第29話
パーティー会場があるフロアの通路で、大きな戦闘音が響き渡っていた。
餌を目の前にした肉食動物のように嬉々として、凶悪な表情を浮かべている美咲は、片手で軽々と待った武輝である巨大な斧を御使いに向けて振り下ろした。
武輝である長巻で美咲の一撃を受け止めるが、彼女の攻撃の衝撃に耐え切れずに、御使いの身体は吹き飛んでしまった。
勢いよく吹き飛ぶ御使いに、まだ酔いが回っていて気分が悪そうな刈谷が間髪入れずに飛びかかって、武輝であるナイフを振って追撃をする。
避ける間もなく刈谷の攻撃をまともに食らってしまった御使いは床に叩きつけられた。
すぐに御使いは何事もなかったかのように立ち上がり、武輝である長巻の刀身に光を纏わせ、大きく身を捻らせると同時に勢いよく武輝を振って光の衝撃波を放つ。
難なく美咲は回避するが、酔いが回って吐き出しそうになっていた刈谷は避けることができずに衝撃波が直撃してしまう。
「痛いし、気持ち悪いし……もう、最悪だよ、クソ! あ――また出そう」
「いーから、いーから。ここはおねーさんに任せて、刈谷ちゃんは休んでなよ」
直撃しながらもすぐに起き上がった刈谷は、通路の隅で再び吐いていた。
そんな刈谷を無視して、美咲は嬉々とした笑みを浮かべて御使いに飛びかかった。
武輝である巨大な斧を軽々と片手で振り回しながら、美咲は御使いに猛攻を仕掛ける。
重く鋭い一撃を次々と繰り出してくる美咲に、御使いは冷静に対応していた。
火花が出るほど二人の武輝がぶつかり合い、激しい剣戟を繰り広げていた。
両者一歩も退かずにぶつかり合っているが、徐々に、確実に美咲は御使いを押していた。
だが、簡単に終わらせては面白くないと思っている美咲は、わざと御使いの実力に合わせていた。
息つく間もなく次々と繰り出される美咲の攻撃に、いよいよ御使いは対応できなくなる。
大振りだが素早い美咲の一撃を受け止めた瞬間、攻撃の衝撃に耐え切れずに御使いは体勢を崩して、膝をついてしまった。
そんな御使いの脳天に向けて容赦なく武輝を振り下ろそうとした美咲だが、寸でのところで美咲は武輝を止めた。
「ほらほら、しっかりしてよ。まだまだ、これからなのに」
まだまだ暴れ足りない美咲は好戦的な表情を浮かべて、膝をついている御使いを励まして、立ち上がるのを待っていると――彼女の背後から、突然数発の光弾が飛んで来る。
「お、おい、銀城、う、後ろ! 後ろオロロロロロロロロッ!」
「うーん? あっ、痛ぁーい! 突然何なの? もー」
胃の内容物を吐き出しながらも、美咲に注意をする刈谷。
刈谷の注意に従って美咲はゆっくりと背後を振り返ると同時に、数発の光弾が直撃する――が、ちょっと強めにまったく効いていなかった。
美咲に光弾が直撃した瞬間に、膝をついていた御使いは大きく後退して美咲から距離を取ったが、刈谷と美咲と戦っていた御使いは消耗している様子だった。
そんな御使いの前に、同じ服装をした新たな御使いが現れる。
新たに現れた御使いの手には武輝が握られていた――その武輝の形を見た瞬間、美咲は愉快そうな笑みを浮かべて、刈谷は酔いが一気に醒めた。
新たに現れた御使いが持っていた武輝は、御使いの身長と同じリーチを持つ錫杖であり、刈谷が良く知る人物が使っている武輝と同じ形状をしていた。
「……お前、大道か?」
武輝である錫杖を持つ御使いに、鋭い眼光を向けながらも恐る恐る刈谷は自身の友人である大道共慈の名を口に出した。
錫杖を持つ御使いは何も答えなかったが、答えの代わりに刈谷の言葉に目深に被っていたフードをゆっくりと上げた。
表情を隠すほど目深に被っていたフードの中の顔は――坊主頭の精悍な顔つきをした青年、大道共慈だった。
「薫ネエさんが言った通りだってわけか……お前、ネエさんと会ったんだって?」
「……何のことだ」
「その反応だと、まんまと俺はネエさんに騙されたってわけか……まったく、ネエさんも他人が悪いぜ……まあいいや――」
何も知らない様子の大道を見て、改めて自分が萌乃に騙されたことを感じて忌々しく思う刈谷だが、そんなことはどうでもよかった。
「それで――お前何してんだ。お前、御使いの仲間なのか?」
必死に感情を抑えている友人の質問に大道は何も答えない。
「何とか言えよ! このバカ野郎が!」
「ちょーっと待ってくれないかな、刈谷ちゃん」
