第38話

 ――何してるのよ、バカ。

 さっさと目を覚ましなさいよ。


 神々しいほどの青白い光を放つティアストーンの前で、ティアストーンから放たれる青白い光と似た光を全身に纏っているアリシアは、ティアストーンに自身の意識を集中させながら、心の中でエレナに語りかけていた。


 エレナの身体を乗っ取ったファントムと、ティア、優輝、リクト、クロノの戦いがはじまって数分間、アリシアは娘のプリムとともにティアストーンに意識を集中させ、溢れ出んばかりのティアストーンの力をエレナの身体に乗り移ったファントムに放っていた。


 アカデミーに入学してくる生徒たちのためにティアストーンの力を使って大量の輝石を生み出し、ティアストーンの力に馴染んでいるエレナなら、ティアストーンの力によって眠っている意識に反応させて、呼び起こし、意識を乗っ取っているファントムを追い出せるかもしれないとアリシアは考えていたが――力を流し続けても、特に様子が変化することなくファントムはエレナの身体を使って自身の力を存分に振っていた。


 武輝である鍔のない剣を振うクロノと、身の丈を超える大剣を武輝に持つティア、二人とも持ち前のパワーを活かした戦闘スタイルでファントムを攻めていた。


 力任せだが、素早く、隙の無い息の揃った二人の攻撃に、ファントムは武輝である大鎌で防ぎ、回避しつつ、余裕の笑みを浮かべていた。


 クロノとティアはエレナの身体を人質に使っているために本気でファントムを攻められず、あくまでティアストーンの力でエレナの意識を目覚めさせるまで時間稼ぎとして攻めているため、二人とも一撃一撃に遠慮が残っていた。


 それを感じているからこそ、ファントムは余裕そうに微笑んでいた。


 手加減する必要のないファントムは全身を大きく回転させると同時に大鎌を豪快に振ったことによって発生した赤黒い衝撃波で、攻め続けるティアとクロノを吹き飛ばした。


 赤い閃光を残して吹き飛ぶティアとクロノの背後に回り込んだファントムは、二人の背中に向けて大鎌を振うが、突然目の前に生まれた光の盾がそれを阻む。


 武輝である盾を手にしたリクトは、ファントムを囲むようにして光の盾を生み出す。


 自身の攻撃を阻む盾にすぐに攻撃を仕掛けるが、強固な盾は通常の攻撃ではビクともしない。


「小賢しい!」


 苛立ちに満ちた怒声を上げると、ファントムの苛立ちに呼応するかのように全身に纏う赤黒い光が強くなり、それを一気に周囲に放出する。


 ファントムの身に纏った赤黒い光が轟音とともに爆発すると、自身を囲んでいた光の盾を破壊し、間髪入れずに大鎌を振って赤黒い光を纏う衝撃波を放つ。


 衝撃波の進行方向に光の盾を生み出して防ごうとするリクトだが、簡単に衝撃波は光の盾を破壊し、勢いが衰えることなくリクトの元へと真っ直ぐと向かってくる。


 防げないと判断したリクトは横に飛んで回避するが――回避した先には、先回りしていたファントムが大鎌を振り上げて待っていた。


 振り上げた大鎌を容赦なく振り下ろすファントムだが、リクトに向かってクロノが突進する勢いで飛びかかり、ファントムの一撃を回避した。


「クロノ君!」


 だが、ファントムの一撃を掠めてしまったクロノは苦悶の表情を浮かべており、それに気づいたリクトは悲鳴のような声を上げた。


 そんなリクトの声を聞いて狂気の笑みを浮かべるファントムは、地面に突っ伏した二人に追撃を仕掛けるが、二人の前に庇うようにして立ったティアが武輝で受け止める。


 ファントムの追撃を受け止めたティアは力任せに押し出して、ファントムを突き飛ばした。


 突き飛ばされながらも華麗に着地をした瞬間、光の刃が降り注いでファントムを囲むように床に突き刺さった。光の刃を床に突き刺してファントムの動きを封じたのは、武輝である刀を手にした優輝だった。


