第25話

 カバーのかかった軽トラックの荷台に隠れている幸太郎は、ガードロボットの円柱型のボディパーツやよくわからない部品が乱雑に置かれている荷台の上をもぞもぞと這っていた。


「お、おい、七瀬……狭いんだから動くなっての!」


 注意する進藤に幸太郎は「ごめんね」と軽く謝りながらも動きを止めなかった。


 もぞもぞ動いて、ちょうど運転席の真後ろにまで来ると、膝立ちをしてカバーの合間から顔を出して運転席の真後ろについている窓を開いた。


 窓を開くと、バックミラーに映る口角を限界まで吊り上げたヴィクターの狂気的な笑みが幸太郎を出迎えた。


 ニッコリとした笑みを浮かべているヴィクターだが、どこかその表情は普段と比べて力がないように幸太郎は見えた。


「後数分でウェストエリアに到着するから、もう少し大人しくしているのだ」


「博士と話したくて」


「ほほう、中々積極的じゃないか! いいだろう、何でも話したまえ!」


「アリスちゃんと仲良くないんですか?」


 機嫌良さそうな笑みを浮かべていたヴィクターだったが、幸太郎の人の気も考えないストレートすぎる疑問にヴィクターは笑みを消して、呆れと諦めに満ちたため息を漏らした。


「……まったく、相変わらず君は正直というか、無神経というか」


「ありがとうございます?」


「褒めてはないんだが――まあいいだろう。そろそろ私のプライベートを話して、君との仲をホップステップアップしようじゃないか」


 バックミラーに映るヴィクターは笑っていたが、その笑みは自嘲気味だった。


「君の思っている通り、私と娘との仲は良いものとは言えない。私は愛しているのだが、娘が一方的に私を嫌ってしまっていてね」


「勝手に部屋とか入ったんですか? 下着を一緒に洗濯とか……」


「それなら様々な解決策があるのだが、事態は色々と複雑でね。まあ、すべては私の責任であり自業自得、身から出た錆――そんなところだ」


 自嘲しているヴィクターの表情は寂しそうであり、諦めているようだった。


 バックミラーに映るヴィクターの表情をジッと見つめながら、幸太郎は話を続ける。


「仲直りしないんですか?」


「もちろんそうしたいが――」


 ストレートな幸太郎の疑問に痛いところを突かれながらも答えようとした瞬間――

 車の進行方向に、どこからかともなく飛んできた光弾が命中してアスファルトが砕けた。


 瞬時に反応したヴィクターはハンドルを左に切る。


 だが、今度は軽トラックのタイヤにどこからかともなく飛んできた光弾が命中して、軽トラック全体に激しい衝撃が走って制御不能になり、バランスを崩して横転しそうになる。


 しかし、横転する寸前にピタリと軽トラックの動きが止まった。


 止まると同時に再度光弾が飛んできて、軽トラックの荷台を覆っているカバーを吹き飛ばし、荷台に隠れていた幸太郎、進藤、サラサの姿が露わになってしまう。


 突然の事態に幸太郎たちは驚いて荷台から立ち上がると――


「みーつけた☆」


 大勢の制輝軍を連れ、武輝である身の丈をゆうに超えた巨大な斧を片手で持ち、もう片方の手で横転しそうな軽トラックを支えている銀城美咲が、満面の笑みで幸太郎たちを出迎えた。


「こんにちは、美咲さん」


「こんにちは、幸太郎ちゃん」


 呑気に挨拶をする幸太郎と美咲だったが、涼しい表情で横転しかかっている軽トラ区の体勢を片手で立て直した美咲と、彼女の背後にいる大勢の制輝軍の姿を進藤は青白い顔で見つめていた。


「ぎ、銀城美咲……こ、これってもしかしてヤバいんじゃねぇか」


「ハーッハッハッハッハッハッ! 随分と面白いことになってきたじゃないか!」


「あ、相変わらずアンタは随分と余裕だな……それ、ちょっと羨ましいよ」


 運転席から出て、こんな状況でも自分を見失うことなく愉快に笑い続けるヴィクターに、進藤は呆れながらも少し安堵感を得て、どうやってこの状況を打破するのかを考えていた。


