第三章 やりきれない気持ち

第23話

 バカな奴だ……――いや、奴らか。

 まさか、ここまで思い通りに動いてくれるとはな。


「落ち着いてください! エレベーターは必ず来ます! それと、非常階段もあります! だから、落ち着いて、押し合わないでください!」


 さっきまで人質にされていたパーティー出席者が、下の階に向かうために混雑しているエレベーターホールにいる戌井は、彼らの誘導をしながら心の中でせせら笑っていた。


 心の中でせせら笑っている相手は、もちろん会場内に置いてきた村雨宗太だった。


 村雨宗太――戌井にとっては、とても御しやすい人物だった。


 だからこそ、戌井は今まで存分に村雨を操ることができた。


 そして、戌井は自分よりも実力が高い相手を操って、大勢の人間を操ることができる優越感に浸り、自身の支配欲を存分に満たすことができた。


 かつて、戌井は実力の高さで、かつての治安維持部隊である輝動隊と輝士団、そして、制輝軍にスカウトされたことがあったが――戌井はそれをすべて断った。


 その理由は、それらの組織では自分の欲求を満たすことができないと思ったからだ。


 輝動隊は伊波大和、輝士団は久住優輝、制輝軍は白葉しろばノエルというアカデミー内でトップクラスの優秀な人物がまとめており、彼らの下には優秀な輝石使いが大勢いた――そんな状況で、自身の支配欲を満たすことはできないと確信していたから、戌井はスカウトされても入るつもりはなかった。


