第28話
武輝であるステッキをフェンシングの要領で戌井は振って、麗華を迎え撃っていた。
戌井の動きに対応して、麗華も武輝であるレイピアを振う。
吹き抜けになっているエントランスに、武輝同士がぶつかり合う甲高い剣戟の音が響き渡っていた。
「必殺――『エレガント・ストライク』!」
情けない技名がエントランスに響き渡ると同時に、力強く一歩を踏み込んで、貫くような勢いで放つ渾身の力を込めた突きを放つが――苦もなく戌井は上体をそらして回避する。
自慢の必殺技が容易に回避されて、麗華の表情が苛立ちに歪む。
「グヌヌヌヌ――必殺! 『ビューティフル・ハリケーン』!」
力が抜けるような技名を叫ぶと同時に、嵐のような連続突きを放つ麗華。
目にも止まらぬ速さで繰り出される麗華の連続突きに、戌井は流麗な動きで回避。
連続突きの合間を縫って戌井は反撃を仕掛けるが、麗華は華麗に、そして、派手に後方に身を翻して回避しながら、武輝であるレイピアから数発の光弾を発射する。
手の中にある武輝であるステッキを器用に、そして、無駄に回転させて、自身に向かって流線を描いて飛んで来る煌びやかな光弾をかき消した。
お互い見栄えのする無駄に華麗で派手な動きで激しい戦いを繰り広げていた。
激しい麗華の攻撃を凌ぎながら、戌井は横目でチラリとエントランスの外を一瞥する。
エントランスの外には、窓から自分たちの戦いを観戦している多くの人がいた。
注目を集めている自分たちの戦いに、順調に思い通りになっていると感じて笑みを浮かべてしまいそうになるが、今は戦いに集中するべきだと自分に言い聞かせて自重する。
注目を浴びた後は、適当に戦って負ければいいと戌井は思っていた。
わざと負けるのは癪ではあるが、そうすればさらに自分に同情が集まるからだ。
激情に身を任せた鳳麗華が、暴走する仲間を捨ててまで人質のために尽力した少年に一方的な暴行を加える――この戦闘が新たな騒動の火種になると戌井は確信していた。
「フン! 戦いに集中しないとはいい度胸ですわね!」
思考を中断させるような怒声が響き渡ると同時に、麗華は戌井に向けて鋭い刺突を放つ。
目で捕えるのは困難な速度の攻撃だが、戌井は紙一重で避けることができた。
感情のままに放たれる、一直線過ぎるバカ正直な攻撃――
高い実力があると聞いていたが、怒りに支配されているせいで本来の実力が発揮できていないようだ。
冷静沈着で感情に左右されない鳳大悟とは違い、娘は直情思考。
村雨以上に御しやすい単純な女だ……
怒りに身を任せた攻撃を放つ麗華を冷めた目で戌井は分析していた。
そんな戌井に向けて次々と攻撃を繰り出す麗華だが、戌井は適当に彼女の攻撃を受け止め、受け流し、あえてダメージを負う時は全身にバリアのように薄く張っている輝石の力の出力を上げてダメージを軽減させて、苦戦を演出していた。
――だが、まだ戌井は満足していなかった。
ここまで怒っている麗華ならば、もっと激しい動きができるはずだと思っていたからだ。
演出を強化するために、もう少し自分を圧倒してくれた方が戌井には都合が良かった。
戌井は見栄えを意識して武輝であるステッキを華麗に振って麗華に攻撃を仕掛ける。
フェンシングの要領で武輝を振う戌井の攻撃を、麗華は優雅な足運びで回避、そして、武輝で受け止め、隙を見て反撃を仕掛けていた、
「……それにしても、君たち鳳の随分業が深い一族だ」
激しく麗華を攻めながら、戌井は麗華と自分にしか聞こえない声で話しかけた。
嫌らしく微笑む戌井の言葉に、戦いながらも麗華は反応する。
「今回――いや、ここ最近発生している一連の騒動には御使いが必ず関わっている」
「……そんなこと、改めてあなたに言われなくともすべて理解していますわ」
「それなら、君は理解しているはずだ。一連の騒動は、君たち鳳の人間が天宮家を裏切ったことからはじまる壮大な復讐劇であると」
「――無駄口が多い殿方は嫌いですわ!」
挑発するように放たれる戌井の言葉の一つ一つが的確に麗華を苛立たせ、戌井の思惑通りに彼女は激情に身を任せた力任せの一撃を放つ。
至極見切りやすい麗華の攻撃を戌井は余裕で回避する。
「天宮家との騒動で、一体鳳は何人もの人間を不幸にした? そして、何人もの人間が暗い復讐の炎に身を焦がしたと思う?」
口角を微かに吊り上げて性悪な笑みを浮かべる戌井の言葉に、自分の一族がかつて行った非道の数々が頭に過った麗華は言葉を詰まらせる。
「理解しているだろう? 御使い、そして、村雨の前に現れた天宮加耶は君たち鳳の復讐に燃えているということが」
「……あなたには何も理解できませんわ」
順調に麗華の怒りを募らせていると確信していた戌井だったが――苛立ちに満ちた麗華の表情が、突然冷静なものへと変化した。
麗華から纏う雰囲気が一変したことに、本能で危険を察知した戌井は攻撃を中断して、大きく後退して彼女から距離を取った。
……怒りが頂点に達して、逆に冷静になったか?
