第34話
――バカな……こんなこと、ありえん……
――いや、ありえるか……
私の力と幸太郎君の力がぶつかり合っていたのに加え、彼を守る賢者の石を打ち破るため私は自分の力を集中していたんだ……
ぶつかり合った二つの力は、世界中の人間に影響を与えた賢者の石の力に綻びを生んだ。
それとも、一時的に彼の力が私の力を上回ったのか?
どちらにせよ、彼は彼女たちの記憶を戻したことに変わりはない。
これも賢者の石の導きだというのか?
最悪だ……
「アルトマン・リートレイド! お前は絶対に許さない!」
最悪の事態が現実になった理由を冷静に考えるアルトマンの思考を邪魔するかのように、セラの怒声が響き渡り、両手できつく握り締めた武輝を大上段に構えた彼女が飛びかかってきた。
怒りを爆発させたセラは突進する勢いで接近し、間合いに入ると同時に振り上げていた武輝を振り下ろすが、見えない力に阻まれてアルトマンに直撃することなく空振り、勢い余って盛大に地面に突っ伏した。
――賢者の石の力は機能しているようだ。
……なら、もう一度全員の記憶を――
できない……どういうことだ?
セラの攻撃を無力化したのを確認し、まだ自分には賢者の石の力を身に纏っていると判断し、即座にこの場にいる全員を無力化させるため、半年前のように意識を刈り取って記憶を奪おうとするが、それができない。
「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ! 余所見は禁物ですわよ!」
扱える賢者の石の力を制限されている事態に気づいて理由を考えていると――耳障りな笑い声とともに、不意打ちだというのにもかかわらず怒声を張り上げた麗華が、武輝であるレイピアを突き出しながら背後から襲いかかってくる。
しかし、賢者の石の加護があるのでまったくアルトマンは気にしなかった。
力強い一歩を踏み込むと同時に、怒りに身を任せた刺突を放つ麗華だが、もちろん賢者の石の前では無力に終わって空を切った。
攻撃が無力化され、セラと同じく勢い余って盛大に地面に突っ伏す麗華。
「だから不意打ちを仕掛けたいのならもう少し静かにしなさい」
麗華に続いて武輝である十文字槍を手にした巴は舞うような動作でアルトマンとの間合いを詰め、静かでありながらも激流のような激しい動きでアルトマンに連撃を仕掛けた。
避ける間も防ぐ間もなく巴は武輝を軽やかに振るって連撃を仕掛けているのだが、彼女の連撃はすべて賢者の石によって無力化され、アルトマンに届かなかった。
「アタシも混ぜてよ、巴ちゃん♪ ――ほら、ティアちゃんも――って、ティアちゃん、気合入りすぎだよぉ❤ アタシも何だか興奮してきちゃったよ」
「貴様だけは許さん」
武輝である斧を担いで巴に続こうとする美咲だが、彼女よりも早くティアはアルトマンに急接近して、武輝である身の丈を超える大剣を薙ぎ払った。
静かに怒るティアに続いて力任せに美咲は武輝である身の丈を超える斧を振り下ろした。
「姐さん! 巴のお嬢さん! 俺も続くぜ! ほら、貴原、お前も来るんだよ!」
「な、なぜ、この僕があんなクズのためなんかに……」
そんな二人の後に刈谷、そして、不承不承ながらも参加する貴原。
しかし、怒りが込められたティアの攻撃、激しくも流れるような巴の攻撃、力任せに放たれる美咲、武輝と特殊警棒を持った刈谷の連撃、渋々といった様子で攻撃を仕掛ける貴原――五人の同時攻撃も賢者の石の前では通用しない。
それでも構わずに何度も五人は攻撃を仕掛けるが、「どいて!」と遠くから響いて来たアリスの声で一旦アルトマンから距離を取った。
「一斉射撃用意!」
武輝である身の丈を超える銃剣のついた大型の銃を構えたアリスの言葉を合図に、遠距離主体の武輝を持つ大勢の味方は、アルトマンに向けて一斉射撃を行う。
