第30話
麗華が戌井を倒してすぐに、外で人質にされていたパーティー出席者たちの対応をしていた草壁雅臣が数人の警備員を引き連れてエントランスに入ってきた。
そして、入ってくるや否や、鳳グループトップの娘相手に相変わらずの冷たい態度で、草壁は麗華に戌井と戦闘を行った理由を尋ねた。
戌井は村雨たちを裏で操っていたこと、先月の事件で御使いに協力したこと、村雨たちとの共倒れを避けるために周囲に恩を売るために行動していたと麗華は草壁に説明した。
「なるほど――それで、戌井が黒幕であるという情報はどこで掴んだ。何か証拠はあるのか?」
「情報は大和からですわ。それと、証拠は……その……こ、これから探しますわ」
「昔から何を考えているのかわからない奴の情報を鵜呑みにし……確信がないのに戌井を黒幕と決めつけるとはな」
「と、とにかく、戌井さんが黒幕であるのは間違いありませんわ!」
静かな威圧感を身に纏う草壁から不審そうな目を向けられて、麗華は気後れしてしまいそうになるが、戌井との戦いで、彼の本性を目の当たりにした麗華は一歩も退かなかった。
「まだ確証はないのではっきり言えませんが、鳳さんの言う通り、今回の騒動の裏では確実に戌井さんが関わっていると思います。鳳さんの戦いを見ていたのなら、草壁教頭も戌井さんから何かただならぬ気配を感じたと思いますが?」
麗華のフォローをするセラを草壁は冷え切った目で一瞥すると、諦めたようなため息を小さく漏らした。
「確かに、麗華の言葉に戌井は否定もせずに、人が変わったような表情で激昂をした。詳しく調べる価値はありそうだ」
そう言って草壁は自身の周囲にいる警備員たちに目配せをすると、警備員たちは無言で頷いて、倒れている戌井に結束バンド状の手錠をかけた。
倒れている戌井を警備員たちが拘束したのを見届けると、今度は麗華たちとは離れた位置にいる村雨の仲間たちに視線を移した。
村雨の視線の先にいる今回の騒動に加担した村雨の仲間たちの表情は暗いものだったが、覚悟は決めているようで、抵抗する様子はなかった。
「最終的に人質のために行動したことは称賛するが、お前たちには厳しい裁きが下るだろう」
村雨の仲間たちに対して草壁は冷たく吐き捨てるようにそう言い放つ。
いっさいの情がない草壁の言葉に、村雨の仲間たちの表情はさらに暗くなるが――
「今回の件について、彼らの行動は不問にする」
突然響いてきた感情のない声に、村雨の仲間たちの表情が微かに明るさを取り戻した。
「無罪放免は軽すぎる。今回の騒動でお前が話した真実のせいで、大きな騒ぎになることは確実だ。責任の所在を明らかにしなければ、アカデミー都市内外にいる人間や、鳳グループの重役たちが納得しないぞ」
村雨の仲間たちを無罪放免にした声の主――御柴克也と萌乃薫とともに現れた鳳大悟を、草壁は睨むように見つめて不満を口にした。
「今回の騒動は我々が生徒たちに責任を擦り付けたことで起きてしまった事件だ。彼らに罪はない。責任を負うべきは我々だ」
「……鳳グループトップという立場のお前が、判断に私情を挟んだわけじゃないな?」
隠すことなく不審を向けてくる草壁の言葉に、動揺することなく大悟は首を横に振った。
「アカデミーにとっても我々にとっても……良い機会だとは思わないか、草壁」
微かに口元を緩めて不敵な笑みを浮かべる大悟に、何か考えがあると草壁は思いながらも、まだ納得していない様子だった。
「もう、いい加減にしなさいって、草壁ちゃん。彼が自分の考えを曲げたことある?」
「お前が何を言おうがトップの判断に俺は従うぞ」
いまだに不満気な草壁に馴れ馴れしくフレンドリーに声をかける萌乃と、草壁を睨みつけるように見つめて突き放すような言葉を言い放つ克也。
二人の言葉を受けて、草壁は忌々しそうに小さくため息を漏らした。
「首謀者である村雨宗太、そして、裏で動いていた戌井勇吾にはしっかり話を聞かせてもらう。そして、二人には相応の償いをしてもらう」
