第38話
セントラルエリアの大病院――身体には問題なかったが、薬で力を奪われたということなので、アルトマンとの戦いの後幸太郎とともに病院に運ばれて検査を受けていた。
検査の結果、何も問題ないと診断されたのだが――
「――この、大バカモノのアンポンタンのあん畜生!」
病室内――いや、病院内に麗華の怒声が響き渡る。
騒動の事後処理が終わって病室に入って来るや否や、ベッドの上に座っている大和は迷惑そうに顔をしかめて自身に向けられる怒声に耳を塞いでいた凌いでいた。
「まあまあ、別にいいじゃないか。何だかんだあったけど、事態は好転したんだから。終わりよければすべてよし、だよ」
「私が怒っているのはそういうことではありませんわ!」
麗華の怒りを軽くスルーしようとする大和だが、今回の麗華の怒りは容易には流せないほどの迫力があった。
「あなたはくだらない計画のためにサラサや巴お姉様、萌乃さん、お母様を巻き込んだのですわ! それをわかっていますの?」
「もちろんわかっているさ。サラサちゃんや巴さんは麗華との入れ替わりをスムーズにするためにずっとついていてくれたし、萌乃さんの究極メイクアップでバッチリかわいくメイクしてくれたし、麗華のお母さんにはめいっぱい衣装も用意してくれたしね。みんな協力してくれて、感謝感激だよ」
「それは全員あなたのことを心配していたからですわ!」
「まあ、ヘルメスさんたちが引っかかるかどうかの一か八かの賭けだったからね」
「引っかかったのではなく、誘き出されていたのですわ! 私というビューティフルでエレガントな人質を得るために!」
「それを見越した僕が代わりになったんだから作戦大成功ってね」
「そういう問題ではありませんわ! 真面目に話を聞きなさい!」
「わかった、わかったよ……もう」
あらら……今回はちょっと本気かな?
病院の迷惑になるし、これは大人しく聞いた方がいいかも……
軽口ばかりを並べて麗華の怒りをスルーし続ける大和だが、ここでようやく彼女が本気であると悟り、大人しく彼女の怒りを受け続けることにした。
「あなたが自分の身を犠牲にするだろうと思ったから、全員あなたのために手を尽くしたのですわ」
「ホント、感謝してもしきれないよ。それとも、巻き込んだことを謝るべきかな?」
「簡単な言葉で済む問題ではありませんわ! いいですか? 愚かなあなたのために全員を犠牲になんてさせたくないのですわ! だから、救出に手を尽くしたのですわ! お父様も、あなたのために、敵の手の中に堕ちたあなたを救おうと必死だったのですわ……全員あなたに対してどんな思いを抱いているのか、それを噛み締めなさい。そして、今回のような勝手にバカな真似をしたら今度という今度は許しませんわ!」
幸太郎君の言う通り――
……みんな僕のことを大切に思っている、か……
やっぱり、麗華には敵わないなぁ。
素直ではない態度を取りながらも、麗華の言いたいことを理解できた大和は降参と言わんばかりに深々とため息を漏らし――
「わかったよ、麗華。今後はバカな真似をする時は君たちにも相談する――ごめんね」
「……フン! またバカな真似をする気満々というのは気に入りませんが、反省しているようで何よりですわ」
バカな真似をやめる気がない大和に呆れながらも、取り敢えずは猛省しているようなので、それでいいことにした麗華から放たれる怒りが和らぎ、取り敢えずは落ち着いたことに大和は安堵する。
「まあ、後でオシオキするのは確定ですわ。覚悟していなさい」
「バニーガール姿で衆目に晒されたんだから勘弁してよ。というか、麗華、大悟さんと一緒に僕を泳がせてたんでしょ? 君、僕に羞恥プレイをさせるためにわざと派手な服を選んでたでしょ?」
「フン! 何のことかわかりませんわ――ああ、そうでしたわ。後でお父様が一人で自分の元に来るようにと言っていましたわ」
恨みがましく自分を見つめる大和の追及から逃れるように麗華は話を強引に替えると、大和は麗華への怒りを忘れて大きくため息を漏らした。