いや――それにしても、怒りにしては纏っている空気が静か過ぎる。
静かな雰囲気を身に纏う麗華の様子を、冷静に分析する戌井だったが――そんな自分を見て薄ら笑みを浮かべる彼女に、戌井は背筋に冷たいものが走った。
「私は今日という日まで、鳳が天宮から煌石を奪ったという事実は知りませんでしたわ。真実を知って、最初は私も戸惑いましたが、すぐにお父様の気持ちは理解できましたわ……罪を償うためならできる限りのことをしようとするお父様の覚悟を。あなたはすべてを理解しているつもりですが、お父様の気持ちまで理解はしていないのですわ」
冷ややかな嘲笑を浮かべる麗華に戌井は苛立ちを覚える。
戌井が苛立ったのを見透かしたように、麗華は満足気な表情を浮かべて話を続ける。
「それに、あなたに言われなくとも、私はずっと昔から鳳が持つ業を理解していましたし、いずれ天宮が鳳に復讐をすると、加耶と約束をしてから覚悟はしていましたわ!」
すべてを知った気でいい気になっている戌井を、射抜くような眼光で真っ直ぐと見据えた麗華は、豊満な胸を思いきり張って勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「フフン、そろそろ飽きましたわね、あなたが用意した面白くない舞台に付き合うのは」
「貴様……すべて理解していたのか」
「だから、さっき言ったばかりですわ。すべて理解していると」
気分良さそうに鼻を鳴らして放った麗華の言葉に、戌井はすべてを理解する。
理解した上で自分の掌でワザと踊っていた麗華に、戌井のプライドが刺激され、口調を変えて思わず本性を露わにしてしまった。
「あなたが演出を気にするのならば、こちらも演出を気にして舞台を考えただけですわ――その結果、あなたは筋書き通りに動いた。どうやら、あなたは自分が思っている以上に頭が悪いようですわね! オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」
本人は意識していないが、挑発には一番有効な無駄にうるさい高笑いを浮かべる麗華。
「どうです? 利用していたと思っていた人間に、利用される気分は! 大和からあなたは歪んだ支配欲を持っていると聞きましたわ! 思うままに人を利用して支配することに悦びを覚える性格ならば、人に利用された時に感じる屈辱は最高でしょう! 良い気味ですわ! オーッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」
サディスティックな薄ら笑いを浮かべて思いきり戌井を侮辱した後に、さっきまでの華麗に戦闘を行っていた人物とは思えないほど、悪辣な表情で麗華は気分良く高笑いをする。
高笑いを続ける麗華を、無言で戌井は睨む。
麗華を睨む戌井の表情は、周囲の人間の信頼を得るために被っていた『頼りがいのある戌井勇吾』の仮面を脱ぎ捨て、歪んだ支配欲に塗れた醜い本性を露わにしていた。
プライドをズタズタにした自身への憎悪に満ちている戌井の表情を見て、麗華は気分良さそうに、勝ち誇ったような笑みを浮かべて「フフン」と鼻を鳴らした。
「あらあら、戌井さん……今まで必死に隠していたあなたの本性が表に出ていますわよ?」
「伊波大和――どうしてアイツが僕のことを知っているんだ……」
「大和は私たちの敵、御使いの仲間ですわ。その大和からすべて聞きましたわ。あなたが先月の事件で特区から脱獄した囚人に手を貸したことも――ああ、忘れていましたわ。私の前に、あなたは御使いに利用されていたのでしたわ」
あの伊波大和が御使いの仲間……
確かに、あの得体が知れない人物ならおかしくはない。
だが、僕が利用されていた? ……あちらから協力を持ち掛けられたのに?