何も答えない友人に激昂して飛びかかろうとする刈谷だったが、美咲が制した。
刈谷と同じく今にも大道たちに襲いかかりそうな好戦的な表情の美咲だが、大道たちを見つめる彼女の双眸は落ち着いており、隙が無かった。
「大道の共慈ちゃんがそこにいるってことは――そこにいる御使いは……ウチの人間かな? うろ覚えだけど、多分アタシと昔に会ったことがあると思うんだけどなぁ?」
大道の傍らに立つ御使いに美咲は話しかけたが、御使いは何も答えなかった。だが、答えの代わりに御使いが纏っている空気が張り詰めた。
御使いの微かな反応に、確信を得た美咲はフフンと気分良さそうに鼻を鳴らした。
「天宮家の話が出た時から、まさかなーって思ってたんだけど、そのまさかだったのね」
「一人で納得してねぇで、説明してくれよ。アンタ、あの御使いと知り合いなのか?」
一人で納得している美咲に刈谷は説明を求めると、美咲はウィンクをして了承した。
「刈谷ちゃん酔っちゃってたけど、天宮家の話、わかる?」
「ああ、うろ覚えだけどな……何か、すごいことを鳳の旦那が言ったのは覚えてる」
「それじゃあ、天宮家の分家の御三家――水月、大道、銀城のことはわかる?」
ここまで美咲に説明されて、刈谷は何かに気づいた。そんな彼の様子に、美咲は満足そうな笑みを浮かべて深々と頷いた。
「鳳が天宮を裏切ったことで少なからず御三家も被害が出ちゃったの。それで、御三家の中でも、恨んでる人がそれなりにいるんだよねー。アタシも子供の頃は何度も大人から恨み言を聞かされちゃったんだよね」
昔のことを思い出した美咲は、心底ウンザリした様子で深々と嘆息した。
「水月のさっちゃんが、実家に戻って調べ物をしてるって聞いたけど。多分、この間の事件でさっちゃんが戦った御使いは、『水月』の人間じゃないかな? その真偽を確かめるためにさっちゃんは実家に戻ってるんじゃないかな」
パーティー会場に向かう前に、セラから聞いたことを思い出しながら美咲は説明した。
「それで、今アタシたちの目の前にいるのは『大道』、もう一人は多分だけど『銀城』――だから、御使いの正体は鳳に恨みを持つ、天宮家の関係者、それと、御三家の人間――どうかな?」
自身の推測の答え合わせをしてくれと頼むような視線を、美咲は大道たちに向ける。
すべてを見透かしているような美咲に、御使いは全身に強い警戒心を身に纏って何も答えなかったが、大道は諦めたような笑みをフッと一度浮かべた。
大道の笑みが何よりの答えだと感じた刈谷は呆れ果てたようにため息を漏らし、そして、心底大道たちをバカにするような笑みを浮かべていた。
「よくわからねぇ連中だと思ってたけど、結局は復讐かよ」
「俺たちは確固たる信念と覚悟を持って鳳に立ち向かうと決めた。刈谷、それを嘲る権利はお前にはない」
「大層なことを並べてるけどなぁ、テメェらの復讐に周りを巻き込んでんじゃねぇよ!」
自分たちを侮蔑する刈谷に、はじめて大道は静かな怒りに満ちた声を発した。
だが、自分に怒りを向ける大道を刈谷は一蹴した。
周囲を巻き込んでいる自分たちを非難する刈谷に、大道は何も反論はしなかったが――
「……お前たちには理解できないだろう。我々の怒りが」
大道の傍らに立っていた御使いが、何も言い返せない大道の代わりに刈谷に反論した。
機械で加工された音声だったが、御使いの言葉は鳳への激しい怒りに満ちていた。
「ここは一旦退かせてもらうが、覚えておけ――我々御使いは、鳳への復讐をするために、すべての準備を終えた。いつでも最後の復讐は行えると」
大道はそう告げると同時に、隠し持っていた小さなボールを地面に向けて投げ捨てた。
地面にボールが衝突すると同時に、耳をつんざく轟音が響き渡るとともに、眩い閃光が刈谷たちの目を眩ませた。
「ちょっとー! 何も見えないよー、耳がキンキンするー!」
「クソッ! 待て、待てよ、大道! 待てって言ってんだろ、このハゲ!」
大道が投げた小さなボール――閃光弾で目が眩んでパニックになっている美咲と、目が眩みながらも必死で大道を追いかけようとする刈谷。
だが、眩んだ目が元に戻る頃には、もう大道と御使いの影も形もなくなっていた。
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