「そう褒めないでくれたまえ! それに、状況は君が考えているよりもずっと悪い。『』のお嬢さん以外に、もう一人私たちを狙っている者がいるぞ」


「ちょ、ちょっと! マジですか!」


「マジもマジ、大マジさ――さあ、出て来なさい、アリス」


 ため息交じりの声でヴィクターは娘であるアリスを呼ぶと、どこからかともなく、幼い少女には不釣り合いな自分の身長を遥かに超える、自身の武輝である銃剣のついた大型の銃を片手で持ったアリスが、大量のガードロボットともに現れた。


「もう逃がさない」


「やれやれ、先程の一件で我が娘はかなり怒っているようだ」


 射抜くような眼光を実の娘に飛ばされ、父であるヴィクターは自嘲を浮かべ、余裕がなくなっているようだった。


 アリスの登場で周囲の雰囲気に緊張感が増すが、美咲の纏っている雰囲気は相変わらず場違いなほど軽薄なものだった。


「それにしても悪い子だなぁ、幸太郎ちゃん」


「何もしてないんですけど」


「おねーさんも信じたいけど――今ここで君を捕えたら、もっと面白くなるんだよねぇ」


 幸太郎と呑気に会話をしている美咲は纏っている軽薄な雰囲気を、凶悪な肉食獣を思わせるものへと一変させ、美咲の表情が獰猛な顔つきに変貌する。


 美咲の纏っている空気が変化したことによって、一気に場の緊張感が増す。


「大人しくしてくれると嬉しいんだけど――サラサちゃんはやる気満々みたいねぇ」


 今まで黙っていたサラサは何も言わずに荷台から降りて、ペンダントについた輝石を武輝である二本の短剣に変化させ、二本の短剣をそれぞれの手で逆手に持って構えた。


 自分と対峙するサラサに、心底楽しそうで期待に溢れた笑みを美咲は浮かべた。


 恐れずに美咲に立ち向かおうとしている年下であるサラサの姿を見て、銀城から発せられる威圧感に恐怖していた進藤は無理矢理恐怖を抑え込み、覚悟を決めてバングルについた輝石を武輝である、くの字に曲がったブーメランへと変化させる。


