第35話

 ――どうやら、全員思い出しているようだな。

 こんなことになるとは思いもしなかったが、嬉しい誤算だ。

 アルトマン……首を洗って待っていろ……


 騒動が終わり、しばらくしてすぐにヘルメスはアカデミー上層部に説明を求められ、彼らが勢ぞろいしているホテルの大宴会場へと連れられた。


 もちろん、両手を後ろ手に拘束され、出入り口や彼の周辺に何人かの見張りもつけられて。


 大宴会場に入ると同時に突き刺さる敵意と警戒心が込められた大勢の視線にヘルメスは怯むことなく笑っていた。


 ただ、ヘルメスは状況が一気に好転して、アルトマン打倒に一歩近づいたことを心から喜び、彼を倒す姿を何度も想像して加虐心に溢れた凶悪な笑みを抑えきれないでいた。


「お前の知っていることすべてを教えてもらおう。半年間のことも、すべて」


「大体察しがついているだろう? 鳳大悟――君も周囲と同じで記憶が戻っているはずだ」


「計画を企てたお前の口から聞いてこそ意味がある。包み隠さず、すべてを教えてもらう」


「やれやれ、消滅しそうになったばかりだというのに無茶を言う……」


 有無を言わさぬ大悟の迫力に、降参と言わんばかりに深々とため息を漏らしヘルメスは説明をはじめる。


 アルトマンを倒す――その目的の元に幸太郎と協力してからの半年間、そして、二週間前に煌石一般公開時に騒動を起こしてから今日までのことを。


「半年前、強力な協力者を求めた私は久住宗仁に協力を求めた――理由は、一人で隠居暮らしをしているから接触しやすかったからだ。説得するには時間かかったが、まあ、七瀬幸太郎の説得のおかげで何とかなった」


 今思えばあの人嫌い――二週間前、ファントムを蘇らせるまで、我々のことを疑っていたな……隙あらば、裏切るつもりでいた。

 それにこれまでも何度も私に対して、殺気をぶつけてきたな……忌々しい。

 勝手な真似をして滅茶苦茶にしたくせに、いまだに私を信用していないし。

 だが……結局、はじめて会ったあの時、七瀬幸太郎がいなければ問答無用で追い出されていのかもしれないな。


 宗仁の今までの態度に対して憎たらしい思いが沸々と湧き上がりながらも、世界中の人間の記憶がアルトマンの手によって改竄されたと説明しても、中々自分たちの言葉を信じられなかったが、幸太郎が知る息子の優輝、弟子のセラやティアの話を聞いて、納得はしていないながらも一応は協力する姿勢を見せてくれたことを思い出すヘルメス。


「その後は――一番面倒な作業だったな」


 思い出すのも腹立たしい……

 何度諦めようとしたか……


 面倒な作業を思い出し、ヘルメスは忌々し気に舌打ちをして、疲れたようにため息を一度漏らして説明をはじめる。


「アルトマンを倒すためには七瀬幸太郎の力が必要不可欠――そのために、奴に力の引き出し方を教える必要があった。そのためには賢者の石を僅かに注がれて生み出された私の力に触れさせ、内に秘めた力を引き出すきっかけを作ったのだが……これがまた難航した」


「すべてを引き寄せる賢者の石――力を引き出すことができたのか、確認はできませんからね」


 教皇エレナの言葉に、ヘルメスは当時の思い出を回想して深々とため息を漏らしながら頷く。


「だが、本人曰く、自分の力の理解は深まったようで、少しだけ自分の中に眠る力を感じることができるようになったらしい。信用できなかったが、輝石の力や煌石の力を敏感に察知できるイミテーションの私だからこそ、以前に比べて幸太郎の力が増したことは感じていた……多分」


「その後、お前は煌石一般公開時に騒動を起こすために協力者を募ったんだな」


 この場にいる誰よりも敵意をぶつけてくる克也の質問に、「ああ」と気分良さそうな笑みを浮かべてアルトマンは頷いた。


「煌石一般公開に関しては七瀬幸太郎から話を聞いていたからな。その時に騒動を起こすことは半年前から決めていた。二か月の修行で幸太郎はある程度力を引き出せるようになったと判断し、その間に宗仁に集めてらっていた有象無象の協力者についての情報を基にして協力者を募った――まあ、アカデミーに恨みを持つ奴らは大勢いたからな。そこは順調だったよ、そこだけは」


 アカデミーに恨みを持つ者たちのぎらついた瞳を思い出し、ヘルメスはこの場にいるアカデミー上層部を煽るように嬉々とした嫌らしい笑みを浮かべた、


「そして、二週間前だ――今日のために自分たちの存在をアピールするため、そして、もう一人の協力者であり、過去に唯一アルトマンに手傷を負わせたファントムを蘇らせるために騒動を起こし、お前たちに『餌』を撒いた……準備は万端だった、協力者も大勢いたし、段取りもしっかりしていた――だというのに……クソッ!」


