだぞ」


 豪快な笑みを浮かべるグランの言葉に、セラは誤魔化すように苦笑を浮かべた。


 鬱陶しいほど暑苦しい実力のある輝石使い――グランについてティアからそう聞かされていたが、セラは黙っておくことにした。


「ティアって昔から小生意気で反骨心に溢れていたんですね」


「今でこそ丸くなったが、昔はひどかったものだ。自分より実力のない相手はナチュラルに見下すとともに、そんな彼らを強くするため、彼らの意思を無視して厳しい特訓を課していたな」


「あー、それ、わかります。今も相手のペースを考えないで厳しい訓練を課しているんですよ。それで、今年から本格的に訓練教官になろうとしているんです」


「まったく、相手のことを考えない悪い癖が直っていないとはな」


「それでいて、その訓練方法が間違っていると指摘すると、子供のように捻くれるんです」


「クールぶっているが、昔からティアは子供のようなところがあるからな」


「そうですよね、好きなお肉ばかり食べているというところとか」


「……お前ら、いい加減にしろ」


 自分の話で盛り上がっているセラとグランに、余計なことは言うなと言わんばかりにティアは静かな激情を宿した鋭い目で睨んだ。彼女の怒りを感じ取り、セラとグランは降参と言わんばかりに苦笑を浮かべて黙った。


「もうちょっとティアちゃんの昔話を聞きたかったんだけどなぁ」


 セラとグランの話を遮られ、残念そうにため息を漏らす美咲に、「オホン」と巴はわざとらしく咳払いをする。


「悠長に話している時間はもうないわよ……気を引き締めないと」


 緩んだセラたちに喝を入れる巴の一言に、セラたちは遠くからリクトたちが自分たちに向かって近づいていることに気づいた。


 迷いのない足取りでこちらに近づくリクトたちを、セラたちは睨むように見つめた。


 先程まで和気藹々と話していた空気を一変させ、セラたちは張り詰めた緊張感を身に纏う。


 五人の鋭い視線を向けられても、リクト、麗華、大和、幸太郎の四人は怯むことなく、力強い一歩を踏みながら歩いていた。


 そんなリクトたちの道を、セラたち五人は阻むようにして並んで立った。


 ある程度セラたちに近づいたところで、リクトたちは立ち止まった。


「プリム様を助けようとする君たちの気持ちは理解できる――しかし、下手に枢機卿に手を出してしまえば、君たちはただでは済まなくなる!」


 向かい合うようにして立つリクトたちにグランは説得するが、リクトたちは退かない。


「鳳麗華、伊波大和! 鳳大悟に近しい君たちならば、自分たちの行動で鳳グループにどんな悪影響を及ぼすか理解できるはずだ!」


 麗華と大和の立場を思い知らせて説得するグランだが、二人には効果はない。


「リクト様、あなたはご自身の立場を理解しているのですか! あなたの勝手な行動がご自身の立場だけではなく、エレナ様の立場も悪くしてしまうことになるんです!」


 麗華たちと同様にリクトも自分の立場を思い知らせて説得するグランだが、麗華たちと同様にリクトは効いていなかった。


「何を言っても無駄だ、グラン。アイツらも私たちと同様、覚悟を決めている」


 何とかしてリクトたちを説得しようとするグランを、ティアは厳しい言葉で止めた。


 無駄だと言い切るティアの言葉を認めたくはないグランだが、自分の必死の説得に何も反応しないリクトたちを見て、認めざる負えなかった。


「お互いに言葉は不要のようだな……」


 呟くようにそう言って自分たちと同様、もしくはそれ以上の覚悟を決めているリクトたちを見て一瞬微笑んだティアだが、すぐにその微笑を消して、いっさいの感情を排除した絶対零度の顔になる。


 チェーンにつながれた自身の輝石を、武輝である大剣に変化させるティア。


 ティアに合わせて、セラたちと麗華たちも輝石を武輝に変化させた。


 彼女たちに遅れて、不承不承といった様子でグランは腕輪についた輝石を武輝である身の丈を遥かに超えるランスに変化させる。


 お互いの武輝をきつく握り締め、大きく力強い一歩を両者は同時に踏み込んだ。


 ――そして、ついに両者はぶつかり合う。




 ―――――――――――――




「どうやら、中々面白いことになっているようだよ、セイウス君」


 僅かな明かりしかない薄暗い、機械に埋め尽くされた大広間で自分の作業を終えたアルバートは、心底愉快そうな笑みを浮かべて、ソファに深々と腰掛けて身体中を駆け巡る力に酔いしれ、リラックスしきっているセイウスに話しかけた。


 アルバートの話に、余裕そうな笑みを浮かべて「気になるな」とセイウスは興味を抱いた。


「この近くで、教皇庁の判断を待たずにこの屋敷に乗り込んでプリム様を助けようとするリクト様たちを、彼の友人たち――グラン・レイブルズ、ティアリナ・フリューゲル、セラ・ヴァイスハルト、御柴巴、銀城美咲が阻止しているそうだ」


「これは傑作だ! まさか、そんなことになっているとは思いもしなかったよ!」


 想像していた以上に面白いアルバートの話を聞いて、セイウスは腹を押さえて心底愉快そうに、教皇庁の判断を無視しているリクトを嘲笑い、笑い過ぎて涙さえも浮かべていた。


「リクト・フォルトゥスには復讐してやりたいと思っていたが、まさか教皇庁の判断を待たないで、仲間割れを起こして自滅する道を歩むとは思いもしなかったよ!」


「嬉しそうで何よりだが、油断はできないぞ。彼らがここに来る可能性だってあるんだ」


「世界から見てもトップクラスの実力者を目の前にして、最悪の事態はありえないだろう。意外に君は小心者なんだな」


 嬉々とした声を上げるセイウスとは対照的に、落ち着き払っている様子のアルバートは最悪の事態を想定していた。そんなアルバートを小心者だと言って嘲笑うセイウス。


 痛いところを突いてくるセイウスに、アルバートは言い返すことができずに降参と言わんばかりに笑っていた。


「すまない、と僕は他人に実験を邪魔されたくないから、小心者にならざる負えないんだ。わかってくれ」


「安心してくれ、この僕がいるんだ。君の実験は誰にも邪魔させないよ」


「そう言ってくれると助かるよ」


「何、気にするな。君には大きな恩があるんだ――それを返すために、この力を振わせてくれ」


 自虐気味に笑うアルバートに、頼り甲斐のある豪快な笑みを浮かべたセイウスは全身から力が溢れ出て、その力は緑白色の光となって全身を包んだ。


 そんなセイウスの様子を分析的な目で一瞥したアルバートは満足そうに頷いた。


「それに、大規模な実験をするのにはちょうどいい機会じゃないか。お互いにぶつかり合ったところを君の研究成果を投入してやるんだ」


「言われなくとも準備をしているさ。今日は多くの実戦データが取れそうだ」


 セイウスの提案に嬉々と期待に満ち溢れ、狂気を滲ませた笑みを浮かべたアルバートは、自分たち以外にいる人物に視線を移した。


 アルバートの視線の先にいるのは、両手両足を拘束されて椅子に座り、首には弱々しく青白い光を放っているティアストーンの欠片がついたペンダント、顔半分を覆う鉄製のヘルメットを被され、衣服をはだけられて露わになった身体には、まるで糸につながれた人形のように機械やPCに接続された無数のコードにつながれた少女――プリメイラ・ルーベリアだった。


 ヘルメットで顔半分を覆われているせいで表情はわからなかったが、お喋りな口は閉じられ、ピクリとも身体を動かさないプリムは気絶しているようだった。


「正直、いまだに信じられないのだが、本当に君の研究成果はまともに動くのか?」


 純粋なセイウスの疑問に、アルバートは当然と言わんばかりに頷いた。


「起動実験は過去に十分に済ませているし、動作についても問題なかったのだが、過去に得た実戦データが役に立たないものばかりだったんだ。今回で少しでも多くのデータが取れれば、今後――いや、未来に大いに役立つと思うんだがね」


 ため息交じりに過去の失敗を説明するアルバートだが、彼の目には成功への暗い執着心が宿っていた。


「この作業が終わったら、一旦僕は実験の様子を観察するためにここを離れるつもりでいるのだが、いいだろうか」


「別に構わないが……装置に何かあったらどうするつもりなんだ? これだけ複雑な装置をどうやって扱えばいいのかまったくわからないよ」


 この場を離れるというアルバートに、セイウスは広々とした大広間の半分を埋め尽くしているアルバートが用意した機械を見て不安げにそう言った。


「彼女がこの装置につながれている限り、装置は安定するし、眠りからも目を覚まさないし何も問題はない。それに、もしもの場合は君に忠実な護衛を用意しておくから安心してくれ。護衛たちは戦うことだけじゃなく、装置も簡単に操作することができる」


「不安が残るが、君がそう言うのならば納得しようじゃないか」


「安心したまえ、セイウス君。僕は君の味方だよ」


「あぁ……――その言葉さえ聞ければ僕は満足だよ」


 自分のことを味方だと言ってくれるアルバートの言葉がセイウスに多大な安心感とともに、自分は一人ではないという幸福感を与え、恍惚とした表情を浮かべるセイウス。


 何の迷いもなく自分を信用するセイウスの様子を冷たい目で一瞥した後、アルバートはプリムの身体につながれたコードの先にあるPCを手慣れた手つきで操作した。


 すると、プリムの首にかけられたティアストーンの欠片が弱々しい光から、強い光に変化して、彼女が被っているヘルメットや、身体中につながれている無数のコードが青白い光を放つ。


 同時に、気絶しているプリムの息遣いが荒くなる。


 幻想的でありながらも、異様である光景をアルバートは恍惚とした表情で眺めていた。


「さあ、世界の未来のために、今こそ実験をはじめようじゃないか!」


 声高々にアルバートはそう宣言すると、無数の赤く光る双眸が一斉に大広間に浮かび上がる。


 赤く光る双眸からは、無機質な殺気のようなものが放たれていた。


 大広間を包む赤い双眸を、セイウスは感心したように見つめていた。


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