第24話

「へぇー、大悟さんの秘書ってすごい大変なんですね」


 パーティー会場に向かいながら、御柴克也に幸太郎は色々と質問をしていた。


 興味津々といった様子で呑気に質問する幸太郎に呆れながらも、克也は丁寧に質問を返していた。


 克也は大悟の秘書を務めており、忙しい社長に代わって様々な仕事をして、つい昨日まで海外出張中だったということを聞いて、口をだらしなく大きく開けて、幸太郎は感心していた。


「鳳グループみたいな大企業の社長の秘書って、網タイツをはいた眼鏡の女の人ってイメージでした」


「気持ちは何となくわかる」


「克也さんって、御柴さんと同い年にしか見えないくらい若々しいですよね」


「一応大悟と同い年、四十は過ぎている」


「そうなんですか? 大悟さんって老け顔だから五十後半だと思ってました」


「ちょっと、失礼ですわよ!」


 幸太郎と克也の会話に麗華は割って入って、父に対してストレート過ぎる感想を漏らす幸太郎に怒声を張り上げる。


「それなら、鳳さんってお父さんがいくつに見える?」


「そ、それは……と、とにかく、せめて、五十代前半にするのですわ!」


 一瞬言葉が詰まりながらも、麗華は父のためにフォローをする。


 フォローになっていない娘のフォローに、大悟は無表情のまま何も反応しなかったが、その表情は若干だが暗く、ショックを受けているようだった。


「克也さんって、御柴さんと兄妹に間違えられることってありますか?」


「確かに、親子だと知って驚く人は多いな」


「でも、御柴さんの方は大和撫子って感じですけど、克也さんは目つきが鋭くて悪人顔だから、あまり似ていませんよね」


「……話に聞いた通りバカ正直な奴だな、お前は」


「ありがとうございます?」


 悪気なく、ストレートな発言をする幸太郎に、呆れて克也は仕返しと言わんばかりにちょっとした嫌味を言うが、本人はまったく嫌味と気づいていなかった。


 そんな幸太郎の態度に、克也はやれやれと言わんばかりにため息を一度漏らすと――


 すぐに、緩んだ気を引き締め、薄汚れた小さな布の袋に入った輝石を武輝である銃に変化させた。


 そして、武輝である銃を激しい敵意とともに進行方向に立つ人物――伊波大和に向ける。


 顔を合わせた瞬間武輝を向けてくる克也に、大和は愉快そうな笑みを浮かべた。


「久しぶりなのに随分な態度じゃないか、克也さん」


「黙れ。俺がいない間に、随分と勝手な真似をしてくれたようだな」


「さすがは克也さん……すべてはお見通しってわけか」


 すべてを見透かしている様子の克也に、大和は降参と言わんばかりに笑みを浮かべる。


「克也さん、確かに大和君はお腹の中に一物も二物も抱えているけど、良い人ですよ」


 武輝を向けている克也に、大和のためにフォローになっていないフォローをする幸太郎だが、克也は銃を下ろすことはなかった。


 そして、大和は何の疑いもなく、自分に純粋無垢な視線を向けてくる幸太郎に向けて、口角を嫌らしく吊り上げて嘲笑を浮かべた。


「幸太郎君、残念だけど僕は君が思うような人間じゃないんだ」


「そうなの?」


「そうだよ――だって、僕は御使いの仲間なんだからね」


「本当?」


「本当だよ……まったく、君はホントにバカだなぁ」


 深く考えることなく自分を信用する幸太郎を、大和は心底軽蔑するように見つめていた。


 突然、正体不明の人物である御使いの仲間だと大和から告げられても、ピンと来ていない幸太郎の前に、銃を構えた克也が立つ。


「こいつは裏切者、倒すべき敵だ」


「克也さんの言う通りですわ。大和は私たちの――アカデミーにとっての敵ですわ!」


 克也の言葉に同意して、何も理解していない幸太郎に苛立ちをぶつけるように、そして、自分に言い聞かせるように麗華は高らかにそう宣言すると、輝石を武輝であるレイピアに変化させて幼馴染である大和と対峙する。


 激情を宿したツリ目を向ける自身の幼馴染に、大和は満足そうな笑みを浮かべていた。


「大和は御使いが関わったすべての事件に裏で手を引いていた黒幕ですわ……そして、この騒動を起こした村雨さんをも操っていたのですわ」


「それはそうなんだけど……今回については、ちょっと複雑なんだよね」


 麗華の言葉をあらかた認める大和だったが、今回の村雨が引き起こした事件については、戸惑っているような表情を浮かべていた。


「村雨君を利用したのは僕だけじゃないんだ――戌井君も裏で彼を利用したんだ」


 不敵な笑みを浮かべて大和は、今回の騒動の裏に戌井勇吾が関わっていると説明する。


「戌井君は向上心――というか、歪んだ上昇志向と支配欲を持った性質の悪い人だ。村雨君の信頼を得て、彼の右腕になって学生連合を操ることに悦びを感じていたんだけど、戌井君はそれに満足しなかった。だから、戌井君は僕たちに協力して、先月の事件で特区から脱獄した囚人に逃げ道と隠れ家を提供して、学生連合を潰す理由を作ったんだ」