煌く大量の光弾がアルトマンに迫る――が、それもアルトマンに直撃する寸前に軌道がずれて上空に向かって飛んでしまい、無力化させられてしまう。
「沙菜さん、大道さん、俺に続いてください――奴は必ず倒す!」
「了解した! 幸太郎君が受けた痛みを思い知るがいい」
「わかりました――行きます!」
優輝の言葉で武輝である杖を持った沙菜、錫杖を持った大道は集中する。
「私も参加させてもらおう」
三人の後に続く宗仁。
一瞬の集中の後、輝石の力を紐上に変化させ四人同時にアルトマンを拘束する。
きつく拘束されるが、アルトマンはまったく意に介していない様子で思案していた。
「行くぞ!」
拘束されたアルトマンにいの一番にティアは飛びかかり、刈谷たちも後に続く。
「覚悟してもらいます――クロノ、行きましょう」
「了解」
間髪入れずに拘束されたアルトマンに武輝である双剣を手にしたノエル、鍔のない幅広の剣を持ったクロノが飛びかかり、ティアたちの後に続く。
優輝たちに拘束されている状態で、ティア、巴、美咲、ノエル、クロノ、貴原、刈谷、それに加えて遠距離からアリスたちの攻撃を仕掛けているのだが――拘束されたままでも関係なく全員の攻撃はアルトマンに掠りもしなかった。
「奴の身体に輝石の力を流し込むんだ!」
「わざわざ言われなくても――」
父の指示を聞く前に、優輝はアルトマンの身体を拘束している紐状に変化させた輝石の力に力を込め、彼の身体の内側に流してダメージを与えようとする。
だが、所有者の危険を感じ取った賢者の石は、アルトマンを拘束していた紐状の輝石の力をかき消し、拘束を解いた。
拘束を解いた賢者の石の力の余波は周囲に衝撃を生み出し、自分に攻撃を続けていたティアたちの身体を吹き飛ばした。
「クソ! それならこいつはどうだ!」
「ぐわっ! な、何なんだ、これは! ベタベタするぞ!」
「わ、悪い、貴原……」
吹き飛ばされながらも刈谷は持っていたトリモチ爆弾をアルトマンに向かって投げ、拘束しようとするが――賢者の石の力で弾かれ、貴原に向かい、彼の全身にトリモチが絡みついた。
「それにしても参ったぜ……攻撃が全然当たんねぇぞ……」
「泣き言を漏らすな……こちらは大勢味方がいるんだ。攻撃を続ければ必ず当たるはずだ」
「数撃ちゃ当たる戦法ですかい? さっきのアリスの一斉攻撃も当たらなかったんですよ……こりゃ何か策を考えなきゃじり貧ですって」
「――ヘルメス、何か手はあるのか?」
今すぐにでも飛びかかってアルトマンに一撃与えたい衝動に駆られるティアだが、刈谷の言う通りこのまま攻撃を続けても無駄に終わるだけなので、それをグッと堪えて心底不承不承といった様子で、アルトマンと自分たちの戦いを観察していたヘルメスに助言を求めた。
「もう既に手は打ってある――準備はできたか?」
そう言ってヘルメスはバニーガール姿で少し恥ずかしそうにしながらも、ジッとアルトマンを見据えて集中している大和に視線を向けた。
ヘルメスの視線を受け、大和は「もちろん!」と、当然だと言わんばかりに笑みを浮かべて頷いた。
「さてと――それじゃあ、その忌々しい力を無力化させてもらおうかな」
加虐心に満ちた笑みを浮かべ、大和はアルトマンに向けて手をかざす。
その瞬間、一瞬アルトマンの全身を緑白色の光が包んだ。
――これは……
そうか――なるほど、それも狙いの一つか。
自分に向けられたの攻撃など意に介さずに思考の世界に入り浸っていたアルトマンだったが、自分の身体に僅かな異変を察知して現実に戻ってくる。
現実に戻ったアルトマンを真っ先に襲うのは大鎌を手にした死神・ファントムだった。
ファントムは悪魔のような、それでいて可憐な笑みを浮かべて武輝を勢いよく振るう。