 戌井は昔から表に出ることなく人を操ることに無上の悦びを感じていた。


 その歪んだ支配欲を落ちこぼれが揃う学生連合で戌井は満たすことができた。


 隙がまったくない人物である御柴巴がいる時は、学生連合に入るつもりはなかったが、彼女が学生連合から去って、村雨が率いていると聞いた時――戌井にチャンスが訪れた。


 戌井は周囲からの信頼を得やすい人間になりきって学生連合に入り、自分が灯した火を自分で消して、周囲からの信頼を得た。


 そして、村雨の右腕になってから戌井は意のままに学生連合を操って、自身の歪んだ支配欲を満たした――が、すぐに満たされなくなった。


 御柴巴が去った学生連合はもう末期状態だった――だから、満足できなかった。


 そんな時に、もっと上のステージへ行けるチャンスが現れた。


 チャンスを存分に利用した戌井は、上手く村雨を誘導して今の状況に持ってきた。


 すべての責任を取る村雨――そんな村雨の覚悟を知って、自分たちでは何もできないと悟って、悔やみ、涙する彼の仲間たち。


 ついさっき自分の前で行われた茶番劇を思い出し、思わず薄ら笑み浮かべてしまういが、すぐにそれを消して、笑いそうになるのを必死に堪える。


 僕の用意した舞台で、愚かな村雨と落ちこぼれのお涙頂戴劇――

 ダメだ、思い出すだけで笑ってしまう。

 まだダメだ……まだ、全部終わってないんだ。

 笑うのは全部終わってからにしよう。


 笑う自分を堪えていると――悲鳴が響いてくる。


 悲鳴のする方へと視線を向けると、まだ破壊されていなかったコミュニケーション特化の新型ガードロボットが、中年男性の一般人のパーティ出席者に襲いかかっていた。


 チャンスだと言わんばかりに、戌井はブレスレットに埋め込まれた自身の輝石を、即座に武輝であるステッキに変化させ、同時にガードロボットへ向けて飛びかかる。


 できるだけ周囲に目立つように、派手で華麗な動きで。


 一気に間合いを詰めると、フェンシングの要領で力強く踏み込むと同時に、武輝を思いきり突き込んだ。


 鋭い戌井の刺突が直撃したガードロボットは吹き飛び、出席者は助かった。


 自身を助けた戌井を見たパーティー出席者は、さっきまでパーティー会場を占拠していた村雨たちの仲間であることに気づいた。


「き、君は確か彼らの仲間の……ど、どうして、私を……」


「今の僕は仲間ではありませんし、人を助けるのに理由はありません。さあ、早く逃げる準備をしてください」


「あ、ありがとう……この恩は忘れないよ」


 自身を助けてくれた戌井に感謝の言葉を述べて、パーティー出席者は逃げる。


 ……確か、彼は鳳と関連が深い企業のトップだった。

 良いところに恩が売れた……さて、まだまだこれでは足りない。

 もっと、もっと、恩を売らなくては。

 そして、僕はもっと上のステージに上り詰めなければ。




――――――――――




 見栄えだけを気にした隙が多い動きで、武輝であるサーベルを振り上げながら向かってくる貴原を村雨はジッと見据える。


 間合いに入ると同時に貴原は村雨に向けて武輝を振り下ろすが――村雨は最小限の動きで容易に貴原の攻撃を回避、同時に彼を蹴り飛ばした。


 村雨のカウンターに対応できずに、情けない声を上げて貴原は蹴り飛ばされた。


 しかし、蹴り飛ばされながらも貴原は空中で華麗に身を翻して、優雅な動きで着地する。


「ふ、フフフ……な、中々やりますね、村雨さん……僕を本気にさせてしまったようだ」


 不敵に笑って見せて強がっているが、貴原の表情には余裕がなかった。


 村雨と明らかに実力が開いている貴原の様子に、武輝である斧を担いだ嬉々とした表情の美咲が前に出てくる。


「元気だけじゃ、村雨ちゃんには勝てないよ♪ ここはアタシがやるよ」


 ウキウキした様子で美咲は村雨と対峙する。


 自分以上の実力を持つ美咲が前に出てきても、村雨は決して逃げない。


「それにしても、鳳グループが煌石を持っているなんてアタシはじめて知ったよ」


「あなたは御三家、それも、銀城の当主の娘だったはずだが?」


「アタシは昔から昔話とか興味がなかったから、じーさんばーさんの話を真面目に聞いてなかったんだよね、御老人の話は長いし、辛気臭いからさ」


「む、昔からあなたは変わっていないんですね」


「やっぱり、アタシにとっては昔よりも今なんだよ――それで、これからなんだよ、村雨ちゃん♪ アタシの言っていること、わかる?」


 アグレッシブな雰囲気を身に纏い、今にも飛びかかってきそうな美咲だったが、どことなく自分を説得しているような彼女の言葉に、思わず村雨は微笑んでしまう。


 戦うことしか考えていないと思っていた銀城美咲の気遣いに、感謝をしながらも村雨は一歩も退かなかった。


「ああ……だからこそ、俺は未来のためにここであなたたちと戦う」


「ヤル気満々みたいだね、村雨ちゃ~ん☆ そうこないとね!」


 武輝である大太刀を構えて抵抗の意思を見せる村雨に、美咲は餌を前にして悦ぶ獰猛な野獣を思わせるかのような表情になり、全身が殺気立った。


 一気に一触即発状態になる二人だったが――「もうやめて!」と、甲高い悲鳴のような声が会場内に響き渡る。


「村雨さん、もう……もうやめようよ、こんなこと」


 悲鳴のような声の主であるサラサの表情は今にも泣きだしそうで、村雨を縋るような目で見つめていた。


 サラサの両手には武輝である二本の短剣が握られているが、戦意を失っている彼女の手から今にも滑り落ちそうになっていた。


「ごめんね、サラサちゃん……こんな時になっても俺のことを心配してくれる君の気持ちは嬉しいけど、退けないんだ」


「……どうして? わからないよ……」


「君にはまだわからない。でも、きっとわかる時が来るよ」


 柔和な笑みを浮かべながらも決して退く気がない村雨を、サラサは理解できなかった。


 見知った相手と戦うことに迷いを抱くと同時に、悲しみも抱いて俯いているサラサの前に、父であるドレイクが立つ。


「最初から村雨は仲間のためにすべての罪を被って、この騒動を起こした責任を果たすつもりだった。だから、村雨に迷いはない」


 村雨のことが理解できない娘のためにドレイクは説明する。


 娘のことに関しては寡黙なキャラが崩れるほど、娘にダダ甘のドレイクだが、娘に村雨の覚悟を説明している時のドレイクの口調は厳しいものだった。


「サラサ、本気で村雨のことを止めたいと思うのなら村雨と戦え。そうしなければ、彼は絶対に止まらない……いや、ここまで来たら、もう自分でも止めることができないんだ。彼は自分の信念を貫き、責任を果たすために、絶対に退かないだろう」