「先生……悪いけど、アンタの娘と戦うぞ」


「……娘はもちろん、こうなることは私も覚悟の上だ。好きにするのだ」


 ヴィクターの許しを得て、進藤は戦うことを決心してアリスを睨む。


 武輝を持つ進藤の手は震えていたが、アリスと対峙することに迷いはなかった。


「七瀬、お前は逃げろ……ここでお前が捕まったら、俺たちの努力が全部無駄になっちまう。お前が逃げ切らねぇと、俺たちの負けだ――ここに来て、負けるのは嫌だぞ」


 進藤の言葉に同感だと言うように幸太郎は力強く頷いた。


 幸太郎が逃げることを決心してしばらく無言が続いたが――


 サラサが美咲に飛びかかって沈黙は破られた。


 サラサが美咲に飛びかかるのを合図に、進藤はアリスに向けて武輝であるブーメランを投げ、幸太郎は荷台から飛び降りてヴィクターとともに、ウェストエリア方面へと逃げた。


 飛びかかってくるサラサの頭を片手で掴んだ美咲は、そのまま彼女を軽々と投げ捨てる。


 空中で身を翻して体勢を立て直すサラサだが、間髪入れずに凶悪な笑みを浮かべた美咲が軽々と武輝を振り上げて、空中にいるサラサに向けて振り下ろそうとした――


 進藤の投げたブーメランを大きくバックステップをして軽々とアリスは回避すると同時に、銃口を進藤――ではなく、逃げている幸太郎とヴィクターに向けた。


「七瀬! 先生! やめろぉおおおおお!」


「銀城さんと違って、私は戦いに来たわけじゃないから……」


 進藤の制止を聞かず、幸太郎、そして、父親であるヴィクターに向けてアリスは躊躇いなくトリガーを引いて、銃口から光弾を発射した。


 発射された光弾は真っ直ぐ幸太郎たちに向かう。


 遅れて進藤の怒声に気がついた幸太郎は立ち止まって背後を確認すると、目前にアリスが放った光弾が迫っていた。


 咄嗟に輝石使いであるヴィクターが、懐中時計に埋め込まれた輝石の力を使って幸太郎を庇おうとしたが、反応が遅れて間に合わなかった。


 幸太郎に光弾は命中する――寸前、幸太郎の目前に突然現れた光球が光弾とぶつかり、相殺してかき消された。


 自分の光弾がかき消されたことに驚いているアリスの周囲に、地面から無数の光球が現れ、咄嗟にアリスは大きく後方へ向かって身を翻した瞬間、光球が一気に爆発した。


 ――そして、空中で無防備なサラサに向けて武輝である巨大な斧を振り下ろした美咲の強烈な一撃を、美咲の武輝と同じくらいの大きさを持つ大剣が受け止めた。


 自分たちの攻撃をかき消し、そして受け止めた人物たちの登場に、待っていたと言わんばかりに美咲は心底喜び、アリスは厄介だと言うように顔をしかめた。


「ティア! それに、サっちゃんもよく来たね!」


 自分の攻撃を自身の武輝である大剣で受け止めたティアリナ・フリューゲル、そして、幸太郎の前に庇うようにして立っている、武輝である杖の力でアリスの攻撃をかき消した、髪を三つ編みおさげに結んで眼鏡をかけた地味な雰囲気だがスタイルの良い少女・水月沙菜みづき さなの登場に美咲は狂喜する。


「水月先輩、お久しぶりです」


「あ、えっと……お、お久しぶりです」


 突然の幸太郎の挨拶に、緊張した面持ちで沙菜は気恥ずかしそうに挨拶を返した。


 呑気に挨拶をしている幸太郎と沙菜とは対照的に、ティアは美咲の攻撃を受け止めたまま、鋭い目で彼女を睨みながら膠着状態が続いていた。


「待ってたよー、ティア❤」


「……こっちとしては二度とお前には会いたくなかったが」


「もう! つれないなぁ、ベストフレンドなのに!」


「気色の悪いことを言うな――……それで、どうするつもりだ?」


 絶対零度の凍てつく空気を纏い、静かに闘志を漲らせて威圧するティアに、期待と喜びに満ち溢れた表情を浮かべる美咲。


 二人の間の緊張感が増し、一触即発の状態になるが――二人の間に「ここは退く」という冷静沈着ながら悔しさを滲ませたアリスの声が割って入った。


 アリスの声に反応したティアは武輝をチェーンにつながれた輝石に戻すと、心底残念そうな表情を浮かべて美咲も武輝を指輪に埋め込んだ輝石に戻した。


「つまんない、つまんなーい! どうして退いちゃうの? ねぇねぇ、お嬢ちゃん!」


 年下であるアリスの判断に、年上である美咲は玩具を買ってもらえない子供のように手足をバタつかせて駄々をこねる。


「水月沙菜、ティアリナ・フリューゲル――二人と戦うことは、私たち制輝軍もそれなりに覚悟と準備が必要になるからここは一旦退いた方がいい」


「そんな~! そんなのひどいよぉおおおおお! おねーさんショックだよぉおおお!」


 何を言っても駄々をこねる美咲に、これ以上何を言っても無駄だと判断したアリスは疲れたように小さくため息をついて、もう何も言わなかった。


「さすがはヴィクターの娘。冷静な判断だが――くだらない目的のために、目的を見失っているお前たちには負ける気はしない」


 多数のガードロボットと制輝軍に加えて、実力者であるアリスと美咲がいるのに余裕な態度を崩さないティアに、制輝軍たちは怒りを覚え、ヴィクターの娘という言葉に反応したアリスは激しい怒りの炎を宿す目でティアを睨んだ。