 即座にファントムは大鎌を振って突き刺さった光の刃を横一文字に両断し、檻から解き放たれた猛獣のように優輝に飛びかかった。


 嬉々とした笑みを浮かべながら、優輝に向けて力任せに武輝を薙ぎ払うファントム。


 自分への憎悪が込められた一撃を優輝は身をそらして回避し、避ける間も与えない追撃で振り下ろされたファントムの武輝を両手で持った武輝で受け止めた。


「俺はエレナの中でこの時をずっと待っていた……一方的にお前たちに俺の存在を刻む日を」


「傍迷惑な奴だ。お前の存在は悪夢として大勢の人に残ってるというのに」


「悪夢だけじゃ物足りないんだ! 俺という存在を大勢の人間の記憶と身体の隅々までに刻みつけないと満足できないんだよ!」


「ホントに鬱陶しい奴だ……いい加減うんざりしているんだよ」


 ウンザリした様子で優輝はため息を漏らして、武輝同士をぶつかり合わせていた状態から大きく後退しながら再びファントムを動きを封じるため、光の刃を彼の周囲に向けて発射する。


 しかし、優輝が発射した光の刃を、ファントムが生み出して発射した赤黒い光を放つ光の刃でかき消し、そのまま赤黒い光の刃は優輝に向けてまっすぐ飛ぶ。


 即座にリクトはフォローに回ろうとするが、その動きを先読みしたファントムは赤い閃光を残して瞬間移動し、彼の背後に回り込んで不意打ちを仕掛ける。


 不意打ちを受けたリクトが膝を突いたのを確認したファントムは、無数に生み出した赤黒い光の刃を優輝に向けていっせいに発射する。


 すぐに立ち上がり、殺到するファントムが放った光の刃に優輝は回避し、武輝で受け止めるが、光の刃の対応に追われていた優輝は瞬間移動で自身の背後にファントムが回り込んでいたのに気づかず、彼の不意打ちを受けて膝を突いてしまった優輝に、容赦なく光の刃が殺到する。


 膝を突きながらも咄嗟に自身の周囲にバリアを張る優輝だが、光の刃の数が多過ぎてバリアにヒビが入って壊れそうになる。


 だが、壊れる寸前に武輝である武輝である大剣に光を纏わせ、纏わせた光が徐々に伸びて刀身を形成させて、武輝を巨大化させたティアが優輝の前に立って迫る光の刃を、巨大化させた武輝を勢いよく薙ぎ払い、無数の光の刃を一振りですべて弾き飛ばした。


 巨大化させた武輝を持ったティアに飛びかかったファントムは、火花が散るほど激しく、互角の剣戟を繰り広げる。


 時間稼ぎにティアは剣戟を繰り広げているが、エレナの身体を人質に取られている状況で決定的なところで一撃を与えられず、エレナの身体に武輝が触れそうになると即座に攻撃の手を緩くさせていた。


 それに気づいたファントムはいやらしく微笑む。


「随分強くなったようだが残念だなぁ、ティア……本気で戦えないとは。悔しいだろう」


 まともに戦えば追い詰められるかもしれないほど、腕を上げているティアに驚嘆し、苛立ちを感じつつも、その力を存分に思うように振えないことに優越感に満ちた表情を浮かべて――隙が生じた彼女に武輝を勢いよく振り下ろした。


 ファントムの強烈な一撃を直撃して、ティアは膝を突き、巨大化していた武輝が元に戻る。


 リクト、クロノ、優輝、ティア――追い詰められた四人の様子を見て満足そうに、それでいて、物足りなさそうな表情を浮かべるファントム。


「どうした! これで終わりなのか!」


 まだ、ファントムは足りない。


 自分の復讐心は満たされていなかったし、まだ自分の存在を刻みつけたかった。


「もっと俺を感じろ! もっと俺という存在をお前たちに刻ませてくれよ!」


 いい加減さっさと目を覚ましなさいよ、バカ!

 というか、昔っからアンタは目覚めが悪かったわね。


 ティアストーンの力をファントムに流し続けているのに状況は好転せず、優輝たちがファントムに圧倒されはじめ、ファントムから留まる事を知らない圧倒的な力と狂気に、アリシアは焦りを感じる。


 そんなアリシアの焦燥を感じ取ったファントムは、ゾッとするような笑みをアリシアたちに向ける。


「まったく、しつこい奴だ」


「アンタに言われたくないわよ」


「ティアストーンの力を流しながら、俺の中にいるエレナを罵倒しながら何度も呼びかけてるようだが、無駄だ。アルトマンとお前が調子に乗って拷問まがいな真似をしたからな」


「私は自分のしたことに後悔しないし、懺悔も絶対にしないわ――それに、私の声が届いてるってことはティアストーンの力をアンタに送り続けることは間違っていないことになるわね」


