第26話

 鳳グループ本社のエントランスで、戌井は最後のパーティー出席者たちを送り出した。


 地獄のような時間から解放された出席者たちの表情は安堵しきっていた。


 そんな彼らから、戌井は数えきれないほどの感謝の言葉を言われた。


 一時的な感謝の言葉かもしれないが、恩はたくさん売れたと戌井は確信するとともに、自分の計画が順調に進んでいる喜びに満ちていた。


 戌井は今回の騒動が終わった後のことを想像する――


 この騒動が終われば、鳳大悟が長年『無窮の勾玉』の存在を隠し、無窮の勾玉から生まれたアンプリファイアが多くの生徒たちを苦しめていることが、外部や周囲の人間に知られてしまったことですぐに鳳グループに非難が殺到する。


 そして、手段は荒かったが、今回の騒動で鳳大悟が隠していた真実を明らかにした自分たちには、生徒たちの称賛と同情が集まるのではないかと戌井は確信した。


 そうすれば、鳳グループは周囲のご機嫌取りのために、首謀者である村雨にすべての責任を擦り付けて、村雨の仲間たちは情状酌量の余地があると判断すると思っていた。


 まだ、どうなるかわからないが、それでも戌井は自身の計画の成功を確信していた。


 だから、人質にされていたパーティー出席者たちを全員送り出した時、すべてが終わるまで自重していた笑みを、戌井は思わず零してしまった。


 自分の計画が順調であることと、村雨のことを思い出してしまったせいで。

 

 村雨宗太……奴は本当にバカな奴だ。

 ここまでバカ正直に他人を信じるとは……

 まあ、村雨……人を簡単に信じる君に、人の上に立つ才能はなかったということだ。

 御柴巴のような警戒心を持っていたら別だったかもしれないがな。


「――随分楽しそうだな」


 背後から響くドスの利いた声に、笑みを浮かべていた戌井の表情が凍りつくが、すぐに平静を取り戻して振り返り、声の主を確認すると――セラ・ヴァイスハルトが立っていた。


「出席者たち全員の安全は確保した。……村雨はどうなった」


 何事もなかったように、落ち着き払った声で戌井は状況を伝え、村雨のことを尋ねる時は表情を暗くさせて、村雨の元から去って罪悪感を覚えているような口調にさせた。


 完璧な演技をしたと自負している戌井を、セラは鋭い目で睨んだ。


「……村雨さんのことがそんなに心配ですか?」


「当然だ。村雨とは袂を分かつ形になってしまったが、それでも、彼は仲間だったんだ」


「尽くす、ですか――その割には、学生連合の消滅を望んでいた巴さんや村雨さんたちの意志に反して、不必要に学生連合に人を誘っていたと聞きましたが?」


「……何を言っているのか、わからないな」」


 そうか……そういえば、あそこには貴原康がいたか。

 権力を振りかざしたい割には自分のルールがあって、利用するのが難しい、役に立たない人物だと思っていたが……

 ……こんな時に厄介になるとはな。


 問い詰めるようなセラの言葉に、貴原の存在を忌々しく思って戌井は素が出そうになったが、すぐにそれを堪えた。


「村雨さんたちの信頼を得るため、学生連合にただ暴れたいだけの人を集めて、マッチポンプを行っているという噂を聞きましたが……それは事実なんですか?」


「突然そんなことを聞く意味がわからないが――学生連合の名を騙って暴れる連中に対処するために、どうしても人員が必要だった。そのことについて、村雨は理解してくれたよ」


 そう言って、一度大きく、仰々しくため息を漏らす戌井。説明を続ける。


「そんなのは単なる噂だ。もし、そんな噂が流れているとしたら……ただ暴れたい連中を僕が引き込んでしまった責任を取るために、彼らを厳格に取り締まっていた僕の行動が、周囲にはマッチポンプを行っているように見えただけなんだろう。濡れ衣だよ」


「……まるで、予め用意していたかのように、スラスラと答えるんですね」


「学生連合が存在していた頃には、毎日のように学生連合の名を騙って暴れる連中のせいで非難は受けていたからね。自然と受け答えに慣れたんだ」


 動揺することなく、余裕に受け答えをする戌井を確信に近い疑念を抱いているセラは睨む。そんな彼女の様子に、微かに戌井は口角を吊り上げる。


「疑うのは結構だが……僕がそんな卑怯な真似をしていたという証拠はあるのかな?」


 証拠を要求してくる戌井に、セラは何も反論できなくなってしまう。


「自分の身の潔白を証明するために、君たち風紀委員の事情聴取をいつでも受けてもいいが――いいのかな? 僕たちは鳳大悟が隠していた真実を何も知らない生徒や外部に公表した。方法は間違っていたとはいえ、隠されていた真実を公表するという称賛に価すべきことをした。それに、僕たちは人質とされていた人たちの避難に最善を尽くした。――そんな人間を証拠もなく疑って、周囲はどう思うだろうな」


「方法は間違っていたと言っておきながら、称賛に価すべき行動だったと自分で言い放っている時点でお前は村雨さんたちとは違う」


 抱いていた疑念が確信になったセラは、チェーンにつながれた自身の輝石を握り締める。


 セラの手の中にある輝石は、静かに昂る彼女の感情と同調して強い光を放っていた。


「村雨さんたちは、今回の騒動は間違っていると自分たちでも理解していた。自分たちが引き起こした騒動を称賛に値するものとは絶対に思っていないし、称賛なんて欲しかったわけじゃない! ただ、村雨さんたちはアカデミーのために行動していたんだ!」


 鋭い声と同時に、セラは輝石を武輝である剣に変化させる。


 肌を刺すような殺気と、息を呑むような威圧感を放つセラを前にしても、戌井は余裕を崩さない――こうなることも、一応は予想していたことだからだ。


「言ったと思うが――僕を捕まえて、君たち風紀委員はどうなると思う? それも、力を行使して捕まえたら。……君たちはアカデミーに蔓延する実力主義を失くすため活動しているんだろう? みんなのために頑張ったこの僕を捕まえたら、どうなると思う?」


 口角を微かに吊り上げて、挑発するように憎たらしくそう言い放つ戌井に、セラは爆発しそうになっていた気持ちを堪える。


 不用意に手を出せないと悟ったセラに、戌井は気分良さそうに笑っていると――


「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッ! 出席者たちの避難の誘導に専念していたら、こんなところであなたに会えるとは運が良いですわね!」


 吹き抜けになっている広いエントランス中に響き渡るほどの、笑っている本人は気分良さそうだが、周囲には迷惑なほどの無駄に大きな声量の高笑いが響き渡る。


「この鳳麗華、目の前にいる悪は決して見過ごしませんわ!」


 高らかに大見得を切ると同時に、空中で派手に一回転した麗華がセラと戌井の間に華麗に降り立つ。遅れて「セラさーん」と、セラに呑気に手を振っている幸太郎が現れた。


 自分に向かって能天気に手を振りながら近づいてくる幸太郎の無事な姿を見て、戌井の本性を垣間見て険しかったセラの表情が一気に柔らかくなった。


「セラさん、ここはこの私に任せてもらいますわ! 戌井さんの悪行はしかと聞きましたわ! この男の悪辣非道な行い、天が許してもこの私が絶対に許しませんわよ!」


「あ、あの……鳳さん、不用意に手を出してしまうのは――」


「そんなもの問題ありませんし、関係ありませんわ! 現在私は風紀委員から退いた身、鳳麗華個人としてこの男を成敗いたしますわ!」


 興奮しきって今にも戌井に飛びかかりそうな麗華に、心強いと思いながらもセラは制止させようとするが――すぐに一蹴される。


「風紀委員でなくとも、鳳グループの一員である君がこの僕を捕えれば、地に堕ちた鳳グループにさらにトドメを刺すことになるかも――」


「関係ありませんわ!」


 嫌らしい笑みを浮かべた戌井の言葉を、麗華はウンザリした様子で遮り、ブローチに埋め込まれた輝石を、麗華の武輝であるレイピアに変化させた。


 自分の脅しがまったく効いていない麗華を、戌井は厄介そうに見つめた。


「私闘は禁じられているはずだ。それでも君は戦うつもりなのか」


「あなたをギッタンギッタンにした後に犯した罪を洗いざらい吐かせれば、何も問題ありませんわ! 今回の騒動で私欲のために鳳グループを滅茶苦茶にした罪は償ってもらいますわよ」


「……無茶苦茶な奴だ」


 興奮しきって話が通じなさそうな麗華の様子に、戌井は吐き捨てるようにそう呟いた。


 話が通じない相手がこんなにも厄介だとはな――だが、好都合だ。

 鳳大悟の娘が怒りに任せて暴れたとなれば、僕への同情がさらに深まるはずだ……


 ――いいだろう、適当なところで負ければいいだけだ。

 幸い、この女は村雨と同じく怒りで周囲が見えなくなるタイプだ――利用できそうだ。


 麗華も利用することに決めた戌井は、ブレスレットについた輝石を武輝であるステッキに変化させる。


「さあ、行きますわよ!」


 戌井が輝石を武輝に変化させると同時に、麗華は戌井に飛びかかった。


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