 事態は好転したとはいえ、あの時もっとスムーズに事が運んでいれば……

 今思い出しても腹立たしい。

 どいつもこいつも勝手な真似をして……


 本来ならばアカデミー都市内のいくつかの場所を爆発させるつもりだったが宗仁と幸太郎が危険だと言って、直前になって爆発物を花火に変え、そのせいで計画が違うと文句が噴出した有象無象の協力者に襲われ、一気に協力者がいなくなったこと。


 弟子たちと勝手に接触した宗仁の勝手な真似。


 いくらある程度力に慣れたと言っても信頼感はないので、幸太郎には補助が必要だと判断して煌石を扱える人間、プリメイラ・ルーベリアを捕えようとしたが、失敗したこと。


 計画の歯車に大きな狂いを生じさせた二週間前の騒動を思い出し、怒りと苛立ちが再燃してヘルメスは心の中で悪態をついた。


「とにかく! ファントムという新たな協力者を得て我々の計画は最終段階に入った。それが今日の騒動ということだ」


「お前たちが麗華を狙った理由は大勢から注目を集めたところでアルトマンの存在を公にするつもりだったんだな?」


「鳳のご令嬢を手中に収めればアカデミーは本気を出すと確信していたからな……もちろん、代わりに教皇の息子のリクト・フォルトゥスを連れ去れるという案もあったがな。捕える難易度は後者の方が低いが、問題は鳳麗華だ。奴を残して暴走させれば何をするのかわからない――だから、鳳のご令嬢を狙ったわけだ」


 娘を狙ったことで感情を押し殺しながらも、怒気を含んだ鋭い目で大悟はヘルメスを睨む。


 エレナもまた、息子が狙わる可能性があったことに氷の刃のような冷たく、鋭い視線をヘルメスに送った。


「だが、結局これも失敗――まさか、伊波大和があんな大胆な真似をするとはな。こちらとしては一石二鳥な状況だったが、攫わなければ鳳麗華が派手に動くだろうというこちらの不安が的中し、準備をする時間がなくなり、そこでまた状況は更に悪くなった」


「そもそもがお前の撒いた餌が間違いだったんだよ。二週間前の騒動、お前は失敗の連続続きで焦り、一気に事態を進めようと麗華をあからさまに狙っちまった。それに大和は気づいて、先手を打ったんだ――結局、すべてはお前の失敗が原因だ」


「フン! だが、文句はないだろう? 結局君たちは記憶が戻ったのだ」


 自身の失敗を責めてくる克也に、今まで偉そうに人の失敗を恨んでいたヘルメスは居心地を悪そうにして、話を強引に終わらせた。


 半年前から今日までのヘルメスたちの行動を聞いたアカデミー上層部たちの表情は暗かった。


 神羅万象あらゆるものを支配する力を持つアルトマンがいるからだ。


 すべての攻撃が通じないのに加え、すべての事象を自分の思い通りに動かすことができる力を持つ、人知を超えた化け物のような存在相手に現状何も打つ手がなかった。


 唯一救いなのは、アカデミー側にもアルトマンと同じ力を持つ七瀬幸太郎がいることなのだが、力を上手く引き出すことができず、今回のように全員の記憶を戻したような力が使えるのかどうかわからない、不安定要素だった。


「ヘルメス、半年間アルトマン打倒のために動いていたあなたに聞きます……アルトマンを倒す方法に何か案はあるのですか? あるのならば是非とも教えてください――お願いします」


 心底不承不承といった様子でエレナはヘルメスに頭を下げて意見を求めた、教皇自ら自分に頼みごとをする姿を見て、ヘルメスは気分良さそうな笑みを浮かべた。


「半年前、奴は私に弱点をさらけ出した」


 弱点――アルトマンを倒すための新たな希望に、この場にいる全員に期待が宿る。


「数年前、ファントムに致命傷を与えられた際、奴は生き延びるために賢者の石の安定装置を胸に埋め込んだ――その装置には輝石、アンプリファイア、ティアストーンの欠片が埋め込まれていて、それらで賢者の石を制御し、常時発動させているようだ」


「……つまり、アンプリファイアかティアストーンの欠片、そのどちらかに負荷を与えれば、一時的に常時発動している賢者の石の力を一時的に弱めることができると?」


 煌石・ティアストーンを長年扱ってきたからこそのエレナの百点満点の答えを聞いて、ヘルメスは「その通りだ」と満足そうに頷いた。


「二週間前の騒動でプリメイラ・ルーベリアを攫うことができれば幸太郎の補助をさせるついでにアルトマンを倒すために協力してもらおうと思っていたのだが失敗、今回の騒動で鳳麗華に扮した御子・伊波大和を誤って連れ去ったのは失敗したと思っていたのだが、最後の最後で役に立ってくれたよ――私の考えに間違いはなかった!」


 事前に大和に幸太郎が真実を教えたおかげで、先程の戦いで、無窮の勾玉の力を自在に操れる大和はアルトマンの胸に埋め込まれたアンプリファイアの力を操って一時的に賢者の石の力を弱め、ようやくセラの攻撃が届いたの光景を思い出し、気分良さそうにヘルメスは笑った。