不承不承ながら大悟に従った草壁はそう告げて、大悟たちに背を向ける。
「……私は人質とされていた出席者たちの対応に向かう。大悟、お前は面倒なマスコミの対応をしてくれ。鳳が煌石を持っていた出席者たちから聞いて、騒がしくなっている。お前のわがままに従ったんだ。面倒事くらいはお前が引き受けろ」
背を向けたまま振り返らずに、草壁は外に向かって人質とされていたパーティー出席者たちの対応に向かった。
草壁が外に出て行った瞬間、麗華は脱力するように深々とため息を漏らした。
「……頑張ったな」
疲れている様子の娘に向けて、大悟は呟くような声で労いの言葉をかけた。
「え? 何か私に仰いましたか、お父様」
「何でもない……」
「もしかして、何か重要なことを私は聞き逃したのではありませんか?」
「……気にするな」
「そう言われると気になってしまいますわ!」
気を抜いていて父の言葉が聞き取れなかったので、しつこく聞き返してくる麗華に、父はソッポを向いて何も答えなかった。
無表情だが明らかに照れている大悟の気持ちを察して、全員あえて何も言わなかったが――
「『頑張ったな』だって」
幸太郎は下手糞な大悟のモノマネをして、父が娘に放った言葉を教えた。
空気を読まない幸太郎の発言に、全員脱力してしまうと同時に、彼に対して白けた視線を向けていた。
まったく似ていない下手糞な父のモノマネをする幸太郎に、麗華は怒ることなく、嬉々とした表情を浮かべて父を見つめていた。
「……マスコミの対応をする」
「テレビに映れるかな」
さりげなく大悟は話題を替えると、外に大勢のマスコミが集まっていることを思い出した幸太郎は身なりを整えて、外にあるテレビカメラに向けてピースサインをしていた。
そんな呑気な幸太郎を放って、麗華は外に出ようとする父に駆け寄った。
「待ってください、お父様! 私も手伝いますわ」
「お前は克也たちとともに村雨たちが降りてきたら裏口から外に出て、マスコミを避けるように誘導させろ」
父の手伝いができないことに少しだけガッカリしながらも、麗華は「わかりましたわ」と、不承不承ながら父の命令に従った。
親子のやり取りを微笑ましく眺めているセラたちだったが――
「鳳さん!」
幸太郎の怒声が響き渡る。
今まで聞いたことがないほどの凄まじい剣幕の幸太郎の怒声に、この場にいる全員の視線が彼に向けられる。
全員の視線の先にいる幸太郎は、自身の唯一の武器であるショックガンの銃口を麗華と大悟に向けていた。
だが、幸太郎の視線の先には麗華と大悟は存在していなかった。
幸太郎の視線の先にいるのは、拘束されているはずの戌井だった。
警備員に拘束されていたはずだったが、戌井の拘束は解かれて自由になっていた。
自由になった戌井の手に持っているのは、黒光りする銃だった。
手に持った銃を向けている相手は、自身のプライドをズタズタにした麗華だった。
整った顔立ちを麗華への憎悪で醜く歪ませた戌井は、迷いなく銃の引き金を引いた。
同時に、幸太郎もショックガンの引き金を引く。
乾いた二つの銃声がエントランス内に響き渡る。
ショックガンから放たれた電流を纏った不可視の衝撃波が戌井に襲いかかり、戌井は無様な悲鳴を上げて吹き飛ばされる。
しばらく沈黙の状態が続くが――
幸太郎の怒声に即座に反応して娘の前に庇うようにして立っていた大悟が床に崩れ落ちて、沈黙が打ち破られた。
床に突っ伏した大悟を中心にして、床に血の染みが徐々に広がっていた
倒れた戌井に警備員たちが殺到し、誰かの怒声が響き渡る中、周囲の声が何も聞こえていない様子の、麗華が倒れた父に近づいた。
血の海に沈む父を麗華は抱きかかえるが――腕の中にいる父は何も反応を示さない。
そして――エントランス内には麗華の悲鳴が響き渡った。
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