第36話
制輝軍本部の地下にある窓一つない窮屈な雰囲気に包まれた取調室に、宗仁、セラ、ティア、優輝がいた。
アルトマンが撤退し、幸太郎を病院に運び、騒動を取り敢えず収束させたところで、騒動の説明をアカデミーに求められたヘルメスはアカデミー上層部が集まるホテルへと向かい、残った宗仁とファントムは、連日発生した騒動に関わっていたとして制輝軍本部へと連行された。
もちろん、伝説の聖輝士であり、協力的な態度を取ってくれている宗仁の連行と取調べは形式的なもので、半年間の動向や、二週間前と今回の騒動について詳しい話を聞くためのものだった――危険人物であるファントム以外。
宗仁が取調室に連れられて十分――室内は宗仁と机を挟んで椅子に座っている優輝を中心にして気まずい沈黙が流れていた。
そんな室内の状況を二人の父子とは一歩引いた場所で、ずっとティアとともに眺めているセラは心の中で深々とため息を漏らす。
……素直じゃないな。
優輝、自分から謝るって言ってたのに……
ここに来る途中、父・宗仁に謝りたいことがあるから付き合ってくれと頼まれ、セラとティアは付き合ったというのにもかかわらず、中々口火を切らない優輝に、埒が明かないと判断したセラは仕方がないと言った様子で「――師匠」と話をはじめる。
「あ、ちょ、ちょっと待ってよセラ、い、今から話すからさ」
「それなら、ちゃんと話しなよ優輝。私だって信じていたとはいえ少しでも師匠を疑ったことをすぐにでも謝りたいんだからさ」
「師匠、申し訳ありませんでした」
「あ、ティア! ずるいぞ、それは俺が最初に言うって言ったじゃないか」
「お前から話をすると言ったのにも関わらずいつまで経っても黙ったままで情けないからだ」
話をはじめようとするセラを慌てた様子で制止する優輝に、更に呆れるセラ。
二人が口論している間にティアが宗仁に近づき、軽く頭を下げた。
そんなティアに文句を言う優輝だが、父相手に素直になれない優輝のことなど知ったことではなかった。
「まったく、お前たちはいつまで経っても騒がしいな」
気まずい沈黙から弟子たちが喧しくなり、宗仁は仰々しくため息を漏らすとともに、子供のように肩を落とす息子を見て宗仁は優しく微笑む。
「別に謝罪など求めてはいない――だから気にしないでくれ」
「そうは言っても、あなたを疑ったのは事実だ……すみませんでした」
「何も説明をしなかったからな。無理もないことだ」
「不用意に話せば混乱が広がり、さっきのようにアルトマンが記憶を消しに来ると判断したから何も言わなかったのでしょう?」
「それもあるが、私は期待していたのだ。今のように、私はお前たち自身の力で記憶を取り戻してくれるのを待っていたのだ。だから、私はヘルメスの思惑から外れてお前たちに接触したのだ――よくぞ賢者の石の呪縛を解いたな」
期待――そうか……
師匠は私たちが自力で幸太郎君の記憶を取り戻すことを期待していたんだ。
だから昨日、危険を承知で私たちと接触して、幸太郎君に会えと言ったんだ……
でも――……
淡々とした口調でありながらも、自分の期待通りに幸太郎に関する記憶を取り戻した弟子たちを心から褒める宗仁だが――セラ、そしてティアと優輝の表情は暗かった。
「師匠には申し訳ないけど、私は自力で幸太郎君の記憶を取り戻した実感はありません」
「セラに同感です――説明できないが、意識を失っている時賢者の石から放たれるものと同じ赤い光を見たような気がしました。それで私の意識は覚醒した」
あらゆるものを支配する力で、目に見えない力だからこそセラとティアは自力で賢者の石の呪縛を解いた実感はなかった。
「俺はもちろん、セラもティアも、他のみんなも思っていることですが、俺たちは幸太郎君に関する記憶を失っていた時間を覚えています。幸太郎君に関する記憶だけが抜け落ち、幸太郎君に関わることがすべて別のものにすり替わっていたのもハッキリと……正直、俺は怖いです……人の存在をあそこまで完全に消せる賢者の石の力が」
