エピローグ
夜、騒動の後処理を終えたセラは、幸太郎の元へと向かっていた。
セントラルエリアの大病院の奥にある、VIP専用の病室に幸太郎は眠っていた。
いつアルトマンが襲撃してきてもいいように、ここに来るまで制輝軍や輝士、聖輝士など大勢の人間が二十四時間体制で眠る幸太郎を警護しており、セラもそれに参加するつもりだった。
だが、その前にセラは一目幸太郎に会っておきたかった。
幸太郎がいる病室に到着したセラは、一応扉をノックする。
返事はなかったが、「失礼します」と一言声をかけてから夜の闇に包まれた暗い病室に入った。
クローゼット、大型テレビ、冷蔵庫、革張りのソファなどが置かれた豪勢な病室の中央にある、一人が眠るには大きすぎるベッドの上に点滴などの管に繋がれた幸太郎は眠っていた。
ベッドに近寄ったセラはだらしないくらい緩みきって、気持ちよさそうな表情で眠っている幸太郎を見て、セラは安堵するとともに、アルトマンに痛めつけられた傷が残る彼の顔を見て胸が締めつけられたような気がした。
まだ、眠っているか……
無理もないか……アルトマンに痛めつけられただけじゃなくて、世界中の人に影響を及ぼすほどの強大な力を使ったんだから……
数時間前、気絶した幸太郎をアルトマンが逃げてからすぐにセラたちは救急車を呼んで病院に運んだ。
アルトマンにだいぶ痛めつけられていたが、幸い命に別条がある重大な傷はもちろん、骨にも何ら以上はなかった。
それでも意識を失っているのは、強大な力を使って消耗したのが理由だと医者から判断された。
――数時間前、幸太郎の力で世界は再び変わった。
世界中にいる人たちの、幸太郎やアルトマンに関する抜け落ちていた記憶が一気に蘇った。
だから、幸太郎が消耗しているのは当然だった。
近い内に目覚めるだろうと医者は言っていたが――セラは早く幸太郎と話をしたかった。
今すぐにでも半年間幸太郎を忘れていたことへの謝罪、半年間分の思いを伝えたかった。
だが、それらを口にするのは起きた後でゆっくりすればいいと言い聞かして、我慢していたのだが――涎を垂らしているほど能天気な表情で眠る幸太郎を見ていたら、セラは堪えきれなくなってしまった。
「……ごめんなさい、幸太郎君」
意識がない幸太郎にセラは謝罪の言葉を述べた。
半年という長い間幸太郎のことをすっかり忘れてしまったことへの、そして、記憶を失っていたせいとはいえ、幸太郎と敵対して武輝を向けてしまったことを。
「また会えて……記憶が戻って本当に良かった……」
今にも泣きだしそうな表情を浮かべて、セラは心から幸太郎の記憶が戻ってよかったと、震えた声でその言葉を口にした。
「私は幸太郎君のことを忘れてしまっていた半年間の記憶があります――あるからこそ、今、幸太郎君の記憶が蘇ってよかったと思っています。たとえ賢者の石によって生み出された偽りの絆だとしても、私はそれで構わない――」
幸太郎の記憶を失っていた半年間の記憶があるからこそ、心からセラはそう思っていた。
たとえ、賢者の石の力によって集められ、都合の良い関係になるために
偽りの絆が生み出されていたとしても、それでも構わなかった。
「私はあなたに出会えてよかった、あなたと友達になれてよかった、あなたと過ごした日々は充実した日々だった、これからも一緒に過ごしたい――賢者の石なんて関係ありません。私の正真正銘自分自身の思いです」
仮に今、幸太郎に対して抱えている感情が賢者の石によって作られたものだと、偽りのものだと誰かに指摘されても、胸を張ってセラはそう言えた。
そして、仮にこの感情や思いが賢者の石によって作られたものだとしても、セラは別に構わなかったし、後悔もしなかった。
「改めて誓います――幸太郎君、私はあなたを守ります。アルトマンや賢者の石があなたに襲いかかろうとも、私は全力であなたを守ると誓います」
改めて幸太郎を守ると誓うセラ。
誓いの言葉を述べた後、セラは幸太郎をジッと見つめたまま沈黙した。
もう少し、幸太郎君の傍にいたいな……
――って、ダメだダメだ。
幸太郎君は疲れて眠っているんだから、私がいたら落ち着いて眠れない。
起こしてしまう前に早くここから出ないと……でも――
ゆっくりと休ませるためにさっさと出て行きたかったのだが、もう少し傍にいたいという欲求に駆られてしまっていた。
そんな自分に喝を入れるセラだが、それでも幸太郎の傍から離れたくないという思いが強くなってしまい、まだ二月の寒い時期だというのに身体が――いや、顔が熱くなっていた。
何だか暑いな――今日は特に薄着で風紀委員の活動をしたから風邪を引いたかな?