 ティアストーンの力とともに自分の声が届いていることをファントムの口から知り、自分たちがしていることは無駄ではないことを察したアリシアは、ファントムに向けてさらに大量のティアストーンの力を放つ。


 そんな母に倣って、プリムも母以上のティアストーンを操る力で、ティアストーンから多くの力を引き出し、それをファントムにぶつけた。


 大量のティアストーンの力をぶつけられたファントムの全身に、ティアストーンと同じく青白い光を身に纏うが――ファントムが軽く力を入れただけで、青白い光が消え去り、代わりに赤黒い光が全身を包んだ。


「お前たちが何をしようと、この身体はもう俺のものだ!」


「フン! 無様な奴だな!」


 アリシアたちの努力を一笑するファントムに、プリムは嘲笑を浮かべてそう吐き捨てた。


 追い詰められた状況だというのに強気で、勝ち誇ったように胸を張るプリムにファントムは不快感を示し、殺気をぶつけるが――もうプリムは怯まない。


「結局お前は他人に成り代わることでしか自分の証明をできない愚かで憐れな奴だ。そして、私はこれから生きていく中で、『ファントム』という不愉快な存在はすぐに頭の中から消し去るだろう。私以外の人もそうだ。大勢の人の中のトラウマになっているお前なんてすぐに忘れたいに決まっている! 所詮お前は過去の亡霊、すぐに人の記憶から消え去る運命なのだ!」