 一旦退くことを判断しながらも、ティアに激しい怒りと敵対心をぶつけて一触即発状態になるアリスとティアだが、二人の間に「はい、ストップ~」と、美咲が割って入った。


「……見ない間に随分とティアは強くなってるし、案外この人数でも本気で無理かも」


 自分が知るティアとは一味も二味も異なる雰囲気に気づいた美咲は、意味深な笑みを浮かべた。


「でもね、ティア――アタシたちとしてもこのまま手ぶらで帰るってわけにはいかないんだよねぇ……だから、幸太郎ちゃんちょうだい」


「断る」


「あの子はアンプリファイアを持ってたんだよ?」


「ありえん」


「随分あの子のこと信じてるんだ……ますます気になってきたなぁ」


「――話しているところ、申し訳ないがちょっといいかな?」


 一人盛り上がってティアと会話をしている美咲の邪魔をするように、わざとらしく咳払いをしたヴィクターが間に入ってきた。


「私を連行すれば――」

「勝手なことしないで」


 ヴィクターの言葉を遮るように娘のアリスが割って入ってきた。


 怒っている様子の娘に、ヴィクターはやれやれと言わんばかりにため息を漏らした。


「私を連行すれば君たちの体面を保てるし、私としてもモルモット君の無罪を主張することができるのだ――お互いに悪いことじゃないだろう?」


「時間稼ぎが見え見え」


「ハーッハッハッハッハッハッ! さすが我が娘だ! ――しかし、自慢するつもりはないが、私はこの中にいる誰よりも頭の回転の速いぞ! 私という頭脳担当要員を連れて行けば、君たち制輝軍のメリットの方が大きいんじゃないのかな?」


 腹に一物も二物もありそうな表情をしている父親の言葉に何も反論できないアリスは悔しそうに拳をきつく握り締めていた。


 だが、父親の掌で踊らされているのも承知で、アリスは悔しそうに「拘束します」と言って、プラスチックの結束バンド状の手錠で父の両手を後ろ手に縛った。


 拘束されたヴィクターを心配そうに見つめている幸太郎に向け、ヴィクターは頼りがいがありそうだが、隠し切れない狂気を孕んだ笑みを浮かべた。


「いいんだよ、モルモット君。君には返しても返しきれない恩があるのだ……少しくらいは恩返しさせてくれ」


 そう言って、ヴィクターはアリスたちに連行されてしまった。


 制輝軍でもトップクラスの実力者たちが大勢の制輝軍とガードロボットとともに去って、張り詰めっ放しだった気が緩み、気が抜けた進藤はフラフラと地面に膝をついた。




――――――――――――




 貴原は内から出る快楽にも似た悦びに震えて、笑いが止まらなかった。


 貴原は普段の整っている顔立ちを理性すら感じさせない狂気に一変させていた。


「最高だ……最高だよ! 何だこれは!」


 何度も「最高だ」と連呼しながら、身体の奥から漲る力に歓喜していた。


「アイツら、何もかもぜーんぶ、私の罠にはまったんだ! なんて滑稽なんだ!」


 狂ったような笑みを浮かべながら、貴原は声高々にそう叫んだ。


 そんな貴原の背後から、白い服を着てフードを目深に被った人物が現れた。


 顔も性別も何もかもがわからない白い服を着た人物に気づいた貴原は、振り返って狂気に満ちた表情をその人物に向けた。


「お前は最高だよ! こうなるなら、最初からお前に従っていればよかったよ!」


 狂喜と狂気に満ちた貴原の言葉に、それは何よりだというようにして、フードを目深に被った人物の口元が微かに吊り上がった。


「こっちの準備は万端だ! お前の『』とやらのおかげで、気分が素晴らしく良いんだ!


 それよりも、まだ来ないのか? まだか? まだか? まだなのか!」


 地団太を踏む子供のように、アスファルトの地面を何度も踏んで苛立っている貴原の耳元で、フードを目深に被った人物は何かを囁いた。


 その囁きに貴原は恍惚に満ちたウットリとした表情を浮かべた。


「――……ああ、早く私の元に帰っておいで、愛しい人よ――君はそんなところにいるべき人ではないのだ、私があなたの周りにいるゴミを振り払おうじゃないか!」


 大袈裟な身振り手振りを加えて、自分に酔っている様子で、まるで演劇をしているような芝居がかった口調で貴原はそう宣言した。


 悦んでいるのか狂っているのかわからない笑い声を上げている貴原を、フードを目深に被って白い服を着た人物はジッと見つめていた。


 そして、その人物は飽きたように狂笑を上げ続ける貴原の前から夜の闇に紛れて、まるで最初からその場にいなかったかのように消えた。


 一人になっても貴原はずっと笑い続けていた。


 笑い続ける貴原の全身を、一瞬淡い緑色の光が包んだ。


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