第25話

 村雨の正面から武輝であるサーベルを振り上げた貴原が飛びかかり、間合いに入った瞬間に貴原は武輝を振り下ろす――が、村雨は最小限の動きで容易に回避。


 貴原の攻撃を回避すると同時に、今度はサイドからサラサが飛びかかってきた。


 武輝である二本の短剣を左右の手に持ち、サラサは流れるような動作で武輝を振う。


 まだ村雨と戦うことに若干の迷いがあるのか、サラサの動きはぎこちなかったが、それでも貴原以上に鋭い動きで、的確に村雨の隙を突いてきた、


 それぞれの手に持った武輝で、左右交互に繰り出されるサラサの攻撃を回避しつつ、村雨は武輝である大太刀を薙ぎ払う。


 村雨の攻撃をサラサは二本の短剣をクロスさせて受け止めるが、重く、鋭い村雨の一撃の衝撃を消すことができずに吹き飛んだ。


 サラサが吹き飛ぶと同時に、今度は彼女の父であるドレイクが村雨に飛びかかってきた。


 武輝である両手の籠手から繰り出されるドレイクの攻撃は、娘のような迷いはいっさいない。


 村雨の覚悟を深く理解しているからこそ、ドレイクはいっさい村雨に遠慮するつもりはなく、次々と村雨に攻撃を続けていた。


 村雨はドレイクの一撃を武輝で捌き、回避しつつ、隙を見て反撃を仕掛ける。


 村雨の反撃を冷静に回避して対処するドレイク。


 ドレイクと村雨、二人は激しくぶつけり合っていたが――


「ぬぅお!」

「うわっ」


 突然、情けない貴原の素っ頓狂な声と、サラサの控え目の悲鳴が響く。


 二人の声に一瞬だけ気を取られる村雨とドレイクだが――すぐに戦闘に集中する。


 しかし、意識を戦闘に戻したのは僅かに村雨の方が早かった。


 刹那の隙をついて、村雨は武輝を薙ぎ払ってドレイクに攻撃を仕掛ける。


 回避を試みるが、僅かに反応が遅れたドレイクの脇腹に村雨の攻撃が直撃する。


 怯んだドレイクの脳天に村雨は武輝を振り下ろし、次は足に向けて武輝を振い、最後は大きく後退すると同時に武輝の刀身に光を纏わせて衝撃波を放つ。


 村雨の連撃にドレイクは吹き飛び、思いきり床に叩きつけられた。


 手応えはあった――気絶するほどのダメージは与えてはいないが、それでも今はまともに戦闘できないほどのダメージをドレイクに与えたと、村雨は確信していた。


 村雨の想像通り、連撃を受けたドレイクの表情は無表情だが、軽く息を乱して辛そうであり、攻撃を受けた足を動かすのが億劫そうだった。


 三人の中でも一番の戦力であるドレイクの力を大きく削いで、若干の余裕ができた村雨は、声を上げた貴原とサラサに視線を移すと――二人は揃って尻餅をついていた。


「もう少し周囲に気を配ってくれないか! 僕が華麗に攻撃を仕掛けようとしたのに!」


 尻餅をつきながら、貴原はサラサに八つ当たり気味の怒声を張り上げる。


 どうやら、二人は村雨に攻撃を仕掛けようとして接触してしまったようだった。


「何とか言ったらどうなんだ! 君のせいで決定打が与えられなかったじゃないか!」


 ヒステリックな怒声を張り上げる貴原に、サラサは何も答えない。


 生来の鋭い目つきでサラサは貴原をジッと見つめているが、彼女の瞳の奥には確かな怯えがあった。内気な彼女の性格を知っている貴原の怒りは治まらない。


「まったく、迷いを抱いている足手まといなら必要ないんだ!」


「――いい加減したらどうだ!」


 年下のサラサに感情任せに怒声を張り上げる貴原を村雨は制する。


 そんな村雨に、貴原は軽蔑に満ちた表情を向ける。


「敵の心配をするとは随分村雨さんは余裕のようですね」


「恥ずかしいと思わないのか、年下相手に八つ当たりをして」


「や、八つ当たりではありません! それに、戦いに歳の差は関係ありませんよ!」


「実力のない輝石使いを蔑むお前が、蔑む相手と同じ状況になると無様に癇癪を起こすとはな」


 嘲笑を浮かべて容赦なく痛いところを突いてくる村雨に、貴原は「そ、そんなことはない!」と、声を荒げて強がって否定するが、村雨はすべて理解していた。


 この場にいる三人の中で圧倒的に実力がないのは貴原康だった。


 最年長であり豊富な実践経験があるドレイクは、いっさいの迷いなく自分に向かってくるので、三人の中では一番厄介な人物だと村雨は判断していた。


 ドレイクの娘であるサラサは、最年少で三人の中では精神面では一番脆く、戦いにまだ若干の迷いがあって本来の実力を発揮できないでいるが、潜在能力ではこの中の誰よりも一番高く、将来セラたちアカデミートップクラスの実力者たちに、実力が届くかもしれなかった。


 そんな中、貴原は憎まれ口や気概が一人前なだけで、三人の中では圧倒的に実力不足であり、足手まといだった。


「今の状況でお前はただの足手まといだ。お前が落ちこぼれと蔑む輝石使いたちの同様に」


「だ、黙れ! この僕を有象無象の落ちこぼれと一緒にするな!」


「そうだな――一緒にするのは失礼だったな。中途半端な気持ちを抱いたままここにいるお前に比べてしまったら、自分の状況をどうにかしようと必死な彼らに失礼だったな」


「――クソッ! 黙れぇえええええええ!」


 激昂する貴原をさらに煽る村雨に、貴原は怒りの雄叫びを上げて貴原に飛びかかる。


 屈辱に塗れた貴原は、激情のままに武輝であるサーベルを振う。


 力任せの貴原の攻撃を、片手で持った武輝で村雨は難なく受け止め続ける。

 

 何度も貴原は激情のままに武輝を振うが、村雨には届かない。


 大きな突きが生まれた貴原の鳩尾に向かって、村雨は掌底を放つ。


「自分自身が不甲斐ないと思うなら、少しはお前が蔑んでいた人たちの気持ちを考えろ!」


 鳩尾の一撃に息が詰まって攻撃の手が止まる貴原に、村雨は容赦なく両手で持った武輝を思いきり振り下ろそうとするが――村雨の攻撃は貴原に届かなかった。


 寸前にサラサが貴原に飛びかかって、二人が床に突っ伏したからだ。


 だが、振り下ろされた村雨の武輝はサラサの背中を切りつけた。


 輝石の力で薄い膜のようなバリアを全身に纏っているので大怪我はしなかったが、それでも背中に伝わる鋭い痛みに、サラサは小さく呻き声を漏らして苦悶の表情を浮かべる。


「サラサ!」


 普段感情を表に出さないドレイクだが、娘の呻き声を聞いて声を張り、村雨の攻撃を受けてダメージが残る身体に無理をして、貴原に覆い被さっている娘に駆け寄った。


「しっかりしろ、サラサ」


「うん……私は大丈夫。あの……た、貴原さんは大丈夫ですか?」


 ドレイクに抱きかかえられながら、自分よりも貴原の心配をするサラサ。


 改めて自分が足手まといであると痛感した貴原の表情は屈辱と苛立ちに塗れ、自分を心配しているサラサの視線から逃れるように目をそらした。


「……貴原、ここは退け。お前では太刀打ちできない」


「まともに動けない相手が僕に気を遣わないでください! クソッ……余計なことを――これじゃますます僕は無様じゃないか……」


 忌々しげに悪態をついた貴原はドレイクの気遣いを無視して、村雨に飛びかかる。


 自身の苛立ちをぶつけるような力任せの貴原の攻撃を、村雨は武輝で受け止めることなく、回避を続けていた。


「君はまだ自分が、自分が見下す輝石使い以下であることを理解していないようだな」


 怒りに身を任せた貴原の攻撃を避け続けながら、涼しげな表情の村雨は貴原に話しかける。


「どうして実力のない輝石使いがアンプリファイアに手を出すと思う? ――それは、少しでも自分の状況が良くなると信じての行動だ。間違っていると思っていても、追い詰められた人間はどんなことにだって手を出すんだ。その行動は傍目から見れば間違っているかもしれないが、みんな力を得たいと思って、自分の状況をどうにかしたいと思って手を出したんだ。決して、中途半端な気持ちでアンプリファイアには手を出していない」


「フン! 僕にはまったく同情する気になれませんね! どんなに言い訳をしても、間違っていることは間違っている。アンプリファイアを使用しても得られるものは何もない。理由をつけてアンプリファイアに手を出して痛い目を見た連中は自業自得だ。それに、アンプリファイアを使う輝石使いは、あなたが言う憐れな輝石使いだけではない!」


 実力主義が蔓延するアカデミー内で、差別され排斥されている実力のない輝石使いに同情している村雨に、貴原は口角を吊り上げて嫌味な笑みを浮かべていた。


 自分のことを棚に上げて他人を見下している貴原に怒りを抱く村雨だが――彼の言葉は一理あると思ってしまう自分もいた。


 学生連合として活躍する中で、同情の余地があるアンプリファイアの使用者が大勢いたが、私利私欲のためにアンプリファイアに手を出す同情できない使用者も大勢村雨は見てきたからだ。


 今のアカデミーに広まっている実力主義の思想の塊である貴原の言葉に、一瞬同意をしてしまいそうになった自分を、村雨は強く心の中で戒める。


「自分が同じ状況になったらどうするか、お前は考えないのか! 今、こうして、お前は自分よりも遥かに実力のある相手と戦い、自分のせいで実力者であるドレイクさんたちの足を引っ張る状況で、お前はアンプリファイアに手を出そうと思わないのか!」


「まったく、思いませんね!」


 即答すると同時に、大きく一歩を踏み込んで武輝を横一閃で薙ぎ払う貴原。


 がむしゃらに振り回していた今までの攻撃と一線を画す鋭い一撃に、避け続けていた村雨は避けきれないと判断して、片手で持った自身の武輝で受け止めた。


 村雨に受け止められても、貴原は両手で持った武輝に力を込めて必死に村雨を押し出して、村雨のバランスを崩そうとしていたが、彼の身体はビクとも動かなかった。


「いいですか、村雨さん。僕は弱い人間が大っ嫌いだ!」


 村雨を押し出そうとしながら、貴原は本心を吐き捨てた。


「それ以上に、早々に弱い自分に見切りをつけて、努力を忘れる人間が一番嫌いだ。特に、力を与えるアンプリファイアに手を出そうとする輝石使いが!」


 歯を食いしばって貴原は武輝を持った両手に力を入れると、武輝であるサーベルの刀身が燦然と輝きはじめる。同時に、徐々にだが確実に村雨のことを押し出していた。


「心まで弱くなったら、輝石使いとして――いや、人間として終わりだ!」


 叫び声にも似た声を上げると同時に、貴原は村雨を押し出して、彼のバランスを崩した。


 そして、間髪入れずに貴原は村雨に攻撃を仕掛けようとするが――バランスを崩すと同時に後方に身を翻した村雨は貴原との間合いを取り、貴原の攻撃は空を切った。


 間合いを取った村雨が貴原を見る目は明らかに変わっていた。


 貴原の本心からの叫びを聞いて、村雨は穏やかな笑みを浮かべていた。


 今思えば……彼の言葉は最初から的を射ていた。

 そんな彼を俺は中途半端に思い、軽蔑したが――それは間違いだった。


「……どうやら、俺は君を見くびり過ぎていたようだ」


「この僕の価値にこの場で、そして今更気づくとは、遅すぎですよ、村雨さん」


 自身を認める村雨に、貴原は自慢げに胸を張った。


「しかし残念だ……僕はあなたには失望しているんだ。優秀なあなたなら、アカデミーをよくするためにもっと良い方法を見つけることができたというのに、明らかに信用できない御使いと協力してバカな真似を選んだあなたに心底していますよ」


「そうだな……残念だ。君がいてくれれば、最良の手段があったのかもしれないな」


 自虐気味な笑みを浮かべると、村雨の身に纏う気配が一気に変化する。


 殺気にも似た鋭い威圧感を身に纏う村雨に、思わず貴原は気圧されてしまっていた。


「君は俺よりも立派な信念を持っている。そんな君を中途半端と言って悪かった」


 穏やかな笑みを浮かべながらも、村雨の身に纏う威圧感がさらに強くなり、それに同調するように彼が握っている武輝である大太刀の刀身に纏う光が強くなる。


「君は強い、それを認めよう。そして――礼儀として、本気で君と戦おう」


 そう宣言すると同時に、一瞬で村雨は貴原の目の前まで間合いを詰めた。


 そして、村雨は貴原に向けて、刀身に強烈な光を纏わせた武輝を振り下ろした。


「君のその気持ちは、必ず誰かの――いや、人を変える力になる。そのことを忘れるな」


 頭の中に強く刻みつけるような村雨の言葉を最後に、貴原の意識が途切れた。


 村雨の本気の一撃に避ける間もなく、強烈な一撃を直撃した貴原は吹き飛ぶ。


 凄まじい勢いで吹き飛ぶ貴原はそのまま壁に衝突は――しなかった。


 勢いよく吹き飛ぶ貴原の身体を、どこからかともなく現れた萌乃薫が受け止めた。


「あらあら――キツイ性格って聞いていたけど、寝顔はかわいいじゃないの。タイプだわぁ」


 自身の腕の中で気絶している貴原を、萌乃は頬を赤らめてウットリとした表情で眺めて、今にも目覚めのキスをしてしまいそうになっていた。


 突然現れた萌乃よりも――村雨は彼と一緒に来た人物に視線を向けていた。


 その人物が現れるのをずっと待っていたが、できれば会いたくないという矛盾した気持ちも確かに存在していた。


 視線の先にいる人物――自身の武輝である十文字槍を持って無表情の御柴巴に向けて、申し訳なさそうでありながらも、強い覚悟を宿した目を向ける。


「何も言わなくていいし、私には君に何も言う権利はない……来なさい」


 失望しているが、それ以上に罪悪感が込められた巴の言葉に従い、村雨は何も言わずに、武輝を握る手に力を込めて、彼女に飛びかかった。


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