 大勢の人間に自分の存在を刻もうとしているファントムの目的を無下にするプリムの言葉に、ファントムは何も反応しなかったが、確実に彼の身に纏う雰囲気が変わった。


 先程まで身に纏っていた荒れ狂っていた憎悪と狂気の気配が消滅し、代わりにプリムへの静かな怒気と殺気がファントムの全身を包んだ。


 自分に静かでありながらもどす黒い感情を向けられるプリムだが、自分の挑発に乗ったファントムの様子を見て勝ち誇ったように笑みを浮かべていた。


「……アンタってホント人を煽るのが得意ね」


「母様に似たのだ。仕方がないだろう」


「そうね。それは確かに仕方がないわね」


 ――まったく、そんなところまで似なくてもいいのに。

 ……将来が不安だわ。


 ファントムを挑発したプリムに呆れながらも、頼もしく思ってしまうアリシア。


 状況を忘れて母娘の間に柔らかい雰囲気が流れるが――その空気を壊すかのように全身に纏った赤黒い光から突風にも似た力を放つファントム。


「それなら――お前たちにも存分に感じてもらおうか! 俺という存在を!」


 そう言いながら、ファントムはフワリと浮かんで地上を離れた。


 アリシアたちがいる地上よりも、はるかに高い位置でファントムは武輝を掲げた瞬間――


 地上に向けて赤黒い光と放つ光柱が無差別に落とされた。


 何度も、何度も雷のように光柱が落とされ、鉄製の床を破壊し、空間を揺るがす。


 そして――アリシアたちに向けて光柱が落とされる。


 すぐにアリシアはプリムの手を引いて、光柱の落下地点から逃れるが――落下と同時に襲いかかる衝撃波を受けて二人は床に突っ伏してしまう。


 そんな二人に向けて容赦なく光柱が降り注ぐ――


「プリム!」

「母様!」


 咄嗟にアリシアは立ち上がり、娘を庇うように抱きしめる。


 身を挺して自分を庇う母に、プリムは抵抗して引き離そうとするが母は決して離さない。


 母親らしいことは何一つしてこなかったアリシアだが――せめて、娘を庇うことで母親らしいことをするつもりだった。


 アリシアに光柱が直撃する――が、寸前にクロノが光を纏った剣を振って光柱を打ち消した。


 同時に、光の雨が止む。


 上空に浮かんでいるエレナを、全身に光を纏ったリクトが溢れんばかりの輝石の力で生み出した光の巨人の手で掴んでいた。


「アリシアさん、プリムさん! 続けてください!」


 リクトの言葉に力強く頷いたアリシアとプリムは再びティアストーンに意識を向ける。


 同時に、自分を拘束していた光の巨人の手を、ファントムは全身に纏わせた赤黒い光でかき消し、拘束が解かれると同時に大鎌を軽く振って巨人を縦に両断し、消し去る。


 ファントムが着地と同時にティアが襲いかかり、顔を掴んで床に押さえつけようとするが、即座にファントムはティアを投げ飛ばした。


 矢継ぎ早に光の刃をひも状にさせた優輝は、それでファントムを拘束するが、すぐにファントムは拘束を解く。


 動こうとするファントムだが、再びリクトが生み出した光の盾に囲まれる。


 ……ねえ、わかる? エレナ。

 全員、全力を尽くしてアンタを救おうとしてる。

 ……正直、アンタが羨ましいわよ。

 大勢の人間に慕われて、味方がいて、信じられているアンタが。

 アンタは私の方が教皇に相応しいと言ったわね。


 でも――……違うわ。

 私が教皇になっても畏怖されるだけで、アンタのような味方は絶対にいない。

 だから……悔しいけど認めてあげる。

 ――アンタの方が教皇に相応しいわ。

 ずっと思ってたけど悔しくて言い出せなかったけど、それが私の本当の気持ち。

 だから――


「戻ってきなさい! エレナ!」


 アリシアは叫び声にも似た声を上げて、エレナに呼びかける。


 復讐心を抱えて生きてきたせいで、長年認めなかった本音をアリシアは心の中で認めた。


 その本音を、ティアストーンの力とともにファントムにぶつけるアリシア。


 ――だが、手応えがなかった。


 ――あれは……!


 しかし、諦めずにティアストーンから更なる力を引き出そうとするアリシアの視界に――緑白色に光るものが映った。


 アリシアの視線の先には、壊れたアタッシュケースがあった。


 ケースの中は淡い緑白色の光――アンプリファイアの光を見たアリシアは突破口を思いつき、ケースに向けて駆けだした。


 アリシアに遅れてアンプリファイアの存在に気づいたプリムも、母の後を追う。


 ケースの元へ辿り着いたアリシアは、壊れたケースの中から自分が知っている小石大のアンプリファイアよりも、数倍は大きい岩のような塊のアンプリファイアを取り出した。


 ――危険な賭けだけど、これさえあれば……

 でも――


 アンプリファイアに一縷の望みを託したいアリシアだが――青白い光を放つティアストーンを見ていると、不安が過る。


 このアンプリファイアはアルトマンの用意したものであり、ティアストーンを暴走させて祝福の日を引き起こすために作られたものであるとアリシアは思ったからこそ、これを使えばアルトマンの思い通りになるのではないかという不安が生まれた。


 しかし――最悪な事態を想像するアリシアの手に、プリムがそっと触れる。


「どうした、母様。怖気づいたのか?」


「いい度胸しているわね」


「フフン! 私は母様の娘だからな! 当然だ」


 ――さすがは私の娘ね。


 最悪の事態を恐れない娘の度胸に感心するとともに勇気をもらったアリシアはアンプリファイアの力を開放する。


 ティアストーンの放たれる力と、アンプリファイアの力が一気にアリシアとプリムにのしかかって二人は倒れそうになるが、それを堪えて二人は二つの力をファントムに向けて飛ばした。


 ティアストーンの力だけでは反応がなかったファントムだが、アンプリファイアの力が合わさることではじめて苦悶の表情を浮かべた。


「これは――……俺の邪魔をするなぁあああああ!」


 青白い光と緑白色の光に身を包んだファントムは、自分の中で深い眠りについているエレナの意識が僅かに反応したことに気づき、苦悶と激怒の表情を浮かべて怨嗟の声を上げ、自身を包んでいた光を赤黒い光で上書きする。


 そして、ティアたちから自分の邪魔をするアリシアたちへと標的を変える。


 もちろん、ティアたちはファントムの行く手を阻むが、自分の復讐の邪魔をするアリシアたちへの憎悪を滾らせているファントムは彼らを一蹴した。


 自分たちの元へと迫るファントムに、慣れないアンプリファイアの力の制御に必死なアリシアたちは反応することはんもちろん、動くこともできなかった。


 何もできないアリシアたちにファントムの凶刃が迫るが――アリシアとファントムの前に立つ人物が、ファントムの一撃を止めた。


 ファントムの攻撃を止めた人物を見て、ティアたちはもちろん、ファントムも驚いていた。


 アリシアたちを守ったのは――武輝である双剣を手にした白葉ノエルだった。


「ほう――……『妹』か」


「『妹』? ……なるほど、そういうことですか」


 自分を妹と言ったファントムの一言で、すべてを把握するノエル。


 ……白葉ノエルがどうして協力してくれるのかはわからないけど――

 これはチャンスだわ!


 突然現れたノエルに驚きながらも、この事態をチャンスだと捉えたアリシアは、アンプリファイアとティアストーンの力の制御に集中をする。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る