「あー、大悟さんにも怒られるって感じ? ねえ、麗華、一緒に来てよ」
「お断りですわ! しっかりとお父様に絞ってもらいなさい!」
「えー、昔はよく大悟さんたちに怒られる時は付き合ったあげたじゃないか」
「今回ばかりは別ですわ! それに私は騒動の事後処理で忙しいのですわ!」
「忙しいって――ああ、そういうこと……」
「な、何を勘ぐっていますの? べ、別にそういうことじゃありませんわよ!」
「まだ僕何も言っていないんだけどなぁ……何か慌てるようなことをするのかな?」
「しゃ、シャラップ! 関係ありませんわ!」
――幸太郎君のところに行くだろうな。
幸太郎君――そっか……思い出せたんだな……
麗華の忙しい理由が主に幸太郎についてだと容易に想像ができた大和は、更に麗華をからかおうとするが――ここで、改めて幸太郎についての記憶を蘇った実感がわく大和。
「……幸太郎君の記憶が戻ってよかったね」
「フン! 私としては小賢しい思い出ばかりが蘇って腹立たしいだけですわ!」
幸太郎と過ごした日々、幸太郎に救われたことを思い出し、しみじみとそう呟く大和に、麗華は面白くなさそうに鼻を大きく鳴らす。
「この半年間何をしていたのかはわかりませんが、まったく変わっていないようですわ!」
「それが幸太郎君だからね。相変わらず変わっていないようで何よりだよ」
「宗仁さんに迷惑をかけていたに違いありませんわ! ギリギリ風紀委員のメンバーだというのに、伝説の聖輝士様に迷惑をかけるとは風紀委員、何よりも私の名に傷がつきますわ!」
「……でも、本当に幸太郎君のことを思い出してよかったよ」
グチグチと幸太郎への文句を並べる麗華とは対照的に、素直な気持ちで大和はそう呟いた。
「この半年間抱えていた違和感の正体が幸太郎君だって気づいた時、僕は半年間幸太郎君のことを忘れて日々を過ごしていた自分が腹立たしかったし、何よりも幸太郎君に申し訳ない気持ちでいっぱいだったんだ」
「フン! 気にするだけ無駄ですわ」
「幸太郎君ならそうだろうね」
そうだ――幸太郎君はそんな人だ。
裏切っても、利用しても、彼は気にしなかった。
だから、僕は彼にたくさん救われたんだ。
麗華の言う通り、幸太郎に謝罪の言葉を並べても「別に大丈夫だよ」、「気にしてないから大丈夫」、それらの一言で済ましてしまうことを大和は良く知っていた。
そんな幸太郎の能天気な言動に救われた自分も思い出している状況に大和は素直に喜んだ。
「半年ぶりに幸太郎君の記憶が蘇って、今改めて思うんだ――大切なものは失ってから気づくものだってさ」
「ふぇ? た、大切なもの?」
情熱を含んだ何気ない大和の一言を、素っ頓狂な声を上げて思わず聞き返す麗華。
「うん。僕、幸太郎君のこと大好きだよ」
「ぬ、ぬぁんですってぇ!」
何気ない、それでいて本心からの大和の言葉にこの日一番の大声量で驚愕の声を上げる麗華。
今の大和の言葉は、自分の反応を見てからかうために冗談で言っているわけでも、好き=ライクと言っているわけではなかったからだ
「あ、あなた、それ、本気で言っていますの?」
「うん、本気……マジだね、これは」
自分の思いを口にして照れ笑いを浮かべている大和から、甘ったるい空気を感じ取った麗華は彼女が言葉通り本気であることを察した。
「あ、あんな能天気で空気も読まない、馬鹿正直で人の迷惑を考えない無鉄砲な愚かな男のどこがいいんですの?」
「そういうところだよ」
「あ、ありえませんわ……み、認めませんわ!」
「麗華に認められなくてもいいよ――僕は本気だから」
そう言って、大和は麗華に鋭く、それでいて、煽るような目を向けた。
まるで、麗華も素直になれ――そんなことを言っているような大和の視線だった。
そんな視線を受けて、麗華は何かモヤモヤした気分になってしまった。
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