そんなはずはない……そんなはずは――
平静を装っているが、内心では困惑しきっている戌井の胸中を見透かした、麗華はトドメを刺しにかかる。
「結局、あなたも御使いからしてみれば、あなた自身が見下していた人と同じく利用し甲斐のある人間だということですわ――歪んだ支配欲がありながらも、自分自身が利用されていることに気づいていないとは惨めですわね!」
声高々に戌井を侮辱にして、心からの嘲笑を浮かべ、ズタズタにされた戌井のプライドに平然と、容赦なく追い打ちをかけた麗華に、戌井の頭の中で何かが弾け飛んだ。
完膚なきまでプライドを壊された戌井は、怒りに身を任せて麗華に飛びかかった。
間合いに入ると同時に力任せに振るった戌井の武輝を、涼しげな表情の麗華は片手で持った武輝で容易に受け流し、足払いをして戌井を転ばせた。
無様に尻餅をついた戌井は、激情と屈辱に塗れた表情で麗華を睨んで、憎悪をぶつけた。
「ホント、利用しやすいですわね。否定も何もしないで飛びかかったら、自分の非道な行いを認めてしまっているも同然だというのに――周りをごらんなさい。みなさん、今のあなたの姿を見て、衝撃を受けていますわよ」
すべての人質たちの避難誘導を終えてエントランスに降りてきた村雨たちの仲間、そして、本社の外からは大勢の人間の視線が、激情に支配されている戌井の姿に一気に集まっていた。
怒り、失望、衝撃――様々な感情が込められた視線が集まるが、憎悪に支配されている戌井は気づいていなかった。
その状態のまま、戌井は麗華に向けて獣のような咆哮を上げて飛びかかった。
野蛮な本性を露わにさせる戌井に、呆れたように小さく麗華はため息を漏らした。
「こんな見え見えの挑発に乗ってくるとは、あなたもその程度ということですわね――さあ、遠慮なく本気であなたを潰しますわ!」
麗華は高らかにそう宣言すると同時に、自身に飛びかかってくる戌井を迎え撃つ。
さっきまでの周囲への見栄えを気にして華麗さを意識していた戌井の動きは、荒々しい動きに変化していたが、麗華は余裕に彼の動きに対処する。
両手に持った武輝であるステッキを力任せに麗華に向けて振り下ろす戌井だが、麗華は変わらず無駄に華麗な動きで回避する。
回避と同時に一気に麗華は戌井に向けて猛攻を仕掛ける。
「今度は簡単には避けられませんわよ! 必殺! 『ビューティフル・ハリケーン』!」
相変わらずの技名を叫ぶと同時に、無数の連続突きを放つ。
さっきとは比べ物にならないほどのスピードで放たれる突きの嵐に、戌井は回避できずにすべてを食らってしまう。
連続突きのトドメには思いきり麗華は戌井を蹴り飛ばし、戌井の身体は宙に舞う。
一瞬でボロボロになって気絶寸前の戌井だが、まだ麗華の気は済まなかった。
鳳グループ本社を襲って父を危険に晒した怒り、方法は間違っていたがそれでも純粋にアカデミーのことを想っていた村雨たちを裏切ったことが許せなかった麗華は、ほとんど気を失いかけている戌井に向けてこの日一番の大技を仕掛ける。
昂る麗華の感情と同調して、彼女の武輝が炎のように揺らめく強烈な光を纏う。
「これで終わりですわ! 必殺! 『エレガント・ストライク・パートⅢ』!」
最後のトドメに、いまだに宙に舞っている戌井に向けて、固い床が割れるほどの力強い一歩を非見込んで、光を纏わせた武輝を突き出した。
瞬間――光を纏った武輝からレーザー状の光が放たれる。
建物を揺るがすほどの大きな力の奔流に、為す術もなく呑み込まれた戌井は天井高く吹き飛ばされ、そのまま受け身も取らずに床に激突する。
戌井の手から離れた武輝は輝石に戻り、戌井は完全に気を失っていた。
「オーッホッホッホッホッホッホッホッ! この私を利用しようとしたのが、あなたの大きなミスでしたわね!」
床に突っ伏して気絶している戌井を見て、勝利の余韻に浸って気分良さそうに麗華は笑い続けていた。
そんな鳳グループトップの娘の様子を、セラ、村雨の仲間たち、そして、外から戦闘を眺めていた人たちは白い眼で見つめていた。幸太郎だけは、そんな麗華の様子を見て楽しそうに笑っていた。
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