第37話
制輝軍本部の地下にある、特区に送る前に一時的に犯罪者を勾留しておく、窓のない監房にファントムはいた――一応、アルトマンに立ち向かい、アカデミーの味方をしたのにも関わらず。
そして、室内に設置されたカメラで監視すればいいのに、わざわざ部屋の中に入って自分をジッと見つめながらノエルとクロノは目の前にいる少女と化したファントムを監視していた。
協力してやったというのにこんな場所に閉じ込められて、ただでさえムカついているというのに、ここに入ってから何も言わずに、無表情ながらも好奇心を宿した目で自分を見つめるノエルとクロノにファントムの苛立ちはピークに達し、いよいよ爆発する。
「せっかく人がアルトマンを倒すために協力してやってるっていうのに、随分な待遇だな! 少しは感謝の言葉を述べたらどうだ? あぁ?」
「……オマエの過去を振り返ってみたらどうだ」
「おっと、ようやく口を開いたか! 人形だと思ったぜ!」
自分の文句に数瞬遅れて反応するクロノに、嫌味な笑みを浮かべて挑発するファントム。
しかし、そんなファントムの安い挑発に乗ることなく、クロノは再び黙ってノエルとともにファントムのことをジッと見つめていた。
「だからさっきから何なんだよ! 言いたいことがあるなら言えばいいだろうが!」
「よろしいのですか?」
「黙ったまま見つめられるよりかはマシだ!」
二人の視線に耐え切れずに、苛立ちの声を上げるファントム。
改めてファントムに確認を取ったノエルは思ったことを告げることにする。
「あなたは本当にあのファントムなのですか?」
「ああ、こんな姿になっちまったが、オレはオレだ! お前たちを、アカデミーを苦しめた死神・ファントムだよ!」
邪悪な笑みを浮かべて死神・ファントムが復活したことを告げるのだが――
少女が精一杯邪悪ぶって凄んでいるようにしか見えないため、威圧感はなかった。
「まさか少女――いや、幼女の姿になっているとはな……」
「そこまでの変身願望があったのでしょう」
「理解はできる。今日、スカートというものをはじめて履かせてもらったのだが、中々動きやすかったからな」
「それでは、クロノ……また、あの衣装を着てもらえるのでしょうか」
「ああ、機会があればそうしてみよう。実際、風紀委員の活動は犯罪率の低下に役立ったんだ。制輝軍に協力する際は、衣装を変えるのもいいかもしれないな」
「ええ、すぐに、即座にアリスさんと相談します」
「お前ら……好き勝手言いやがって……」
勝手に勘違いして盛り上がっているクロノとノエルを見て、怒りを募らせるファントム。
「一つ言っておくが! この姿は別にオレが望んだわけじゃないからな! 幸太郎が勝手に、人の望みも聞かないでやったんだ! 決してオレはこの姿を望んだわけじゃないからな!」
「……ファントムさん、かわいいです」
「ああ、同感だ」
「うるさい、うるさい、うるさーい!」
幼女を見るような生暖かい二人の視線と言葉に、ファントムは喚き散らす。
「一応オレはお前たちよりも早く生み出されたイミテーションなんだからな! もっと敬意を払え!」
「妹にしか見えないな」
「妹……良い響きですね」
「誰が妹だ、誰が! もうお前らとは付き合ってられん!」
――こいつら……
ヘルメスの人形だった時は命令を聞くだけだったのに、意志を持ちはじめてから変わりやがった。
この旺盛な好奇心と、純真無垢――ある意味、幸太郎よりも厄介だ! クソ!
妹扱いしそうな雰囲気の二人に、幸太郎以上の厄介さを感じたファントムはもう付き合っていられなくなり、拗ねたように部屋の隅に体育座りをした。
そんなファントムの姿に、思わずクロノとノエルはかわいいと思ってしまい、同時に――
「変わりましたね、ファントムさん」
くだらん……実にくだらねぇ。
ヘルメスの人形も同然だったクロノとノエルが変わったとファントムが思うのと同じく、ノエルとクロノもまたファントムが変わったと思っていた。
アルトマンと同じことを言うノエルに、ファントムは心の中で忌々し気に舌打ちをした。
「オレはオレだ――セラやお前に倒されたこともよく覚えているぞ」
ノエルの言葉に、ファントムは居心地が悪そうにそう答えた。
あからさまに不機嫌な空気を放っているファントムを見て、これ以上喋っても相手の気を悪くするだけだと判断したクロノとノエルは、話題を替えることにした。
「腹が減ってきたな――そういえば、昼食は食べていなかったな」
「それでは、何か食べるものを持って来ましょう――そうですね、ラーメンを食べますか?」
「今オレを見て言っただろう! オレを見て! お前ら、絶対に許さんからな!」
ファントムから放たれるラーメンの匂いが充満する部屋にいて、悪意なくラーメンの話題を出す二人に、ファントムは激高して更に空気が悪くなるのだが、その空気に臆することなくノエルは「ファントムさん」ファントムに話しかける。
「七瀬さんを守っていただき、ありがとうございました」
「その点についてはオレも感謝をしておこう」
「勘違いすんな。別に守ったつもりなんてねぇよ。ただ、クソオヤジのアルトマンを倒すためにあのバカが必要だっただけだからな」
無表情で淡々としつつも、頭を下げて心からの感謝を述べる二人に、すっかり毒気が削がれたファントムは面白くなさそうに鼻を鳴らし、意地の悪そうな視線を二人に向けた。
「それよりも、随分とあのバカに懐いているみたいだな」
「そうなのでしょうか?」
「そうなのか?」
こいつら……
幸太郎以上に相手にするの疲れるな。
自分のことをまったく理解していない様子で首を傾げるノエルとクロノの純真無垢な子供のような反応に、ファントムはウンザリした様子でため息を漏らした。
「懐いている、ということがどういう状態になるのかわかりませんが――七瀬さんのことを思うとたまに胸が温かくなるような気がします」
「オレは放っておけないような、そんな気持ちになってしまう……」
イミテーションだっていうのに、何なんだこいつら……
人間じゃないのに、人形のくせして、どうしてなんだ……
それ以上に、どうしてオレは……
幸太郎に対して抱いている思いを淡々と口にするノエルとクロノに、無表情ながらも二人が人間と遜色ない感情を持ち合わせていることを感じ取ったファントム。
くだらないと思いつつも、イミテーションでありながら、以前よりもかなり人間らしくなっている二人を羨ましいと思っている自分がいることに、ファントムは苛立つとともに戸惑いを隠し切れなかった。
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