第27話

 武輝である大太刀を構えながら、村雨は巴に飛びかかった。


 自身に向かってくる村雨を、武輝である十文字槍を持った無表情の巴は見据える。


 間合いに入ると同時に、村雨は力強い一歩を踏み込んで武輝を横薙ぎに振るう。


 村雨の一撃を武輝の柄で受け止めると同時に、巴は流れるような動作で受け流し、彼の背後に回って武輝を振って反撃する。


 巴の反撃が背中に直撃して痛みが走る村雨だが、それを堪えて即座に攻撃を仕掛ける。


 村雨は刀身に光を纏わせた武輝を振り上げて、思いきり振り下ろした。


 巴は小さく後方へ飛んで村雨の一撃を回避するが――振り下ろされた村雨の攻撃は床を砕き、砕いた床の破片が巴に飛んで来る。


 武輝である十文字槍を手の中で器用に回転させて、巴は自分に向けて飛んで来る破片を粉々にすると、背後に回り込んだ村雨が攻撃を仕掛けた。


 死角からの攻撃だが、巴は舞うような足運びで回避、同時に石突で村雨の鳩尾を突く。


 鳩尾の一撃に怯む村雨だが、大きく気合を上げて痛みを堪えて攻撃の手を止めない。


 村雨は体術を織り交ぜた連撃を仕掛ける。


 大きく身体を捻らせて武輝である大太刀を勢いよく薙ぎ払い、同時に回し蹴りを放つ、そして、間髪入れずに両手持ちの武輝を切り上げ、すぐに振り下ろし、大きく一歩を踏み込んで鋭い突きを放ち、もう一歩を踏み込んで体重を乗せたストレートも放つ。


 一気呵成の勢いで放たれる村雨の怒涛の連撃だが、そのすべての攻撃を巴は見切り、流麗かつ最小限の動きで一つ一つの攻撃の隙をついて、カウンターを決めていた。


 圧倒的な巴の実力の前に、あっという間に村雨は満身創痍になった。


 しかし、それでも村雨は止まらない。


 大きく後退して巴から距離を取ると同時に、村雨は刀身に光を纏わせた武輝から光弾を数発発射、そして、大きく武輝を振うと同時に衝撃波も放つ。


 巴は静かに武輝である十文字槍の穂先に意識を集中させると、穂先に光が纏う。


 穂先に光を纏わせた武輝を薙ぎ払うように振うと、自身に向かってくる光弾を打ち消す。


 そして、向かってくる衝撃波に向けて、巴は大きく一歩を踏み込んで疾走し、身体を一度大きく回転させて勢いをつけて、衝撃波に向けて武輝を突き出した。


 巴が放った鋭い刺突は衝撃波を消滅させると同時に、巴の穂先からレーザー状の光が村雨に向けて撃ち出され、村雨の身体に直撃する。


 巴から放たれた強烈な一撃に、村雨は小さな呻き声を上げて膝をつくが、まだ彼の手には武輝がきつく握り締められたままだった。


 いまだに闘志が失われていない村雨の様子に、巴が持つ武輝の穂先の光がさらに強くなる――これで、巴はすべてを終わらせるつもりでいた。


 膝をついている村雨に、容赦のない一撃を食らわそうとする巴だったが――


「もういいだろう」


 会場内に響き渡る感情が込められていない声が巴の動きを止めた。


 声の主は、巴の父である御柴克也に付き添われている鳳大悟だった。


「これ以上の抵抗は無意味だ。投降しろ」


 突然現れた大悟に投降を促される村雨だが、まだ彼からは戦意は失われていなかった。


「お前の覚悟は理解している。だから、お前の仲間たちは罪に問わないと約束しよう。そして、御使いに扇動されたお前にも、罪を軽くするように手は尽くそう」


 自分の覚悟を汲み取った大悟に、膝をついて満身創痍の村雨は強い信念と覚悟が込められた双眸で見つめて首を横に振った。


「こんなことをして、ただで済むとは思っていない……俺は罰せられるべきです」


「お前は利用されただけだ。すべての責任を取る必要はない」


「俺たち学生連合にすべての責任を擦り付けた人とは思えない台詞ですね」


 先月の事件ですべての責任を学生連合に擦り付けた人物とは思えない、思いやりのある言葉を言い放つ大悟を、皮肉るような笑みを力なく村雨は浮かべた。


 耳が痛い村雨の皮肉に、無表情の大悟は微かに口元を緩めて苦笑を浮かべた。


「最終的な判断を下したのは私だ、今更言い訳をするつもりはない……だが、私は鳳グループトップであり、個人的感情に流されてはならない立場にいる。感情に左右されれば、果たすべき責任も果たせなくなってしまうからだ」


「それなら、鳳グループトップではなく、鳳大悟としての本心を教えてください」


 縋るような目で自身を見つめて本心を尋ねてくる村雨に、大悟は一瞬間を置いて答える。


「弱者を差別する、実力主義が台頭している今のアカデミーは間違っている」


 断固たる口調で、自分の本心を大悟は言った。


「……あなたの口からその本心をもう少し早く聞きたかった」


「お前の言う通り、私の判断は昔から遅かったからな」


 微かに口角を吊り上げて、自虐気味な笑みを浮かべる大悟。


「すべての真実を公表する覚悟があったが――自分の言葉で良くも悪くもアカデミーの状況が急転することがプレッシャーとなって、卑怯にも俺は判断を後伸ばしにしていたんだ……今思えば、情けないな」