今度の攻撃は直撃する寸前に軌道が僅かにそれることなく、完全にアルトマンを捕えていた。
だが、ファントムの攻撃がアルトマンに直撃することはなかった、
「チッ……もう少しだったんだがな」
硬いもの同士がぶつかった時のような衝突音が響き渡ると同時に、ファントムは小さく舌打ちをした。
ファントムの攻撃はアルトマンが輝石の力で張った障壁によって防がれていた。
「だが、輝石の力を使ったってことは、今は賢者の石の力は使えねぇんだろ? ――今だ!」
ファントムの言葉を合図に真っ先に飛び出したのは麗華とセラだった。
「必殺! 『エレガント・ストライク』!」
気の抜けた技名を叫びながら、アスファルトの地面を砕くほど力強く一歩を踏み込んでアルトマンとの間合いを一気に詰め、渾身の力を込めた必殺の突きを放つ麗華。
再びアルトマンは障壁を張って強烈な麗華の一撃を防ぐ。
爆音にも似た轟音が周囲に轟くと同時に、アルトマンが張った障壁が脆くも崩れ去る。
咄嗟にアルトマンは麗華から間合いを取ろうとするが、間髪入れずにセラが飛び込んでくる。
「まだまだだ!」
麗華の次に飛び込んできたセラの攻撃に、障壁を張るのが間に合わないと判断したアルトマンは、咄嗟に全身に輝石の力を巡らせて防御するが、セラの激情を込めた渾身の一撃は容易に彼の防御を崩した。
強烈なセラの一撃を食らい、アルトマンは地面に何度もバウンドしながら吹き飛んだ。
久しぶりだな、この痛みは……
――なるほど……よくわかったよ。
ヘルメスの入れ知恵か――
久しく感じる痛みの感覚に酔いしれながらも、アルトマンの興味すぐに別に向かった。
吹き飛ばされているアルトマンの身体は空中で制止し、フワリと浮いて態勢を立て直した。
セラの攻撃が届いた瞬間、賢者の石の力が作用していない隙を狙って間髪入れずに麗華たちは飛びかかるが――再び彼女たちの攻撃はアルトマンに届かなくなる。
「無駄だよ、天宮加耶。ヘルメスの入れ知恵は確かに効果的なようだったが、いくら御子であっても君一人――いや、二人だとしても容易にバランスを崩すことはできない。仕掛けがわかれば対処はいくらでもできるのだ」
「しかし、あなたを倒すための大きな前進となった、そうでしょう?」
ヘルメスが仕掛けた作戦が無駄であることをアルトマンに告げられるが、実際に僅かにだが効果はあったので希望は見えている大和はまったく気にしなかった。
「よくわかったよ――どうやら、君たちは幸太郎君の力によって守られているようだ。だから、私が持つ賢者の石の影響を受けないようだ。まったく……気絶しても尚邪魔をしてくるとは、大したものだよ、君は」
痛めつけられ、限界以上の力を引き出して気絶しているにもかかわらず、いまだに賢者の石の力を放出し続け、セラたちを守る幸太郎を褒めながらも忌々しくアルトマンは思っていた。
「そこまで君が抵抗するというのならば、私も取るべき手段を変えよう――これ以上ここにいれば状況は泥沼と化すだけだからね。一旦失礼させてもらうよ」
「待て! 簡単に逃げられると思っているのか!」
大勢か困れているこの場から立ち去ろうとするアルトマンを呼び止めるセラ。
今すぐにでも飛びかかりそうなほどの怒気を放つセラを見て、嘲るように笑った。
「精々、偽りから生まれた生ぬるい絆で彼を癒してやるといい――私は待っている、いつでも、どこでも、幸太郎君が――君たちが現れるのをね」
そう言い残し、アルトマンは霧のように消え去ってしまった。
残されたセラたちは逃げ去ったアルトマンに対して怒りの感情を募らせていたが――
それ以上に忘れ去っていた記憶が蘇って安堵の息を漏らしていた。
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