 しかし――すぐにその笑みは消えた。


 自分の考えは間違っていなかったが、大きな課題点もあったからだ。


「だが、単純な個の力では賢者の石を抑え込むのは限界がある。実際、先程の戦いで賢者の石の力を抑え込んだのは一瞬だったからな。人知を超えた力には人知を超えた力で対応しなければ、賢者の石を抑え込むのは不可能だろう」


「ティアストーンと無窮の勾玉を使い、賢者の石を抑え込むということですね」


「ああ、そういうことだ。理解が早くて助かるよ、教皇エレナ」


 アルトマンを倒すため、賢者の石の力を抑えるために何が必要なのか、ヘルメスの言葉で容易に想像できて複雑な表情を浮かべるエレナに、ヘルメスは不敵な笑みを浮かべる。


 無窮の勾玉、その欠片であるアンプリファイアの力を自在に操れる、教皇と同等の力を持つ大和でさえも、賢者の石の力を抑え込むことができたのは一瞬だと聞いたので、自分や大和と同じような力を持つ煌石使いが何人集まったとしても、賢者の石の力を完全に抑え込むのは不可能だとこの場にいる全員が判断した。


 ヘルメスの言葉通り、人知を超えた力には人知を超えた力を――アカデミーが持つティアストーンと、無窮の勾玉の力を使って賢者の石を抑え込むしか方法はなかった。


 しかし、世界を変えるほどの力を持つ賢者の石を抑え込むには、二つの煌石の力を今までにないほど使わなければならないことは誰もが想像し、不安の表情を浮かべる。


 過去にティアストーンと無窮の勾玉の力が限界以上に引き出された結果、大勢の輝石使いたちを生み出し、賢者の石をも生み出した祝福の日が発生したからだ。


 それと同じ――いや、賢者の石が介入することによってそれ以上の騒動が起きるかもしれないと思って、ヘルメスの考えに乗るべきかどうか悩んでいたが――


「アルトマンをこのまま野放しにしておくつもりか?」


 煽るように放たれたヘルメスの言葉が、悩む上層部たちの心を刺激する。


 あらゆるものを支配し、その力を平気で扱うアルトマンは危険であり、彼を野放しにするのはできないというのは共通の認識であり、最悪の事態を想像して及び腰になっていたこの場にいる全員の闘争心がヘルメスの一言で火が点いた。


「野放しにするつもりは毛頭ないけど、相手は慎重なアルトマンよ。今回、あなたの狙い通り、大和ちゃんの力を使って一瞬だけアルトマンちゃんを無力化できたけど、次は必ず対策を練ってくるわよ?」


「その通りね。あの男のイミテーションの割には随分と浅慮じゃないの?」


 今まで克也の隣で黙って話を聞いていた萌乃はヘルメスの計画の穴を指摘し、それに合わせて嫌味たっぷりな表情でアリシアも煽る。


「確かに、あの男ならば容易に対策を練ることができるだろう。頼るのは少々不安だが、こちらには奴と同じ力を持つ七瀬幸太郎がいるのだ――すべての鍵は、彼が握っている」


 すべての鍵は七瀬幸太郎――ヘルメスの言葉が的を射ているからこそ、全員押し黙る。


 しかし、ヘルメスを含めたこの場にいる全員の表情は暗かった。


 自他ともに認める天才のアルトマンならヘルメスの考えを読んで何重の対策を練ってくるだろうと容易に想像できるし、鍵である幸太郎も内に秘めた力は強大だが、まともに力が扱えないからだ。


「まあ、今すぐ答えを出さなくてもいい。まだ奴は動き出さないだろう……奴は七瀬幸太郎を待っていると言っていたからな……七瀬幸太郎が目覚めるまでゆっくり考えるといい」


『私は待っている、いつでも――』――そう言い残して立ち去ったアルトマンを思い浮かべながら、今すぐ彼が動き出さないだろうとヘルメスは考えていた。


 そして、アルトマンが待っているのは今、傷を負い、力を使い果たして病院で眠っている七瀬幸太郎であり、他の人間は眼中になかった。


「最後に一つ聞く――ヘルメス、お前は味方か?」


「……さあ、どうだろうな」


 大悟の質問にヘルメスは不敵な笑みを浮かべて曖昧な返事をする。


 ヘルメスにとって、今のところアルトマンを倒すという共通の目的があるアカデミーとは敵対していないが、もし、アカデミー側と自分の目的に少しでも相違があれば彼らをすぐにでも裏切るつもりでいたからだ。


 だが、曖昧な返事をするヘルメスからは今のところ敵意は感じられなかった。


「……変わりましたね」


 何だかんだ言いながらも敵意を感じられないヘルメスの態度に、かつてアルトマンと名乗り、アルトマンの駒として動いていた頃とは雰囲気が若干柔らかくなったことにエレナは気づく。


「私は私、ヘルメスのままだ――何も変わらん」


 これもまた賢者の石の力? ――くだらん。

 実にくだらない。

 自分は自分だ。


 自分を変わったと言ったエレナに、一瞬幸太郎の姿がヘルメスの頭に過るが――


 それを全力で否定し、自分は自分のままだと自分に、エレナに言い聞かせた。

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