 戌井勇吾の本性を大和は晴々とした表情で説明して、さらに話を続ける。


「今日のために、戌井君は村雨君たちを誘導してこの騒動を引き起こした。まあ、戌井君の誘導に関係なく、熱血漢の村雨君はこの騒動を引き起こしたんだろうけどね」


「戌井さんが裏で手を引いたのはわかりましたわ……それで? 彼があなたたちに協力した理由は何ですの?」


「わからないかなぁ、麗華。言っただろう、戌井君は歪んだ上昇志向と支配欲の塊だって。戌井君は適当なきれいごとを並べて土壇場で村雨君たちを裏切り、パーティーの出席者である各界の有力者たちの前で良い顔をすることで、彼らに恩を売るつもりでいたんだ。そうすれば村雨君たちとの共倒れを避け、情状酌量の余地が認められてお咎めなし。有力者たちにもたくさん恩を作ったし、事件が終わる頃にはバラ色の人生が待っている――そんなことだろうね」


「戌井さんや、あなたに、好き勝手な真似は絶対にさせませんわ!」


 わざと挑発するような口ぶりで、大和は戌井の魂胆を説明すると、戌井と自分に対しての怒りで声を張り上げる麗華。そんな幼馴染の様子を、大和は心底楽しそうに眺めていた。


 だが、自分たちの協力者である戌井の本性と目的をぺらぺらと話す大和を、克也は不審そうに睨んでいた。


「どうして俺たちにそんなことを教える。戌井はお前たちの協力者なんだろう」


「克也さんはどうしてだと思う?」


 克也の疑問に挑発的な笑みを浮かべて大和は聞き返した。


「……利用するだけ利用して、利用価値がなくなったら切り捨てるのか?」


「それもあるけど――まあ、一応今まであなたたちにお世話になった恩返し、かな?」


 自虐気味な力のない笑みを浮かべた大和の答えに、克也は理解できなかった。


 そんな克也を放って、大和は麗華と大悟に視線を移した。


「ということで、麗華、君とのゲームはこれで終わりだ」


「まだ終わっていませんわ!」


「ホント、諦めが悪いなぁ麗華は。でも……結局、君と僕とのゲームは、君は全敗で僕は全勝、圧倒的大差で僕の勝ちだね、麗華」


 まだまだ諦めていない幼馴染に、大和は挑発的で勝ち誇ったようでありながらも、どこか満足気な笑みを浮かべていた。


「さて、大悟さん――ずっと隠していた『無窮の勾玉』や、薬として外部に出回っていたアンプリファイアの正体も外部に公表しちゃったんだけど……これからどうする?」


 今回の騒動で明るみになった事実で、混乱するアカデミーを想像した大和は気分良さそうな笑みを浮かべて、大悟に質問をした。


「公表する時期が少し早くなっただけだ。予め対策は練っている」


 真実が公表されたことに、まったく気にしていない様子の大悟に、大和は思わず「さすがだなぁ」と感心の声を上げた。


「すべてはお見通しってわけか……もしかして、僕がこうして裏切ることも?」


 意地悪な笑みを浮かべた大和の質問に、少し間を置いて大悟は「……ああ」と頷いた。


「それなら、これから僕が何をしようとするのか、わかる?」


「お前がマスターキーを使って深部に行くのも理解している」


 自分のすべてを見透かしている大悟に、大和は深々と嘆息する。


「それなら、どうして僕にマスターキーを渡したの?」


「自分で考えろ」


 突き放すような大悟の言葉に、「ごもっとも」と苦笑を浮かべる大和。


 そして、脱力するように一度大きくため息を漏らし、大和は浮かべていた軽薄な笑みを消す。


 中性的で整った大和の真剣な表情には、憂いとほんの僅かな怒りが宿っていた。


「さようなら」


 麗華と大悟に向けて、短い別れを告げると大和は踵を返して麗華たちの前から立ち去る。


 無防備に背中を向ける大和を追おうとする克也だが、大悟に片手で制される。


 振り返らずに去る幼馴染の背中から強い覚悟と寂寥感を感じ取った麗華は、何も言わずに大和を見送っていた。


「また会える?」


 ふいに、幸太郎は大和の背中に向けて尋ねる。


 短く麗華たちに別れを告げた大和から、幸太郎は本当に最後の別れになるかもしれないと何となく思ったから、思わず尋ねてしまった。


 幸太郎の言葉に何も反応することなく、大和は麗華たちの前から去ってしまった。


「……先を急ぎましょう」


 大和が去って、何事もなかったかのように麗華は先に進む。


 しかし、麗華は必死で自分の感情を抑えていることは、鈍感な幸太郎でも理解できた。


「鳳さん……大和君、行かせていいの」


「構いませんわ」


「本当に?」


「こうなることは昔から決まっていたのですわ。それが、私と大和の約束なのですわ」


 気遣う幸太郎を麗華は素っ気なく突き返した。


 そして、『約束』という言葉を、麗華は自分の心に刻みつけるように口に出した。


 素っ気ない麗華の態度に釈然としなかったが、今はやるべきことがあるので幸太郎は麗華たちとともに先を急いだ。


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