それだったら、ダメだ! 幸太郎君にうつす前にここから出ないと――
――……いやいや、違うだろう、私……もう、わかっているだろう?
自分自身で気づいているというのに、ずっと前から誤魔化し続けている自分にセラは呆れるとともに、気を引き締め直す。
いつかはわからない――いや、初対面の時は抱いてはいなかったのは確実だった。
いつの間にか抱いていた感情だった。
しかし、気づいていても気づかないふりを続け、誤魔化し続けていた。
だが、幸太郎がいない半年間の記憶があるからこそ、その想いがハッキリとした――
「半年間あなたがいなくなって私は改めて思い知りました……幸太郎君、私は――」
「――へくしゅ」
「ふぇっ?」
幸太郎が眠っている間に自分の思いをハッキリさせようとうするセラの耳に届くかわいらしい、出来る限り抑え込んだ小さなくしゃみ。
そのくしゃみが病室内に響いた瞬間、セラは素っ頓狂な声を上げた。
「あーあー、ダメだよノエルさん。我慢しないと」
「や、大和君? って、の、ノエルさん、そんなところで何をしているんですか!」
「警護に決まっているでしょう」
セラが素っ頓狂な声を上げると同時に病室の扉が勢いよく開かれ、入ってくる大和。
そして、幸太郎が眠るベッドの下から虫のように這い出てくるノエル。
「敵襲ですの? であえであえ、ですわ!」
「――どうやら違うようだ」
セラ驚く声に遅れて、冷蔵庫の中からクールフェイスのティアが、クローゼットの中から無駄に華麗で派手なポーズを決めて麗華が現れる。
「ど、どうしたの、大和。何かあったの?」
「幸太郎さん、大丈夫?」
騒ぎを聞きつけた巴とサラサも病室の外から現れる。
「何の騒ぎだ!」
「クロノ君、僕も行きます!」
病室のガラスが割れる盛大な音ともに外から現れるのはリクトとクロノ。
「何だなんだ、一体何だってんだ?」
「ガラスが割れる音が響いたが、一体何が――」
刈谷と大道も騒ぎを聞きつけて外から現れる。
全員が集まってきて一気に賑やかになる病室内。
「いや、今からセラさんが何か幸太郎君に言いたいことがあるんだってさ――ね?」
嫌らしい笑みを浮かべた放った大和の一言に、全員の視線がセラに集まる。
大勢からの視線を受け、セラの顔がゆでだこのように真っ赤に染まり――
「うぅ――……な、なんでもありませんから!」
そう叫びながら、病室から走り去った。
一気に賑やかになった病室内でただ一人、幸太郎は安らかな寝息を立てて眠っていた。
――――――――――
まさか、世界中に影響を及ぼしたとは……
不測の事態、非常に面倒なことになった。
――だが、素晴らしい!
これこそまさしく私が見たかった賢者の石の力だ。
素晴らしい、実に素晴らしい!
アカデミー都市内のとある場所にいるアルトマンは、世界中の人間の記憶から幸太郎が蘇った状況に顔をしかめていたが、同時に幸太郎が持つ賢者の石の強大な力を見れたので満足もしていた。
それ以上に、アルトマンは未来への期待感に満ちていた。
賢者の石と賢者の石が本気でぶつかり合うことになる未来を。
――こうなった以上、最早衝突は避けられないだろう。
そして、そうなったら残るのは一つのみ……
彼か、私か――賢者の石が選ぶのはどちらか一方のみだ。
今回幸太郎と対峙して、改めてアルトマンは彼と自分との大きな隔たりを感じた。
その結果衝突は避けられないと判断していた。
生き残るのがどちらか一方のみだということも。
だが、正直アルトマンはどうなろうがどうでもよかった。
幸太郎が立ち向かってくるのならば迎え撃つし、立ち向かわなければ待ち、今まで通り陰から彼の力を観察するだけだった。
そして、自分の末路もどうでもよかった。
アルトマンにとって何よりも重要なのは観察だからだ。
賢者の石がどんな輝きを示すのか、それだけだった。
だからアルトマンは待った。
幸太郎の目覚めを、幸太郎がどんな判断をするのかを――
そして、もし立ち向かってくるのであれば、アルトマンは容赦しないつもりだった。
どんな手段を用いても、それなりの抵抗は続けるつもりだった。
簡単に自分に辿り着いては面白くないからだ。
賢者の石の輝く様を見ることができないからだ。
「すべては賢者の石の導くままに――待っているよ、幸太郎君」
いまだ目覚めぬ幸太郎のことを思いながら、アルトマンは今はじっと待つことにした。
――――続く――――
次回最終エピソード
次回更新8~9月頃になるように頑張ります(-_-;)
次回作も考えます……まだハッキリと決まってませんが、眼鏡っ子ヒロインにしたいです(*´Д`)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます