第4話

 アカデミー高等部の3年C組の教室内――授業がはじまる前にクラスメイトたちは和気藹々とした様子で談笑していた。


 そんな中、席に座ってコンビニで買ったメロンパンを頬張る幸太郎に詰め寄る一人の、嫌味なほど無駄に整った顔立ちの男子生徒――貴原康たかはら こうは嫉妬の炎を燃え上がらせていた。


「グヌヌ……やはり納得できん! どうして貴様なんかがセラさんと……」


「まあ、落ち着けって貴原。同じ風紀委員同士なんだし、しょうがねぇだろうって」

「そうだぞ、貴原。男の嫉妬は見苦しいだけだ。もうちょっと大人になったらセラだって振り向く――……うん、まあ、頑張れよ」

「まあ、初恋は実らないってよく言うしな。よし、じゃあ、飯でも食いに行くか?」


「黙れ! 黙れ、貴様ら! 貴様らのような雑魚どもがこの僕をバカにするな!」


 醜い男の嫉妬に身を焦がしている貴原を諫めているのは、幸太郎の三人の友人たちだった。


「というか貴様! ここ最近分不相応にもセラさんとベタベタし過ぎだぞ!」


「大和君にも言われたんだけど、そうなの?」


「クッ! 一々腹立たしい奴め……どうしてこんな奴が……」


 私怨に満ちた貴原の指摘に、ペットボトルに入ったお茶を飲みながら小首を傾げる幸太郎。


 無自覚な幸太郎に、更に嫉妬の炎を燃やす貴原。


「まあ、確かに貴原の言う通り最近セラ――というか、白葉とか、鳳も、伊波も随分幸太郎にべったりだよな。貴原のジェラシー色眼鏡なしでもそう見えるぞ。羨ましいぞ、チクショウめ!」

「セラと白葉のファンが噂してたくらいだからな。セラのファンからは分不相応とか、泥棒猫とかって言われてたぞ。内気な白葉のファンは身体に穴の開いた幸太郎の写真とか持ってたし。ああ、それだけじゃなくて、たまにお前の髪の毛を採取してたな。あれ、何に使うんだろうな」

「最近、お前とセラが話していると、周りが密室やら、アリバイやら、トリックやら、物騒に聞こえる単語が聞こえるんだけど、あれ、何だろうな」


「……夜道に気をつけるね」


 友人たちの言葉と同時に、抜身の刃で刺されるような視線が自分に集まったような気がして悪寒が走った幸太郎は、暗い夜道で一人にならないように気をつけることにした。


「クソッ! クソッ、クソッ! どうして! クソ、クソ、クソ!」


「貴原君、トイレ行きたいの?」


「黙れ! 貴様さえいなければ、もっとセラさんは僕を見ていたのだ! この邪魔者め!」


 無自覚に煽ってくる幸太郎の胸倉を掴んで嫉妬の炎を爆発させる貴原を、三人の友人は「まあまあ」と制した。


 そして、さすがに貴原を煽りすぎたと思った三人は話を替えることにする。


「なあ、幸太郎。お前ってセラたちとよく一緒にいるだろ? だから、誰にも知らないセラたちの一面をよく知ってるんじゃないかなって思うんだけど、どうなんだ?」


「普段と変わらないよ。あ、でも、麗華さんはリクト君やエレナさんみたいな人たちに、猫を被ることがあるよ」


「まあ、鳳が猫を被るのは立場上仕方がないとしてだ。セラたちは俺たちにとっちゃ、高嶺の花。鳳も伊波も性格を考えなければ見てくれはいいし、白葉も冷たいけど結構優しいところがあって人気があるし、特にセラはルックスも性格も完璧、老若男女からの人気者で、神聖視する奴だっているんだ。だから、周りは、俺らも含めてセラと同じ目線に立ってないってわけだ」

「幸太郎と一緒にいてセラと話す機会が自ずと多くなったけど、正直、俺はセラに話しかけられると緊張する、純情ドキドキチェリーボーイだ」


「当然だ! 君たちのような落ちこぼれにセラさんは相応しくない! 誰よりも美しく、凛々しく、強いセラさんは僕のような高潔で優秀な人間に相応しいのだ!」


 熱狂的なセラファンの貴原の一々癪に障る言葉を聞き慣れている友人たちは「はいはい」と軽くスルーして、話を続ける。


「つまり、セラたちと同じ目線でいて、アイツらと一緒にいる時間が長い幸太郎なら、誰も知らないセラたちの一面を知ってるってことになるんだ。お前が気づいていないだけで、な?」


「ふ、フン! 落ちこぼれが言う言葉に真実味は感じられないが――一応は聞いてやろう」


 誰も知らないセラたちの一面を知っているかもしれない幸太郎に、素直ではない態度を取りながらも、極上の餌を目の前にした動物のように話題に齧りつく貴原。


 誰も知らない、セラさんたち……うーん――……


 友人たちの言葉の意味を考えながら、ふいに幸太郎はセラたちに視線を向けた――


 ノエルさんまだ来てない……休みなのかな?

 昨日アリスちゃんと喧嘩したって大和君が言ってたけど、大丈夫かな。

 でも、やっぱりノエルさんも人気があるなぁ。


 ノエルが来ていないことに気づいた幸太郎は、大和からアリスとの一件を聞いていたのでノエルを心配するとともに、まだ登校していないというのに机の周りにいる、内気そうな性格の彼女のファンたちを見て感心していた。


 次に、幸太郎は麗華と大和に視線を向ける。


 ノエルやセラと比べてファンが少なく、性格のせいで友達がいない二人は誰にも囲まれることなく、ニタニタとした笑みの大和と、不機嫌そうな麗華の二人きりで話し合っていた。


「ねえ、麗華。最近セラさんとか、ノエルさんの周りが騒がしいと思わない?」


「フン! 有象無象が勝手に騒いでいるだけ、いつものことですわ!」


「まあまあ、そんなに声を荒げないでよ。嫉妬してるって丸わかりだよ?」


「シャラップ! 嫉妬なんてしていませんわ!」


 ……麗華さんと大和君、やっぱり友達いない。


 飽きもしないで麗華を煽って楽しんでいる大和とのやり取りを眺めて、幸太郎は正直にそう思い、二人からセラに視線を向けた。


 ――やっぱりセラさん、相変わらず人気がある。


 麗華と大和と違い、大勢の人に囲まれているセラを見てつくづく幸太郎はそう思った。


「悪い、セラ。昨日の科学の課題、見せてくれ!」

「自業自得! それよりもセラ、今度一緒に買い物行こうよ」

「あ、それじゃあ俺も買い物付き合うぜ! カラオケ行こうぜ、カラオケ」

「ちょっと、余計な横入りやめてよ! でも、カラオケいいかもね。この間一緒に行っても、セラ全然歌わないんだもん。セラの歌声聞いてみたいわ」

「あ、あの、セラさん……これ、作ってきたクッキーです。よかったら食べてください」

「わ、私も作ってきたんで、食べてください」


 大勢のクラスメイトたちに囲まれながらも、一人一人にセラはちゃんと応対して、渡されたクッキーも食べて「美味しいです、ありがとうございます」と感想と感謝の言葉を述べていた。


 ……うーん……


 セラ、大和、麗華、三人の様子を見た結果――


「やっぱり、三人とも別に何も変わらないよ」


「チッ! 期待して――いや、無駄な時間を費やしてしまったようだな」


 期待を裏切られる幸太郎の答えに、貴原は忌々し気に舌打ちをして心底残念がっていた。


「それじゃあ、お前の前じゃセラたちはどんな感じだ?」


 質問の仕方を変化させた友人の問いに、幸太郎は「うーん」と唸り声を上げて考えた後――


「セラさんは――小さな抱き枕を抱えて寝てるんだけど、よく涎を垂らして寝てるせいで枕に涎の跡がたくさんついてちょっと汚いよ。それと、ご飯を食べてる時よく口にご飯粒とかつけてるし、あ、この間ゲームをして僕が連戦連勝したら、麗華さん以上に熱くなってたよ――でも、やっぱり普段と変わらないよね? セラさんって結構負けず嫌いってみんな知ってるし」


 セラの負けず嫌いな性格を貴原たちは知っていたが、何気なく幸太郎が放った高嶺の花のセラでは想像できない日常の姿に、三人の友人たちはもちろん、貴原も食いついて、「それで」と四人異口同音で続きを求めた。


「大和君はいつもと変わらず麗華さんを煽ってばっかりだけど……あ、大和君って受けに入ると弱いんだよ。麗華さんが仕返しにくすぐりを仕掛けたら、大和君舌を出してヘロヘロになってギブアップしてたよ。麗華さんは――あ、よく、セラさんと一緒にお風呂に入るんだけど、お風呂場からよく麗華さんがセラさんをイジメて、セラさんのちょっとエッチな声が響いてくるよ。あの声を聞くと悶々しちゃうから困る。ノエルさんはノエルさんで、よくセラさんと軽い口喧嘩をするんだけど、間違いを指摘されると少しムッとしてかわいいよ。それと――」


 神秘のベールに包まれたセラたちの日常を更に聞き出そうとするが、ここで、無情にも始業開始のチャイムが鳴り響く。


 しかし、構わずに貴原たちは幸太郎から更に話を聞こうとするが――「全員、席に戻れ」という、有無を言わさぬ冷え切った声が響いて諦めざる負えなくなる。


 重傷を負ったヴィクターの代わりにこのクラスの代理教師を務めるのは、鋭く光る銀糸の髪をセミロングにした、長身のクールビューティ―、ティアリナ・フリューゲルの圧倒的威圧感には誰にも逆らえないからだ。


「五秒以内に戻らなければ今日の訓練のメニューを増やす――よし、戻ったな」


 ティアさん、胡散臭いトレーニング道具を買ってるってみんな知ってるのかなぁ……


 自分のよく知るティアのことを説明しようとするが、貴原たちはすでに威圧感に気圧され、自分の席に戻っていた。


 数秒前まで和気藹々としていた教室内はティアの登場で一気に静まり返り、全員行儀よく着席していた。


 ティアから放たれる威圧感に誰にも逆らえないというのも理由の一つだが、それ以上に彼女には人を従わせるカリスマ性も持っていたからだ。


 そして、クラスメイトたちはクールビューティのティアを憧れの視線で見つめていた。


 圧倒的なカリスマ性で大勢の人間を従わせるティアに、実はセラとノエル以上にファンクラブが存在していることを知っている幸太郎は改めて感心していた。


「それでは、出席を取るぞ――」


 出席確認をティアが取りはじめると同時に――アカデミーの一日がはじまった。


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