 重い病を患っていた娘のために絶対に止まれなかったかつての自分を思い出しながら、ドレイクは村雨の不退転の覚悟を説明した。


 かつて、父が自分のために覚悟を決めたことを間近で見ていたサラサは、ようやく村雨が何を言っても止まらないことを理解した。


 そして、サラサは武輝をきつく握り締め、村雨を止めるために戦うことを決意する。


 貴原、美咲、ドレイク、サラサ――自分と戦う――いや、自分を止めるつもりの四人を前にしても、村雨は退くことはなかった。


 圧倒的に不利な状況だったが、村雨は自分の仲間以外にも、自分を理解してくれる人がいることに内心喜んでいた。


 もしも――もしも、彼らが協力してくれていれば――……

 ――いや、そうだとしても、協力はしてくれなかっただろう。

 彼らには彼らの、そして、こっちにはこっちの信念がある。きっと相容れなかった。

 余計なことを考えるのはやめよう……自分のためにも、彼らのためにも。


 心置きなく村雨は彼らと戦おうとしていると――


「手を貸してやろう……」


 機械で加工された声とともに、どこからかともなく、フードを目深に被って顔を隠した白い服を着た謎の人物――御使いが現れた。


 思いもしなかった人物の登場に、全員の視線が御使いに集まる。


 特に村雨は自分の傍らに立つ御使いのことを静かな激情を宿した目で睨んでいた。


「……一体何のつもりでここに来た」


「言っただろう、手を貸すと」


 怒りを抑えている村雨の質問に平然とした様子で、御使いはそう答えた。


「こちらに偽の情報を与えて、利用するだけ利用して裏切っておきながら、随分都合が良いことをするんだな」


「弁解はしない――だが、これはだ。お前が責任を果たすまで手を貸してやろう」


「……勝手にしてくれ」


 言い訳をすることなく、御使いはペンダントに埋め込まれている輝石を、自身の身長をゆうに超える武輝である長巻へと変化させる。


 裏切った相手の前に突然現れて、手を貸すと言い出して村雨は御使いが信用できなかったが――今、自分の目の前にいるのが、この騒動を計画するために何度か会って話した御使いであると、村雨は気づいた。


 ある程度の一線を保ちながらも自身を気遣い、自分の行動に若干の迷いを出だしている御使いであり、村雨は多少の信頼をしている御使いだった。


 そんな御使いが自分の意思でここまで来たということを聞いて、村雨はこれ以上何も言わなかった。


「へぇー、君が噂の御使いかぁ……それなりに強そうだなぁ。アタシは君と戦おっと」


 新しいオモチャを見つけた子供のように、嬉々とした表情の美咲は御使いと対峙する。


 そんな彼女の隣に、千鳥足で赤ら顔の酔っぱらっている刈谷が近づいてきた。


「待てよ……俺もそいつには色々と話したいことがあるんだよ――ウオェッ!」


「刈谷ちゃん大丈夫? 途中で吐かないでよ。おねーさんももらいゲロしちゃうからさ」


「も、元はアンタが俺にあれだけの酒を飲ますのが悪いんだろうが……気持ち悪い……」


 今にも吐き出しそうにもかかわらず、輝石を武輝であるナイフに変化させた刈谷は、御使いと村雨と対峙する。


「村雨……同級生のお前とは何度か世話になったな。テスト前の勉強でノート貸してもらった時とか、宿題を忘れた時とか、お前にはホントに世話になったよ。ありがとな」


「懲りもしないで毎回君に助けを求められていた身としては、とてもありがたい言葉だな」


 皮肉をたっぷり込めた級友の言葉に、刈谷は思いきり痛いところを突かれて苦笑を浮かべることしかできなかった。


「お前はホント良い奴だよ……でもな、お前はバカ野郎だよ、バーカ。とにかく、お前にはバカをやった責任は取ってもらう」


 思いきりバカにするように刈谷に言われ、ちょっとイラッとした村雨だったが、彼の言葉を甘んじて受け入れた。


 何も言い返してこない村雨の様子に刈谷は一瞬やるせない表情になるが、すぐに御使いに視線を移して、凶暴な表情で睨んだ。


「――それと、お前には大道について聞きたいことがあるんだ。無理矢理にでも話を……悪い、ちょっと待って。あっ、で、出る、出る……ヴォェエエエエエエエエエエエエ!」


 今まで情けなく酔い潰れていた分、カッコよく決めた顔を作って御使いに凄んでいた刈谷だが、堪えきれなくなって会場の隅に向かって走り、汚らしい嘔吐く音ともに思いきり吐いていた。


 張り詰めた緊張感の中で、刈谷の吐瀉物のにおいが充満した。


 そのにおいに美咲は思わず顔をしかめて「オェ」と軽く吐きそうになっていた。


「ここはにおいがきついから――外に行こうか、ね?」


 言い切ると同時に、武輝である斧を担いだ美咲は目にも映らぬ速さで御使いとの間合いを一気に詰める。


 咄嗟に御使いは後退しようとしたが、獰猛な笑みを浮かべた美咲は逃がさない。


 武輝を持っていない手で美咲は御使いの首を掴むと同時に、そのまま力任せに思いきり会場の出入口の扉に向けて投げ飛ばした。


 投げ飛ばされた御使いは空中で体勢を立て直す間もなく扉を壊して、会場の外に出た。


「さてと……おねーさん、頑張っちゃうぞ☆」


 かわいらしくそう呟くと同時に、嬉々とした表情で美咲は会場の外へと向かう。出すもの出してスッキリした刈谷も、美咲の後を追った。


 残された貴原、ドレイク、サラサは、村雨と対峙した。


「フフン……さあ、覚悟してもらいますよ、村雨さん!」


 キザっぽく笑って、貴原は村雨に向けて疾走するが――すぐに、返り討ちにされて無様な叫び声を上げて吹き飛ばされる。


 そんな貴原を無視して、ドレイクとサラサの親子は村雨に向けて飛びかかった。


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