 なるほど……僕は敵を見誤っていたのかもしれない。

 冷徹だと思っていたけど、彼はそんな人物じゃない。

 自分の立場を誰よりも理解して、自分が果たすべき責任も理解している。

 そして、誰よりもアカデミーの将来を案じている人物だ。

 俺は最初から憎しみをぶつける間違えていたんだ……


 自分の短所も赤裸々に語ってくれた大悟から自分以上の覚悟を感じ取った村雨は、降参と言わんばかりのため息を深々と漏らして、武輝を支えにしてヨロヨロと立ち上がった。


「大勢の関係のない人間を巻き込んだお前たちの取った行動は間違っていたが――それでも、お前たちの取った行動は無駄じゃない。間違いなくアカデミーは良い方向へと前進する。……お前たちのおかげで、私もようやく決心がついた」


「その言葉が聞けただけで、俺は満足だ……」


 満足そうな表情浮かべる村雨に大悟は近づいて、村雨に手を差し伸べた。


「お前はまだ若く、そして、優秀だ。それだけではなく、自分ではなく大勢の人間のことを考えられる人間だ――私の元で動いてみないか?」


 真っ直ぐと自身を見つめる大悟に、村雨は微かに首を横に振った。


「ありがたい提案ですが――この一件を引き起こした罪を償わなければならない」


 そう言って、大悟から差し伸べられた手を振り払い、村雨は巴に視線を移した。


 村雨の視線の先にいる巴は相変わらず無表情だったが、自身の感情を必死で抑えていた。


「……巴、わかっているな?」


 冷たく突き放すような厳しい声で放たれた父の言葉に、巴は力強く頷いた。


 言われなくても、この場に来て村雨と戦った時点で覚悟はできていた。


 巴と村雨――お互い一歩前に出て、対峙する。


「……すみません、巴さん。こんなことをしてしまって」


「……もう、何も言わなくていいから」


 自分に向けて謝罪するかつての仲間に、無表情の巴は声を震わせてそう言った。


「巴さんに学生連合の後始末を任されながらも、僕はあなたの期待を裏切ってしまって……本当にすみませんでした」


「君が謝る必要なんてない! 体の良いきれいごとを言って、すべての責任を君に押しつけた卑怯な私に君を責める権利なんてない!」


 頭を下げた村雨の姿を見た瞬間、ずっと抑えていた感情を爆発させて、無表情だった巴の表情に、後悔、罪悪感、悲しみ、自分自身への怒り、様々な感情が溢れ出していた。


 周囲の人間を止められずに起こしてしまった鳳グループ占拠未遂事件の責任を取って学生連合を辞めてしまって、すべての責任を村雨に押しつけた自分を巴は恨んでいた。


「一月前の事件で学生連合がすべての責任を負わされてから、こうなることは何となくだけど予想はできた――それなのに、君を止めることができなかった私に君を責める権利も、君に許しを請う権利もない!」


 悲鳴のような声を巴は上げて、武輝である十文字槍を構える。


「私ができるのは――……君の望みを叶えてあげることだけよ」


「すみません、何から何まで……自分勝手な自己満足を満たすために、巴さんを巻き込んでしまって」


「……もう、何も言わなくてもわかってるから」


「ありがとうございます――でも、忘れないでください」


 穏やかな笑みを浮かべながら、村雨は武輝である大太刀を構える。


「巴さんは逃げていません。立場が変わっても、あなたは自分の信念のために戦い続けている。俺はそんなあなたの姿に憧れを抱いて、自分の信念のために戦い続けました」


 それだけじゃない……本当は、俺は巴さんのことが――……


 言い出してしまいそうになった自分の感情を村雨は抑えた。


 言ってしまえば、巴の覚悟をかき乱してしまうと思っていたからだ。


 それ以前に、巴は自分のことを弟に近い存在で、信頼する仲間としてしか見ていないということは十分に理解していたからだ。


 それに、アカデミートップクラスの実力とカリスマ性を持つ巴を一人の人間として信奉して、一人の人間として扱って巴に寄り添うことをしないで、心の奥に触れることができなかった自分に、巴のことを想う権利はないと村雨は自覚していた。


「そのことは絶対に忘れないでください!」


 罪悪感に押し潰され、折れそうになっている巴を奮い立たせるような怒声を張り上げると同時に、村雨は巴に向かって疾走する。


 村雨が持つ強い意志のように、彼が握っている武輝が燦然とした強い光に覆われる。


 これ以上巴は何も考えず、何も言わずに、ただ、握っている武輝に意識を集中させた。


 間違った行動をした償いをするため、そして、大勢の仲間たちのために責任を果たそうとするかつての仲間のために、村雨を止める覚悟を決めた巴の強い覚悟に呼応するように、彼女の武輝が強い光に包まれる。


 自分に向かってくる村雨に向かって巴は駆け出した。


 肉迫する二人――間合いに入ると同時に、二人は揃って武輝を振う。


 慟哭のような甲高い金属音が響き渡り、二人は交錯する。


 交錯した二人は立っていたが――すぐに村雨は膝から崩れ落ちて、地に伏した。


 倒れ込んだ村雨の手には武輝がきつく握られていたが、持ち主の意識が失ったせいで、きつく握られていた武輝が一瞬の発光の後に輝石へと戻った。


 最後まで、村雨は責任を果たす意思が揺らぐことなく戦いきった。


 気絶している村雨の表情は、自分の責任と償いを果たした安堵感で穏やかだった。


 巴の勝利だったが――会場内の空気は後味の悪いやりきれない空気で満たされていた。


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