人知を超えた賢者の石の力を思い知ったからこそ優輝は、セラたちは賢者の石に対して恐怖を感じており、二度と力の影響を受けたくないと思っていた。
「私もだ」
弟子たちと同じく宗仁も賢者の石の力を恐れていた。
「恐怖を覚えるのは、恥ずべきことではない――恐怖は打ち克てると、ファントムと何度も対峙し、勝利したお前たちなら理解できるはずだ。それに、彼はそんな強大な力に敢然と立ち向かったというのに、我々が恐怖に呑まれてどうする」
師匠の言う通りだ、恐怖に呑まれるだけじゃダメだ。
それに、彼――幸太郎君だってアルトマンを相手に恐れずに立ち向かっていた――相変わらず無茶をして……
そんな幸太郎君を守る、そう誓ったじゃないか。
仇敵であると同時に恐怖を感じていたファントムとの闘いを思い出すと同時に、恐怖は打ち克つことができるという師匠の言葉に力を貰った気がしたセラは、幸太郎を守る――その想いで賢者の石に対する恐怖心を和らげた。
「それにしても、七瀬幸太郎……彼は本当に不思議だ」
賢者の石に、アルトマンに敢然と立ち向かった幸太郎の姿を思い浮かべ、宗仁はしみじみとそう呟いた。
「アルトマンやヘルメスは賢者の石の力でお前たちを集め、お前たちと幸太郎君の間にあるのは賢者の石によって作られた偽りの絆だと言っていたが、私は違うと思っている――賢者の石関係なく、彼には人と人を繋ぐ力を持ち、人を変える力を持っている」
「今日のように無茶をしますし、どんな状況でも呑気でいられる男ですがね」
ため息交じりに放たれるティアの言葉に、半年間幸太郎と過ごした時間を思い出し、「そうだな、その通りだ」と楽しそうに微笑みながら頷いた。
「賢者の石は周囲を支配する力を持っているだけで、所有者本人の性格に影響を与えないと私は思う――実際、アルトマンは昔と同じ人の迷惑を考えない研究心の性格だった。だから、彼のあの性格は賢者の石とは何も関係がないと私は思っている」
「そうですよね……私も賢者の石がもしも人を変えるのであれば、あんなに呑気な性格にしないと思います」
「同感だ」
「今、幸太郎君がいたら、『ぐうの音が出ない』って言いそうだな」
宗仁の言葉に僅かに安堵し、同感するセラ。
そんなセラの言葉にティアも同意を示し、優輝はもしこの場にいたら幸太郎がどんな反応を示すのか想像して楽しそうに笑っていた。
「誰に追従することなく常に誰よりも正直で、誰よりも勇敢に、無謀に困難に立ち向かう――お前たちが惹かれたのは、賢者の石ではななく、そんな幸太郎君の姿に惹かれたのだろう?」
そうだ……私が幸太郎君と一緒にいるのは賢者の石があるから?
優輝やティアを助けてくれた恩があるから?
――そんなの関係ないだろう?
「ええ、そうですね……だからこそ、私は幸太郎に惹かれています」
「……そうか、それを聞いたらデュラルが喜ぶだろう」
「えぇ?」
何気なく、しかし、本心から放ったティアの言葉と、それを聞いた宗仁がティアの父・デュラルの話題を出し、思わず素っ頓狂な声を上げてしまうセラ。
「……どうした、セラ」
「い、いや、何でもないんだけど……」
……お、落ち着こう、落ち着こう、私……
他愛のない言葉に何を動揺しているんだ、私は……
突然素っ頓狂な声を上げたセラをティアは不思議そうに眺めるが、セラは心臓が早鐘を打って明らかに動揺している自分自身を抑え込み、取り繕った笑みを浮かべて問題ないと答えた。
「ありがとう、父さん……幸太郎君を守ってくれて」
幸太郎の話が自然と話題に出ていることで改めて幸太郎の記憶が戻ったことを思い知り、優輝は幸太郎の記憶を取り戻すきっかけを作ってくれた父に心からの――今度は素直な気持ちで感謝の言葉を述べた。
珍しく素直な言葉で感謝の言葉を述べる息子に、宗仁は無表情でありながらもどことなく照れた様子で「別にいい」と返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます